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2巻

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 やはり親父さんが作った剣の斬れ味と、鍛冶職人の【武器の知識】の合わせ技はすさまじい。
 キングキャタピラーが動かなくなったのを見て、エリスとリアナが俺に駆け寄ってくる。

「エイジ!」
「やったわね!!」

 俺は二人に頷いた。

「ああ、だけど……」

 リアナの傍に立っている剣士は、悲壮な表情で四階層へ続く階段を眺めていた。

「俺が敵を引き付けながら何とかここまで来たんだが、途中で仲間とはぐれちまって! レン、パメラ……無事でいてくれ」

 やはり、仲間のことが心配なのだろう。早くなんとかしないと……。
 その時、俺の頭の中でいつもの声が響いた。

『敵:キングキャタピラーを一匹倒しました』
『職業:初級剣士がLV20になりました。初級盾使いがLV18になりました。中級剣士がLV1になりました。【踏み込み】の距離と速さが強化されました。【サイドステップ】を覚えました。【二段斬り】を覚えました』
『パーティ:パーティメンバーのレベルが上がりました。リアナが初級治療魔道士LV20になりました』

 中級剣士になったな。
 俺はすぐに自分のステータスを確認する。


 名前:エイジ
 種族:人間
 職業:中級剣士LV1
 セカンドジョブ:鍛冶職人LV2
 転職可能な職業:中級剣士LV1、初級盾使いLV18、
         木こりLV3、木工職人LV1、鍛冶職人LV2
 HP:360(350+10)
 MP:55(45+10)
 力:157(152+5)
 体力:137(132+5)
 魔力:30(25+5)
 知恵:92(87+5)
 器用さ:125(120+5)
 素早さ:127(122+5)
 幸運:31(26+5)
 スキル:【剣装備】【踏み込み】【袈裟斬り】
     【サイドステップ】【二段斬り】【武器作成】
     【武器の知識】【鍛造技術向上】
 ユニークスキル:【武器覚醒】
 魔法:なし
 特殊魔法:時魔術【時の瞳】【加速】
 加護:時の女神メルティの加護
   【習得速度アップLV10】【言語理解】
   【鑑定眼】【職業設定】
 称号:なし
 パーティ効果:【習得速度アップLV10】(所持者エイジ)


 各ステータスに「+」で表示されている数字は、リアナの補助魔法ブレスで強化されている値だ。
 中級剣士になったことで、職業欄から初級剣士が消えている。
 踏み込みのスキルが強化された上に、他の初級剣士のスキルもそのまま残っているようだ。
 凄いな。ステータスの数値が初級の時とは全く違う。これなら……。
 HPや力はもちろんのこと、それ以外の数値も初級とは段違いに上がっている。
 俺は実際にサイドステップを踏んでみた。
 素早い左右の動きは回避に使えるだろう。この手の回避スキルは、よくMMO系のゲームでも見かけたからな。
 俺は階段の先に見える下のフロアを眺めた。
 状況を考えれば、事態は一刻を争う。
 人の命に関わる話だ、放っておくわけにはいかないよな。
 ――親父さんやフィアーナさんは、見ず知らずの俺を助けてくれた。
 マーキスとの戦いで俺を救ってくれた剣を握りしめる。
 親父さんのこの剣がなかったら、さっきだってどうなっていたか分からない。
 俺も、二人とこの剣に恥ずかしくない人間でいたい。

「エリス、リアナ」

 俺はエリスとリアナに、自分が中級剣士にクラスチェンジしていることを、そっと告げた。

「中級って、本当なの?」
「ああ」

 そう言ったエリスだけでなく、リアナも驚いた顔をしたが、女神の加護の力だと伝えると頷いた。

「だから、俺が下の階に行って様子を見てくる。安心しろよ、無理はしないから」

 二人もレベルは上がっているし、ここまで下りてこられる剣士の男が傍にいるのなら待っていても危険はないだろう。
 いざとなれば、すぐに上の階層に逃げられるしな。
 この下に、巣からい出したキングキャタピラーが何匹も群れているようなら、むしろ初級クラスのまま俺と一緒に行くほうが危険だ。
 だが、エリスは俺の手を握り、真っすぐな瞳で見つめた。

「馬鹿にしないで! エイジだけ行かせるなんて、できるわけないでしょ!」

 リアナも頷き、エリスと一緒に俺の手を握る。

「一緒に行くわ! 仲間だもの。そうでしょ?」
「エリス、リアナ……」

 俺の手を握りしめる二人の力が、ギュッと強くなる。
 リアナも、強い決意のこもった瞳で俺を見ていた。

「それに、回復役は必要なはずよ?」

 確かにそうだ。
 残された人々を助けたはいいけど、そのパーティの治療魔道士が魔法を使えない状態になっていたら、俺にはどうしようもない。
 俺が毒針の攻撃をらってしまうことだってありえる話だ。
 それに、二人は俺が一人で行くと言っても絶対についてくるだろう。
 逆の立場だったら、俺もエリスやリアナを一人でなんか行かせられないもんな。
 俺は右手の剣を見つめる。
 そして、二人に言った。

