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1巻
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しおりを挟む1 プロローグ
「嘘だろ……」
俺は、自室の床に仰向けで倒れている自分の姿を見て、溜め息をついた。
いや、正確に言うと眺めているものは、俺自身の死体だ。
俺は、結城川英志。
享年十五歳。
でき立てほやほやの死人である。
俺の手に握られているのは合格通知だ。志望していた東京の私立高校のマークが入っている。
あれは、つい十五分ほど前の話だ。
今日は学校が休みで、俺は家でくつろいでいた。
お昼を過ぎた頃に封筒が届いて、心臓がぶち壊れるかと思うほどドキドキしながら開封すると、合格の文字が目に飛び込んできた。
「うぉおおお! やったぜ!」
俺は絶叫して、部屋を跳び回った。
この三年間、海に山にと遊び回ったり、恋人とイチャイチャしたりする同級生のリア獣……いやリア充どもを横目で見ながら、必死に一人で受験勉強を頑張ってきたのだ。
その甲斐あって合格を勝ち取り、喜びまくって思い切りジャンプした先には、炭酸飲料の入ったペットボトルがあった……。
そこに着地した俺は、体操選手でも、こう鮮やかにはいかないだろうというレベルでクルリと一回転を決めた後、見事に後頭部を床に置いてあった鉄アレイに強打した。
たまには筋トレぐらいしないと駄目だと思い、昼食後にクローゼットの奥から引っ張りだしたのだが、まさか俺を殺す凶器になるとは思わなかった。人生、予想がつかないものだ。
そんなわけで魂になった俺は、再び溜め息をついた。
まるで幽体離脱したかのように、フワフワと宙を彷徨ってはいるが、姿形は特に死ぬ前と変わっていない。着ているものも、トレーナーとジーンズだ。
もしかしたら、生き返ることができるかもしれないと、倒れている身体に重なってみたが、駄目だった。
――やっぱ死んだんだな、俺。
しかし、まあ俺にしては頑張った人生だっただろう。
合格を手にして、最期に有終の美を飾ったと思えば、諦めがつくというものだ。
人生はくよくよしたところで始まらない……というか、俺の場合はすでに終わっている。
「くっそぉおお! やっぱり悔しいよなぁ!」
強がって自分に言い聞かせてみたが、やはり悔しいものは悔しい。
今まで我慢していた分、高校に行って遊びたかった。
俺だって可愛い彼女を作って、デートぐらいしたかったのに。
そんなことを考えているうちに、俺は自分が空へ吸い上げられるのを感じた。
天国にでも昇天するのだろうか?
当然だが、死ぬのは初めてなので分かるはずがない。
俺は家をすり抜けて、螺旋状の滑り台を逆走するかのように、猛烈な勢いで空に向かって引き上げられていく。
ふと見上げると、遥か上空に巨大な白い光の玉が見えた。
それがどんどん、大きくなってくる。
なんだよあれ? 死ぬって! あんなのにぶつかったら!!
……いや待てよ? もう死んでるか。
自分で自分にツッコんでいる間にも、白い輝きが迫ってくる。
その時、俺は女のあられもない叫び声を聞いた。
地上の方から俺に向かって、何かが近づいてくる。
よく見ると、それは変わった格好をした女だった。
どうやら、この人はお仲間のようだ。俺と同じように、死んで光の玉に向かって吸い上げられてきたのだろう。
「きゃあああ! 助けてぇえええ!!」
冗談じゃない、助けて欲しいのはこっちの方である。
自分のことは、自分でどうにかしてくれ。
……と思ったが、その声の主は俺の首筋にしっかりと抱きつきやがった。
アラサーぐらいの、結構いい年齢の女性だ。
そいつは俺に抱きついて、いきなり叫ぶ。
「死んじゃう! このままじゃ死んじゃう! 何とかしなさいよ!!」
いや……多分貴方も、もう死んでると思いますよ。
外見からして関わると面倒臭そうな女だけに、声には出さずにそうツッコんだ。
何かのコスプレ中に死んだのだろうか?
三十前後の女がやったら完全にアウトなほど、ファンタジックな仮装をしている。
簡単に言うと、アニメに出てくる美少女魔法使いのような格好だ。金髪は、おそらくコスプレ用のウィッグだろう。
うわ……。この人、こんな格好で死んだのかよ。ないわ、これは。
世の中には、俺以上に恥ずかしい状態で死んだ人がいるもんだな。
美人なのに、色々残念なお姉さんである。
「抓りなさい! 私の頬を思いっきり抓りなさい! こら! 聞いてるのこの馬鹿! 役立たず!!」
いやいや、夢じゃないんだし、頬を抓ったぐらいで今の状況が変わるわけがないだろう?
