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5巻

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        ○○○


 地下にある温泉兵器製作工場は、牢獄からほど近いところにある。工場入口となる大きな扉を開けると、温泉兵器を製作する製造ラインが一望できた。
 私は、あまりの広さに呆然ぼうぜんとし、言葉が出てこなかった。敷地面積は『マップマッピング』で三万平方メートルほどとわかっていたけど、地下にこれだけの規模の工場を建設するとはね。
 地球だと、人件費や機材などで莫大な費用が必要となるけど、この惑星では魔法やマジックバッグなどの魔導具がある分、運搬の費用だってかなり抑えられる。
 製造ラインは全部で七つの区画に分けられている。おそらく、銃、ライフル、バズーカ、ランチャー、戦車、手榴弾、地雷で分かれているのだろう。
 各区画を観察すると、部品を作る製造ライン全てが必ず一区画につき一つの部屋へと繋がっている。おそらく、奴隷たちはその部屋で、魔導兵器を組み立てていたのだろう。ちなみに温泉戦車は大きすぎるし、地上での移動も大変だから、よほどのことがない限り製作されることはないだろう。
 ビルクさんが、『作業室』と書かれている扉を開けると、二十畳くらいの部屋があった。
 室内に設置されている棚全体には、多くのファイルが綺麗きれいに保管されており、ファイルのタイトルを一つ見ると、『温泉銃使用説明書』と記載されていた。説明書のイメージなんかしていないのだけど、全てのファイルが温泉兵器用に編集されているようだ。
 ビルクさんだけでなく、クロイス女王やアトカさんも、棚に保管されているファイル一冊を開け、説明書を読んでいる。

「これ……すごいです。温泉ライフルの完成図や一つ一つの部品が細かく描かれています。しかも、組み立て方法も絵で描かれているため、非常にわかりやすい。私でも、組み立てられるかもしれません」

 クロイス女王はドジっ子だから、こういった細かな作業を苦手としているはず。そんな方がそこまで言うとは。私も温泉銃のファイルを見たけど、絵も綺麗きれいに描かれており、組み立て方法もわかりやすい。玩具おもちゃのプラモデルを作っているかのようだ。

「つうか、この温泉兵器の説明書は誰が書いたんだ?」

 アトカさん、それは私も知りたい。

「この元の説明書は、私が書いたものだ。おそらく、シャーロットが構造編集したことにより、説明書も温泉兵器に合わせて編集された……と考えるべきだろう」 

 ビルクさん、マジですか!? つくづくすごいな、『構造編集』!! というか、ガーランド様がご褒美ほうびという形で、私の足りない部分を補ってくれたのでは? 

「これは……素晴らしい!!」

 え、ビルクさんが急に大声を出した!! 何が素晴らしいのよ?

「この……編集された説明書には、射出方法の原理も描かれている。この部分は、私も元の説明書には記載していない。火と水の魔石による温度変化の方法、銅と銀の配線による魔石の連結……科学と魔法をここまで一体化させる方法があったとは……シャーロット、ありがとう!! また一つ、科学と魔法の融合されたものが開発された!!」

 うわあ!? ビルクさんが急に抱きついてきて、私を高い高いしながら、ダンスをおどっている!! あの……すごく恥ずかしいんですけど!!

「え……いや……その」

 多分、私の顔は恥ずかしさのあまり、真っ赤になっていることだろう。ここまでの喜びよう、ビルクさんにとって、衝撃的な中身だったのかな。

「あははは、クロイス女王、この温泉兵器は面白い!! 温度管理機能を改善していけば、温泉はどんどん普及していきますよ!! あはははは」

 クロイス女王もアトカさんも、私を高い高いしている状態でダンスしながら話すビルクさんを見て、ドン引きしていた。ねえ、早く彼を止めてよ。いつまでも、高い高いされていたくないんですけど?
 ビルクさんの興奮が収まってから、私たちは温泉銃の製造ラインだけを、説明書を見ながら稼働させてみた。クロイス女王ができ上がった新品の部品を用いて、温泉銃を組み立てて、実際に発動させると、ちゃんと温泉が射出された。あのドジっ子のクロイス女王が一発で組み立てを成功させたことに、私もアトカさんも驚いた。それだけ、説明書の記載がわかりやすいのだ。
 工場も正常に稼働し、ビルクさんも温泉兵器を気に入ってくれた。こちらの方はもう大丈夫だ。
 この王都で私のやり残したことも着実に減りつつある。あとは、『王都外にある魔導兵器製作工場と魔導兵器の構造編集』と『アッシュさんから頼まれている孤児院の件』を終わらせるだけでいいかな。それが済めば、褒賞をもらって、次の街『カッシーナ』へと旅立とう。



