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2話
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会場を後にしたエレナは、ギルバート公爵家の紋がついた馬車の前まで移動する。
「……エレナお嬢様!」
「ん? この声は……リリーかしら?」
馬車の前で控えていたのはエレナの従者兼護衛のリリー。
リリーはエレナが幼い頃路地裏で拾い、従者として育てていたのだが、いつの間にか護衛としての武術も身につけてしまった、いわゆる天才である。
「エレナお嬢様、どうされたのですか? パーティーが終わるにはまだ早すぎるかと……」
リリーは心配そうに尋ねてくる。
「ちょっとだけ具合が悪くなってしまったの。馬車を出して貰えるかしら?」
「具合が悪いのですか!? 今すぐ馬車を出しますね!」
リリーに支えられて、馬車に乗り込む。
有無……十六年間エレナとして生きてきたが、前世の記憶を取り戻した影響なのか、ここまで豪奢な馬車に乗ると思うと気が引けてきた。
「……お嬢様?」
「な、なんでもないわ」
不思議そうに首を傾げるリリーに、エレナは慌てて平静を装う。
「ふふ、変なお嬢様」
エレナを見て可笑しそうに笑うリリーに思わずエレナの頬も熱くなる。無駄にフリルがついた悪趣味の扇子で風を起こし、顔の火照りを誤魔化そうとするが、中々上手くいかない。
「リリー、す、少し熱くないかし「そこの馬車、待て!」……」
発車しようとしているところを突然呼び止められ、馬車に乱入してくる青年にエレナは目を見張る。青年が乗り込んだの確認したリリーは、青年を軽く睨みながら御者に合図を送り、ゆっくりと馬車が動き始めた。
「……」
「王族にも挨拶なしで勝手に退場するとは……随分と自分勝手な行動ですね、姉上」
エレナのことを“姉上”と呼ぶこの青年こそが、エレナの一つ年下の弟ヴァンである。姉に向ける視線とは思えないほどヴァンの瞳には侮辱の感情が宿っている。
そういえば、エレナは実の弟にさえも嫌われている節がある。
出来損ないのエレナとは違い、出来の良すぎるヴァンは、常に成績がよくて、たくさんの人から期待されていた。一方で、落ちこぼれの姉にコンプレックスを持っていたようだ。
落ちこぼれといっても、前世の記憶を取り戻したエレナに、ヴァンは何一つ敵うはずもない。
なんせ、前世のエレナがかなりチートな存在であったからだ。前世のエレナは日本という国の財閥令嬢として生まれ、勉学はもちろんのこと、護身術として多くの武術を習っていた。あのときの血反吐を吐くような辛さは、身体は違うものの、どことなく感覚で覚えているものだ。
おかげで前世の癖がつい出てしまい、ヴァンのちょっとした行動にヴァンの癖や弱点が掴めてしまった。
「体調が悪かったのです。あの場で無様に倒れるよりはマシかと思いまして……」
「ふん、どうせシュルツ殿下とローズ男爵令嬢が仲良くしているのを見て、妬ましくなったのだろう。見え透いた嘘を吐くな」
自分は何もかも知っているといわんばかりにエレナを馬鹿にし、鼻で笑ってくるヴァン。エレナはそんなヴァンを冷たく睨んだ。
「なんだその目は、姉上にしては生意気だ!」
今にも殴りかかってきそうなヴァンをエレナはクスリと笑った。
「ふふ」
「な、何が可笑しい」
「ギルバート公爵家を継ぐ者としてそんなに感情を表に出していいのかと思いまして……」
「な、なんだと!?」
ヴァンは突然図星を突かれ、微かに怯んだ。
「そういえば……学園での成績が落ちているそうですね。頭まで残念になりましたか?」
エレナは心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。先程自分を馬鹿にしたお返しである。
「う、うるさいッ!!」
エレナが煽るたびにヴァンの顔が真っ赤に染まっていく。
「私のことを心配する余裕があるなら、自分の心配をしたらどうかしら?」
「黙れ!」
ヴァンの右手がエレナを殴ろうと動くが、前世で武術の悟りを開いてしまったエレナにこんな隙だらけの攻撃が当たるはずもない。
(馬鹿な子……それでも愛しく感じてしまうのは仮にも姉弟ってことよね。流石に大切な右手を潰してダメよね……手加減できるかしら?)