女は大きな胸を俺に押し当てながら、涙目になって必死に訴えている。
し、死ぬ前に、いや正確に言えば死んだ後だが、こんないい感触を味わえるとは。
格好と性格はアウトだが、顔やスタイルは抜群。悪い気はしない。
とはいえ、俺たちの目の前には、巨大な白い光が迫っている。
それを見て、巨乳のコスプレお姉さんが絶叫する。
「いやいや、イヤぁあああ! 死にたくない! 死にたくない! 私、女神なのにぃいい!!」
何言ってんだ、いい年して『私、女神』とか。どんなコスプレをしてたのかは知らないけど、親が聞いたら泣くぞ。
ちょっとイッちゃってるアラサーのコスプレイヤーと抱き合いながら、俺は光に吸い込まれていく。
「いやぁあ! どうしてこの私が、こんな冴えないガキと死ななきゃいけないの!?」
それはこっちの台詞だ。
俺はムカついたので、目の前で揺れるお姉さんの大きな胸を思いっきり揉んでやった。
さっき、頬を抓れって言ってたもんな。頬じゃないけどさ、もしこれが夢なら目が覚めるだろ!
どうせすでに死んでるんだ、今さら恐れるものは何もない。
ギュムウウウウ!!
「ちょ! いたぁあああい! 何すんのこのエロガキ!!」
その瞬間──
目の前が真っ白になり、気がつくと、とても静かな場所にいた。
……。
…………。
ん? なんだここは!? 一体さっきの光の玉はどうなったんだ?
周りを見回すと、巨大な時計のオブジェがいくつも並んでいた。壁や突き当たりが見えないほど、広大な空間だ。
そして目の前では、コスプレ美女が俺を睨んでいる。
女は右手を振りかぶると、容赦なく全力で俺に向かって振り切った。
バチィイイインン!!
頬を激しく平手打ちされて、大きな音が鳴り響く。
「いってぇぇぇぇぇ!?」
「へ、変態! この無礼者! 私を誰だと思っているのです!!」
まぁ、いきなり胸を揉まれたら怒るのは当然だし、下手に言い訳をすると面倒なことになりそうなので、俺は黙って頬をさすっていた。
それにしても、私を誰だと思っているかって……確か、この人さっき変なことを口走っていたな。
そう、女神だとか何とか。
すると、巨大なビルほどもある時計のオブジェから、羽根の生えた生き物が何体も飛んできた。
まるで天使のようだ。
天使たちは女に近づき、安堵の表情を浮かべる。
「メルティ様ぁ、心配したのですよ! 時の女神が転んで頭を打ち、意識を失ったまま死にそうになるなんて、前代未聞ですから。だから言ったじゃないですか、お部屋はきちんと片付けましょうって!!」
こいつも、俺と同じような死に方をしたらしい。
メルティと呼ばれた女は、膨れっ面で天使たちに言う。
「うるさいわね、分かってるわよ!!」
天使たちは、一様に呆れていた。このやり取りは、よくあることなのだろう。
「もう駄目だと思ったんですよ。メルティ様でも、あの『転生の光』に呑み込まれたら転生するしかないですからね」
続いて、別の天使が不思議そうにメルティに尋ねる。
「それにしても、どうやって意識を取り戻したんですか? ギリギリで目が覚めて良かったですよね」
俺は思わずメルティの胸を見た。
どうやら、俺が胸を思いっきり揉んだショックで、このメルティという女神様は意識を取り戻したらしい。
俺の視線を感じて、メルティは乱れた衣装を整えながら咳払いをする。
「どうでもいいでしょ? そんなこと!!」
天使たちは、ふうと溜め息をついた後、俺に視線を向けた。
「それにしても問題ですよ、転生寸前の人間の魂を『時の女神の間』に連れてきたりして。創造神様に知られたら大目玉ですよ」
メルティは天使たちを睨む。
「すぐ『転生の光』のところに送り返すわ! お父様に言いつけたら承知しないわよ!!」
俺は死んだ、そして転生するはずだった……と。そういうことか。
普通ならあの白い光――転生の光とやらに吸い込まれていたのだろうが、残念な女神のせいで、今ここにいるってわけだ。