 5話 アッシュ、孤児院にて幼馴染たちと再会する


 温泉兵器製作工場の視察をした翌朝――私、アッシュさん、リリヤさんの三人は、貧民街の私の部屋で、とある会議をしていた。

「アッシュさん、リリヤさん、学園に戻ってもいいのですよ? 本当に、今後も私と一緒に旅を続けてくれるんですか?」

 議題は、アッシュさんとリリヤさんの進路についてだ。クーデターも終わり、アッシュさんの指名手配が解除された以上、二人が私についてくる理由はない。

「当然じゃないか。僕たちは、シャーロットに恩を返せていない。君をアストレカ大陸の実家に送り届けるまで、僕とリリヤは君と旅を続けるよ。そもそも、七歳の女の子一人だけで転移魔法探索やランダルキア大陸横断の旅に出るのは自殺行為だからね」

 りちな人だ。この旅にどれだけの危険を伴うのか、彼だって理解している。それでも、一緒に来る選択をしてくれるのか。

「私もシャーロットのおかげで、『鬼神変化』のことを理解できたもん。それに、もう誰にも『冒険者殺し』って言われない。全部、シャーロットのおかげなんだよ。この恩を返すまで、どこまでもついていくよ!!」

 クーデターが終わってから、アッシュさんとリリヤさんは、Cランクになれたことをギルド受付のロッツさんに報告した。ロッツさんはリリヤさんのことを覚えていたようで『リリヤって……「冒険者殺し」のリリヤのことだったのか』と驚いていたらしい。
 でも、アッシュさんが『強い呪いがリリヤにかけられていて、シャーロットがその呪いを完全に浄化してくれました』と伝えたことで、不名誉な渾名あだなを返上することができたんだ。私自身が『聖女』扱いされていることもあって、ロッツさんだけでなく、周囲にいた冒険者たちも彼の発言に納得し、リリヤさんを祝ってくれたんだって。
 ……アッシュさん、リリヤさん、ありがとう。正直、いくら強くても、一人で旅を続けていくことに、私は不安を感じていた。アストレカ大陸の実家に帰るまでに発生する様々な問題、それらを全部一人で解決し進まないといけないのだから。どれだけスキルや魔法があったとしても、どうしても不安……いや恐怖を感じてしまう。

「お二人とも、ありがとうございます。でも、学園の方はどうされるんですか?」

 私が工場を視察しているとき、二人はアルバート先生にこれまでの状況を伝えるべく、学園に行っていた。私と旅を続けるとなると、長期間欠席となってしまう。最悪、退学扱いになるかもしれない。

「大丈夫。僕がシャーロットの事情を、アルバート先生と学園長に打ち明けたことで『休学扱い』にしてくれた。しかも、学園を卒業するまでに必要な教科書なんかを、僕にくれたんだ。旅の道中、独学になってしまうけど、いただいた教科書で魔法や魔導具の知識、ハーモニック大陸の歴史を学んでいき、シャーロットを無事にアストレカ大陸へ送り届けたら、僕は学園の卒業試験を受ける。それに合格したら卒業、不合格でも学園に通って、再度卒業試験を受ければいいと言われたんだ。今回だけの特別措置だってさ」

 おお、なんという素敵な対応だ!! 私との旅は、おそらく五年以上かかるはずだ。その頃には、卒業年齢に達してしまうと思っての配慮だろう。

「それに、アルバート先生に預けていた両親の形見となる武器も返してもらった。学園に関しては、全ての問題が片付いたよ」
「わかりました。長い旅になると思いますが、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
「シャーロット、よろしく!!」

 アッシュさんもリリヤさんも、笑顔でこたえてくれた。これからの旅も面白くなりそうだ。

「それで……なんだけど、シャーロットの褒賞に関しては、まだ準備が必要だろうから、旅に出る前に僕の孤児院に行きたいんだけどいいかな? カレーライスをみんなに食べてもらいたいんだ。あのバトルアックスが、オークションで高額取り引きされたから、お金も十分にある。どうかな?」

 あ、先に言われてしまった。私も、その件について言おうと思っていたところだ。

「いいですね。早速、買い出しに行きますか?」
「うん、行こう。朝の八時だし、今日中に子供たちにカレーライスを用意できそうだ」

 早速、私たちは市場へと買い出しに向かう。カレーライスに必要とされる具材は、そう多くないので、一時間ほどで全てを揃えることができた。買った具材をマジックバッグに入れ、そのまま目的地となる孤児院に向かったのだけど、入口近くに到着したところで、意外な人物二人と鉢合わせしてしまった。そのせいで、重苦しい雰囲気ふんいきが漂っている。

「アッシュ……シャーロット」

 グレンだけが呆然ぼうぜんとしながらも、アッシュさんと私の名前をつぶやく。

「グレン……クロエ」
「アッシュ、この人たちは誰なの?」

 リリヤさん、あなたはアッシュさんと二人で、魔刀『吹雪ふぶき』をたずさえて学園を訪れた際、グレンとは会っていますよ。


         ○○○


 リリヤさんがしゃべってからは、長い沈黙が続いている。突然の再会で、どちらもなんて言葉をかけるべきか逡巡しゅんじゅんしているのだろうか? グレンとクロエ、新型魔導具『ソナー』を盗んだことで、牢獄に収監されているはず。もう出所したの? 新聞の情報によると、二人は既に学園を退学扱いとなっているから、当然ながら学園服を着ておらず、ヨレヨレの普段着を着ている。一応二人とも、武器や魔導具を装備しているけど、服自体が冒険者用ではないからか、全体的にアンバランスだ。

「二人とも、牢獄に収監されていたはずじゃあ……」

 アッシュさんも私と同じことを考えていたようだ。

「アルバート先生と学園長が、騎士団にかけ合ってくれた。それに……俺たちは成人していないし、初犯ということも考慮されて、今日出所できたんだ」

 この国では、初犯かつ成人年齢(十五歳)を満たしていない子供の場合、刑期が通常よりも短縮されるのか。しかも、事件が学園内での出来事で、既に二人は退学処分されていることも考慮されて、こんなに早く出所できたわけね。

「あ、この人たちがグレンとクロエなんだ」

 リリヤさん一人だけが、場の空気を読めていない。当のグレンとクロエは、彼女の存在を無視して、互いの顔を見つめ合ってからうなずいた。

「アッシュ、すまなかった!!」
「アッシュ、ごめんなさい!!」
「え!?」

 再会して、すぐに謝罪か。アッシュさんもまどっているけど、まずは二人の話を聞くべきだろう。どんな反省の言葉が、二人からつむがれるのかな?

「俺たちは平凡だったのに、お前だけがドンドン強くなっていく姿を見て嫉妬しっとしていたんだ。十歳のとき、骨董屋こっとうやで見かけた呪いの指輪を見て、つい出来心でやってしまった。指輪の呪いが解除された後、またお前と比較される日々が続くのかと思うと、嫌になってしまった。だから……お前がいなくなればと思って、あれらの事件を起こした。今では本当に後悔している。……すまなかった」

 グレンが深々と頭を下げている。その顔からは、アッシュさんに対して仕出かしたことへの後悔と謝罪の意思がにじみ出ている。

「私もグレンと同じ理由よ。私たちの心の弱さが、全ての発端なの。もう二度と、こんな馬鹿なことはしない。魔刀『吹雪ふぶき』や魔導具『ソナー』のことで、あなたにはとんでもない迷惑をかけてしまった。これからは心を入れ替えて、生きていくわ」

 ふむ、どうやら本当に反省しているようだ。二人を許す許さないは、アッシュさん次第だけど、どうする?

「二人とも、顔を上げてくれ。二人が僕のことで、そこまで大きな悩みを抱えていたなんて知らなかった。この件に関しては、君たちを許すよ。指名手配の間、僕自身も多くの経験を積めたからね」

 あれだけのことをされても、二人を許しますか。『心が広い』というか、『お人好し』というか、こんなアッシュさんだからこそ、リリヤさんもかれたのかな。そのリリヤさんは、自分のことを無視されているからか、私たちから少し距離を置いている。彼女の機嫌が少しずつ下降しているのだけど、そんなことを言える雰囲気ふんいきではない。

「いいのか? 俺はお前を……」

 グレンもクロエも反省しているのだけど、さっきからしきりに私をチラチラと気にかけている。今の私は変異していないため、人間の姿だ。その姿にまどっているか、私を恐怖の対象として見ているかのどちらかだろう。

「グレン、その先は言わないでいい。二人とも、既にシャーロットから罰を受けているだろ? 僕の知らない間に、彼女が君たちのスキルか魔法をいじったのかな?」

 これだけ挙動不審になっていれば、アッシュさんも気づくよね。私から暴露しよう。

「当時、反省している様子がなかったので、ちょっとした天罰を与えました」

 アッシュさんは『仕方ないな』という表情を私に見せると、すぐにグレンとクロエの方を向く。

「グレン、クロエ、シャーロットの施したものは、呪いと同じだ。絶対に戻らない」

 構造編集されたものは、二度と元に戻ることがない。アッシュさん自身、呪いの指輪で経験している。

「ああ……わかってる。でも、このおかしくなったスキルと魔法のおかげで、俺もクロエも自分の人生を振り返ることができたんだ。アッシュ……俺たちは、冒険者として生きていくよ。まだ、スキルに慣れていないけど、二人で協力しながら生きていくことにした。当面は、王都を拠点に活動していく」

 冒険者か……あの編集されたスキルで生き抜くのは、かなりつらいかもね。それが二人の選択ならば、私からは何も言わない。

「そうか。僕はシャーロットに命を助けられた。でも、その恩をまだ返していない。彼女には目標があって、達成するにはこの王都を出ないといけない。七歳の子供一人で冒険を続けていくのは、自殺行為だ。だから……僕は彼女の旅に同行することにした。近日中に、王都を出ていくと思う。学園に関しては、休学扱いにしてもらったよ」
「「え!?」」

 アッシュさんの爆弾発言に、二人も驚いている。せっかく仲直りできたのに、数日以内にお別れになるのだから無理ないか。

「アッシュ、差しつかえなければ、シャーロットの目標を教えてくれるか?」

 グレンも、私の目的が気になるようだ。

「シャーロットは、見てわかるように人間族だ。彼女の目標、それは故郷でもあるアストレカ大陸に帰還することだよ」
「アストレカ大陸だって!?」

 アッシュさんは、人間である私がアストレカ大陸からハーモニック大陸に転移するまでの事情を、二人に話した。よもや、私にそんな特殊な事情があると思わなかったのか、二人の表情がどんどん深刻になっていく。

「シャーロットは、そんな事情を抱え込んでいたのか。長い旅になりそうだな」
「グレン、それなら今言っておいた方が……」

 グレンとクロエは、アッシュさんと当分会えないとわかったからか、顔付きが変化した。何か覚悟を決めたような目をしている。

「俺は牢獄で、どうやって自分の罪を償えるか考えていた。アッシュ、シャーロットを送り届け、無事ここに戻ってきたら、俺と勝負してくれないか? お前は天才とかではなく、努力で強くなっていった。俺も、お前以上に努力し、身も心も強くなる!! 元はと言えば、俺たちの心が弱かったから、今回の事態を引き起こしたんだ。頼む!! 正当な手段で強くなった俺を見てほしい!!」

 グレンの目は真剣だ。その表情から、嘘偽りでないことがわかる。

「アッシュ、私からもお願い!! 帰ってきたら、私とも戦ってくれないか?」

 まさかの償い方法だね。グレン……さんとクロエ……さんからは『弱い自分に、打ちちたい』という強い意志がヒシヒシと伝わってくる。

「あはは、グレンとクロエらしい罪の償い方だな。ああ、わかったよ。僕も旅を続けながら、強くなっていく。目標を達成したら、勝負しよう!!」
「アッシュ……ありがとう。絶対に負けないからな!!」
「私も負けないわよ!!」

 おお、アッシュさんとグレンさんが、互いに握手したよ。そして、クロエさんとも握手した。

「グレン、クロエ、シャーロットが考案したカレーライスを今から孤児院で作るんだ。一緒に食べよう」
「今、王都で流行はやっている料理だよな。俺も手伝おう」
「それじゃあ、私は野菜を切ろう。みんなで協力すれば、すぐできるわ!!」

 うんうん、三人の関係は、完全に復活したね。たださ……アッシュさん、完全にリリヤさんのことを忘れているでしょ? 一人不貞腐ふてくされて、少し離れた場所で、小石を蹴っているよ。



 6話 孤児院と双六すごろくゲーム


 アッシュさんは不貞腐ふてくされているリリヤさんに謝罪した後、グレンさんとクロエさんに彼女を紹介した。二人とも、リリヤさんがアッシュさんの『奴隷』と聞いてひどく驚き、彼女の待遇について心配したけど、リリヤさんの言葉で、それが杞憂きゆうであるとわかった。

「私にとっては、グレンもクロエも恩人なの。だって、二人のおかげでアッシュと出会えたもん!!」

 この言葉のおかげで、二人はアッシュさんとリリヤさんの関係に気づいたようだ。その後、私とも打ち解け仲良く話せるようになり、友達同士となった私たち五人は、カレーライスを子供たちに振る舞うべく、孤児院の敷地へと足を踏み入れた。初めて訪れる場所だからか、私もリリヤさんも、ついキョロキョロと周囲を見渡してしまう。

「アッシュ、この孤児院って新しいよね? いつ建築されたの?」

 リリヤさんの意見に同意だ。建物の外観を観察すると、新築のように感じる。

「王都には、全部で四つの孤児院がある。どの建物も、築四十年以上だったんだけど、ネーベリック襲撃事件の影響であちこち崩れてしまった。しかも、大勢の子供たちが新たに孤児となったせいで、どの孤児院も生活環境がいちじるしく悪化した」

 それってまずいよね。生活環境が悪化した場合、病気も発生しやすくなる。孤児となった子供たちもストレスを抱え込み、精神的な病を発症する場合もある。

「それを援助してくれたのが、前国王エルギス様なんだよ。あの方は、孤児が急増していることを知り、いち早く行動に移してくれた。まず、王都全土に廃材を利用した百棟の仮設住宅を建設し、孤児たちを招き入れた。一時的にそこで生活してもらっている間に、全ての孤児院を解体し、新築することにしたのさ」

 廃材を利用した仮設住宅……耐久性が気になるところだけど、当時そんなことを考えている余裕はないか。

「アッシュ、仮設住宅に入れたのはいいとして、子供だけで生活できるの? 自分の家を壊されている大人だっているでしょ?」

 リリヤさんと、全く同じ意見だ。

「子供だけの生活は、当然危ない。だから、エルギス様は、家を壊された大人たちと子供たちを一緒に住まわせたんだ。危機的状態だったから、反対意見などなかった。孤児院が建築されるまでの半年間、共同生活が続いたのだけど、孤児となった子供たちを養子に迎え入れる大人たちが現れたことで、孤児の数も少しずつ減少したんだ」

 孤児になった子もいれば、子を亡くした大人もいる。一緒に生活させることで、失ったものを一時的に補完させたのか。情がく人だっているから、引き続き養子として引き取ってもおかしくない。

「孤児院の工事が完了後、エルギス様は条件付きで、そのまま仮設住での居住を可能にしてくれた。孤児院再建や廃材処理などを優先したこともあって、大人たちの住居問題が後回しとなり、家の数が圧倒的に足りなかったからね。その政策のおかげで、孤児院への負担も大きく軽減したわけさ」

 エルギス様、国王としての責務をきちんと果たしていたのか。彼はクロイス女王に『国王としての責務は重い』と言っていたけど、国民たちに善政を敷いていたからこそ出る言葉なんだね。裏では世界征服を企み、生贄いけにえとして数百人の人間や獣人たちをデッドスクリームに捧げる悪魔だったけど。

「俺も、エルギス様には感謝してるよ。あの行動の早さがあったからこそ、俺たちも大きなストレスを感じることなく生活できたんだから。でも、まさかエルギス様ご自身が、ネーベリックを洗脳し、王城におびき寄せていたなんて……な。正直、ショックだ」

 グレンさんと同じように、エルギス様を支持していた人々は多かったと聞いている。その分、彼の裏の顔を知ったせいで、ショックを受けた人も多い。

「でも、あの方も気の毒な人よね。全てのキッカケは、ご両親にあったのだから」

 クロエさんの言いたいこともわかる。きっと、エルギス様が悪政を敷いていたのなら、違う言葉が出ていただろう。
 と、ここで――

「あ、アッシュ兄と、グレン兄がいる!!」
「クロエ姉さんもいるわ!!」
「あ、聖女様もいるぞ!!」

 孤児院の玄関入口から、一斉に私と同じくらいの子供たちが現れた。子供たちは明るく元気で、悲愴感ひそうかんを漂わせている子は一人もいない。

「アッシュ兄、なんでグレン兄と一緒にいるの?」
「そうだよ。グレン兄とクロエ姉にだまされたんだろ?」

 五歳くらいの子供たちが、一斉にアッシュさんへ質問攻めだ。

「みんな、落ち着いて。僕たちは、ちょっとした誤解で大喧嘩おおげんかしていただけなんだ。今はもう仲直りしているよ。僕たち三人を見てもわかるだろ?」
「俺もクロエも、アッシュにきちんと謝った。な、クロエ?」
「ええ、アッシュに許してもらったわ」

 十人くらいの子供たちの視線が、アッシュさん、グレンさん、クロエさんに集中している。ここで目をらすと、かえって疑われるから、三人も真剣だ。

「よかった。新聞にい~っぱい書かれていたから、三人とも死んじゃうんじゃないかと思った」

 初めに話しかけてきた男の子が信じてくれたおかげか、連鎖的に広まった。これで、信じてもらえたかな? あ、今度は五十歳くらいの白髪まじりの女性が建物から出てきた。物腰がやわらかそうな温和な人に見える。この人が院長先生かな?

「何か騒がしいと思ったら、あなたたちが原因だったのね? その様子だと、仲直りしたようね」
「はい。グレンとクロエは、反省していますし、謝罪の言葉ももらえました」

 アッシュさんはクロエさんを、自分とグレンさんの間に移動させ、三人で肩を寄せ合った。喧嘩けんかをしていたら、こんなことはできないよね。

「グレンとクロエが罪を犯したと聞いたとき、正直信じられなかったわ。グレン……クロエ……もう大丈夫なの? 全てが解決したの?」
「院長先生、この度はご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。俺とクロエは、多くの人たちに助けられました。学園は退学となりましたが、冒険者として二人で生計を立てていこうと思っています」

 院長先生と呼ばれた女性は、深々と頭を下げたグレンさんをじっと冷静に見つめている。何かをし量っているかのように見える。

「先生、孤児院に泥を塗る行為をしてしまい、誠に申し訳ございません」

 クロエさんも同じく、頭を下げた。

「顔をお上げなさい」

 今度は、二人の目をじっと見つめている。

「覚悟を決めたいい目をしています。それがあなたたちの決断ならば、私は止めません。でも、時折この孤児院には顔を見せなさいね」

 院長先生は軽く微笑ほほえみ、グレンさんとクロエさんを許してくれた。二人はそれを理解したのか、表情が明るくなった。

「「ありがとうございます!!」」

 あ、院長先生が私とリリヤさんに視線を向けた。ここは、しっかりと自己紹介しておこう。

「人間族のシャーロット・エルバランと申します」
「院長のエミル・ドウィックスです。聖女様のお名前は、新聞で拝見しております。我が国の民を救っていただき、ありがとうございます」
「私の称号に『聖女』はありません。聖女様ではなく、名前で呼んでいただけると助かります」

 冒険者ギルドや露店でも同じことを言っているのだけど、みんなはそれでも私のことを、聖女様と呼ぶんだよね。

「正直に話す貴方あなただからこそ、皆も『聖女』と呼ぶのでしょうね。お隣にいる女性は、アッシュの……恋人さんかしら?」
「ふぇ!! あ……リリヤ・マッケンジーです。今は、アッシュの仲間です」

 リリヤさん、お顔が真っ赤ですよ。

「ふふ、なるほど『今は』仲間なのね。アッシュも、いい仲間を持ったわね」

 本当は、仲間兼奴隷なんだけど、子供たちもいるから言えない。

「あ……うん。そうだ!! オークションでバトルアックスを売却したら、思った以上の高値で売れたんです。そのお金で、カレーライスの具材を購入したので、みんなで食べましょう。シャーロットが考案したものなので、レシピや調理も問題ありません」

 アッシュさん、話題を変えちゃったよ。本人も顔が赤いから満更まんざらでもないよね。リリヤさんのことを、異性として意識しているんだ。

「「「「「カレーライス!?」」」」」

 みんな、目を輝かせているけど、もしかして食べたことあるの?

「嬉しいわ!! 二日前、子供たち全員が貧民街にいる知り合いの家に招待されて、カレーライスをご馳走ちそうになったのよ。それ以来、全員が私にカレーライスを催促して困っていたの」

 貧民街の人たち、ここの子供たちを誘っていたのか。カレーライスなら安価で作れるから、みんなで少しずつお金を出し合えば、大きな負担にはならない。きっと、私やアッシュさんが用事でいなかった時間帯に来たのかな。

「材料を多めに購入していますから、おかわりもできますよ。早速、調理しましょう」

 よほど嬉しかったのか、子供たちがアッシュさんの言葉に喜びの声を上げた。私たちは、子供たちに「早く早く」と引っ張られ、孤児院の中へと入ることになった。


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