43 / 64
※(43)お前、今日も泣かなかったな
しおりを挟む搾り取られた直後のけだるい呼吸を隠さず、青山君は言った。
「……飲むなよ」
澪はいたずらっぽい表情で、べ、と舌を見せる。すでに飲み込んだ後だった。くやしいけど、興奮する。青山君は仏頂面を維持したまま、手を伸ばして澪の頭をなでてやった。
最初にこれをされる夜は大抵、怖いぐらい激しい。口での奉仕は澪がとびきり飢えていることを青山君に知らせる合図だった。
優しく抱いてもらえるようになったけど、二十歳の澪はときどき箍が外れる。ひさしぶりに泣かされるかもしれない。青山君は冷や汗をかきながらも覚悟を決める。
「うまくなったよな、お前」
青山君がカマをかけると、澪は据わった目で短く答える。
「バレた?」
あっさりと認めたのが意外だった。青山君は静かな喜びを噛みしめる。
予想していたとおりだ。やはり澪は、男のものを口にするのは青山君がはじめてだった。澪は男女どちらも抱いたことがあるようだけど、本来は異性愛者寄りだったのかもしれない。
澪はその年齢にしては異常なほど経験豊富でセックスがうまい。しかし口での行為だけは平凡だった。
もっとも、青山君がそれに気づいたのはつい最近のことだけど。抱かれたばかりの頃はそんなこと気にする余裕がなかった。澪が上達したことに気づき、そこでようやく以前の拙さにも気づいた、という具合である。
最初の頃の澪も雰囲気でごまかすのだけはうまかった。あの美しい顔がときに苦しげに眉を顰めながらも、恍惚に目を潤ませて青山君のものを口にする。
あの澪が、跪いて行為に夢中になっている姿。自分のもので澪の可愛らしい唇を押し開く背徳感。ほとんど視覚の情報とシチュエーションだけでイかされていた。
青山君とするまではセックスが嫌いだったと、かつて澪から打ち明けられたことがある。
そのときは半信半疑で聞いていたけど、あれはきっと澪の本音だ。
澪の性的な技巧は単なる趣味ではなく、生き抜くための手段だったのだと、今ならわかる。たったの二十歳でどんな生き方をしていたらあのセックスを覚えるのか。考えるだけで胃を抉られるような気分になった。
傷ついた孤独な子供が愛されるために必死になって身につけた籠絡の手管。澪のセックスは彼の暗い過去を彷彿とさせる。ただの陵辱じゃなかったから、青山君は澪を拒みきれなかった。
そんな澪でも、これだけはできなかった。青山君のもの以外は無理だったのだ。
彼の年相応の弱さが垣間見えて痛ましい。その弱さの先にある行為を、自分だけが許された。その事実に胸が震える。
青山君は澪の頬を両手で包み、ニヤける口元を隠さずに言った。
「お前、実質俺がはじめての相手だよな」
「やっとわかってくれたの?」
澪はうっとりとほほえむ。甘えた声で言葉を紡ぐ彼の唇から、尖った糸切り歯が覗いていた。
煽った青山君にも責任がある。しかし何事にも限度があるだろう。
その夜の壮絶さときたら。何度も抱かれてぐったりしている青山君からどうにか反応を引き出そうと、澪はあの手この手で責め抜いてきた。
青山君が一番よがり狂う体勢を終盤に持ってきたのはひどいと思う。完全に理性が溶けた青山君は、澪に命じられるままにとんでもなく卑猥なセリフを言わされた。
翌朝、青山君はとうとうセックスの頻度をめぐって澪と大喧嘩した。
喧嘩というか、青山君が一方的に泣きわめいただけなのだけど。青山君は疲労と快感の余韻に軋む身体で澪を叩き起こして泣き叫ぶ。
「いい加減にしろよ。昨日もおとといもその前も!俺の腰をぶっ壊す気か、てめえは!」
二十代と三十代ではその方面の体力に差がありすぎる。どんなに良くても、澪のペースに付き合っていたら身体がもたない。そんな内容のことをめちゃくちゃな語順でまくし立てた。
いつまでも泣きやまない青山君を見て、澪はゆっくりとベッドから降りる。
やかましいと殴られるかと思いきや、澪はベッドの横の床に膝をつき、青山君を見上げながら言った。
「反省してます。圭吾君お願い、嫌いにならないで」
あっけにとられて涙が止まった。
「あ、うん……」
捨てられた仔猫のような佇まいの澪を、つい布団の中に戻してしまった。
澪が毛布に顔を半分埋め、上目づかいをしながら、ひそひそと話しかけてくる。
「どうしよ。曜日決める?」
「その曜日になったら絶対しなきゃいけないっていうプレッシャーがいや」
つられて青山君も声をひそめて返答した。
ふふふっ、と澪が笑う。
「確かに」
「とりあえず、今日と明日はなし」
「はぁい……」
澪は素直に返事をした。
まだ眠そうにしている澪の肩をぽんぽんと叩いて寝かしつける。
眠っている澪はとても静かで、寝返りもほとんど打たない。体温が高いので湯たんぽとしては優秀だ。今は蒸し暑い六月だけど、青山君は澪の肩から手を離さずにいる。
澪の白い頬、長い睫毛、つんと尖った形の良い鼻、あどけない唇。澪の寝顔を見るのが好きだ。
澪は気づいているだろうか。寝顔の可愛さのおかげで命拾いしていることに。
実は青山君は、過去に一度だけ、包丁を片手に澪の枕元に立ったことがある。
澪は青山君を囲い込むことには熱心だけど、寝首をかかれるのを防ぐ対策はまったくしない。
林檎を剥いてやると言えば簡単にナイフを持たせてくれた。包丁を収納している棚に鍵もかけていない。
あれは二月の雨が降る夕暮れ時。青山君は澪の牢獄に囚われたばかりで、彼からの壮絶な支配に反発していた頃だった。
ホストクラブのバイトをしているせいか、澪は睡眠時間が不規則だ。その日の澪は昼すぎから電池が切れたように眠っていた。
とても寒い日で、青山君は暖房もつけずにリビングのソファで膝を抱えていた。あのときの青山君は、まだ澪と寝室で二人きりになるのが怖くてたまらなかったのだ。
もうすぐ夜が来てしまう。夜になったら、またひどいことをされる。