見れば、メルティは俺に人差し指を向け、軽く振り始めていた。おそらく、白い光のあった場所に俺を送り返そうとしているのだろう。
「ちょ! ちょ!! 待って! 待ってくれよ!!」
メルティは不機嫌そうな顔をする。
「何よ?」
そりゃそうだ、女神である自分の胸をあれだけ思いっきり揉んだ人間など、目の前からすぐに消してしまいたいに違いない。
だが、俺にだって言いたいことはある。
「あ、あのさ……、俺はあんたを助けたわけだろ? 方法は別としてさ」
『方法』という部分で顔を赤らめたメルティは、俺を睨みながらも渋々頷いた。
「そ、そうね。確かにお前がいなければ、どこかの世界に女神として降臨していたわ。それも悪くないけど、天上界を留守にしたら、戻った時にきっとお父様にお尻を何度もぶたれるもの。百二億三千三百四十九歳にもなって、それはちょっとね」
おい! 百二億って……ババアすぎて、もうよく分からん。
メルティの氷みたいに冷たい目が、俺を鋭く見つめている。
「今お前、ババアって言ったわよね? 私のこと……」
やばい、つい声に出してしまっていたようだ。
いくら残念でも、女神は女神だ。敵に回したら大変なことになるだろう。
俺はブンブンと横に顔を振る。
「違いますよ。胸がババアーンと大きくて、凄い美人で、やっぱりさすが女神様だなって言ったんです」
胸がでかくて美人であることには間違いないから、まったくの嘘を言っているわけではない。
……まあ冷静に見ると、衣装や性格が残念なアラサー美女なのだが。
「え? 凄い美人? お、お前……私のこと好きなの?」
俺を見ながら、女神様は少し頬を染める。
あ、意外とこの人、ちょろいかもしれん。
天使の一人が、ふわふわと俺の傍に飛んできて耳元で囁いた。
「やめてくださいよ。この人、ほんとに男に免疫ないんですから。それとも、貴方は永遠にこの『時の女神の間』で、メルティ様と暮らしたいんですか?」
俺は、目の前のアラサー美人を改めて見た。
確かに、顔やスタイルは抜群だ……しかし、それ以外の部分がやはり残念すぎる。
ここでずっと過ごすことを想像して、俺は身震いした。
「でも困るわ、お前は私の好みだとは言えないし。ほら、私は超イケメンでお父様より頭が良くて、身長百八十センチメートル以上あって……」
「あ、そうですよね。はは……はははは」
俺の乾いた笑い声を聞きながら、天使は肩を竦めた。
「だから百億歳を超えてもまだ貰い手がないんですよ。創造神より頭が良い男神なんて、いるわけないじゃないですか。ファザコンの上に面食い、おまけにあの性格ですから。仮にメルティ様の理想の相手が見つかったとしても……難しいですよね」
小声で話していたのに、その言葉を耳聡く聞いたメルティは、天使を睨みつける。
その怒りが爆発する前に、俺は慌てて上目遣いでメルティを見ながら話を戻す。
「あの、無理にねだるつもりじゃないですけど、お礼的な物はあったりしないんですか? 俺は一応、命の恩人なわけだし」
よく漫画や小説にあるじゃないか。転生する時に、神様からチート能力をゲットしたり、レアアイテムを貰ったりとか。
すると、メルティがポンと手を叩く。
「忘れてたわ、はい!!」
メルティはそう言って、俺の前に美しい手を差し出した。
……どういうことだ?
頭の中に、クエスチョンマークがいくつも湧いて出る。
「何してるの、早くしなさい! 光栄なことよ。一級神である、時の女神メルティの加護を人間が得るなんて」
戸惑う俺に、さっきの天使が助け舟を出してくれる。
「手の甲にキスですよ、人間さん。確かに一級神の加護なんて、普通は勇者になるような人間ぐらいしか持ってないですからね」
「あ、ああ。そうなんですか」
ちゃんと説明してくれ。天界あるあるなんて、俺には分からない。
とりあえず俺は、メルティの手の甲にキスをした。
手から、いい香りがしてドキドキする。性格はさておき、見た目は凄い美人だからな。
えっと……いつまでこうしていればいいんだ?
