底辺男が十歳下の溺愛執着系イケメンホストに買われる話(本編完結済み)

猫と模範囚

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※(43)お前、今日も泣かなかったな

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 搾り取られた直後のけだるい呼吸を隠さず、青山君は言った。

「……飲むなよ」

 澪はいたずらっぽい表情で、べ、と舌を見せる。すでに飲み込んだ後だった。くやしいけど、興奮する。青山君は仏頂面を維持したまま、手を伸ばして澪の頭をなでてやった。
 最初にこれをされる夜は大抵、怖いぐらい激しい。口での奉仕は澪がとびきり飢えていることを青山君に知らせる合図だった。
 優しく抱いてもらえるようになったけど、二十歳の澪はときどき箍が外れる。ひさしぶりに泣かされるかもしれない。青山君は冷や汗をかきながらも覚悟を決める。

「うまくなったよな、お前」

 青山君がカマをかけると、澪は据わった目で短く答える。

「バレた?」

 あっさりと認めたのが意外だった。青山君は静かな喜びを噛みしめる。
 予想していたとおりだ。やはり澪は、男のものを口にするのは青山君がはじめてだった。澪は男女どちらも抱いたことがあるようだけど、本来は異性愛者寄りだったのかもしれない。

 澪はその年齢にしては異常なほど経験豊富でセックスがうまい。しかし口での行為だけは平凡だった。
 もっとも、青山君がそれに気づいたのはつい最近のことだけど。抱かれたばかりの頃はそんなこと気にする余裕がなかった。澪が上達したことに気づき、そこでようやく以前の拙さにも気づいた、という具合である。
 最初の頃の澪も雰囲気でごまかすのだけはうまかった。あの美しい顔がときに苦しげに眉を顰めながらも、恍惚に目を潤ませて青山君のものを口にする。
 あの澪が、跪いて行為に夢中になっている姿。自分のもので澪の可愛らしい唇を押し開く背徳感。ほとんど視覚の情報とシチュエーションだけでイかされていた。

 青山君とするまではセックスが嫌いだったと、かつて澪から打ち明けられたことがある。
 そのときは半信半疑で聞いていたけど、あれはきっと澪の本音だ。

 澪の性的な技巧は単なる趣味ではなく、生き抜くための手段だったのだと、今ならわかる。たったの二十歳でどんな生き方をしていたらあのセックスを覚えるのか。考えるだけで胃を抉られるような気分になった。
 傷ついた孤独な子供が愛されるために必死になって身につけた籠絡の手管。澪のセックスは彼の暗い過去を彷彿とさせる。ただの陵辱じゃなかったから、青山君は澪を拒みきれなかった。

 そんな澪でも、これだけはできなかった。青山君のもの以外は無理だったのだ。
 彼の年相応の弱さが垣間見えて痛ましい。その弱さの先にある行為を、自分だけが許された。その事実に胸が震える。
 青山君は澪の頬を両手で包み、ニヤける口元を隠さずに言った。

「お前、実質俺がはじめての相手だよな」
「やっとわかってくれたの?」

 澪はうっとりとほほえむ。甘えた声で言葉を紡ぐ彼の唇から、尖った糸切り歯が覗いていた。

 煽った青山君にも責任がある。しかし何事にも限度があるだろう。

 その夜の壮絶さときたら。何度も抱かれてぐったりしている青山君からどうにか反応を引き出そうと、澪はあの手この手で責め抜いてきた。
 青山君が一番よがり狂う体勢を終盤に持ってきたのはひどいと思う。完全に理性が溶けた青山君は、澪に命じられるままにとんでもなく卑猥なセリフを言わされた。

 翌朝、青山君はとうとうセックスの頻度をめぐって澪と大喧嘩した。
 喧嘩というか、青山君が一方的に泣きわめいただけなのだけど。青山君は疲労と快感の余韻に軋む身体で澪を叩き起こして泣き叫ぶ。

「いい加減にしろよ。昨日もおとといもその前も!俺の腰をぶっ壊す気か、てめえは!」

 二十代と三十代ではその方面の体力に差がありすぎる。どんなに良くても、澪のペースに付き合っていたら身体がもたない。そんな内容のことをめちゃくちゃな語順でまくし立てた。
 いつまでも泣きやまない青山君を見て、澪はゆっくりとベッドから降りる。
 やかましいと殴られるかと思いきや、澪はベッドの横の床に膝をつき、青山君を見上げながら言った。