気づけば青山君は、だらりと下げた右腕に包丁を持ち、眠る澪の姿を見下ろしていた。冷たかったであろう包丁の柄がすっかり手になじんでいる。
片頬を枕に預けてすぅすぅ寝ている澪の、腹よりわずかに上の位置。心臓はあばら骨に守られているからうまくいかない。そんなセリフをドラマかなにかで聞いたことがある。
青山君は意外なほど冷静だった。心臓の音も呼吸もまったく乱れない。
生意気で威圧感があって軽薄。起きているときの澪の性格は、寝顔からは読み取れなかった。睫毛を伏せて目を閉じていると、可憐でおとなしそうに見える。
……今日も泣かなかったな、こいつ。
思いがけない感想が浮かび、青山君は自分の心の有り様に驚く。じわじわと意識の裏に潜んでいた思いが、ついに表に滲み出てきたかのような。
青山君は澪の涙を一度も見たことがない。
泣きそうな表情なら見た。だけどあれは、澪がまだ己の牙を隠して可愛げのある年下の友人に擬態していたときの芝居にすぎない。
無邪気で愛らしい幼子の残酷さで、大人の男にしかできないやり方で、毎日のように青山君を追いつめる澪。
それでも、いつか澪が泣くのではないかと、青山君は虚しい期待を捨てられない。
圭吾さん、ごめんなさい。なんでもするから許して、と。以前の澪に戻って、青山君にこれまでのことを謝罪する。都合の良い幻想だった。
だけどこの寝顔を見ていると、澪が目を開けるのを待ち続けてしまう自分がいた。
圭吾さん、とかつての呼び方で青山君を呼び、涙を浮かべた瞳でこちらを見上げるのではないか。
包丁を持っていないほうの手で澪に毛布をかけ直してやった。
寝室を出て、包丁を元の場所からひとつずらしたところに戻す。気づけ、と思いながら。俺とお前の限界に早く気づけ。
あれから数カ月、ずいぶん昔のことのように思えた。青山君は今でも、あの雨の日の夕暮れ時に感じた、包丁の持ち手の硬さと生ぬるさを覚えている。
とりあえず今日と明日はしないという言質を取れたから、安心して眠れる。
「澪」
起きてほしいような、もう少し可愛い寝顔を見ていたいような。
どっちつかずの気持ちが中途半端な大きさの声になった。澪はあいかわらず眠っている。青山君を信じきって身を預けてくる彼のいとけない寝顔の愛らしさが、喉の奥に焼けつくような痛みをもたらした。
澪の柔らかなダークブラウンの髪を指で弄びながら、青山君はつぶやく。
「お前、今日も泣かなかったな」
俺とお前の限界。今日と明日ではないみたいだけど、きっとすぐそこだよ。
126
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された
あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると…
「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」
気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
初めましてです。お手柔らかにお願いします。
ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!
或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」
***
日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。
疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。
彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界!
リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。
しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?!
さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……?
執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人
ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー
※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇♀️
※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです
※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます
朝or夜(時間未定)1話更新予定です。
1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。
♡、お気に入り、しおり、エールありがとうございます!とても励みになっております!
感想も頂けると泣いて喜びます!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる
桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」
首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。
レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。
ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる