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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【フォルシアンSide】当主イェルムの覚醒(後)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
帰国するや否やの、エドヴァルドからのボードリエ伯爵令嬢への一言に、どうやらレイナ嬢も、どうやってかギーレン国まで行っていたらしい事を察しはしたが、必要な事であれば、そのうちエドヴァルドなり陛下なりの口から聞かされるだろうと、その場では敢えて口を挟まない事にした。
それよりも〝ヘンリエッタ〟に、レイナ嬢とボードリエ伯爵令嬢とミカ・ハルヴァラ伯爵令息とで訪れる話があったと言うのなら、私にはそちらの話の方が急務と言えた。
ミカ・ハルヴァラ伯爵令息も、次代を担う一人として、将来有望な少年だ。
これは歓待せねばと思い立ったところで、更にエドヴァルドが、私へと爆弾を投げ込んで来た。
(――〝フリードリーン〟への口利きだって⁉)
一瞬、聞き間違えたかと思った。
フォルシアン公爵領は、北部渓谷地域アムレアン侯爵領で収穫されるカカオ、南部ダリアン侯爵領下ヤーデルード鉱山で採掘される高品質のサファイアとサファーリン、それらが現在、領を支えている要だった。
ヤーデルード鉱山で採掘された石を研磨加工して卸す宝飾店――それが〝フリードリーン〟なのだ。
その上、他領で既に鉱脈が枯渇した〝青の中の青〟に次ぐ価値を持つ「青の宝石」が〝エルシー〟で、鉱脈が見つかった時に、私が妻・エリサベトの幼少期の愛称を名付けた、フォルシアン公爵領でしか産出されない、価値の高い石だ。
更に〝サランディーブ〟となると、サファイアから派生したサファーリン自体、一見すると黒に見える珍しい石であるところが、光に通すと濃いブルーやグリーンが浮かび上がってくると言う、黒でありながら透過性の高い、より希少性の高い石になるのだ。
エドヴァルドの「青」とレイナ嬢の「黒」を欲する、その意図は明らか過ぎるくらいだ。
恐らくは、そう易々と〝青の中の青〟が手に入らない事は、レイナ嬢が身に付けているネックレスを購入した時にでも耳にしたのかも知れない。
だからこそ、それに次ぐ価値を持つとされる、我が領の〝エルシー〟に白羽の矢を立てたのだろう。
まして「黒」の石として希少性の高い〝サランディーブ〟を探すのであれば、これ以上に確かな所はないのだから。
「そうだな〝サランディーブ〟に関しては、恐らく店でも選択の余地がない程の在庫しかないだろうが〝エルシー〟に関しては、私からの祝いだ、とっておきを用意してあげよう!」
私が、妻の瞳の色だとの直感から名付けた石だ。
他ならぬエドヴァルドが、本気で惚れた女性のために贈りたいと言うのなら、最上級の石を用意させるとも!
本当ならすぐにでも、エドヴァルドを店に引きずって行きたいくらいだったが、ボードリエ伯爵令嬢やハルヴァラ伯爵令息の事を考えれば、そう言う訳にもいかない。
聞けばハルヴァラ伯爵令息の帰領の日時等の事もあるらしく、貴族令嬢への日時指定としては異例の二日後で、話が纏まってしまった。
さすがにあんまりだとの自覚もあったので、今回は特別に〝ヘンリエッタ〟の個室を空けようとは思ったのだが。
帰宅して、私が〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の話をすると、妻も目を見開いていた。
近ごろ娘はアムレアン侯爵領へ、次期侯爵夫人としての教育を受ける傍ら出かけている事も多く、息子にいたっては泊まり込みで仕事に没頭している事もあるため、夕食は二人でとる事が多い。
そんなに人手が足りないのか高等法院…と、エドヴァルドに一度聞いてみようかと思わなくもない。
まあ今はそれよりも〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の話なんだが。
「そうですの。両方の石を用意すると言う事は、もう、ただの贈り物としての意味は持っていないのでしょうね」
さすが宝飾品の話となれば、私よりも彼女の方が察しが早かったかも知れない。
「だと思うよ。だから〝エルシー〟に関しては、私からエドヴァルドの前途を祝して贈ってやろうかと思っているんだが、構わないかな」
私の個人資産をどう使おうと私の勝手――などと嘯く世の貴族男性もいる様だが、私はエリサベトに「秘密」を作るつもりはない。
何かを買う時には、必ず伝えるようにしているのだ。