「ああ、分かった! 一緒に行こう!!」

 その言葉に二人は力強く頷いた。
 リアナの傍にいる冒険者が、俺たちに頭を下げる。

「……すまない。恩に着る! 俺はニール。ニール・セファートだ。君は?」
「俺はエイジです。この二人はエリスとリアナ。ニールさん、皆さんのいる場所まで案内してもらえますか?」

 頷いたニールさんに続き、俺たちはその案内で四階層に下りた。
 彼は初級剣士LV18、仲間のレンさんが初級魔道士LV17、パメラさんが治療魔道士LV17だそうだ。
 ということは、前衛のニールさんがいない状態で、魔道士二人が巣の近くに……危険過ぎる。

「来るぞ!!」

 ニールさんを追いかけてきたのだろう、前方から二匹のキングキャタピラーがやってきた。
 複数のキングキャタピラーを相手にするのは初めてだ。
 俺は剣を構えると、リアナとエリスに言った。

「リアナ、エリス、何かあった時は援護を頼む。ニールさん、二人をここで守ってください」
「ええ、回復は任せて!」
「援護するわ! エイジ、気をつけて!!」

 ニールさんも俺の言葉に頷いた。

「分かった、詠唱中の二人のことは任せてくれ!」

 そう言ってニールさんも剣を構えた。
 俺はそれを聞いて、真っすぐに二匹の魔物に向かっていく。

「「ギグゥウウウウウウウウ!!」」

 二匹の魔物は顔を持ち上げると、俺に向かって毒針を吐く。
 俺は走りながら、回避スキルのサイドステップを使って素早く右に跳んだ。
 毒針は俺がいたはずの場所にむなしく突き刺さる。
 さっき試しておいて良かった。これならそのまま攻撃に移れる!

「うぉおおおおお!!」

 右足が着地した瞬間、俺は身をかがめて前に踏み込んだ。
 サイドステップからの踏み込みの連携。
 頬に風を感じる。
 横から縦の素早い動きを、魔物は追い切れずにいた。
 速い! 中級クラスになって動きが格段に良くなっている。
 以前に戦ったマーキスやロートンの踏み込みを見て、中級クラスの速さは何となくつかんでいたが、実際に体感すると、初級クラスの踏み込みとはまるで違う。
 速さだけでなく、踏み込める距離も長くなっていた。
 俺は、右にいるキングキャタピラーの胴を、通り過ぎざまに薙ぎ払う。
 ズバッ!!
 ステータスが上昇しているせいもあるだろうが、中級になって、剣を振るう速さも上がっているらしい。
 咆哮を上げて地面に横倒しになるキングキャタピラーの姿を見ながら、もう一匹の敵を倒すために俺は踵を返す。
 その時――!

「アイスボール!!」

 残っている一匹に向かって氷の魔法が放たれた。
 エリスの攻撃魔法だ。
 それは見事にキングキャタピラーの口元に直撃して、そこを凍り付かせる。

「エイジ、今よ!」
「ああ!」

 俺は一気にキングキャタピラーとの距離を詰める。
 すると、針が吐けずにもがいていたキングキャタピラーは、トゲがついたメイスのような大きな尾を、俺に向かって振り下ろした。

「「エイジ!!」」

 エリスとリアナの声が響く。
 その尾がれる直前、俺の体はすべるように横へ動いた。
 サイドステップを踏みながら、目の前を通り過ぎる敵の尾を袈裟斬りで斬り落とす。
 キングキャタピラーの長い尾の先は、ごろんと地面に転がった。

「ギィイイイグウウウ!!」

 魔物は怒りの咆哮を上げる。
 俺は、そのまま敵に踏み込んだ。

「喰らえ!!」

 一気に相手の懐に飛び込み、剣を振るう!
 右に一振り、そして切り返すように左に一振り。
 銀色の光が左右に躍る。
 ザンッ! ビシュ!!
 あざやかな二本のすじが刻まれ、キングキャタピラーは横倒しになると、そのまま絶命した。
 俺はそれを見て長く息を吐く。
 二段斬りか。通常攻撃を二回するよりも、遥かになめらかで隙がない動きだな。
 クロススラッシュほどの威力はないが、あの技が連続使用できないことを考えると充分に使えるスキルだ。今はぜいたくなど言っていられないだろう。
 戦いが一区切りついて、リアナとエリスが俺のところに駆け寄ってきた。

