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4巻

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 3話 国立王都研究所跡の捜索


 翌朝、私とアトカさんは二人だけで、国立王都研究所跡に向かう。王都内での移動であるため、空を飛ぶルートは避け、目的地近くまでは馬車で行くことにした。道中、私はアトカさんから、その研究所がどういった機関であるのかを詳しく聞いた。
 国立王都研究所は、敷地面積は王城並みに広く、研究棟は三階建の建物らしい。医学、薬学、魔法、スキル、魔導具などのあらゆる分野を集約させた研究機関だった。
 この研究所で働けるのは、国民の中でも一握りのエリートだけ。優秀な人物であれば、平民、貴族といった身分に関係なく採用されている。また、ジストニス王国は医学薬学関係に実績があり、その分野は他国にも認められている。
 現在研究所は閉鎖されており、半壊した建物の周囲には、瓦礫がれきが散乱している。本来であれば、事件後すぐに更地さらちにしたいところだろうが、ネーベリックが突如現れた場所でもあるせいで、原因を究明すべく、調査官が定期的に訪れているらしい。しかし、この五年で得た成果はゼロだ。だから、いまだ研究所の解体は国から許可されていない。
 今回、私のやるべきことは、種族進化計画の全貌ぜんぼうを知ることだ。この計画に関しては、王族であるクロイス姫さえ何も知らない。本当に一部の者だけで、極秘裏に百年間も進められてきたのだ。
 しかも、ひそかにネーベリックを監禁していたということは、メインの研究施設は地下なのだろう。敷地のどこかに、地下への入口があるはずだ。
 アトカさんも、私と同じ見解だった。地下ならば、研究資料の一部でも残されているかもしれない。
 馬車が停まった。どうやら目的地近辺に到着したようだ。
 馭者ぎょしゃさんによると、ネーベリック事件直後、研究所跡から亡くなった職員のすすり泣く声が昼夜問わず聞こえていたという。しかし三年前、騎士団の活躍により、全てのゴーストが浄化された。ただ、建物崩壊の危険があるため、現在でも立ち入り禁止区域となっている。
 馭者ぎょしゃさんは研究所一帯を異様に恐れていた。私たちは馬車が遠ざかってから、誰にも目撃されないようにしつつ、研究所の敷地へと入っていった。

「シャーロット、ゴーストは怖いか?」

 目的地に到着してから、そんな質問をしますか?

「今更ですよ。Cランクのランクアップダンジョンで散々見ましたから、怖くありません」

 日本にいたとき、私はホラー系を苦手としていた。でも、この世界のゴーストに対しては、苦手意識がない。それはなぜか? 答えは簡単だ。明確な対処方法があるからだ。

「それなら問題ない。まずは、目ぼしい建物の中で魔導具『ソナー』を使ってみる。騎士団たちに探知される危険性もあるから、貧民街では一度も使用していない。今回が初の試みだな」

 騎士団がクロイス姫捜索に利用していた魔導具を使うんだね。アッシュさんが濡れ衣を着せられたおかげで、魔導具『ソナー』が一台だけある。気になる点は――

「あれは、人を探知するためのものですよね? その魔導具で地下施設を発見できるのでしょうか?」
「それは、俺にもわからん。だが、俺が使用すれば、シャーロットを探知できるだろう。一緒に周囲のマップが表示されるかもしれん」

 ぶっつけ本番の試みか……上手くいくといいけど。研究所跡に関しては、以前反乱軍のメンバーがネーベリックの詳細を知ろうと、潜入調査を試みたものの、有力な情報を得ることはできなかったそうだ。ただし、敷地全体の地上区域を綿密に調査してくれたおかげで、どこにどんな建物が配置されているのかはわかっている。
 しばらく歩くと、半壊した大きな建物が見えてきた。周囲三ヶ所に瓦礫がれきが集積されている。

「調査によると、この建物が研究棟のようだ。報告書通り、半壊しているな」

 アトカさんは調査資料を見て、この建物を研究棟と判断したようだ。右半分が完全に破壊されている。しかも、残りの左半分も外壁にはヒビが入っており、いつ倒壊してもおかしくないレベルだ。これはもう全壊でいいよね?