もちろん、エリサベトの方もしかりだ。
今回は、正確には店の品物を贈ると言う扱いではあるのだが、エリサベトに伝えないと言う選択肢はそもそもない。
「ええ、ぜひ。私からのお祝いの気持ちもこめて、とっておきを選んで差し上げて下さい」
そんな訳で妻の快諾も得たので、翌日先んじて〝フリードリーン〟に顔を出し、イデオン公爵を店に連れて来る事と〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の取り置きを店長に言い含めておいた。
本人は言わなかったが、どう加工したいのかも大方予想がついたので、台座や地金もある程度用意させておいた。
チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟でのお茶の間に…となれば、そこまで時間的余裕はないだろうからだ。
「ふふ…貴方が子供みたいに楽しみにして、どうなさいますの」
戻ってからエリサベトに笑われてしまったが、むしろ息子に全く予定がないところから言っても、楽しみにしない道理がない。
「くれぐれも〝ヘンリエッタ〟で貴方がネタばらしをなさいませんようにね?」
そんな風に揶揄われながら、更に翌日〝ヘンリエッタ〟へと出かけて行った。
娘から事前に預かっていた、邸宅での茶会への招待状を持参する事も忘れない。
「やあ、久しぶりだねレイナ嬢。今日はエドヴァルドとの予定があった事も確かだが、貴女にも話があってね」
ボードリエ伯爵令嬢がいるのに、レイナ嬢にだけ招待状を渡すのはまずかろうと、レイナ嬢が個室に入る前に先に声をかけたのだが――そこで続ける言葉に一瞬だけ困ってしまった。
さすがヘルマン製、と無意識のうちに言葉は出ていたのだが。
…大ぶりのストールでも隠し切れない「痣」の意味が分からない年齢ではない。
茶会の招待客を気にしているエドヴァルドに、よほど言ってやりたい事があったのだが、レイナ嬢に気の毒な気もするので、いったんこの場では引き下がる事にした。
「じゃあ、まあ、とりあえず出かけようか、エドヴァルド」
馬車を使うまでもない、徒歩圏内に〝フリードリーン〟はある。
店の中に入って、上客向けの個室に入ったところで、ようやく私はそこまで黙っていた疑問をぶつける事が出来た。
必要以上に聞かれたくない、と言った表情をありありと浮かべているのは、この際無視だ。
「ピアスを作る――そう言う事で良いのかな」
まずは聞いておかなくてはいけない事から話を始めると、チラとこちらに視線を向けたしたものの、すぐに横を向いてしまい「……そうだ」と言う静かな返事だけが聞こえた。
「そうなると、台座や型枠に関しては定型の様なものだから、あとは地金だが……純金で良いんだろう?普段使いのアクセサリーとしてならともかく、それ以上の意味がある時に、他の金属が混じるのは感心しないし、プラチナだと耳には重いからな」
「そうか……私はあまりそのあたり詳しくないから、任せても構わないか」
イデオン公爵領内は、フォルシアン公爵領と違ってめぼしい鉱山がないうえに、これまで女性に何かを贈ると言う発想が皆無だっただろうエドヴァルドからすると、無理からぬ反応だと言える。
「まあ、領内に鉱山を持つ者としても、妻に同じ事をした先達としても、任せてくれ」
私は、ともすれば緩みそうになる口元を引き締めるのに苦労しなくてはならなかった。
そこへ店長が裸石を含めた素材一式を持って来たので、それを机の上に並べさせる。
「この前も言ったが〝サランディーブ〟は、在庫があっただけ幸運だと思っておいてくれ。その代わり〝エルシー〟はとっておきを用意させたから」
「…いや。無理を言った自覚はある。費用は必要なだけ請求してくれて構わない」
いちいち値段を確認しないのは、公爵家当主同士ならではの会話と言えるかも知れない。
「基本はそれぞれの石を、細長く、両端の尖った形にカットしたやや大きめのものと、球体にした少し小さめのものと、二種類にカットして、繋げるんだ。大きめの石を相手の瞳の色に、小さな球体は自分の瞳の色に――と言う風にしてね」
初耳なんだろう。「…なるほど」と、いっそ感心したようにエドヴァルドは呟いていた。
イデオン家の家庭環境を考えれば、知らなくとも無理からぬ事であり、ピアスが必要だと言う事だけ、家令なり侍女長あたりから耳にしたのかも知れなかった。
「そして、女性は右の耳に、男性は左の耳に――そう言えば、レイナ嬢はこの国の出身じゃないんだろう?なら、ただ渡すだけだと意味が伝わらない可能性があるから、きちんと言葉にして伝えた方が良いと、敢えて念を押しておこう」