「エイジ! 凄いわ!!」
「さすがに中級剣士になると違うわね」

 ニールさんも驚いたように言う。

「君は中級剣士なのか? 上の階でスキルを使った時に、もしかしたらとは思っていたが」
「ええ、実は中級剣士になったばかりで。スキルにはまだ慣れていませんけど」

 まさか、「今さっき中級になった」とは言えないが、教会で初級からクラスチェンジしたばかりというていなら、この場所にいてもそれほど違和感はないはずだ。
 だが、ニールさんは呆れたように言う。

「これで、慣れてないって……。滑らかな動きと鮮やかな技のキレ。まるで熟練の剣士みたいじゃないか」

 多分それは、スキルを連携させるのがくせになっているからだろう。
 前世でのゲームも含めれば、イメージトレーニングだけは万単位でやってるからな。
 あとは鍛冶職人のスキルである、【武器の知識】を使えるのが大きい。
 的確な剣の振るい方、その角度、握り方が分からなければ、いくらイメージがあっても、それをスムーズに実践できないと思う。
 もう一つあるとしたら、複数の相手に対する経験の差だな。
 この手のゲームに慣れている人間なら、複数の敵が出てきたときに、相手を倒すまでの自分の動きを即座にシミュレーションするはずだ。
 どちらを先に倒すのか、一匹目を倒した後に敵がどう動くか。
 相手の行動に応じた、動きのパターンをあらかじめ考えておくこと。
 実際に戦ってみると、それがいかに重要かが分かる。
 そうすることで、どのスキルを使ってどう技を連携させるかが変わってくるもんな。
 相手の出方によっては、それを即座に変更する必要がある。
 俺の場合は、敵に対する戦術のシミュレーションを、ゲームという形で無数に繰り返してきたようなものだ。
 実戦経験が浅いことを補ってくれるものがあるとしたら、それぐらいだろう。
 人間、どんな経験が活きるかなんて分からないものだな。
 その時、いつもの声が響く。

『敵:キングキャタピラーを二匹倒しました』
『職業:中級剣士がLV2になりました』

 もうレベルが上がった。
 状況を考えれば、少しでも上がるのはありがたい。
 その時、エリスが声を上げた。

「エイジ! あれを見て!!」



 3 魔物の巣


 俺たちが通路の先を見ると、そこには魔道士が使う杖が転がっていた。
 駆け寄って杖を手に取ったニールさんは、悲痛な顔で呻く。

「くっ、これはパメラの杖だ! まさか二人は……もう」

 遅かったか! くそ!!
 ニールさんの仲間の姿はどこにも見えない。彼の言う通り、きっともう……魔物のじきになってしまったのだろう。
 俺は拳を握りしめた。
 沈黙がその場を包み込む。

「いいえ……多分そうじゃないわ」

 重い空気の中、エリスが口を開いた。
 ニールさんがすがるような目でエリスを見る。

「それは! どういうことだい!?」
「おかしいと思わない? もし貴方あなたの仲間がここで魔物の餌食になったとしたら、血が流れているはずよ。それに、装備だって杖しか残っていない」

 エリスは冒険者手帳を取り出してページをめくる。
 そして、俺たちにある部分を指さして示した。

「キングキャタピラーは、獲物を捕らえてもすぐには殺さない。まずは巣に持ち帰るのよ。女王のためにね」

 俺は、そこに描かれた生き物を見ながらエリスに尋ねる。

「巣に持ち帰る?」
「ええ、キングキャタピラーはほとんどがメスなの。でも自分たちでは卵を産まない。巣に卵を産む女王がいるのよ」

 そうか。だとしたら……。
 エリスの言葉に俺も頷いた。
 キングキャタピラーの女王のことは俺も知っている。
 冒険者ギルドの受付係のエミリアさんに貰った、Eランク用の冒険者手帳で学習済みだ。
 ビッグキャタピラーと違い、キングキャタピラーは集団で大きな巣を作る。
 そして、その集団の頂点に君臨するのが女王。
 ただ手帳には、女王がいるキングキャタピラーの巣には近づかないようにと、警告が記されている。Eランクでは、まだ危険だからだ。
 エリスは手帳を指さしながら言う。

