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(27)俺が欲しいのは圭吾君だけなのに
しおりを挟む「……青山は良いやつでした」
澪は人の顔と名前を覚えるのが得意なので、一応この男のことも記憶の端にひっかけてある。不要になったらすぐ忘れる予定の駒だった。
そいつは震える声で続ける。
「青山は今でも良いやつだと思います」
「そうだね。パパ活三昧の今井さんと違って、良い人なのかもね」
澪が興味なさそうに相槌を打つと、今井は顔を引きつらせて周囲を見回す。
二人はオフィス街にあるホテルのビジネスラウンジにいた。夕暮れ時のビル群を横目に、ボックス席で向かい合っている。
澪は青山君だけではなく、彼と関係がある人物のことも興信所で調べていた。計画に使えそうな人間を探すためだ。
そして見つけたのが、青山君の高校時代の友人の今井である。
大企業勤めで家庭円満、だけどその裏で、しょうもない女遊びにハマっている。
弱みを握って脅迫してください、と言わんばかりの今井のプロフィールを見たとき、澪は笑いをこらえきれなかった。
会社の重役の娘を妻にした今井は、家庭の危機が進退に直結する。だから彼は澪の脅しに簡単に屈した。
はじめて会ったときの今井は、水商売風の格好をした二十歳の澪を小馬鹿にした態度だった。
澪は今井をカラオケボックスの一室まで引きずり込み、不貞の証拠の動画と写真、そして最近彼が買ったすべての女と澪がツーショットで写っている画像を見せる。
女たちは澪と五分お喋りしただけで全員が澪の味方についていた。澪をガキだと舐め腐っていたエリートの表情が凍りつく。
「なんでもします。見逃してください、お願いします……」
最終的に今井は、カラオケボックスの床に額を擦りつけ土下座した。
澪は今井の高級なスーツの膝が埃だらけになっていくのを一瞥し、にこりともせずに告げる。
「そんなに怖がらないで、仲良くしようよ。少しお願いを聞いてほしいだけ」
澪が今井に与えた指令は、青山君から大金を借り、それを持ち逃げすることだった。
借りる金額も、金を引き出すための口実も、青山君に会う際の髪型と服装すら、澪が細かく設定してやった。
リストラされて借金まみれで離婚寸前。そう言って泣きつけば、青山君は間違いなく今井に手を差し伸べる。
澪の予想通り、青山君は今井に貯金の大半を渡してしまった。その優しさに惚れ惚れする。
その反面、高校時代の友人というだけで青山君から深い信頼を勝ち得た今井が気に食わなかった。
「お、俺はクズですけど、青山は違います。あいつ、この金がないと困ると思います……」
今井の目には澪が悪魔か化け物にでも見えているらしい。真っ青な顔で冷や汗を流し、何度も言葉をつかえさせながらもそう言った。
澪はあっさりと言い放つ。
「本気でそう思うなら今すぐお金返してきたら?そんで今井さんは俺にパパ活のこと嫁と会社にバラされてぇ、首吊っちゃえばいいんじゃない?」
うっ、と今井は喉をつまらせたようなうめき声をあげ、黙り込んだ。
「お金はあげるよ。それで奥さんとおいしいもの食べて」
澪は優雅な仕草で立ち上がった。隣の席との仕切り代わりに置かれた間接照明が、澪の横顔を照らす。
「……青山に何の恨みがあるんですか」
うつむいたきり動かない今井が、蚊の鳴くような声で訊いた。
「恨んでないよ、愛してる。だからここまでやってるの」
澪は長い睫毛を伏せてはにかみながら答える。他人に自分の恋の話を打ち明けるのははじめてだった。
そろそろ青山君は、今井に金を騙し取られたことに気づいたと思う。
彼は休日にも単発のバイトを入れるようになっていた。生活が苦しいのだろう。
澪は青山君の腕時計に仕掛けたGPSの位置情報と、興信所の報告を交互に眺めつつ、にっこりとほほえむ。
青山君はクリスマス前に大急ぎでスマホを買い替えていた。それ以降、青山君から連絡が来ない。