「この建物の中に入るんですか? かなり危険ですよ?」
「それは承知の上だ。入るぞ」

 中に入ると、紙の資料や魔導具の残骸ざんがいといったものは全く残されておらず、綺麗きれいに片付けられていた。瓦礫がれきも端に寄せられているため、比較的歩きやすい。とりあえず、アトカさんとともに一階部分を軽く見たけど、研究に関わる資料や機材は一切なかった。アトカさんの情報網によれば、新たな研究施設がここからかなり離れた場所に建設されたらしく、全ての機材や資料はそちらへ運搬されたそうだ。

「なにも、壊れた機材や魔導具まで運搬しなくていいのに。一目でいいから見たかった」
「仕方ないだろ。研究機材は高価だ。少しでも役立ちそうなものがあれば、たとえ壊れていても運搬する。さあ、魔導具『ソナー』を使うぞ」

 はあ、仕方ない。『ソナー』を使って、何かわかればいいんだけど。

「……ちっ、ダメだな。周囲二十メートル以内の一階見取り図と、俺たちの現在位置しかステータスに表示されない」

 それって、私たちが一階にいるからだよね? つまり、地下に行かないと、地下の見取り図も表示されないってことか。

「地下への入口は?」
「建物の見取り図だけで、説明が一切ない。これじゃあ、わからん。自力で探せってことかよ!!」

 私が敷地全体を構造解析してもいいけど、それだと数日を要する。何か良案はないかな? ……魔導具『ソナー』は魔力波を利用することで、周囲に潜む人物の居場所を特定し、周辺の見取り図を作成してくれる。逆にいえば、人を基点として地図を作成するため、誰もいない地下室を見つけられない。となると――

「アトカさん、私が魔力波を周囲に発生させます。魔導具『ソナー』の原理を応用すれば、全体の立体的な地図をステータスに表示できるかもしれません」
「本気か!? そんなスキルや魔法は聞いたことがないぞ。そもそも、『魔力波』という言葉自体がわからん。シャーロットなら可能なのか?」
「『構造解析』スキルは、私の魔力波を利用しているのです。私に限っていえば、魔力波を自在に扱えます」
「……わかった、試しにやってみてくれ。ただし、絶対に無理はするな。シャーロットがやろうとしていることは、『ソナー』の機能以上のことを自分の力だけで行うということだ」

 問題はそこだよね。身体にどれだけの負担が掛かるのか、正直わからない。いきなり建物全体の見取り図を作成するのは困難だろう。まずは場所を限定しよう。

あせらず、ゆっくりとやってみます」

 魔力波とは、魔力を紫外線や赤外線のように波長化したものだ。研究者であった頃、波長に関しては散々勉強したし、X線などを照射する大型機器を取り扱ったこともある。まさか、自分自身がそういったものを照射することになるとはね。さあ、実験開始だ!!
 ……なるほどね。魔力波は、どんな物質でも透過する。でも物質を通過する際、わずかながら速度が落ちる。この、速度が落ちる箇所には残骸ざんがいや壁があるとみなして、見取り図をイメージしていこう。今回は初の試みだから、周囲十メートルほどを解析してみようか。

《スキル『マップマッピング Lv2』を入手しました》

 お、新たなスキルを習得したよ!! ステータスを開いてみよう。


 スキル『マップマッピング』レベル2
 習得条件
 自分の視野に入っていない場所を、魔力波で解析し、イメージ化する。その精度が七十パーセント以上であれば、習得可能となる。
 効果
 ステータスに、自分の魔力波で解析した場所を地図として立体的に表示することができる。ただし、認識能力とイメージ化する技術がつたない場合、誤差が大きくなるので注意すること。なお、『魔力感知』と連動させることで、地図に生物を表記させることも可能となる。このスキルを取得以降、惑星全土の世界地図がステータスに表示される。一度立ち寄った街や村、ダンジョンは、世界地図に専用のマークで表示され、その地点を拡大表示させることも可能となる。


