歴史小説小説一覧

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「息をするように人を斬る」 刺客の子として生まれた平山小弥太は、父と共に殺しの旅に出た。 念真流という一族の秘奥を武器に、行く先々で人を斬って生き血を浴び、獣性を増しながら刺客として成長していく。 少年期の「小弥太篇」と元服後の「雷蔵篇」からなる、天暗の宿星を背負って生まれた少年の、血塗られた生を描く、第一回アルファポリス歴史時代小説大賞の特別賞を受賞した、連作短編集。その完全版が登場!! ――受け継がれたのは、愛か憎しみか―― ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。 ※この物語は、「本朝徳河水滸伝」題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。
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小説 8,749 位 / 68,174件 歴史・時代 78 位 / 782件
文字数 514,396 最終更新日 2017.11.22 登録日 2017.01.19
連載小説「7番目のシャルル」の執筆動機です。 ジャンヌ・ダルクというメジャーな史実・物語に出てくるマイナーな王様は、じつはジャンヌに匹敵するくらいおもしろいのに誰にも知られていないとは! 埋もれている歴史エピソードを掘り起こしたくて、書き始めました。 百年戦争は、ジャンヌだけじゃない。知られざる魅力的なキャラクターがたくさんいるのです。
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小説 9,933 位 / 68,174件 エッセイ・ノンフィクション 127 位 / 2,021件
文字数 2,186 最終更新日 2019.03.27 登録日 2019.03.27
拙作「7番目のシャルル 〜狂った王国にうまれて〜」が講談社の第一回レジェンド賞最終選考に残り、惜しくも受賞は逃しましたが、短評をいただく運びとなりました。 選考過程の評価になるため批判的なコメントもありますが、とても勉強になりました(皮肉ではなく)。 このページは作者自身の後学のための備忘録です。同時に、小説家志望者の参考になるかもしれません。 ※このエッセイおよび「7番目のシャルル 〜狂った王国にうまれて〜」は小説家になろうとセルバンテスとで重複投稿しています。
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小説 68,174 位 / 68,174件 エッセイ・ノンフィクション 2,021 位 / 2,021件
文字数 2,201 最終更新日 2020.03.02 登録日 2020.03.02
幸せとちょっぴりの切なさを感じるお品書き帖です―― 野州夜須藩の城下・蔵前町に、昼は小売り酒屋、夜は居酒屋を営む鬼八という店がある。父娘二人で切り盛りするその店に、六蔵という料理人が現れ――。 アルファポリス歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」、同最終候補「天暗の星」ともリンクする、「夜須藩もの」人情ストーリー。
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小説 68,174 位 / 68,174件 歴史・時代 782 位 / 782件
文字数 46,063 最終更新日 2019.08.07 登録日 2019.07.28
【小説家になろうから転載。もとは1話完結の短編エッセイですが後日談を追加します】 アカウントを取得して3週間。手探りで執筆を始め、システムに少し慣れてきたと同時にいくつかの疑問が浮かんだ。 たとえば、そのひとつ。 「歴史〔文芸〕」ジャンルが、私が考える歴史小説のイメージとだいぶ違うことに気づいた。 違和感の原因を探るため、自分なりに「歴史小説」を再定義してみた。 40万以上の作品数を誇る巨大サイトで、現在の運営システム(ランキングやジャンル検索)では作家/作品と読者のニーズを満たしていないのでは、という話。
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小説 68,174 位 / 68,174件 エッセイ・ノンフィクション 2,021 位 / 2,021件
文字数 1,810 最終更新日 2019.06.18 登録日 2019.06.18
平泉を出た源九郎義経が蝦夷地に渡り、一年後に数百名のアイヌの精兵を連れて大陸に渡り、ジンギス汗となった生涯を描く。 大正時代に小矢部全一郎氏の「成吉思汗は義経なり」      はベストセラーになったが、文芸春秋に掲載された数名の歴史家たちの反論に遇って、灯が消えた。歴史家たちが口を揃えたのは、二人の身長差だった。義経は百五十センチくらいの小男だったのに対して、成吉思汗は二メートル有余の大男だったということである。 義経小男説は、歴史的に見てほぼ正しいと考えられるが、成吉思汗大男説は大いに疑問である。明治四十五年に出版された、ロシアの元陸軍中将イワニンの書いた評伝を、もとにした意見である可能性が高い。しかし、史実を調べてみると、ジンギス汗はロシアには一度も行ってはいないのである。遠征してロシアを征服したのは、弁慶と伊勢三郎(サブタイ=スブタイ)と考えられる武将の率いる軍隊である。八百年前のロシア人は弁慶を見て、あれこそが成吉思汗だ、と思い込んだものと思われる。 二〇〇〇年から始まった、ウランバートルでのジンギス汗の墳墓発掘は、世界百カ国を越す盛況で、日本隊は八百年前の地層から、数年前に新嘗祭の跡を発見している。新嘗祭は秋の農作物の収穫に感謝する儀式で、乾燥した稲の束を、真空にした容器の中で炭化させる作業であり、これは農業国日本の皇室だけの伝統行事である。   義経は、殿上人として後白河法皇の宮廷に出入りしていたので、この作法を知っていた可能性が高い。モンゴル人は昔から、遊牧と狩猟に明け暮れていた民であるから、新嘗祭を行うことは考えられないことである。長さ一千五百メートルの巨大な製鉄所跡も発見されていて、義経=ジンギス汗説を、今こそ見直す時が来たと考えられる
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小説 68,174 位 / 68,174件 歴史・時代 782 位 / 782件
文字数 97,202 最終更新日 2019.04.12 登録日 2019.04.12
采女とは、日本と呼ばれるようになった頃、主に天皇への膳を供奉していた後宮の下級女官だ。 采女の一人であるシラメはある日、配膳の途中に宮の裏手で行き倒れている男を見つけた。食事を要求されたシラメだったけど……? 「めし……」 「駄目です。これは尚侍の膳です」 行き倒れていた男・阿閇皇子とはこれをきっかけにご飯を作ってあげたり、お菓子をもらったり、阿閇にくだされた朝廷で起きた事件の究明を、シラメが手伝ってあげたり。 これは、そんな美食家皇子の名推理をお膳立てする采女の物語ーー
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小説 68,174 位 / 68,174件 歴史・時代 782 位 / 782件
文字数 8,839 最終更新日 2019.11.15 登録日 2019.04.02
鎌倉幕府設立者、源頼朝に「師父」と呼ばれた「千葉常胤」 時は1180年 平清盛により伊豆に流されていた源頼朝。 34歳で挙兵するも、石橋山(神奈川県小田原市)での戦いで平氏に敗れ、命からがら安房国に逃れたことから、歴史は動き出した。 鎌倉幕府設立に尽力をした千葉常胤氏が挙兵を決めた時のことにスポットライトを当てた話 登場人物 源頼朝 千葉常胤 千葉胤正 千葉胤頼 千葉成胤 藤九郎盛長 2017年 千葉文学賞応募の際、文字数制限のため、短く書き上げたものを、自分が納得するカタチに、連載にすることにしました。
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小説 68,174 位 / 68,174件 歴史・時代 782 位 / 782件
文字数 20,507 最終更新日 2018.05.25 登録日 2018.04.25
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