歴史小説小説一覧

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 若かりし日の山縣有朋は、伊藤が会席料理屋で遊んでいると聞き、本当にただ遊んでいるだけなのかと考える。時は、明治維新の直後。  とある夜の蝶が出てくる料理店と、後の元老との一幕、夜。  後に元老となる伊藤&山縣のお話と、その山縣の恋愛と、富貴楼のお話です。 参考文献) 横浜富貴楼お倉 2016 草思社文庫 元老 ――近代日本の真の指導者たち 2016 中公新書 明治を生きた女性たち-山県有朋の妻 1999 えんじゅ2号 Wikipedia 等
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小説 3,771 位 / 47,112件 歴史・時代 92 位 / 730件
文字数 97,337 最終更新日 2019.05.07 登録日 2019.04.13
 平治の敗戦で最愛の姉が死に、伊豆で儲けた嫡男も殺された。もう戦いたくない……しかし時代は、頼朝を挙兵へと導く。一方、平清盛の命を受けた大庭景親は、頼朝必殺の手だてを練りに練り、戦いを挑む。石橋山で全滅に近い敗北を喫し、辛くも戦場を逃れた頼朝はようやく反撃を開始する。しかし景親は巧妙な罠を仕掛け、静かに'その時'を待つ……そして頼朝目がけ、景親は渾身の矢を放った! 果たしてその結末は?
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小説 5,724 位 / 47,112件 歴史・時代 140 位 / 730件
文字数 96,145 最終更新日 2019.04.30 登録日 2019.04.06
連載小説「7番目のシャルル」の執筆動機です。 ジャンヌ・ダルクというメジャーな史実・物語に出てくるマイナーな王様は、じつはジャンヌに匹敵するくらいおもしろいのに誰にも知られていないとは! 埋もれている歴史エピソードを掘り起こしたくて、書き始めました。 百年戦争は、ジャンヌだけじゃない。知られざる魅力的なキャラクターがたくさんいるのです。
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小説 7,737 位 / 47,112件 エッセイ・ノンフィクション 110 位 / 1,124件
文字数 2,186 最終更新日 2019.03.27 登録日 2019.03.27
「息をするように人を斬る」 刺客の子として生まれた平山小弥太は、父と共に殺しの旅に出た。 念真流という一族の秘奥を武器に、行く先々で人を斬って生き血を浴び、獣性を増しながら刺客として成長していく。 少年期の「小弥太篇」と元服後の「雷蔵篇」からなる、天暗の宿星を背負って生まれた少年の、血塗られた生を描く、第一回アルファポリス歴史時代小説大賞の特別賞を受賞した、連作短編集。その完全版が登場!! ――受け継がれたのは、愛か憎しみか―― ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。 ※この物語は、「本朝徳河水滸伝」題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。
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小説 9,527 位 / 47,112件 歴史・時代 209 位 / 730件
文字数 514,396 最終更新日 2017.11.22 登録日 2017.01.19
采女とは、古代日本において容姿端麗な地方豪族の姉妹子女から輩出され、主に天皇への膳を供奉していた後宮の下級女官である。 采女の一人であるシラメはある日、配膳の途中に宮の裏手で怪我をしている男を見つけた。手当てをして別れたが、裳裾に男の血が付着してしまい、男を貶めようとする官人によって姦通を疑われてしまう。 己の冤罪を晴らすため、シラメは助けた男・阿閇皇子と共に朝廷に隠された闇ーー大嘗祭の秘技と采女の起源、そして阿閇皇子の出生の謎を解き明かす!
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小説 9,527 位 / 47,112件 歴史・時代 209 位 / 730件
文字数 4,435 最終更新日 2019.04.02 登録日 2019.04.02
鎌倉幕府設立者、源頼朝に「師父」と呼ばれた「千葉常胤」 時は1180年 平清盛により伊豆に流されていた源頼朝。 34歳で挙兵するも、石橋山(神奈川県小田原市)での戦いで平氏に敗れ、命からがら安房国に逃れたことから、歴史は動き出した。 鎌倉幕府設立に尽力をした千葉常胤氏が挙兵を決めた時のことにスポットライトを当てた話 登場人物 源頼朝 千葉常胤 千葉胤正 千葉胤頼 千葉成胤 藤九郎盛長 2017年 千葉文学賞応募の際、文字数制限のため、短く書き上げたものを、自分が納得するカタチに、連載にすることにしました。
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小説 47,112 位 / 47,112件 歴史・時代 730 位 / 730件
文字数 20,507 最終更新日 2018.05.25 登録日 2018.04.25
平泉を出た源九郎義経が蝦夷地に渡り、一年後に数百名のアイヌの精兵を連れて大陸に渡り、ジンギス汗となった生涯を描く。 大正時代に小矢部全一郎氏の「成吉思汗は義経なり」      はベストセラーになったが、文芸春秋に掲載された数名の歴史家たちの反論に遇って、灯が消えた。歴史家たちが口を揃えたのは、二人の身長差だった。義経は百五十センチくらいの小男だったのに対して、成吉思汗は二メートル有余の大男だったということである。 義経小男説は、歴史的に見てほぼ正しいと考えられるが、成吉思汗大男説は大いに疑問である。明治四十五年に出版された、ロシアの元陸軍中将イワニンの書いた評伝を、もとにした意見である可能性が高い。しかし、史実を調べてみると、ジンギス汗はロシアには一度も行ってはいないのである。遠征してロシアを征服したのは、弁慶と伊勢三郎(サブタイ=スブタイ)と考えられる武将の率いる軍隊である。八百年前のロシア人は弁慶を見て、あれこそが成吉思汗だ、と思い込んだものと思われる。 二〇〇〇年から始まった、ウランバートルでのジンギス汗の墳墓発掘は、世界百カ国を越す盛況で、日本隊は八百年前の地層から、数年前に新嘗祭の跡を発見している。新嘗祭は秋の農作物の収穫に感謝する儀式で、乾燥した稲の束を、真空にした容器の中で炭化させる作業であり、これは農業国日本の皇室だけの伝統行事である。   義経は、殿上人として後白河法皇の宮廷に出入りしていたので、この作法を知っていた可能性が高い。モンゴル人は昔から、遊牧と狩猟に明け暮れていた民であるから、新嘗祭を行うことは考えられないことである。長さ一千五百メートルの巨大な製鉄所跡も発見されていて、義経=ジンギス汗説を、今こそ見直す時が来たと考えられる
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小説 47,112 位 / 47,112件 歴史・時代 730 位 / 730件
文字数 97,202 最終更新日 2019.04.12 登録日 2019.04.12
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