 よっしゃーーーー、今の私たちにとって、最も望んでいるスキルを入手できたよ!! 早速、アトカさんに習得条件と効果を教えてあげると……驚きはしたものの、何やら考え込んでしまった。

「シャーロット、この『マップマッピング』はノーマルスキルなのか?」
「はい、そうです。アトカさんも習得可能ですよ」
「……そんなスキル名、これまでに聞いたことがないぞ?」
「おそらく、魔力波を完全に理解している人が少ないんですよ。レアスキルに属するのでは?」
「だろうな。このスキル、冒険者や間者かんじゃ、暗殺者にとって、喉から手が出るほど欲しいスキルだ。俺も覚えたいところだが、魔力波というものをイマイチ理解できん」

 魔力波……か、説明しにくいな。でも、このスキルはかなり有用だから、アトカさんも習得しておいた方がいい。

「クーデターが始まるまでに、私が魔力波について講義しましょう。原理をきちんと理解すれば、容易に『マップマッピング』を入手できます」
「そうだな。悪いが、イミア、アッシュ、リリヤにも教えてやってくれ。このスキルも昨日の『魔石融合』と同じく、悪用される危険性が非常に高い。クロイスには、絶対教えるなよ」

 クロイス姫に教えたら、絶対貧民街から抜け出して、ニャンコ亭とかに行きそうな気がする。

「はい」

 アトカさんでも魔力波を知らないとなると、スキル『マップマッピング』は、ノーマルスキルの中でも、レア中のレアなんだろう。今後、エルギス側が習得する可能性もあるから、注意しておこう。


         ○○○


 調査資料によると、敷地内にはこの研究棟以外にも、まだ数棟の建物があるらしい。アトカさんは、残りの建物の状況を把握はあくするべく、研究棟から離れていった。私は『マップマッピング』を地下にしぼり、研究棟を少しずつ探索していった。しかし、崩壊していない部分をいくら調べても、地下の空間を見つけることはできなかった。時刻がお昼十二時になったことで、私は一旦建物から出て、合流したアトカさんとともに、昼食をることにした。

「シャーロットがこれだけ探しても見つからないとなると、やはり地下に研究施設があるとしたら、崩壊部分にある可能性が高いな」
「そうですね。私の方も、地下に魔力波を当てたときの感触に慣れてきました。今後、『並列思考』スキルと連動させることで、解析速度もかなり向上すると思います。午後の調査ははかどると思いますよ」

 ネーベリックが巨大化し、地下から出現したことを考えると、崩壊箇所の真下に地下の研究施設があるとみて間違いない。でも、できることなら、地下への入口は崩壊していない箇所で見つけたい。それができれば何の痕跡こんせきも残すことなく、ここを去ることができるからだ。

「アトカさん、この研究棟以外で、どこか怪しいところはありましたか?」
「居住棟が三棟、訓練場が二つ、廃棄処理場が一つあった。居住棟は全て全壊、訓練場は全て半壊、廃棄処理場だけは無事だ」

 廃棄処理場……ネーベリックはそんな場所には行かないか。だから、破壊されずにすんだのか。

「シャーロット、身体への負担はどうだ?」
「まだ、いけます。崩壊箇所付近から探索を始め、少しずつ研究棟から離れていこうと思います」

 そのやり方なら、たとえ研究棟になかったとしても、いずれ出入口にぶつかるだろう。

「……あせらず、自分のペースでやっていけよ」

 昼食を食べ終え、私たちは捜索を再開した。まずは崩壊した場所近辺でスキルを使用してみた。すると、私たちの求める地下施設の空間をようやく見つけることができた。

「アトカさん、地下施設を見つけました。ただ……」
「どうした? 何か異常があるのか?」
「少ししか解析していないのでなんとも言えませんが、ステータスの地図を見る限り、地下施設の規模がかなり大きいです。地下二階まではありそうですね」
「なんだと!?」