そう、追加で忠告をすれば、それすらも気付いていなかったとばかりに、目を見開いていた。
「…くくっ」
だがその辺りが私の我慢の限界で、宝飾店と言う場も忘れて、つい爆笑してしまった。
「ハハッ!いやはや、天下の宰相閣下がこれほど年齢相応に見えた事もないな!そもそもなんだい、あんな見えるところに痣を付けて!ストールでさえどうにもなっていないじゃないか!」
「……うるさい。そもそも私があのストールを着せた訳じゃない」
「いや、流石にそれはレイナ嬢が気の毒だ。下手をすれば『火遊び』だと誤解を受ける」
「……っ」
「そんなつもりはないと、私や親しい周囲なら思うだろうが」
不本意そうに口を閉ざしたエドヴァルドに「なあ」と、やんわり言葉を繋ぐ。
「ユティラの茶会とは別に、エリサベトとレイナ嬢と4人で一度、外で食事をしないか。そうだな…〝アンブローシュ〟あたりなら、静かに話せると思うが」
「いや…とりあえず出来上がったピアスは、そこで彼女に渡すつもりをしている」
思いがけない返しにちょっと驚いてしまったが、そう言う事ならと、すぐさま代案を考える。
「なら〝スピヴァーラ〟にしようか。少し〝アンブローシュ〟より格は落ちるが、経営者がテミセヴァ侯爵の弟だから、その次くらいには、格と信用もある」
「……そこで何を?」
「何を言ってる。今のレイナ嬢の立場のままだと、このピアスは外では付けられない事くらいは分かるだろう?ユティラとの茶会でエリサベトに会わせても良いが、待てるとは思えない」
「それは……」
「痣をつける様な事もして、腹も括ったんだろう?一応の謹慎で、時間的余裕のあるうちに全てを進めてしまいたいんだろう?だったら、子離れした…まあ息子は勝手に離れたが、エリサベトと二人、保護者根性に目醒めている今が大チャンスだと自薦するけどね」
――養子縁組。
恐らくエリサベトも否とは言わないだろうが、段階を踏むべきなのも確かだ。
私はそこで少しだけ口を閉ざして、エドヴァルドの答えを待ったが――手応えはあったと確信した。
少しは20年前の恩返しが出来たなら良いんだが。
帰国するや否やの、エドヴァルドからのボードリエ伯爵令嬢への一言に、どうやらレイナ嬢も、どうやってかギーレン国まで行っていたらしい事を察しはしたが、必要な事であれば、そのうちエドヴァルドなり陛下なりの口から聞かされるだろうと、その場では敢えて口を挟まない事にした。
それよりも〝ヘンリエッタ〟に、レイナ嬢とボードリエ伯爵令嬢とミカ・ハルヴァラ伯爵令息とで訪れる話があったと言うのなら、私にはそちらの話の方が急務と言えた。
ミカ・ハルヴァラ伯爵令息も、次代を担う一人として、将来有望な少年だ。
これは歓待せねばと思い立ったところで、更にエドヴァルドが、私へと爆弾を投げ込んで来た。
(――〝フリードリーン〟への口利きだって⁉)
一瞬、聞き間違えたかと思った。
フォルシアン公爵領は、北部渓谷地域アムレアン侯爵領で収穫されるカカオ、南部ダリアン侯爵領下ヤーデルード鉱山で採掘される高品質のサファイアとサファーリン、それらが現在、領を支えている要だった。
ヤーデルード鉱山で採掘された石を研磨加工して卸す宝飾店――それが〝フリードリーン〟なのだ。
その上、他領で既に鉱脈が枯渇した〝青の中の青〟に次ぐ価値を持つ「青の宝石」が〝エルシー〟で、鉱脈が見つかった時に、私が妻・エリサベトの幼少期の愛称を名付けた、フォルシアン公爵領でしか産出されない、価値の高い石だ。
更に〝サランディーブ〟となると、サファイアから派生したサファーリン自体、一見すると黒に見える珍しい石であるところが、光に通すと濃いブルーやグリーンが浮かび上がってくると言う、黒でありながら透過性の高い、より希少性の高い石になるのだ。
エドヴァルドの「青」とレイナ嬢の「黒」を欲する、その意図は明らか過ぎるくらいだ。
恐らくは、そう易々と〝青の中の青〟が手に入らない事は、レイナ嬢が身に付けているネックレスを購入した時にでも耳にしたのかも知れない。
だからこそ、それに次ぐ価値を持つとされる、我が領の〝エルシー〟に白羽の矢を立てたのだろう。
まして「黒」の石として希少性の高い〝サランディーブ〟を探すのであれば、これ以上に確かな所はないのだから。
「そうだな〝サランディーブ〟に関しては、恐らく店でも選択の余地がない程の在庫しかないだろうが〝エルシー〟に関しては、私からの祝いだ、とっておきを用意してあげよう!」
私が、妻の瞳の色だとの直感から名付けた石だ。
他ならぬエドヴァルドが、本気で惚れた女性のために贈りたいと言うのなら、最上級の石を用意させるとも!