「反省してます。圭吾君お願い、嫌いにならないで」

 あっけにとられて涙が止まった。

「あ、うん……」

 捨てられた仔猫のような佇まいの澪を、つい布団の中に戻してしまった。
 澪が毛布に顔を半分埋め、上目づかいをしながら、ひそひそと話しかけてくる。

「どうしよ。曜日決める?」
「その曜日になったら絶対しなきゃいけないっていうプレッシャーがいや」

 つられて青山君も声をひそめて返答した。
 ふふふっ、と澪が笑う。

「確かに」
「とりあえず、今日と明日はなし」
「はぁい……」

 澪は素直に返事をした。
 まだ眠そうにしている澪の肩をぽんぽんと叩いて寝かしつける。
 眠っている澪はとても静かで、寝返りもほとんど打たない。体温が高いので湯たんぽとしては優秀だ。今は蒸し暑い六月だけど、青山君は澪の肩から手を離さずにいる。
 澪の白い頬、長い睫毛、つんと尖った形の良い鼻、あどけない唇。澪の寝顔を見るのが好きだ。

 澪は気づいているだろうか。寝顔の可愛さのおかげで命拾いしていることに。
 実は青山君は、過去に一度だけ、包丁を片手に澪の枕元に立ったことがある。

 澪は青山君を囲い込むことには熱心だけど、寝首をかかれるのを防ぐ対策はまったくしない。
 林檎を剥いてやると言えば簡単にナイフを持たせてくれた。包丁を収納している棚に鍵もかけていない。

 あれは二月の雨が降る夕暮れ時。青山君は澪の牢獄に囚われたばかりで、彼からの壮絶な支配に反発していた頃だった。
 ホストクラブのバイトをしているせいか、澪は睡眠時間が不規則だ。その日の澪は昼すぎから電池が切れたように眠っていた。
 とても寒い日で、青山君は暖房もつけずにリビングのソファで膝を抱えていた。あのときの青山君は、まだ澪と寝室で二人きりになるのが怖くてたまらなかったのだ。

 もうすぐ夜が来てしまう。夜になったら、またひどいことをされる。
 気づけば青山君は、だらりと下げた右腕に包丁を持ち、眠る澪の姿を見下ろしていた。冷たかったであろう包丁の柄がすっかり手になじんでいる。

 片頬を枕に預けてすぅすぅ寝ている澪の、腹よりわずかに上の位置。心臓はあばら骨に守られているからうまくいかない。そんなセリフをドラマかなにかで聞いたことがある。
 青山君は意外なほど冷静だった。心臓の音も呼吸もまったく乱れない。

 生意気で威圧感があって軽薄。起きているときの澪の性格は、寝顔からは読み取れなかった。睫毛を伏せて目を閉じていると、可憐でおとなしそうに見える。

 ……今日も泣かなかったな、こいつ。

 思いがけない感想が浮かび、青山君は自分の心の有り様に驚く。じわじわと意識の裏に潜んでいた思いが、ついに表に滲み出てきたかのような。

 青山君は澪の涙を一度も見たことがない。

 泣きそうな表情なら見た。だけどあれは、澪がまだ己の牙を隠して可愛げのある年下の友人に擬態していたときの芝居にすぎない。
 無邪気で愛らしい幼子の残酷さで、大人の男にしかできないやり方で、毎日のように青山君を追いつめる澪。

 それでも、いつか澪が泣くのではないかと、青山君は虚しい期待を捨てられない。
 圭吾さん、ごめんなさい。なんでもするから許して、と。以前の澪に戻って、青山君にこれまでのことを謝罪する。都合の良い幻想だった。
 だけどこの寝顔を見ていると、澪が目を開けるのを待ち続けてしまう自分がいた。
 圭吾さん、とかつての呼び方で青山君を呼び、涙を浮かべた瞳でこちらを見上げるのではないか。

 包丁を持っていないほうの手で澪に毛布をかけ直してやった。
 寝室を出て、包丁を元の場所からひとつずらしたところに戻す。気づけ、と思いながら。俺とお前の限界に早く気づけ。

 あれから数カ月、ずいぶん昔のことのように思えた。青山君は今でも、あの雨の日の夕暮れ時に感じた、包丁の持ち手の硬さと生ぬるさを覚えている。
 とりあえず今日と明日はしないという言質を取れたから、安心して眠れる。

「澪」

 起きてほしいような、もう少し可愛い寝顔を見ていたいような。
 どっちつかずの気持ちが中途半端な大きさの声になった。澪はあいかわらず眠っている。青山君を信じきって身を預けてくる彼のいとけない寝顔の愛らしさが、喉の奥に焼けつくような痛みをもたらした。
 澪の柔らかなダークブラウンの髪を指で弄びながら、青山君はつぶやく。

「お前、今日も泣かなかったな」

 俺とお前の限界。今日と明日ではないみたいだけど、きっとすぐそこだよ。








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