 しかも、どの階も床から天井までの高さが六メートルほどある。ネーベリックを飼っていた以上、この理由はわからなくもないけど……そういえばネーベリックって巨大化前の体長はどの程度だったのかな? データはまだ残っていたよね。えーと、巨大化前の体長は……なんだ、レドルカより少し大きいくらいか。もしかしたら、大型の肉食恐竜は惑星ガーランドで生き残るため、長い年月をかけて小型化したのかな? でも、ネーベリックは薬物投与されたせいで、先祖のサイズか、それ以上に巨大化したってことかな?

「地下施設の規模は、地上の研究棟と同レベルか、それ以上かもしれません」
「おいおい、地下で何が行われていたんだよ」

 その後、『マップマッピング』のスキルレベルが2から6にね上がったことと、『並列思考』と連動させたことで、作業効率が大幅に上がった。そして、解析範囲をどんどん広げていったところ――ついに地下施設への出入口を一ヶ所、発見することに成功した。その出入口は、なんと廃棄処理場の中にあった。研究棟から廃棄処理場までの距離は約二百メートル。地下施設の規模は、まさしく地上に建てられている研究棟以上のものだった。



 4話 種族進化計画とは?


 まさか、地下施設への出入口が廃棄処理場の中にあったとはね。私とアトカさんは、廃棄処理場に行き、ステータス内の地図に表示された場所近くに到着すると、そこには一つの部屋があった。入口の扉には、『特別応接室(関係者以外立入禁止)』と記載されていた。

「鍵は掛かっていませんね」
「この部屋の中に入口があるのか? とにかく入ってみよう」

 扉を開けて中に入ると、そこは普通の応接室で、別段おかしなところはない。でも、ステータスの地図だと、ちょうどこの本棚のあたりに入口があるんだよね。本棚を構造解析してみるか。……なるほど、そういうことか。本棚には五つの棚があり、それら全てに色んなジャンルの本が置かれている。しかしこれらは全部カモフラージュ。私は、本棚そのものに魔力を注いだ。すると……

「うお!! 本棚が動いたぞ!!」
「『構造解析』でわかりましたが、この本棚自体が魔導具なんです。魔力を注ぐことで、動く仕組みとなっていました」

 本棚が、ズズズズとゆっくり動く。するとそこには……壁しかなかった。

「どういうことだ? 何もないぞ?」
「これはきっと、回転扉というやつですね。ほら、壁を押すと……」

 私が押したら、壁がクルッと動いた。忍者屋敷とかに行くと、こういった仕掛けがあるよね。

「壁が回転しただと!? 入口を二重に守っているのか。これじゃあ、他の連中も気づかないわけだ。隠し通路の中は……暗いな。俺が光魔法『トーチ』を使う。この魔法は、込める魔力によって発せられる光の強さが異なる。規模も大きいようだから、多めに魔力を込めておく。……トーチ、よし行こう」

 私は『暗視』スキルを所持しているから、この魔法を使用したことがない。ここは、アトカさんに任せよう。回転扉を潜り抜け、奥に進んでいくと、地下への階段があった。私たちは、階段を下りていき、地下施設に繋がる扉を開けた。

「ここが地下施設か」

 魔力波だけのイメージで想定はしていたけど、いざ自分の目で確認すると、かなりの広さであることがわかる。トーチの光量が強いおかげもあって、周囲が明るく見やすい。

「これ……普通に探すと、時間がかなりかかりますね。私が一部屋ずつ、『構造解析』スキルを使用していきます。その際、検索条件に『ネーベリック』『種族進化計画』を加えて実行すれば、関係資料の残骸ざんがいとかが見つかると思います」
「そうだな。これだけ規模のデカイ施設となると、通常の方法で手掛かりを探し出すことは、まず不可能だろう。シャーロット、頼む」

