聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

447 その鳥は異国で人を探す

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「…ああ、そうだ」

 集会所に入る前、何かを思い出したかの様にジーノ青年がこちらを振り返った。

「王宮で陛下や殿下と食事されて、そのままでしたから、そのドレスは動きにくいでしょう。集会所にはいくつか部屋があって、そのうちの一つは他の部族の方々も移動用の服を着替えたりするのに使っていますから、ユングベリ嬢もそちらお使い下さい」

「え…でも……」

「ここはユレルミ族の拠点。ユレルミ族の衣装であれば、いくらでもお貸し出来ますよ。もちろん、着替えを手伝う人間も含めて、です」

「……えっと」

 正直、ちょっとシックな、黒を基調に赤や橙の糸を使って刺繍が施されているユレルミ族の衣装には興味がある。
 着てみたいか、着てみたくないかと聞かれたら、ぶっちゃけ着てみたい。

 だけど。

「――大丈夫だ、ジーノ。貸してくれているネーミ族の衣装を持って来てあるから、場所だけ借りられればそれで良い」

 私が何か答えるよりも早く、後ろにスッとバルトリが姿を現した。

 一瞬、ピリリとした空気が周囲に張り巡らされた気がしたけど、それも僅かな間の事だった。

「…そうか。じゃあ、着替えたらすぐに戻って来てくれ。多分中で話は進んでいると思うが、気にしなくて良いから」

 そう言って、ジーノ青年が集会所の入口の扉を開けて、中に入って行った。

 ふう…と、バルトリがひと息ついたのが聞こえる。

「まったく、油断も隙もない。ネーミ族の衣装なら『俺が商会長に貸した』で済むでしょうが、ユレルミ族の衣装を着たら、ブローチと同じ効果を引き起こすに決まっているのに」

 そんな声も聞こえて、私も「あー…やっぱり」と微笑わらってしまった。

「色とかデザインとかは、ちょっと良いなー…なんて思うんだけどね」

「なら、各民族から男女ペアで1着ずつ譲って貰う――とか、交渉してみたらどうです。戻って夜会で着たい、なんて主張する方が、ユレルミ族の衣装だけ悪目立ちする事もないでしょうし、良い牽制にもなりますよ」

「……なるほど、それイイかも知れない」

 とっさのバルトリの提案に、うんうんと頷きながら、私は集会所の扉の前で、一度足を止めた。

「あ、そうだ。レヴ、いる?」

 くるりと首だけ傾ければ、私の言いたい事は分かっていると言わんばかりに、トーカレヴァが片手を上げていた。

「大公殿下の部屋にあった衣装や小物で、ヘリ――ごほん、には行き先を把握させました。もう、行かせますか」

「…ピッ」

 トーカレヴァの言葉に合わせて、上着の内側からリファちゃんがそっと顔を覗かせている。

「…くっ、今日もカワイイよ、リファちゃん!ああ、ナデナデしたい――」

 レイナ様、レイナ嬢…と言った、いかにも残念な子を見る目と声があちこちからぶつけられる。
 だって、本当に今日もカワイイのに!

 私は、リファちゃんを撫で回したい手を何とか抑えながら、咳払いでそこを誤魔化した。

「えーっと、伝言用の手紙と、居場所を知らせる魔道具が足に付いているんだった?」

 一見すると、それは真珠の様な形状の丸い小さな球で、軽く握りつぶすと魔力が溢れて、周囲に居場所を知らせる仕組みになっているらしい。

 もしテオドル大公自身がそれを出来ない状況にあった場合は、リファちゃん自身が足から落として、嘴でつついて壊すと言う。

 バリエンダールの王宮で最初にそれを聞いて「リファちゃん、出来るの⁉」と思わず声を上げてしまったけど、リファちゃんがドヤ顔で胸を張っていた(気がする)ので、多分大丈夫なんだろう。

 アンジェス王宮管理部の魔道具も凄いし、リファちゃんも凄い。
 そしてそれをリファちゃんに覚えさせているトーカレヴァも、実は結構なものだと思う。

「多分、この集会所にいる少数民族の方々も、テオドル大公を探してくれてはいるんだろうけど、まあ方法があるなら、ウチはウチで動くべきだろうしね」

「もし魔道具が反応すれば、ここにいる中から何人か、手分けして確認に向かうつもりをしています」

「うん、お願い」

 頑張れ、リファちゃん!――と、私が心で応援しながら親指を立てると、リファちゃんは「チチッ!」と、分かったとでも言うように一度鳴いて、北の空へと飛び立って行った。

 あとは、大公殿下のいる場所が、ここからあまり遠くない事を祈るばかりだ。

 フォサーティ宰相から、アンジェス国先代宰相トーレン殿下の婚約者が身を投げたと言う湖の場所は、教えて貰った。

 宰相やメダルド国王は、報告と言う形で場所を耳にしただけで、実際に行った事はないらしく、テオドル大公は、毎回、彼らの分の弔意も代理で届けに行っている様なものだったらしい。

 本来は、シェーヴォラの領主屋敷から、その湖畔にあると言う墓碑に花を添えて帰って来る、直行直帰の墓参らしいけど、今回、イラクシ族内で抗争が起きて街道封鎖されているのに巻き込まれているとなると、その湖周辺の村あるいは町のどこかで足止めをされているんじゃないかと言うのが、メダルド国王始め、バリエンダール王宮側の考えだった。

 私も、多分そうなんじゃないかとは思うけど、後は無理矢理閉じ込められたりしていない事を祈るばかりだ。

「もし、単なる避難で物騒な事になっていないのなら、こちらから大公のいらっしゃる所に行って、イラクシ族の牽制なり説得なりにあたっても良いだろうしね」

「その辺りは、場所と状況にもよるでしょうけど、少数民族の皆さんとも相談した方が良いでしょうね。生活地域が多少違うと言えど、もともと北部地域全体が、我々の土地テリトリーじゃありませんし」

 リファちゃんが飛んでいく先を目で追いながら呟く私に、トーカレヴァがそんな風に答えている。

 それももっともなので、私も頷くに留めた。

「そう言えばリファちゃんが持って行った魔道具、稼働したらすぐ分かるの?距離や場所によっては魔力を感じられないとかは、ないの?」

「私の方で、対になる魔道具を持っていますから、大丈夫ですよ。向こうが稼働した瞬間に、こちらのモノも振動して、相手の位置を指し示すようになりますから」

「……そ、そう」

 それもまた、王宮管理部のトーカレヴァの知り合いの開発かと聞けば、それは元から管理部にあって、大小様々なサイズで取り揃えてあるらしい。

 最近こそ使用頻度が減っているものの、元は王族の誘拐に備えて、外遊や視察の際には対の一方を本人に持たせる物なんだそうだ。

 いったい、王宮管理部には魔道具がどのくらい常備保管されているのか。
 そのメンテナンスだけでも大変そうなのに、更に日々、改良や新規開発に余念がないと言う。

 それはエドヴァルドも「何時になっても誰かがいる」と断言していた筈だ。

「それより、そろそろ中に入られては?これ以上は怪しまれかねませんよ」

 リファちゃんの姿が完全に見えなくなって、バルトリにそう促された私は、ようやく集会所の中に足を踏み入れた。
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