エレナはヴァンの右手を利き手ではない左手で器用に弾いてあげる。もしこれが利き手である右手であったら力を制御出来ず、ヴァンの身体は馬車から飛び出してしまうだろう。
「女性にまで手をあげるなんて…紳士のマナーさえも忘れてしまったのかしら?」
「グッ!? ば、馬鹿な……なぜ姉上が私の攻撃を弾くことができッ!?」
突然強く馬車内が揺れた。エレナはすぐさま外の様子を窺うとするが、剣同士がぶつかる音を聞こえ身体が硬直する。
「リ、リリーッ!!」
「エレナお嬢様ッ、夜盗です!! どうかお逃げください!」
リリーの切羽詰まった声が聞こえると同時に、馬車の扉が荒々しく開けられた。
「おっと、女もいるのか。それもかなりの上玉だな」
髭面の男が下品な視線をエレナの身体に這わせてくる。あまりにも男の不快な視線に思わず「チッ」と淑女としてあるまじき舌打ちが出てしまった。
「男は邪魔だな。殺すか」
男の手がヴァンに伸びようとした瞬間、エレナは座席下に配置されていた護身用の剣を鞘から瞬時に抜き去る。
「んぁッ!? お、俺の手が!!」
ナイフが握られていた男の手を地に落ちると同時に、エレナは男の心臓に深く剣を突き立てた。
「その汚い手で私の弟に触らないでくださる?」
そう告げるエレナの口元に残忍な笑みが浮かんだ。
初めて人を殺してしまったが、不思議と罪悪感は湧いてこない。多分この男が弟のヴァンに手を出そうとしたからだろう。
エレナは死んだ男を馬車の外へと蹴り飛ばした。
豪奢なドレスが邪魔なので、手際よく脱ぎ去り、下着姿になる。下着姿といっても、純白のマーメイドドレスみたい感じだ。
「あ、姉上ッ!? こんなときに何をしてるんですか!!」
どうやら弟のヴァンにとって、今のエレナの姿はかなり刺激の強い格好をしているらしい。
「邪魔だから仕方ないでしょう! 取り敢えず、貴方も剣を抜いておきなさい」
ヴァンが腰に備え付けていた剣を抜くのを確認したエレナは、弟の手を取り、馬車の外へと飛び出した。
馬車の外は、リリーと護衛たちが必死に夜盗と応戦している。一人一人の戦力は圧倒的に優っているのに、なにぶん夜盗の数が多すぎる。
(……ギルバート公爵家の跡取りを失うわけにはいかない。せめてヴァンだけでも逃さないと)
「リリーッ、ヴァンをつれて逃げなさい!! 私が時間を稼ぐから!」
「し、しかし、それではエレナお嬢様がッ!!」
リリーは嫌々と首を横にふった。
「公爵家に必要なの私じゃない、ヴァンよ! 私はいくらでも替え玉がいる!!」
「公爵家にとってはそうかもしれません! でも、私にとってエレナお嬢様の替えはいないんです!」
少しでも夜盗を殺そうとするリリーに愛しさが込み上げてくる。が、ここはエレナとしてもひくことはできない。
「リリー、これは命令よ! ヴァンをつれて逃げなさい!!」
「ッ……ヴァン様をこちらに!」
エレナの決心が伝わったのか、リリーはエレナの手からヴァンを受け取ると、近くの林の中に駆け出した。
それを追いかけようとする夜盗の前にエレナがはばかる。そして、近くで応戦していた護衛二人に呼びかけた。
「リアン! ロイト! その命を私に頂戴!」
リアンとロイトはリリーと同様エレナが拾った子たちだ。
「「仰せの通りに!」」
それからエレナは二人騎士を従え、月に照らされながら思うままに剣を振り続けた。数えきれないほどの命を奪い、返り血でエレナの純白の服が真っ赤に染まっていく。
流石の護衛二人もかなりキツイようで、苦しそうに肩を上下している。
(このままでは……大切な二人も失ってしまうかもしれない)
エレナは額の汗を拭いながら、周囲を見渡した。いくら斬っても斬っても溢れ出てくる敵。これではキリがない。
「グッ!?」
近くで呻き声が聞こえ、そちらに目を向けると、左腕に傷を負ったロイトがいた。
「転移」
そのとき、エレナはほぼ無意識に謎の呪文を呟いていた。
途端にリアンとロイトの身体が光に包まれ、光がおさまった頃には二人の姿はなかった。それを確認したエレナは、蕩けるような笑みを浮かべながら、その場に崩れ落ちた。
「……エレナお嬢様!」
「ん? この声は……リリーかしら?」
馬車の前で控えていたのはエレナの従者兼護衛のリリー。
リリーはエレナが幼い頃路地裏で拾い、従者として育てていたのだが、いつの間にか護衛としての武術も身につけてしまった、いわゆる天才である。
「エレナお嬢様、どうされたのですか? パーティーが終わるにはまだ早すぎるかと……」
リリーは心配そうに尋ねてくる。
「ちょっとだけ具合が悪くなってしまったの。馬車を出して貰えるかしら?」
「具合が悪いのですか!? 今すぐ馬車を出しますね!」
リリーに支えられて、馬車に乗り込む。
有無……十六年間エレナとして生きてきたが、前世の記憶を取り戻した影響なのか、ここまで豪奢な馬車に乗ると思うと気が引けてきた。
「……お嬢様?」
「な、なんでもないわ」
不思議そうに首を傾げるリリーに、エレナは慌てて平静を装う。
「ふふ、変なお嬢様」
エレナを見て可笑しそうに笑うリリーに思わずエレナの頬も熱くなる。無駄にフリルがついた悪趣味の扇子で風を起こし、顔の火照りを誤魔化そうとするが、中々上手くいかない。
「リリー、す、少し熱くないかし「そこの馬車、待て!」……」
発車しようとしているところを突然呼び止められ、馬車に乱入してくる青年にエレナは目を見張る。青年が乗り込んだの確認したリリーは、青年を軽く睨みながら御者に合図を送り、ゆっくりと馬車が動き始めた。
「……」
「王族にも挨拶なしで勝手に退場するとは……随分と自分勝手な行動ですね、姉上」
エレナのことを“姉上”と呼ぶこの青年こそが、エレナの一つ年下の弟ヴァンである。姉に向ける視線とは思えないほどヴァンの瞳には侮辱の感情が宿っている。
そういえば、エレナは実の弟にさえも嫌われている節がある。
出来損ないのエレナとは違い、出来の良すぎるヴァンは、常に成績がよくて、たくさんの人から期待されていた。一方で、落ちこぼれの姉にコンプレックスを持っていたようだ。
落ちこぼれといっても、前世の記憶を取り戻したエレナに、ヴァンは何一つ敵うはずもない。
なんせ、前世のエレナがかなりチートな存在であったからだ。前世のエレナは日本という国の財閥令嬢として生まれ、勉学はもちろんのこと、護身術として多くの武術を習っていた。あのときの血反吐を吐くような辛さは、身体は違うものの、どことなく感覚で覚えているものだ。
おかげで前世の癖がつい出てしまい、ヴァンのちょっとした行動にヴァンの癖や弱点が掴めてしまった。
「体調が悪かったのです。あの場で無様に倒れるよりはマシかと思いまして……」
「ふん、どうせシュルツ殿下とローズ男爵令嬢が仲良くしているのを見て、妬ましくなったのだろう。見え透いた嘘を吐くな」
自分は何もかも知っているといわんばかりにエレナを馬鹿にし、鼻で笑ってくるヴァン。エレナはそんなヴァンを冷たく睨んだ。
「なんだその目は、姉上にしては生意気だ!」
今にも殴りかかってきそうなヴァンをエレナはクスリと笑った。
「ふふ」
「な、何が可笑しい」
「ギルバート公爵家を継ぐ者としてそんなに感情を表に出していいのかと思いまして……」
「な、なんだと!?」
ヴァンは突然図星を突かれ、微かに怯んだ。
「そういえば……学園での成績が落ちているそうですね。頭まで残念になりましたか?」
エレナは心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。先程自分を馬鹿にしたお返しである。
「う、うるさいッ!!」
エレナが煽るたびにヴァンの顔が真っ赤に染まっていく。
「私のことを心配する余裕があるなら、自分の心配をしたらどうかしら?」
「黙れ!」
ヴァンの右手がエレナを殴ろうと動くが、前世で武術の悟りを開いてしまったエレナにこんな隙だらけの攻撃が当たるはずもない。
(馬鹿な子……それでも愛しく感じてしまうのは仮にも姉弟ってことよね。流石に大切な右手を潰してダメよね……手加減できるかしら?)