 私たちは、一部屋ずつ丹念に『構造解析』で引っかかるものを探していった。ただ、極秘裏に進められている研究であったためか、機材や資料などが全く見当たらなかった。また、生物の白骨死体とかもなかった。なんとも、拍子ひょうし抜けである。ゴーストの出現も期待したんだけど、魔物すらいない。
 五年も経過しているし、エルギスの関係者がここに訪れ、証拠を抹殺まっさつしたか、新たに建築された施設に全ての機材や資料を移送したのかもしれない。それでも、私たちはあきらめることなく、数時間かけてさらに調査をした結果、机の引き出しや本棚、壁と棚の隙間すきまなどから六枚の紙を見つけ出すことに成功した。早く内容を確認したかったけど、精神的にかなり疲れたので、私たちは一旦外に出ることにした。

「おお、数時間ぶりの陽の光です。もう、日暮れ前となっていますね」
「シャーロット、お疲れさん」
「この施設、どれだけ広いんですか。見つかった資料も、たった六枚だけ。何か進展があって欲しいです」
「そうだな。資料に関しては、俺とイミアとクロイスが見ておく。シャーロットは、ゆっくり身体を休めておけ。この時間なら、まだ馬車もギリギリ運行しているはずだ。貧民街に戻ろう」

 ねぎらいの言葉をもらったせいか、気が抜けてしまい、気がつけばアトカさんにオンブされていた。そして、そこからさらに深い眠りとなったようで、次に気づいたときは貧民街の自分の部屋だった。しかも、時刻は夜十時二十七分だ。

「ううむ、地下施設を出てからここに戻ってくるまでの記憶がほとんどない。お腹減った……あれ?」

 ふとテーブルを見ると、屑肉くずにくステーキとスープとご飯が置かれていた。まだ湯気ゆげが出ているから、置かれて間もない。もしかしたら、このにおいにつられて目覚めたのかな? 料理の載るお皿の下に、一枚の手紙が置かれていた。

『お疲れさん。シャーロットがいなければ、資料を見つけるどころか、地下施設すら発見できなかっただろう。施設を出ると、眠そうな顔でフラついていたから、背負って帰ってきた。資料に関しては虫食い状態で読みにくい部分があったため、現在俺とイミアとクロイスでまとめている。明日の朝には、作業も終わっているだろう。シャーロットは、ゆっくり休んでいてくれ。       アトカ』

 アトカさん、人相はやや悪いけど、意外に優しいところがある。ただ、夜遅くにステーキというのはどうかと思うけど。まあ、お腹が減ってるし、食べよう。


         ○○○


 翌朝、私は地下施設で発見した資料の内容を確認すべく、クロイス姫の部屋を訪れた。そこには、アトカさんとイミアさんもいた。

「シャーロット、おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
「クロイス姫、おはようございます」
「ふふ、あなたが見つけてくれた六枚の資料、きちんとまとめておきましたよ。イミア、シャーロットに渡してあげてください」

 虫食いがあって読みにくいと書かれていたけど、なんとかまとめてくれたんだ。

「シャーロット、これよ。虫食いだらけで、かなり読みにくい箇所があったから、私たちでわかるところをまとめておいたわ。種族進化計画の全貌ぜんぼうまではわからないままだけど、その一部はわかった」

 イミアさんから二枚の紙をもらった。さてさて、何が書かれているのかな?