どうすればいいか分からずにそのままでいると、メルティは振り払うようにして手を引っ込めた。
「ちょ! ちょっとやり過ぎよ! いやらしい!!」
「あ……すみません」
メルティは、俺の顔を睨みながら言う。
「どう? 満足でしょ、これで」
俺は首を傾げた。何か変化があったのか? 何の実感もないが。
すると、さっきの天使が俺の傍に来て言う。
「オープンステータスって唱えてみてください。メルティ様の加護の一つである【鑑定眼】で、自分の能力を見ることができるはずです」
俺はそれを聞いて苦笑した。そんなゲームみたいなことがあるものか。
まあ、一応言ってはみるが。
「オープンステータス」
名前:エイジ
種族:人間
職業:設定なし
HP:10 MP:7
力:7 体力:6
魔力:5 知恵:8
器用さ:5 素早さ:6
幸運:7
スキル:なし
魔法:なし
特殊魔法:時魔術【時の瞳】【加速】
加護:時の女神メルティの加護
【習得速度アップLV10】【言語理解】
【鑑定眼】【職業設定】
称号:なし
……まじか。まるでゲームのステータス画面だ。
唖然としている俺に、天使が説明する。
「習得速度アップっていうのは、習得や成長の速度が上がるということです。LV10ですから、貴方は人の十倍速く、何でも身につけることができます」
チート能力来た!
これなら、次の世界で俺はどんな高校、いや大学にだって合格できるかもしれないぞ!
……まあ、転生後の世界に高校や大学なんてあるかどうかは分からないが。
それにしても、一番気になるのはこれだ。
「時魔術っていうのは?」
魔法には、やっぱり憧れがある。使ってみたいが、どんな効果か分からないままだと怖いからな。
「説明を聞くよりも、使ってみた方が理解できますよ。貴方がこれから行く世界なら、これがあるのとないのとでは生き残れる確率が全然違うと思いますから」
おいおい、物騒なことを言うなよ。俺がこれから行く世界ってどんなところなんだ?
俺の不安が表情に出ていたのか、メルティは肩を竦めて言った。
「一応説明しておいてあげる。お前がこれから転生する世界はエデーファ。前の世界と違って、魔法や精霊が存在する世界よ。もちろん、人間や魔物もね。お前には、その世界で役に立つ加護をまとめてつけてあげたわ。これで文句ないでしょ?」
まとめてって……意外と豪快な神様である。
まあ、確かにいきなり知らない世界に行くんだ。貰えるものは貰っておいた方が得だろう。
「それって、俺が地球でやってたゲームとか映画みたいな世界? 呪文を唱えると魔法が使えるとか、精霊と契約すると力を得られるとか……」
俺が問うと、メルティの代わりに天使が答える。
「ああ、確かに近いですね。もしかすると、そのゲームや映画というものは、エデーファから地球に転生した人間たちが、無意識に残っている前世の記憶を元にして作られたのかもしれませんよ」
「え? ああ、そうなんだ」
確かに妙にリアルな映画とか小説ってあるよな。まるで見てきたみたいにさ。
一人納得していると、天使はメルティの加護の説明を再開した。
「他のものも、一通り説明しますね。言語理解は、その名の通り、全ての言語を理解できる力です。鑑定眼は、自分や他人の能力、もちろん道具も鑑定できます。職業設定っていうのは、教会で神の祝福を受けなくても転職できるスキルですね。まあ当然ですよね、一級神の加護を受けてるんですから、転職するのに二級神であるエデーファの神の許可なんていらないって話です」
なんだか分からないけど、とにかく便利そうだな。
……あれ? よく考えてみれば、転生したら俺の記憶はなくなるんじゃないのか。
せっかく女神の加護を貰ったとしても、何にも覚えてないんじゃ意味がない。
「あの、転生しても意識は俺のままでいられるとかってできますか?」
メルティは仕方なさそうに溜め息をついた。
「いいわ、特別に許しましょう。一応恩人だし、それぐらいは聞いてあげる。さあ、もういいでしょ。さっさとお行きなさい」
メルティが目の前で軽く指を振ると、俺の視界がパッと白くなり、次の瞬間には――
「うぉおおおおおお!」
俺は叫んでいた。
先ほどメルティの胸を揉んだ場所に戻ったのだ。
光り輝く巨大な玉が、目の前にある。
「うぁああああああああああ!!」
光に呑まれる瞬間、俺は物凄い衝撃に襲われて気を失った。
応援ありがとうございます!
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