エレナはヴァンの右手を利き手ではない左手で器用に弾いてあげる。もしこれが利き手である右手であったら力を制御出来ず、ヴァンの身体は馬車から飛び出してしまうだろう。
「女性にまで手をあげるなんて…紳士のマナーさえも忘れてしまったのかしら?」
「グッ!? ば、馬鹿な……なぜ姉上が私の攻撃を弾くことができッ!?」
突然強く馬車内が揺れた。エレナはすぐさま外の様子を窺うとするが、剣同士がぶつかる音を聞こえ身体が硬直する。
「リ、リリーッ!!」
「エレナお嬢様ッ、夜盗です!! どうかお逃げください!」
リリーの切羽詰まった声が聞こえると同時に、馬車の扉が荒々しく開けられた。
「おっと、女もいるのか。それもかなりの上玉だな」
髭面の男が下品な視線をエレナの身体に這わせてくる。あまりにも男の不快な視線に思わず「チッ」と淑女としてあるまじき舌打ちが出てしまった。
「男は邪魔だな。殺すか」
男の手がヴァンに伸びようとした瞬間、エレナは座席下に配置されていた護身用の剣を鞘から瞬時に抜き去る。
「んぁッ!? お、俺の手が!!」
ナイフが握られていた男の手を地に落ちると同時に、エレナは男の心臓に深く剣を突き立てた。
「その汚い手で私の弟に触らないでくださる?」
そう告げるエレナの口元に残忍な笑みが浮かんだ。
初めて人を殺してしまったが、不思議と罪悪感は湧いてこない。多分この男が弟のヴァンに手を出そうとしたからだろう。
エレナは死んだ男を馬車の外へと蹴り飛ばした。
豪奢なドレスが邪魔なので、手際よく脱ぎ去り、下着姿になる。下着姿といっても、純白のマーメイドドレスみたい感じだ。
「あ、姉上ッ!? こんなときに何をしてるんですか!!」
どうやら弟のヴァンにとって、今のエレナの姿はかなり刺激の強い格好をしているらしい。
「邪魔だから仕方ないでしょう! 取り敢えず、貴方も剣を抜いておきなさい」
ヴァンが腰に備え付けていた剣を抜くのを確認したエレナは、弟の手を取り、馬車の外へと飛び出した。
馬車の外は、リリーと護衛たちが必死に夜盗と応戦している。一人一人の戦力は圧倒的に優っているのに、なにぶん夜盗の数が多すぎる。
(……ギルバート公爵家の跡取りを失うわけにはいかない。せめてヴァンだけでも逃さないと)
「リリーッ、ヴァンをつれて逃げなさい!! 私が時間を稼ぐから!」
「し、しかし、それではエレナお嬢様がッ!!」
リリーは嫌々と首を横にふった。
「公爵家に必要なの私じゃない、ヴァンよ! 私はいくらでも替え玉がいる!!」
「公爵家にとってはそうかもしれません! でも、私にとってエレナお嬢様の替えはいないんです!」
少しでも夜盗を殺そうとするリリーに愛しさが込み上げてくる。が、ここはエレナとしてもひくことはできない。
「リリー、これは命令よ! ヴァンをつれて逃げなさい!!」
「ッ……ヴァン様をこちらに!」
エレナの決心が伝わったのか、リリーはエレナの手からヴァンを受け取ると、近くの林の中に駆け出した。
それを追いかけようとする夜盗の前にエレナがはばかる。そして、近くで応戦していた護衛二人に呼びかけた。
「リアン! ロイト! その命を私に頂戴!」
リアンとロイトはリリーと同様エレナが拾った子たちだ。
「「仰せの通りに!」」
それからエレナは二人騎士を従え、月に照らされながら思うままに剣を振り続けた。数えきれないほどの命を奪い、返り血でエレナの純白の服が真っ赤に染まっていく。
流石の護衛二人もかなりキツイようで、苦しそうに肩を上下している。
(このままでは……大切な二人も失ってしまうかもしれない)
エレナは額の汗を拭いながら、周囲を見渡した。いくら斬っても斬っても溢れ出てくる敵。これではキリがない。
「グッ!?」
近くで呻き声が聞こえ、そちらに目を向けると、左腕に傷を負ったロイトがいた。
「転移」
そのとき、エレナはほぼ無意識に謎の呪文を呟いていた。
途端にリアンとロイトの身体が光に包まれ、光がおさまった頃には二人の姿はなかった。それを確認したエレナは、蕩けるような笑みを浮かべながら、その場に崩れ落ちた。
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