 資料1 ある男性研究者の日記
 ・獣人は俺たちの敵だ。あいつらだけは、絶対に許さん。奴らは斬っても斬っても、すぐに再生する。嫌味か!? こっちは斬っても、復活するまでにかなりの時間を要するんだぞ!! だが、我々の研究を完遂するためには、獣人のあの種族特性を生物学的な意味で詳しく知る必要がある。被験者である彼らに乱暴してはいけない。
 ・人間はある意味、俺たちの仲間だ。被験者の中には、俺たちと同じ悩みを抱えている者もいる。そのせいか、一部の人間たちと意気投合してしまった。
 ・俺は新型の薬の被験者となった獣人と人間に土下座をした。正直、すまないと思っている。獣人は俺たちの敵であるが、あれを見てしまったら……本当に申し訳ないことをしてしまった。彼らが奴隷どれいとか被験者とか、もはや関係ない。
 ・クソッタレがーーーー!! なんで、目的の作用とは正反対の薬ができるんだよ!! 上司は俺をめてくれるが、全然嬉しくない。いや、落ち着け。正反対ということは、これを基にさらに研究していけば、目的の薬も製造可能ということだ
 ・クソ、想定外だ。俺は、もうダメだ。あともう少しで完成なのに……ネーベリック……ちくしょ……誰か俺の研究……引き継い


 この人は二百年前の戦争の件で、獣人に対して敵対意識を持っているのかな? でも、それなら『獣人だけが魔鬼族の敵』と取れる表現はおかしいよね。獣人に対して、うらみのこもった文章もあれば、臨床試験の失敗で謝罪している文章もある。獣人を本当にうらんでいるのなら、たとえ日記であっても、謝罪の文章は書かないだろう。とりあえず、気になる点を質問してみよう。

「クロイス姫、獣人の種族特性に再生能力ってありました?」
「いいえ、そんな特性はありません。だから我々も、この日記の持ち主である男性が、どんな研究をおこなっていたのか気になっています。我々は、ネーベリックだけが実験体に用いられてきたと思っていました。まさか、獣人や人間たちも薬の被験者として利用されていたとは……」

 うーん、研究内容が気になる。種族進化計画と関係しているのかな? 他の資料を見てみよう。


 資料2 ある女性研究者の日記
 ・はあ~、研究意欲がなくなるわ~。私はこんな研究をするために、研究者になったんじゃない。でもな~、家族の中で、私が稼ぎがしらでもあるのよね~。ここは我慢しよう。
 ・男どもは必死よね。アレが自分の身に降りかかる危険性を考えたら、まあわからなくもないけど。被験者となる獣人、人間、エルフ、ドワーフがちょっと気の毒だわ~。あ、ネーベリックは副作用もないから、被験者として最適よね。
 ・もう最悪~。彼だけは、絶対アレじゃないと思っていたのに!! 彼にも、アレの魔の手が忍び寄ってきている。絶対に薬を完成させてやる!!
 ・腹立つわ~。『獣人たちが風邪をひいたから、臨床試験を中止します』と言ったのに、『あの薬は命に関わるものではない。副作用も表面に表れるだけだ。風邪をひいていようと実行しろ』だって。確かに、この薬の副作用は獣人たちの命をむしばむものではない。でも、絶対大丈夫と断言はできない。被験者となる人たちのことも考えろ!!
 ・彼が死んだ。あいつが……ネーベリックが彼を食べた。あいつは、どんどん巨大化してる。もう少しでこの地下施設自体を破壊するだろう。私も、いずれ――


 ここで終わりなの!? アレってなんだよ!! 男だけがかかる病気なの? それにさ、なんで男と女で研究意欲に差があるのよ!! 肝心なことが一切わからない。種族進化計画に関わる資料は、これで全部か。

「クロイス姫、肝心の内容がほとんどわかりません。でも、これらの資料は地下施設で見つけたものですし、ネーベリックという言葉もありますから、種族進化計画に関わるものだと思います」
「ええ、その通りです。二人の研究者たちの文章で共通しているのは、被験者たちのことを比較的大切に扱っていることです。まあ、実際のところはわかりませんが。それと、ネーベリックだけは薬物の副作用がなかったようですね。もしかしたら、そういう長所があったからこそ、頻繁ひんぱんに実験に利用されていたのかもしれません」

