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5巻

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 3話 レドルカとプードルとの再会


 簡易温泉施設の建築から、二日が経過した。王城で働く多くの人たちが、簡易温泉施設を気に入ってくれたのだけど、一点だけ不満があるようだ。『施設が小さい』のだとか。
 王城内にあるとされる匿名意見箱には、『王城内にある入浴施設の改装が、楽しみです!!』『改装後の完成図をチラッと見ました。早く入りたいです』『王都内にも建築してほしいです』という実名入りの紙が、満杯になるほど入っていたらしく、クロイス女王も臣下たちからの高評価に大喜びだった。
 そして現在、私はアッシュさんとリリヤさんとともに、とある依頼を完遂かんすいさせるため、市場へと向かっている。

「シャーロット、今日王城の使者が君の部屋を訪れたと聞いたけど? 市場へ行くのは、それと関係しているのかな?」
「私も気になる。市場だから……新しい料理を作るの?」

 アッシュさんとリリヤさんには、まだ詳しく話していなかったよね。

「その通りです。使者の方からお手紙をもらいました。手紙の主は、料理室長コーラル・ボーナルトさん。内容を拝見すると、ニャンコ亭で教えた私の屑肉くずにく調理法に感銘を受けたらしく、現在王城でも屑肉くずにく料理が流行はやっているそうです。ただ、屑肉くずにくの王様と言われる剛屑肉ごうせつにくだけが、上手く調理できないらしく、私に助けを求められました」
「王城の『料理室長』と言ったら、多分最高責任者だよ。そんな偉い人が、シャーロットに助けを求めるって……」

 アッシュさん、そこは私も不思議に思っています。私なんて、前世でも家庭料理をちょっとかじった程度の素人同然の腕前。プロでも難儀する食材の調理方法なんて、知るわけがない。

「アッシュ、シャーロット、剛屑肉ごうせつにくっていうのは、私も知ってるよ。屑肉くずにくの中でも、最も筋や脂身が多く、全てがガチガチに硬い肉のことだよね? おまけに激臭もするから、貧民街のみんなも、この肉だけは、今でも廃棄してるよ」

 私は、それを見たことがない。そこまで酷い代物しろものなんだ。

「手紙によりますと、屑肉くずにくの調理方法がわかってから『どんな食材でも工夫すれば美味おいしくなる!!』という風潮が広まっているらしく、王都の料理人たちも、不良食材から新規料理を作れないか、色々と試しているそうです。ただ、この剛屑肉ごうせつにくだけは、どの料理人たちにも手に負えないらしく、私に助けを求めてきたという感じですね」

 ニャンコ亭や露店の店主たちから、私の名前を聞いたのかな? クーデター以降、私がアストレカ大陸出身であることを、皆が知っている。そっちの知識を求めているのかもしれない。

「シャーロット、何か策はあるの?」
「リリヤさん、私自身は剛屑肉ごうせつにくを知りません。現物を見てから判断します」

 ……市場に到着したのだけど、朝の九時三十分にもかかわらず、通り一帯がにぎやかだ。まずは、剛屑肉ごうせつにくを探そう。
 市場の中でも、肉エリアに相当する場所に移動して剛屑肉ごうせつにくを探すが、どのお店にも置かれていなかった。
 近くの五十歳くらいの女性店主さんにたずねてみると『絶対に売れないものだから、一定期間だけ倉庫奥の冷凍庫にしまってある』と言われた。しかも『欲しけりゃあげるよ』とまで言ってくれたので、五キログラムをもらうことにした。
 ただ、常温の空気に触れると、激臭が出るらしく、縦六十センチメートル、横二メートル、高さ五十センチメートルの小型冷凍庫のそばで渡されることになった。
 冷凍庫が開け放たれると――

「「「くっさ!!」」」

 店主さんの「ハイヨ!!」という掛け声とともに、私のマジックバッグへと移された。冷凍庫が閉じられると、すぐに激臭は霧散した。

「聖女様、新規料理を楽しみにしてるよ!! じゃあね」

 そう言うと、店主さんは自分の店へ戻ってしまった。私が、あの激臭を放つ肉を調理しないといけないの?

「うえ~~アッシュさん、リリヤさん、手伝ってくださいね」
「……わかったよ」
「うう、手伝いたくないけど……わかった」

 二人とも、明らかに嫌がっている。
 ここまで臭いが酷いとは思わなかった。今回もらった剛屑肉ごうせつにく、元はストームバームカウという牛型の魔物肉らしいけど、こんな臭い部分もあるのか。こんな臭い肉、調理なんてしたことないよ。一応、漫画で得た知識ならあるけど、実際に試したことはなかった。まあでも『構造解析』スキルもあるし、なんとかなるか。臭いに関しては、風魔法で充満しないよう、外に逃がそう。
 肉をもらった後、私は『生姜しょうが』に相当する野菜を探した。市場中を歩き回るのは面倒なので、そこは『構造解析』に頼った。すると、一件だけヒットしたため、そのお店に行き、目的の野菜を見せてもらった。見たまんま、私の知る『生姜しょうが』なんだけど、名称は『ロンロベル』だった。これをたくさん購入し、私たちは王城へと出向いた。
 王城に到着すると、中庭には……なんとなつかしのレドルカとプードルさんがいた!! ネーベリック戦以降、全く会っていなかったけど、元気そうでなによりだ。

「お~い、レドルカ~、プードルさ~ん」
「「あ、シャーロット~~~」」

 二人も私に気づき、こっちに来てくれた。

「二人ともお久しぶり」
「本当に久しぶりだよ!! クーデターが終わっても、会議ばかりでなかなかシャーロットに会えないし、貧民街に行こうにも、この姿じゃあ目立つから止められるんだ」

 再会早々、レドルカがプンプン怒って、文句を言っている。ネーベリック戦以降、彼はザウルス族の族長代理だ、王城との交易や私の暴れっぷりで活性化した山の件もあるから、大忙しだろう。

「レドルカ、それは仕方ないわよ。まだまだ、仕事は山積みよ」

 プードルさんは、レドルカの秘書的役割で、ここに残っているのかな。

「族長代理は疲れるから嫌だよ。プードル、変わってよ?」
「お断りします」

 即答か。まあ、気を使う仕事だから、志願するザウルスもいないよね。

「もう、レドルカが族長でいいんじゃない?」
「嫌だよ!! あ、それよりも、そっちの二人は?」

 おっと、紹介がまだだったね。

「こっちの男性がアッシュ・パートンさん。レドルカが私の初代ツッコミ役とすれば、彼は二代目かな。ツッコミがレドルカに似ているの」

 レドルカはアッシュさんを見た途端、なぜか全身に哀れみを漂わせた。

「どんな紹介の仕方だよ!! え……と、アッシュ・パートンです」
「僕はレドルカ、よろしく!! 君も苦労するだろうけど……頑張がんばってね」

 レドルカの哀れみを込めた右手が、アッシュさんの左肩にポンっと優しく触れた。

「もう……それだけで、レドルカの苦労がわかった」

 なんで、その動作だけで意気投合しているの!?

「ふふ、確かに彼はレドルカと似ているわね。私はプードルよ。そっちの女性のお名前は?」
「彼女はリリヤ・マッケンジー、ボケとツッコミの両方を担当しています」

 ある意味、本当のことだ。

「シャーロット、違うでしょ!! リリヤ・マッケンジーです。武器が弓なので、後方支援担当かな」
「ふふ、あなたも苦労しているのね」

 互いの自己紹介が終わり、クーデター時の話を五分ほど和気藹々わきあいあいと話し合ったところで、イミアさんがやって来た。レドルカとプードルさんに、私の今日行うことを話すと、すっごく興味を持ったらしく、一緒に調理場へ向かうこととなった。


         ○○○


 ここは調理場。私の周囲には、依頼主であるコーラルさんを含めた料理人たち、レドルカやプードルさん、イミアさんも合わせると、合計九人いる。コーラルさんは恰幅かっぷくのいい五十五歳の魔鬼族の男性で、料理人専用の白い服と帽子を着用しており、口髭くちひげの先がクルンと回転しているのが印象的だ。ニャンコ亭の店主さんと仲がよく、そこで私の名前を知ったそうだ。
 私は皆の前で、剛屑肉ごうせつにくをテーブルに置いた。

「あれ? 市場でいだ臭いがしない?」
「アッシュさん、キッチンの吸引機能と私の風魔法で、全ての臭いを真上にあるダクトに送っているんですよ。風魔法を解きましょうか?」

 一度風魔法を解除すると、吸引しきれない激臭が周囲を覆い、レドルカとプードルさんが調理場から真っ先に逃げてしまった。ザウルス族の嗅覚きゅうかくは、魔鬼族よりも数十倍すぐれていると聞いたことがあるけど、本当のようだ。料理人以外の人たちは、あまりの激臭でもがき苦しんでいる。コーラルさんは、こうなることを踏まえて、剛屑肉ごうせつにくを使用する際は、真夜中にキッチンを使用していたという。

「皆さん、風魔法を発動したので、もう大丈夫です」

 こういった臭いを除去させるには、手間が必要である。購入した剛屑肉ごうせつにくを六つに分断してもらい、水の中に入れ軽く水洗いし、汚れを落とす。
 次に、剛屑肉ごうせつにくをお湯でるのだけれど、恐ろしいほどの灰汁あくが出てきたので、丹念に取り除く。灰汁あくが取れるまで水を追加しながら、この作業をやり続ける。一回目の灰汁あく取り以降、料理人たちが作業を代わってくれた。この作業にかかった時間は、なんと一時間だ。
 灰汁あくを大量に除去したこともあって、風魔法を解除したときの激臭がかなり薄まった。この肉を、灰汁あく取り作業中に調整しておいたタレ(水、ショウセ、ロンロベル、酒など)に漬け込む。あとは、タレが剛屑肉ごうせつにくに染みわたりやわらかくなるまで、徹底的に煮込にこむ。
 多分、通常のやり方で行えば、数日を要するので、そこは魔法を使って、二時間ほどに短縮した。日本でいう圧力鍋と同じ原理で、用意した鍋に圧力をかけたのだ。本来のものと少し違った味になるかもしれないけど、大幅に調理時間を短縮できる。
 料理人たちは、私の説明を聞きながら、せっせとメモっている。特に圧力鍋の箇所、これを魔法ではなく魔導具として開発できれば、画期的な商品となる。煮込にこんでいる時間のほとんどを、圧力の原理と魔導具にする際の仕組みについての講義に費やす羽目はめになってしまった。
 最終的に、魔法に頼らなくても圧力鍋の製作が可能とわかって、料理人たちは喝采かっさいするほど、大喜びしていた。そこには、レドルカとプードルさんも含まれている。
 かなりの手間がかかったけど、ついに私の求める料理が完成した。料理名は牛丼改め『剛屑丼ごうせつどん』、完食するまでの時間が、異様に早い料理だ。丼の中には、き立てのタリネも入っているから、この一品だけで、お腹がある程度満たされる。時間に余裕のない人にとって、これは喜ばれるだろう。
 私は、完成した一人前の剛屑丼ごうせつどんをテーブルの上に置いた。依頼主である料理室長コーラルさんが丼を持ち、においをぎ、一口食べた。

「おお!! あの臭くて硬い肉が、ここまでやわらかくほのかに甘く美味おいしくなるものなのか!! アレだけの調味料でこの味を出せるとは……脱帽だ。しかもこのタレが、下にあるタリネと合うのだ!! 行儀ぎょうぎが悪くなるが、一気に口の中でほおりたい衝動に駆られる」

 コーラルさんの説明だけで、レドルカはよだれを垂らしている。プードルさんは必死に我慢しているけど、時間の問題かな。
 その後、剛屑丼ごうせつどんを他の料理人たちにも配膳はいぜんすると、料理は十分もかからずに完食となった。
 レドルカとプードルさんに至っては、多めに入れたにもかかわらず、魔鬼族よりも身体が大きい分、一口で平らげた。食べた瞬間、二人の目が美味おいしさのせいか輝いていたものの、すぐに胃の中へと入ってしまった。私におかわりを求めてきたけど、からになった鍋の中身を見せると、ガクッと床に崩れ落ちてしまった。

「シャーロットさん、ありがとう。あなたは、天才料理研究家だ。剛屑丼ごうせつどん、手間のかかる料理ではあるものの、圧力鍋を利用すれば、かなりの時短になる。王族貴族用の料理ではないけれど、庶民にとって欠かせないものとなるでしょう」

 そこまで褒められるとは……。『地球の料理を教えただけですから、私は天才でなく凡人です』と心から言いたい。剛屑丼ごうせつどんに対する皆の評価は上々、シンプルな味付けであったため、工夫すればもっと美味おいしくなるはずだ。

「シャーロットさん、私がクロイス女王に、この料理のことをお伝えしておきます。ただ、あなたの料理は、どれも素晴らしい。今後、新たに料理を作った際は、レシピ自体を商人ギルドで商標登録するといい」
「レシピを商標登録するのですか?」
「そうです。本来、自分の考案した料理のレシピというのは、料理人であれば、絶対に口外しません。しかし、考案した料理を多くの人々に食べてもらいたいと思う料理人もおります。そういった場合、レシピと料理完成図を商人ギルドに登録しておけば、皆は料理完成図をタダで見ることができます。そして料理を気に入った場合、銅貨三枚でレシピを購入することができます。味がよければ、口コミで広がったりもしますから、結局はあまりもうからないでしょう。ただその分、料理自体は急速に知られていきます」

 なるほど、そんな権利があったのか。

「今回、圧力鍋の特許と剛屑丼ごうせつどんのレシピを、あなたの名前で登録しておきましょう。次、王城に訪れた際、商人カードをお渡しします。シャーロットさんは、冒険者登録しておりますから、そちらの情報と共有すれば、本人が来なくても商人カードを作成できます。これから入金される特許料や登録料は、その商人カードを各街の商人ギルドの受付嬢に渡すことで確認できますよ。また、カードがあれば、自分で入金と引き出しが可能になります」

 おお、それは便利だ!!

「コーラルさん、ありがとうございます!! ぜひ、登録の手続きをお願いいたします!!」
「はい、お任せを」

 私が即答すると、コーラルさんはやわらかな笑みでこたえてくれた。
 オークションで小金持ちになったけど、どこで大金を消費するかわからないもんね。今後の冒険のためにも、少しでもお金を稼いでおきたい。
 剛屑丼ごうせつどんの試食会終了後、私は多くの人々にお礼を言われた。レドルカとプードルさんは、まだ会議が残っているらしく、もうしばらくの間、王城に滞在するそうだ。だから、私はクロイス女王から褒賞をもらい次第、王都をち、長距離転移魔法を探す旅に出ることを伝えた。

「長距離転移魔法を探す旅か~。国外にも行くだろうから、これからはシャーロットと気軽に会えなくなるのか。少しさびしいな」

 ケルビウム大森林に関しては、山の活性化のこともあるから、私も今後が気になる。連絡役が欲しい。……待てよ!! デッドスクリームのように、今後強い従魔と契約できたら、そのうちの誰かを森にまわせることはできないだろうか? そして、その従魔に、森の守護をお願いできないかな? 

「レドルカ、私自身はケルビウム大森林に行けないけど、私の従魔を森にまわせることは可能かな?」
「あ、なるほど!! 連絡係だね!! 従魔の許可があれば可能だよ。無理矢理の引越しは、可哀想だもんね」
「やった!! まだ、デッドスクリーム一体しかいないから、そっちに送れないけど、もう少し増えたら、誰かを送るね」

 あれ? レドルカもプードルさんも固まった。アッシュさんとリリヤさんは、苦笑いだ。

「そうだった~。クロイス女王から話を聞いてはいるけど、デッドスクリームか~。シャーロット、どの従魔を送るのかは、必ずクロイス女王を通して、前もって教えてね。いきなりAやSランクの魔物が訪れたら、大パニックになるから」
「レドルカ、私だって、みんなを困らせるようなことはしないよ。きちんと手順を踏んで、そっちに送るから安心して」

 私の従魔がもう少し増えてから、実行することになる。ケルビウム大森林の守護者誕生は、もう少し先の話かな。
 私たちはレドルカとプードルさんにお別れを言った後、まっすぐ貧民街へ帰った。簡易温泉施設の評判も上々、そろそろを動かす頃合いだろう。



 4話 温泉兵器製作工場の視察


 エルギスとビルクが共同開発した全七種の魔導兵器(地雷、魔榴弾、魔導銃、魔導ライフル、魔導バズーカ、ロケットランチャー、魔導戦車)、それらは全て魔導兵器製作工場で生産されている。
 調査の結果、工場は王都以外に四ヶ所あることが判明した。工場内で各魔導兵器の部品を生産していき、労働者たちはそれらを手作業で一つ一つ丁寧に組み立てていくようだ。
 毎日毎日同じ品物を組み立てるという作業の繰り返し。これまでこういったルーティーンの作業をおこなっていたのが、奴隷と化した人間、ドワーフ、エルフ、獣人の四種族である。
 彼らの生活環境は、極悪……というわけではない。労働者たちには、安い賃金とりょうが与えられ、必要最低限の生活はできていた。
 ただし四種族自体の数は、二年前、エルギスがデッドスクリームとの契約時に生贄いけにえとされたため、現在その数を大きく減らしている。
 なお、王城地下の工場については、クーデター決行の一日前、レイズさんとトールさんの二人が、働かされていた六十人ほどの奴隷たちを解放し、貧民街へと移動させた。
 そして、私は誰もいなくなった工場を魔導兵器製作工場から『温泉兵器製作工場』へと構造編集したことで、地雷以外の六種の魔導兵器が『温泉兵器』へ、地雷は『緑地』へと生まれ変わったわけだ。
 ちなみに、工場から解放された奴隷たちは、貧民街で元気に暮らしている。貧民街に住む人たちも、様々な事情を抱えているため、彼らを快く迎え入れてくれた。
 また、レドルカたちが種族進化計画に関わった貴族たちを捕縛ほばくし、クロイス女王が全員を裁いた結果、一部の貴族たちは貴族位を完全に剥奪はくだつされ、財産を全て国に没収された。
 そこには、奴隷たち約二十人との不正な契約も含まれている。彼らはクロイス女王の権限で解放され自由を手にしたものの、衣食住を満足させるだけのお金を所持していなかった。そのため、クロイス女王は新たな住居として、貧民街を紹介している。
 まとめると、クロイス女王や騎士たち七十人ほどが、クーデター以降貧民街から離脱したけど、魔導兵器製作工場や不正奴隷たちを含めた『魔鬼族、人間、エルフ、ドワーフ、獣人』の約八十人の新規参入者が貧民街に雪崩なだれ込んだことで、反乱軍がいたときとほぼ同じ人口に戻っていた。
 現状、解放された人間や獣人たち四種族は、差別意識の残っている王都を大っぴらに出歩けない。私の登場により、今後は差別意識も少しずつ緩和していくだろうけど、まだ時間がかかる。だからクロイス女王は、彼らに温泉兵器の組み立てをお願いした。無論、正当な労働時間、平民の平均月収と同程度の賃金を与えることを約束している。
 その際、温泉兵器は『人を癒すための治癒兵器』、『緑地』は『土地を癒すための治癒兵器』であることも説明した。だけど、言葉だけでは『癒す』の意味が理解しにくいため、実際に体験してもらうこととなった。
 まず『緑地』を土地に埋め、効果が出るまで待つ。その間、皆を簡易温泉施設へと案内し、温泉兵器の一つ『温泉バズーカ』を用いて、浴槽に温泉を入れ、実際に入浴してもらう。
 入浴を堪能たんのうしてもらった後、『緑地』を埋めた土地を見に行き、何もなかった場所から、活き活きとした草花が生えていることを確認してもらう。
 彼らはこの過程を経験することで、『癒す』の意味を真に理解し、温泉兵器製作工場での組み立て作業を快く了承してくれた。今後、温泉兵器や温泉施設が国内に広まっていき、兵器の製造者が四種族と判明したら、魔鬼族の持つ差別意識もより一層薄まるだろう。
 労働者を確保できたのはいいけど、肝心の温泉兵器製作工場を、私もクロイス女王もまだ視察していない。また、温泉兵器に関する総責任者を誰にするかも決めていない。実は、クーデター前に気づかれずに作られた工場製の温泉兵器には、私が直接編集したものと違い欠陥けっかんがあった。出るお湯の温度が熱すぎたり、冷たすぎたりと、品質が安定しないのだ。誰かに管理してもらわないといけない。
 今回、私とクロイス女王は、責任者に最も相応ふさわしいと思われる人物『ビルク・シュタイン』のもとへ行き、彼を説得するという重要な役目をになっている。現在、彼は王城地下の牢獄に収監されている。
 王城内で発生した事件の犯人たちは、郊外にあるムーンベルト監獄所に移送するための手続きなどで、数日間王城地下の牢獄にとどまることになる。ビルクは処遇が決まるまで、前王エルギスは離宮の準備が整うまで、ずっと牢屋生活となっている。
 私、クロイス女王、アトカさんの三人は牢獄の面会室へと入る。日本の刑務所の面会室同様、中央に固く頑丈がんじょうで透明な板が固定されており、その板を挟んで目的の人物ビルク・シュタインと、エルギスとライラさんがたたずんでいた。ライラさんだけはゴーストであるため、宙にフヨフヨと浮いている。クロイス女王が、面会者側にある一脚の椅子に座った。ビルクは後方に下がり立ったまま、こちらの話を聞くつもりのようだ。エルギスは椅子に座り、クロイス女王と真正面から対面した。

「エルギスお兄様、ビルク、お身体の状態はどうですか?」

 ライラさんには、できない質問だね。

「私もビルクも、すこぶる健康だ。これも、ライラのおかげだな。貴族たちを洗髪する心構えは、とうにできているぞ」

 エルギスの言葉通り、ライラさんのおかげで、二人は精神的にも肉体的にも健康のようだ。

「クロイス女王、私とエルギスを隣同士に収監していただき、ありがとうございます。ライラが二つの牢屋に対し、空間魔法『サイレント』を施したことで、三人で色々と話し合えました。それで……今日ここに来られたのは?」

『サイレント』か。一定空間内の音や魔力を外に漏れないようにする空間魔法だ。便利だから、貧民街にいるとき、私も習得しておいた。自分の訓練時に使用している。

「エルギスお兄様に住んでもらう離宮……三十つぼ程度の一軒家、長期間使用されていなかった影響で、老朽化が進んでおり、現在修繕しゅうぜんしているところです。ですから、もうしばらく待ってください。今回、ここに来た目的は、ビルクの処遇についてです」
「私の?」
「ええ、話をする前に、確認したいことがあります。あなたは、今後も魔導兵器を開発することを望みますか?」

 クロイス女王の質問に、ビルクは驚いているものの、さほど動揺はしていない。

「はは、ご冗談じょうだんを。もう二度とあんな馬鹿げた兵器を開発するつもりはありませんよ。それは、エルギスも同じです」

 クロイス女王が私を見た。ビルクの言った言葉は真実だから、私は軽くうなずいた。

「それを聞いて安心しました。私は、王国に存在する魔導兵器製作工場、四ヶ所全てを……温泉兵器製作工場に作り変える予定です」
「「「温泉兵器!?」」」

 クーデター中、エルギスは『温泉兵器』という言葉をクロイス女王から聞いている。そして、彼自身が実物を使用している。

「クーデター中、エルギスが放った武器のことですね?」
「ええ。これは人をあやめるのではなく、人を癒す兵器です」

 温泉兵器を完全に理解してもらうには、私の力のことを話さないといけない。だから、クロイス女王は私の正体とその強さ、ユニークスキルでもある『構造解析』と『構造編集』を説明してから、温泉兵器の効能と製作由来を三人に語り、兵器を使用しての最終目標も明かした。

「私は、この温泉兵器で人種差別をなくしたい!! 現在、奴隷扱いされている人間、エルフ、獣人、ドワーフの四種族たちに温泉兵器を製作してもらい、王国全土に建設予定の温泉施設へ配備する計画を立てています。人々は、この兵器を使用した温泉に入浴することで、心も身体も癒される。そして、兵器製作にたずさわる四種族に対し、好感を抱いてもらうことで、差別意識も緩和されていく。この方法なら、四種族が他の種族と同じように、この国を自由に冒険できる日も近いと思っています」

 クロイス女王の目標、理論上は可能だと思う。でも……

「シャーロットの力を借り、王城と貧民街には、既に簡易温泉施設が建設され、皆からの評価も非常に高いものとなっています。この功績のおかげで、新たに『温泉開発庁』を設立できました。問題は温泉開発庁のトップに、誰を就任させるかなのです。また魔導兵器自体も、完全になくなったわけではありません。特に、ケルビウム大森林近くの平野に埋められている地雷地帯は、その規模も把握はあくできていないため、現在立ち入り禁止となっています。今の王国には、魔導兵器と温泉兵器に精通し、差別意識もなく、指揮能力の高い人材が必要なのです!! ビルク、温泉開発庁のトップになっていただけませんか?」

 この条件に当てはまるのって、正直ビルク……さんしかいない。今の彼なら任せられる。

「私は……もう戦争に関わるものを開発したくありません。その温泉兵器、見た目は魔導兵器そのもののようですが、間違いなく人々を癒しますね。温泉については、私も多少なりとも知識を持っています」

 ビルクさんの前世、シュトラールさんは晩年、海外旅行で日本に滞在していた時期もある。だからこそ、温泉の有効性を理解している。ぜひとも、ビルクさんに温泉兵器を任せたい。

「今聞いた限りでは、温度管理機能に問題があるようです。人々を癒す温泉、戦争兵器にはなり得ませんし、私自身の研究者魂が、この魔導具をもっと改良したいとうずいている。……わかりました。その話をお引き受けしましょう。地雷に関しては、長所も短所も熟知しております。無効化するすべもありますので、半年以内には全ての地雷を撤去しましょう」

 やった、笑顔で了承してくれた!!

「ありがとうございます!! あなたを釈放する手続きを行いますね」

 ここに来るまで、クロイス女王も『必ずビルクを説得します』と強く意気込んでいた。その思いがかなったからか、笑顔が輝いている。

「ビルク、新たな人生を謳歌おうかしてこい。私は王城の端っこで、これまで犯してきた罪の贖罪しょくざいに励む」

 エルギス……様の場合、大罪を犯している以上、離宮から一歩も出られない。本人も、それを理解している。貴族たちに洗髪するだけでなく、それ以外の贖罪しょくざい方法を考えているはずだ。

「エルギスお兄様、私は歳も若く、名ばかりの女王です。まだまだ、お父様たちにはかないません。だから……お兄様には、私を陰から支えてもらいたい」
「国王の責務、クロイスが思っている以上に重い。私でよければ、支えさせてくれ。このジストニス王国を、皆の力で繁栄させていこう」

 これが、エルギス様なりの贖罪しょくざいかな。女王としてのクロイス様はまだまだ半人前、彼女を支えていく人材は、多ければ多いほどいい。

「クロイス様、私もエルギスの妻として、ジストニス王国を支えていく所存です」

 ライラさんはゴーストで、Bランクの力量を保持している。デッドスクリームほどではないけど、色々な面で重宝すると思う。

「エルギスお兄様、ライラさん、よろしくお願いしますね!!」

 兄妹仲も、これで安泰だ。一旦、私たちは面会室から出て、ビルクさんの釈放手続きをおこなった。彼自身、罪を犯していたわけではないので、すぐに牢屋から釈放された。そのまま一階に戻り、ひとまず休憩きゅうけいを取ろうかと思ったのだけど、ビルクさんが温泉兵器製作工場を早く視察したいらしく、そのまま工場へ移動することになった。
 魔導兵器製作工場、あんな大きなものを構造編集したことがない。温泉兵器を編集したとき、私は温泉が射出されるようイメージした。編集後の外観は魔導兵器のままだったけど、内部構造が少し変化していた。
 工場全体を編集する際は、念のため、これまでに編集した温泉兵器の内部構造をしっかり解析し、全ての温泉兵器が製作できるよう、強く強くイメージして、編集を実行していた。
 自信はあったんだけど、温泉の温度を管理する魔石関連で、なんらかの問題が生じたんだと思う。


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