本当ならすぐにでも、エドヴァルドを店に引きずって行きたいくらいだったが、ボードリエ伯爵令嬢やハルヴァラ伯爵令息の事を考えれば、そう言う訳にもいかない。
聞けばハルヴァラ伯爵令息の帰領の日時等の事もあるらしく、貴族令嬢への日時指定としては異例の二日後で、話が纏まってしまった。
さすがにあんまりだとの自覚もあったので、今回は特別に〝ヘンリエッタ〟の個室を空けようとは思ったのだが。
帰宅して、私が〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の話をすると、妻も目を見開いていた。
近ごろ娘はアムレアン侯爵領へ、次期侯爵夫人としての教育を受ける傍ら出かけている事も多く、息子にいたっては泊まり込みで仕事に没頭している事もあるため、夕食は二人でとる事が多い。
そんなに人手が足りないのか高等法院…と、エドヴァルドに一度聞いてみようかと思わなくもない。
まあ今はそれよりも〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の話なんだが。
「そうですの。両方の石を用意すると言う事は、もう、ただの贈り物としての意味は持っていないのでしょうね」
さすが宝飾品の話となれば、私よりも彼女の方が察しが早かったかも知れない。
「だと思うよ。だから〝エルシー〟に関しては、私からエドヴァルドの前途を祝して贈ってやろうかと思っているんだが、構わないかな」
私の個人資産をどう使おうと私の勝手――などと嘯く世の貴族男性もいる様だが、私はエリサベトに「秘密」を作るつもりはない。
何かを買う時には、必ず伝えるようにしているのだ。
もちろん、エリサベトの方もしかりだ。
今回は、正確には店の品物を贈ると言う扱いではあるのだが、エリサベトに伝えないと言う選択肢はそもそもない。
「ええ、ぜひ。私からのお祝いの気持ちもこめて、とっておきを選んで差し上げて下さい」
そんな訳で妻の快諾も得たので、翌日先んじて〝フリードリーン〟に顔を出し、イデオン公爵を店に連れて来る事と〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の取り置きを店長に言い含めておいた。
本人は言わなかったが、どう加工したいのかも大方予想がついたので、台座や地金もある程度用意させておいた。
チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟でのお茶の間に…となれば、そこまで時間的余裕はないだろうからだ。
「ふふ…貴方が子供みたいに楽しみにして、どうなさいますの」
戻ってからエリサベトに笑われてしまったが、むしろ息子に全く予定がないところから言っても、楽しみにしない道理がない。
「くれぐれも〝ヘンリエッタ〟で貴方がネタばらしをなさいませんようにね?」
そんな風に揶揄われながら、更に翌日〝ヘンリエッタ〟へと出かけて行った。
娘から事前に預かっていた、邸宅での茶会への招待状を持参する事も忘れない。
「やあ、久しぶりだねレイナ嬢。今日はエドヴァルドとの予定があった事も確かだが、貴女にも話があってね」
ボードリエ伯爵令嬢がいるのに、レイナ嬢にだけ招待状を渡すのはまずかろうと、レイナ嬢が個室に入る前に先に声をかけたのだが――そこで続ける言葉に一瞬だけ困ってしまった。
さすがヘルマン製、と無意識のうちに言葉は出ていたのだが。
…大ぶりのストールでも隠し切れない「痣」の意味が分からない年齢ではない。
茶会の招待客を気にしているエドヴァルドに、よほど言ってやりたい事があったのだが、レイナ嬢に気の毒な気もするので、いったんこの場では引き下がる事にした。
「じゃあ、まあ、とりあえず出かけようか、エドヴァルド」
馬車を使うまでもない、徒歩圏内に〝フリードリーン〟はある。
店の中に入って、上客向けの個室に入ったところで、ようやく私はそこまで黙っていた疑問をぶつける事が出来た。
必要以上に聞かれたくない、と言った表情をありありと浮かべているのは、この際無視だ。
「ピアスを作る――そう言う事で良いのかな」
まずは聞いておかなくてはいけない事から話を始めると、チラとこちらに視線を向けたしたものの、すぐに横を向いてしまい「……そうだ」と言う静かな返事だけが聞こえた。
「そうなると、台座や型枠に関しては定型の様なものだから、あとは地金だが……純金で良いんだろう?普段使いのアクセサリーとしてならともかく、それ以上の意味がある時に、他の金属が混じるのは感心しないし、プラチナだと耳には重いからな」
「そうか……私はあまりそのあたり詳しくないから、任せても構わないか」
イデオン公爵領内は、フォルシアン公爵領と違ってめぼしい鉱山がないうえに、これまで女性に何かを贈ると言う発想が皆無だっただろうエドヴァルドからすると、無理からぬ反応だと言える。
「まあ、領内に鉱山を持つ者としても、妻に同じ事をした先達としても、任せてくれ」
私は、ともすれば緩みそうになる口元を引き締めるのに苦労しなくてはならなかった。
そこへ店長が裸石を含めた素材一式を持って来たので、それを机の上に並べさせる。
「この前も言ったが〝サランディーブ〟は、在庫があっただけ幸運だと思っておいてくれ。その代わり〝エルシー〟はとっておきを用意させたから」
「…いや。無理を言った自覚はある。費用は必要なだけ請求してくれて構わない」
いちいち値段を確認しないのは、公爵家当主同士ならではの会話と言えるかも知れない。
「基本はそれぞれの石を、細長く、両端の尖った形にカットしたやや大きめのものと、球体にした少し小さめのものと、二種類にカットして、繋げるんだ。大きめの石を相手の瞳の色に、小さな球体は自分の瞳の色に――と言う風にしてね」
初耳なんだろう。「…なるほど」と、いっそ感心したようにエドヴァルドは呟いていた。
イデオン家の家庭環境を考えれば、知らなくとも無理からぬ事であり、ピアスが必要だと言う事だけ、家令なり侍女長あたりから耳にしたのかも知れなかった。
「そして、女性は右の耳に、男性は左の耳に――そう言えば、レイナ嬢はこの国の出身じゃないんだろう?なら、ただ渡すだけだと意味が伝わらない可能性があるから、きちんと言葉にして伝えた方が良いと、敢えて念を押しておこう」
そう、追加で忠告をすれば、それすらも気付いていなかったとばかりに、目を見開いていた。
「…くくっ」
だがその辺りが私の我慢の限界で、宝飾店と言う場も忘れて、つい爆笑してしまった。
「ハハッ!いやはや、天下の宰相閣下がこれほど年齢相応に見えた事もないな!そもそもなんだい、あんな見えるところに痣を付けて!ストールでさえどうにもなっていないじゃないか!」
「……うるさい。そもそも私があのストールを着せた訳じゃない」
「いや、流石にそれはレイナ嬢が気の毒だ。下手をすれば『火遊び』だと誤解を受ける」
「……っ」
「そんなつもりはないと、私や親しい周囲なら思うだろうが」
不本意そうに口を閉ざしたエドヴァルドに「なあ」と、やんわり言葉を繋ぐ。
「ユティラの茶会とは別に、エリサベトとレイナ嬢と4人で一度、外で食事をしないか。そうだな…〝アンブローシュ〟あたりなら、静かに話せると思うが」
「いや…とりあえず出来上がったピアスは、そこで彼女に渡すつもりをしている」
思いがけない返しにちょっと驚いてしまったが、そう言う事ならと、すぐさま代案を考える。
「なら〝スピヴァーラ〟にしようか。少し〝アンブローシュ〟より格は落ちるが、経営者がテミセヴァ侯爵の弟だから、その次くらいには、格と信用もある」
「……そこで何を?」
「何を言ってる。今のレイナ嬢の立場のままだと、このピアスは外では付けられない事くらいは分かるだろう?ユティラとの茶会でエリサベトに会わせても良いが、待てるとは思えない」
「それは……」
「痣をつける様な事もして、腹も括ったんだろう?一応の謹慎で、時間的余裕のあるうちに全てを進めてしまいたいんだろう?だったら、子離れした…まあ息子は勝手に離れたが、エリサベトと二人、保護者根性に目醒めている今が大チャンスだと自薦するけどね」
――養子縁組。
恐らくエリサベトも否とは言わないだろうが、段階を踏むべきなのも確かだ。
私はそこで少しだけ口を閉ざして、エドヴァルドの答えを待ったが――手応えはあったと確信した。
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