 それはありうる。ネーベリックの解析データを見たら、かなりの頻度ひんどで薬を投与されていたからね。

「シャーロット、今回の資料のおかげで、種族進化計画の一端を知ることができました。まだまだ謎が残っていますが、あせらず情報を集めていきましょう」

 念のため、六枚の虫食い資料を『構造解析』にかけたけど、わかったのは紙として存在している部分の内容だけで、虫食い箇所に何が書かれていたのかまではわからなかった。この結果に、クロイス姫もアトカさんもイミアさんも、落胆の色を隠せていなかった。私自身も、あれだけ必死に探したのに、これだけの成果しか得られなかったのがくやしい。でも、ほんの少しだけど、クーデターに向けて前進した。

「次はどうしますか? 新しく建設された研究所に潜入しますか?」

 研究所跡に関しては、もう手掛かりはないだろう。

「それはダメです。部下たちからの報告によると、警備が厳重すぎるとのことです」

 見つかったら元も子もないか。

「それなら、私が王城に潜入して、エルギスとビルクを構造解析しましょうか? 『構造解析』だけなら、危険度もかなり低いですよ」
「それもダメだ。潜入捜査が成功すれば、確かに一発で謎が解けるだろう。だが、研究所同様、王城の警備も厳重だ。『マップマッピング』スキルがあろうとも、『絶対に見つからん』とは断言できない。シャーロット自身は切り抜けられたとしても、もし他のメンバーが見つかった場合、そいつが拷問ごうもんされて、反乱軍のことが露見する場合もある。姿を見られただけでも、反乱軍が闇に潜んでいるという疑念を持たせてしまう。できれば、エルギスが仕事で外に現れたところを構造解析するのが望ましいだろう」

 アトカさんの言うことも一理ある。潜入捜査には、かなりの危険を伴う。城の内部に入り込んだスパイだって、騎士団とは何の関係もない人たちを選び、リスクを最小限に抑えた状態で送り込んだと聞いている。
 エルギスが国王であっても、なんらかの行事で表に現れる日もあるはずだ。あせらず、その日を待つのが得策かな。

「わかりました。それなら私は、中途半端な状態で放置している、アッシュさんが疑いをかけられている魔導具盗難事件の始末をつけてきます。もう犯人はわかっていますので、奴らに天誅てんちゅうを加えたいのです」
「シャーロットの言う犯人とは、グレンとクロエのことですね?」

 クロイス姫、私は本気です。二人は幼馴染おさななじみでもあるアッシュさんを犠牲ぎせいにして、なんの努力もせず強くなっていった。アッシュさんの努力で得られた数値は、『呪いの指輪』によって全て二人に還元されていた。私たちがアルバート先生に呪いの全貌ぜんぼうを伝えたことで、もう何もしてこないだろうと思っていたのに、まさかあんな暴挙に出るとは思わなかったよ。

「はい。特にグレンに関しては、『構造編集』でスキルをいじりまくります。自分のことしか考えない馬鹿どもには、天罰を与えないと」
「気持ちはわかりますが、無茶だけはしないように」
「そうよ。まあ、シャーロットが怒るのもわかるけどね」
「シャーロット、天罰を与えてもいいが、騒動を起こすなよ」

 クロイス姫、イミアさん、アトカさんから、軽い注意を受けてしまった。でも、グレンに対して罰を与えてもいいんだね。反対されるかなと思っていたよ。

「ひとまず、アッシュさんとリリヤさんに『魔石融合』と『エンチャント』の技術を身につけてもらいます。その後、アッシュさんと相談してから罰を執行しようと思います」

 中途半端にしていた事件に、やっと手をつけることができる。グレンとクロエ、絶対に許さないよ!!

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