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第一話 真実の愛の言い分
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「王太子殿下、私との婚約を破棄してくださいませ」
そう言って私は、先ほど割ったティーカップの破片を自分の喉元へ突きつけたのでした。
この国の王太子で、国王陛下ご夫妻の一粒種であらせられるミヒャエル殿下のお顔の色が変わります。彼に寄り添うリューゲ様のお顔も真っ青です。
リューゲ様はミヒャエル様の従妹、王妹殿下の遺児でいらっしゃいます。
今日は月に一度の私と殿下のお茶会の日でした。
私と殿下は王命による婚約者同士なのです。
いつもならふたりの……侍女や護衛騎士は侍っていますが……お茶会にリューゲ様がいらしたのにも驚きましたけれど、ミヒャエル殿下が開口一番におっしゃったお言葉にも驚かせていただきました。彼はこう言ったのです。
『リューゲの腹には私の子どもが宿っている。ハイニヒェン辺境伯令嬢ヘレナよ、君にはこの子の母親になって欲しい』
三年前の大寒波でベルガー公爵家の当主ご夫妻であったご両親を喪ったリューゲ様には、婿を取って公爵家を継ぐという選択肢もあったのですが、彼女は生まれ育った家と爵位を王家に返上して、王族の一員として王宮で暮らすことを選びました。
そのころからミヒャエル殿下と恋仲だったのかもしれません。
成長してから政略的な婚約関係を結ぶことになった私と違い、親族であるおふたりは幼いころから仲が良かったとも聞いています。
にもかかわらずリューゲ様がミヒャエル殿下の婚約者とされなかったのは、今の王族が少ないからでしょう。
彼女のご実家以外にも王家の血を引く公爵家はあるのですけれど、どちらもかなり昔に分かれたものなのです。
国王陛下が今の王家の血を少しでも広げたい、男女ひとりずついるのならべつの人間と結婚させて数を増やしたいとお思いになるのは当然のことでした。
そして、こうなった以上リューゲ様は絶対に王家へ嫁ぐことは出来ません。
この王国を含む大陸ほとんどの国の信仰の拠りどころである神殿は、王侯貴族に嫁ぐ女性の貞節に厳しいのです。疎かにすれば托卵や家の乗っ取りなどという問題が起こりかねないのですから、これも当然のことでしょう。
正しい婚約者の子どもを身籠っていても結婚の許可を得るのが難しいのに、婚約者でもない、ほかに婚約者のいる男性の子どもを身籠った女性を王家に嫁がせるのは不可能です。
私の手の破片を見つめながら、ミヒャエル殿下が震える声でおっしゃいます。
「ど、どうしてだ。君と私の婚約は政略的なものだ。君も私を愛してなどいないだろう。リューゲが出産して、その子が君の子として正式に認められたなら、君との間にも子どもを作る。ハイニヒェン辺境伯家の跡取りはその子にすれば良い」
私はひとり娘です。
ですので、この婚約の話が出たときは両親を始めとする一族郎党が反対いたしました。私だって受け入れたくはありませんでした。
ですが国王陛下直々に命じられ、お金でなんでも言うことを聞く今の神殿の最高権力者に破門をちらつかされては、拒み続けるわけにはいかなかったのです。
「ご冗談を。確かに私と殿下の婚約の条件として、私の産んだ子どものひとりをハイニヒェン辺境伯家の跡取りにする、というものがあります。けれどもうひとつ、次代の王は私の産んだ子どもにする、というお約束もあったではないですか。リューゲ様のお産みになられた子どもを私の長子とするのなら、その子が王になるのではないですか?」
「それは……」
殿下は私から目を逸らし、しばらくしてリューゲ様と見つめ合うと、なにかを決意したような顔で再び私に目を向けました。
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
そう言って私は、先ほど割ったティーカップの破片を自分の喉元へ突きつけたのでした。
この国の王太子で、国王陛下ご夫妻の一粒種であらせられるミヒャエル殿下のお顔の色が変わります。彼に寄り添うリューゲ様のお顔も真っ青です。
リューゲ様はミヒャエル様の従妹、王妹殿下の遺児でいらっしゃいます。
今日は月に一度の私と殿下のお茶会の日でした。
私と殿下は王命による婚約者同士なのです。
いつもならふたりの……侍女や護衛騎士は侍っていますが……お茶会にリューゲ様がいらしたのにも驚きましたけれど、ミヒャエル殿下が開口一番におっしゃったお言葉にも驚かせていただきました。彼はこう言ったのです。
『リューゲの腹には私の子どもが宿っている。ハイニヒェン辺境伯令嬢ヘレナよ、君にはこの子の母親になって欲しい』
三年前の大寒波でベルガー公爵家の当主ご夫妻であったご両親を喪ったリューゲ様には、婿を取って公爵家を継ぐという選択肢もあったのですが、彼女は生まれ育った家と爵位を王家に返上して、王族の一員として王宮で暮らすことを選びました。
そのころからミヒャエル殿下と恋仲だったのかもしれません。
成長してから政略的な婚約関係を結ぶことになった私と違い、親族であるおふたりは幼いころから仲が良かったとも聞いています。
にもかかわらずリューゲ様がミヒャエル殿下の婚約者とされなかったのは、今の王族が少ないからでしょう。
彼女のご実家以外にも王家の血を引く公爵家はあるのですけれど、どちらもかなり昔に分かれたものなのです。
国王陛下が今の王家の血を少しでも広げたい、男女ひとりずついるのならべつの人間と結婚させて数を増やしたいとお思いになるのは当然のことでした。
そして、こうなった以上リューゲ様は絶対に王家へ嫁ぐことは出来ません。
この王国を含む大陸ほとんどの国の信仰の拠りどころである神殿は、王侯貴族に嫁ぐ女性の貞節に厳しいのです。疎かにすれば托卵や家の乗っ取りなどという問題が起こりかねないのですから、これも当然のことでしょう。
正しい婚約者の子どもを身籠っていても結婚の許可を得るのが難しいのに、婚約者でもない、ほかに婚約者のいる男性の子どもを身籠った女性を王家に嫁がせるのは不可能です。
私の手の破片を見つめながら、ミヒャエル殿下が震える声でおっしゃいます。
「ど、どうしてだ。君と私の婚約は政略的なものだ。君も私を愛してなどいないだろう。リューゲが出産して、その子が君の子として正式に認められたなら、君との間にも子どもを作る。ハイニヒェン辺境伯家の跡取りはその子にすれば良い」
私はひとり娘です。
ですので、この婚約の話が出たときは両親を始めとする一族郎党が反対いたしました。私だって受け入れたくはありませんでした。
ですが国王陛下直々に命じられ、お金でなんでも言うことを聞く今の神殿の最高権力者に破門をちらつかされては、拒み続けるわけにはいかなかったのです。
「ご冗談を。確かに私と殿下の婚約の条件として、私の産んだ子どものひとりをハイニヒェン辺境伯家の跡取りにする、というものがあります。けれどもうひとつ、次代の王は私の産んだ子どもにする、というお約束もあったではないですか。リューゲ様のお産みになられた子どもを私の長子とするのなら、その子が王になるのではないですか?」
「それは……」
殿下は私から目を逸らし、しばらくしてリューゲ様と見つめ合うと、なにかを決意したような顔で再び私に目を向けました。
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
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