「女王の討伐は、Eランクではとても請け負えない仕事だもの」

 Eランクの冒険者は基本的に初級クラスで、上層の四階層程度まででビッグキャタピラーやブラッドバットを倒してレベルを上げるのが一般的だ。
 初級クラスでも、レベルが15以上になればさらに下の階層――五階層より深い場所に進むパーティはいる。
 実際に初級クラスの俺たちも、本来は中級クラスになってから戦うべきキングキャタピラーを倒すことはできた。
 要は、リスクをどこまで負うかの問題だ。
 同じクラスやレベルでも、メンバーの経験と力量によって強さに差が出るからな。
 もともとのステータスの値はもちろん、戦いに対するセンスのようなものでも違ってくるだろう。
 手帳によれば、五階層から十階層近くまではキングキャタピラーの行動範囲になっていて、他の魔物は少ないらしい。
 だからEランクでも、パーティによってはキングキャタピラー狩りに絞って十階層近くまで下りる人もいると、エリスは言う。

「ただ、初級の場合は六階層より下へ単独のパーティで行くことは少ないわ。危険があったときにすぐに安全な階層に逃げられないもの。二つのパーティでチームを組むとか、何かしらの工夫をして行動するの」

 前にエリスに聞いたのだが、初級クラスが三人でパーティを組むのには理由がある。
 それは魔道士が使う経験を共有するための魔法エクスぺリエンティアの効果範囲が、初級クラスでは三人までだからだ。
 これが中級なら四人、上級なら五人に増えていくらしい。
 普通は、二つのパーティが一緒に行動すると、素材や経験値など得られるものは少なくなる。
 だが強い敵を効率よく倒せるのであれば、二つのパーティが協力して敵に当たるのもありだろう。
 ネットゲームでも、複数のパーティが協力して戦ったほうが有利な狩場だってあるもんな。

「ただ、それでもキングキャタピラーの巣には近づかないの。刺激すると危険だもの」

 その言葉を聞いてニールさんが唇を噛む。

「すまない……その通りだ。まさかこんなに浅い層にキングキャタピラーの巣があるなんて。一匹ずつ四階層に続く階段付近までおびき寄せて上手く戦えば、危険になった時にはすぐ逃げられるし……いい狩り場を見つけたと思ってしまったんだ」

 巣は八階層辺りにあることが多いのだが、ニールさんが言うには五階層でそれを見つけたらしい。
 エリスはその話を聞いて頷く。

「多分、巣分かれね」

 俺は聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「巣分かれ?」
「ええ、普通は女王以外のメスは一生あの姿のままで産卵をしないんだけど、まれに新しい女王が生まれてオスと一緒に別の場所に巣を作ることがあるの。ニールさんたちが見つけた巣は、最近できたもののはずよ。こんなに浅い層に巣があったら、危険だと判断されてギルドに討伐依頼が入るはずだもの」

 エリスは物知りだな。一体どこでそんな知識を?
 俺は少し疑問に思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 女王か。それにしてもこの姿……。
 冒険者手帳に危険な存在として描かれている魔物の背中には羽根が生えており、俺がいた世界のとある生物にどことなく姿が似ていた。
 そう――まるでスズメバチのようだ。
 大きなあごと硬そうな外骨格。腹部が大きいのは卵を産むからだろう。
 女王以外は巨大な幼虫に似た姿から芋虫キャタピラーなどと呼ばれてはいるが、もしかするとはちに近い生態なのかもしれない。
 毒針や凶暴さを考えると、そんな気がした。
 もちろん、この世界の魔物が俺の常識を超えた存在だということは分かっているが、エリスの話を聞く限り、蜂やありの集団に似ている気がする。
 働き蜂のような役割をする多数の個体と、一匹の女王。
 蜂とは違って成虫になるのは女王だけで、他は幼虫の時のままの姿で大きくなり、女王のために餌を集めている。
 ……だとすれば……ニールさんの仲間たちは……。
 そう考えるとゾッとする。
 その時――

「いやぁああああ!!」

 遠くで女の人の叫び声が聞こえた。
 ニールさんが、その悲鳴がした方を振り向いて叫ぶ。

「パメラ!!」
「ニールさん!!」

 仲間の悲鳴を聞いて走り出したニールさんを、俺たちは急いで追いかける。
 ニールさんは走りながら言う。

「さっきの声! 俺たちが見つけた巣の方向から聞こえた!!」
「多分、エリスが言うように巣に運ばれているんでしょう。ニールさん、下がってください!」

 俺たちが走る通路の先には、数匹のキングキャタピラーの姿が見える。
 ニールさんは俺の言葉に唇を噛みしめて少し下がると、エリスたちの護衛に回った。
 悔しいに決まってる……自分の仲間が連れ去られているのに、どうすることもできないなんて。
 俺はニールさんの代わりに剣を振るった。

「ギィグゥウウウウウウ!!」

 踏み込みとサイドステップを上手く連携させながら、目の前に立ち塞がる魔物を斬り倒していく。
 五階層へ下りる階段にたどり着く頃には、俺の中級剣士のレベルは4まで上がっていた。


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