どうやら澪の願った通りの展開になったようだ。スマホが壊れて澪の連絡先が消し飛んだ。青山君と三日と開けずに逢瀬を重ねた一ヶ月のあいだに、澪はそうなるように仕向けていた。
高校時代の友人に裏切られ、唯一の支えだった澪とも音信不通になる。
そして澪はボロボロになった青山君を助けるふりをして、自分の腕の中に囲い込む。そういう絵図を描いた。
青山君は澪が贈った腕時計を欠かさずに身につけている。まるで大切なお守りのように。澪は自惚れそうになる。
青山君が寒い中何十分も澪のマンションの前に立っているのを知ったとき、腕が震えて止まらなかった。今すぐにその冷えきった身体を抱きしめたい。
会いたくてたまらなかったけど、万が一にも鉢合わせることがないように、ホストクラブが澪のために用意した新宿のマンションで過ごす日もあった。
窓からは新宿の夜景が一望できるけど、澪はそんなの興味ない。青山君と再会する前、眠るために帰るだけの、最低限の家具しかない部屋だった。
澪はベッドに寝そべってブドウ味のグミを齧りつつ、丁寧にファイリングした写真を見つめる。
興信所から買った青山君の後ろ姿、澪がこっそり撮った寝顔。そして十年前の、半分に切られたプリクラ。澪は幼い頃の自分の顔を、すべて黒いマジックで塗りつぶしていた。
写真を眺めながら、青山君との会話を思い出す。
あれは十二月になったばかりの頃のことだ。澪と青山君は飽きもせずにハンバーガーショップの二階席で向かい合っていた。
何が食べたい?と澪が訊くと、彼はかならずハンバーガーショップの名前を口にする。
青山君ったら常軌を逸しててりやきバーガーが好きなのかと思っていたけど、高級な店に行かないようにと彼なりに気をまわしていたのだろう。澪に余計な金を使わせないために。
そのときの青山君は、ポケモンをまったく知らない澪にスマホで画像を見せ、ポケモンの名前を当てさせる、という遊びにハマっていた。
「これは?」
「黄色ちゃん」
青山君は澪の荒唐無稽な返答がよほど気に入ったのか、すでに三十匹ほど命名させられている。
「次はこれ」
「カルビちゃん」
「じゃあこれは?」
「……特上カルビちゃん」
視力検査ぐらいの速度でさくさくと答える。そのたびに青山君は肩を震わせ笑っていた。
澪はわざとらしく拗ねてみせる。
「いじわる」
本当はむしろ嬉しかった。だって青山君がめずらしく隠しきれていなかったから。澪のことが可愛くてしょうがない、という態度を。
「じゃあこれで最後」
青山君のスマホには、長ネギを持った鳥のような生きものが写っていた。澪は画像を見つめ、適当に答える。
「……カモネギちゃん」
「せっ、正解!」
「嘘でしょ!?」
ガタ、と澪は椅子を鳴らす。二人して息ができないぐらい笑い転げた。
笑い疲れた青山君は、テーブルに頬杖をついて澪を見上げる。今まで見たことがないほど柔らかな表情だった。
「お前面白いんだからさ、大学でも友達作ってこいよ」
「……圭吾さんとしか話したくない」
恋ではなかったとしても、きっと少しは愛されていた。
だけど青山君の愛情は、いつも澪の目を外へと向けさせたがる。青山君以外の誰かを見つけてこい、と。
俺が欲しいのは圭吾君だけなのに。
青山君の後ろ姿を撮った写真に指先だけでそっと触れる。振り向いてくれない背中。
たっぷり二ヶ月弱らせてから、澪は偶然を装って青山君の目の前に飛び出した。
二月の半ば、風の強い夜だった。青山君は駅前の踏切を見つめている。この駅は急行列車が止まらない。
カンカンカン、と警報音がけたたましく鳴り響き、遮断器が下りる。青山君が冬のあいだずっと着続けていた黒いコートは、色褪せて擦り切れそうだった。
踏切の前で誰もが立ち止まる中、青山君だけが小さく一歩踏み出す。この日をずっと待っていた。澪は大声で叫んで走り出す。
「圭吾さんッ……圭吾さん!」
騙し続けてきた人生だけど、すべてはこの夜のための練習だったのかもしれない。一世一代の大芝居だった。
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