乙女ゲームの悪役令嬢だったので、悪役になる覚悟ですが、王子様の溺愛が世界を破滅させてしまいそうです

葵川真衣

文字の大きさ
28 / 60

28.何のために

しおりを挟む
 幾ら考えても、腹が立つ。
 鬱屈したものを抱えたライオネルは夜、王宮の庭に出た。

 将軍を呼んで篝火の下、剣合わせをする。
 アンソニーへの鬱憤が、剣にこもる。
 シャロンとのせっかくのデート。

(何のために僕は今日、街に出たんだ)

 シャロンと過ごすためだったのに。
 彼女といるのを邪魔されるためではない。
 ライオネルは怒りのまま、剣を振るった。
 


※※※※※



(兄上の機嫌が悪い)

 夜、アンソニーは庭園を歩いていて、剣合わせをしている兄を見つけ、足を止めた。
 剣筋の荒々しさから、強い憤りが見てとれる。
 ──兄が怒るのも当然だ。
 
 アンソニーは自己嫌悪に陥る。
 自分は何をしているのか。
 兄の婚約者に、身につけるものなどを贈ってしまった。
 ……贈りたくなってしまった。
 シャロンに似合いそうで、彼女もその髪飾りを見ていたから。

 ──正直、彼女のことがアンソニーは気になっている。
 最初は兄にくっつき、迷惑をかけているシャロンに苛々し忠告をしていた。
 兄を煩わせるなと。
 だが、いつの間にか彼女とただ話したくなっていた。

 前は自己中心的で、気が強く、ひとの気持ちを慮ることができない令嬢だったが、今は周りに迷惑をかけないよう、気遣いのできる心やさしい性格になった。
 
 アンソニーはシャロンに小言を言い続けたが、彼女はそんな自分をうっとうしがることなく、兄想いな人間だと認識しているようだ。

(違う……おれはそんな一点の曇りもないような人間ではない)

 兄は優秀でパーフェクト、人心掌握術にも長けている。
 自分は今、兄への敬慕だけで、兄の婚約者に向き合っているのではない……。
 会話をし、シャロンにもっと近づきたい、という気持ちがある。

 彼女といると、呼吸がラクになって、心の強張りが解ける気がするのだ。
 第二王子で存在意義のないアンソニーのことも、シャロンは気にかけてくれる。

(おれにもっと自分自身を大切にしてほしい、と)

 ほかの誰とも違う。
 シャロンが、凍った心をあたためてくれる。
 彼女は賊に遭遇したりして恐ろしい目に遭った。
 不運な出来事だったが、それがきっかけで彼女は良いふうに変わったのだろうか。

(この気持ちは誰にも言えない) 
 
 兄の婚約者に関心をもっているなど。
 剣合わせをしているライオネルから視線を逸らせ、アンソニーは身を翻して庭園を後にした。



※※※※※



「とても清々しい空気だ」

 ライオネルは目を細める。
 彼に手を取られ、シャロンが馬車から下りれば、澄んだ緑が光を弾いていた。
 今日は、ライオネルと草原にやってきた。

「爽やかで、気持ちいいですわ」
「そうだね」

 護衛を置き、ライオネルはシャロンを連れて歩き出した。
 このところライオネルとよく出掛けている。
 この間はお忍びで街に行って。
 そのとき、余り長く過ごせなかったから今日また会おうと、ライオネルから誘われたのだ。
 街でも日が暮れるまで、長く過ごせたと思うけれど。
 
 少し歩くと花畑があった。
 冴え渡った青空の下、花の絨毯が鮮やかに草原を彩っている。

「美しいですわ」

 シャロンが絶景にうっとりすれば、ライオネルは微笑んだ。

「ここで過ごそうか」
「はい」
 
 シャロンはライオネルと腰を下ろした。
 蝶が舞っている。
 シャロンはひとつのことに思い当たった。

(あ、そうだわ)

「ライオネル様」
「何?」

 花を愛でる姿も端整である。
 見惚れてしまいながらシャロンは唇を開く。

「この間、預かっていただいた蝶の髪飾りなのですが。アンソニー様からいただいた」
「ああ」 
 
 ライオネルは相槌を打ち、こちらを見た。
 間近で視線が合う。

「どこかで落としてしまったみたいなんだ。探したんだが見つからなくて」

 もらったものだし、気に入っていたので、少々ショックであった。
 アンソニーに悪く思う。

「そうですの……」
「ごめんね、シャロン」
「いえ」

 帰るときに、ライオネルに預けていたことを忘れていた自分にも非がある。

「気に入っていた?」

 シャロンは顎を引く。

「可愛い髪飾りでしたので」

 ライオネルは表情を曇らせた。

「そう。本当にごめん」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...