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8巻
8-3
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「ほんまやで。私も何度か会ったことあるけど、あの二体は仲睦まじい夫婦で、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいやわ」
カムイの両親と面識があるんだ‼
「ただ、可愛い息子が自分たちの不注意でいなくなったんやから、今頃必死に捜しているはずや」
そうだよね。本来であればすぐにでも帝国へ行ってあげたいところだけど、ベアトリスさんも複雑な事情を抱えているから、行くに行けないんだよね。まさか、彼女の方を優先したことで、フランジュ帝国が滅びるってことはないよね?
「ふと思ったんですけど、カムイの両親はエンシェントドラゴンの巨体のまま捜索しているのでしょうか?」
私の予感が、どうか当たりませんように‼
「それは大丈夫。そんなことしたら、国中が大混乱や。カムイの情報がこの国の王都まで届いてへんから、多分二人は人の姿になって、帝都にいる帝王と会談し事情を説明して、内密に徹底的に国内を捜索しているはずや。私にドール族のような通信網があれば、すぐにでも連絡したいところやけど、そんな便利スキルないからな~。私かて立場上、サーベント王国から無断で離れられへんし……ごめんな~」
アクアドラゴン『シヴァ』さんの部下で、イオルさんの従魔でもあるから、無断で国を出て巨体を目撃されでもしたら、それだけで大騒ぎになる。
「いえいえ、そこまで聞けただけでも十分です‼ ね、カムイ」
「うん‼ ベアトリスの件を片づけたら、絶対に会いに行く‼ あれ? そういえば、戦闘音が聞こえないけど、決着がついたのかな?」
あ、話に夢中になって、イオルさんたちの存在を忘れていた‼
私が周囲を確認すると、なんとイオルさんたち四人が私たちのすぐ近くにいた。
あれ? なぜ、四人全員が私、カムイ、プリシエルさんをじ~っと見つめているのかな?
なんか、やらかした?
「あらイオル、どないしたん? トキワはんと戦闘中やろう?」
四人全員が、深い溜息を吐く。
「どうしたん……じゃないだろう? 私たちとトキワたちは敵同士だぞ? こっちが激しい戦闘をしているのに、何を楽しく談笑しているんだ?」
あ、仲良く話す私たちを見て、興を削がれたんだ。ベアトリスさんとルクスさんも、呆れているもの。
「え~しゃあないやん。久しぶりに転生者に会えたし、しかも私と同郷やで‼ 仲良く話したくもなるわ~。それに敵同士言うたかて、シャーロット、カムイ、アッシュ、リリヤは旅の同行者というだけで、ベアトリスはんと関係ないやん」
全くもってその通りなんですけど、イオルさんに対してはっきり言うな~。
「プリシエルさんは、相変わらず変わったドラゴンだな。というか転生者で同郷って、あなたもシャーロットと同じ日本出身者なのか⁉」
トキワさんは、プリシエルさんが転生者であることを今まで知らなかったの?
「なんやトキワ、鈍いな~。こんな独特な言葉遣いしてるのに、今まで転生者と気づいてなかったん? 普通に考えて、こんなドラゴンおるわけないやん」
「いや……まあ……そうか」
それを自分で言いますか。トキワさんも調子を狂わされたのか、少し狼狽えている。
「ところでイオルさん、結局のところ私たち、いえベアトリスさんの話を信じてくれるのですか?」
今の段階で、イオルさんは私の力を知らない。トキワさんとの戦闘で、納得してくれたのだろうか? プリシエルさんと仲良くなれたのはいいけど、彼がベアトリスさんの話を信じてくれないと次に進めない。
「ああ、トキワの覚悟は見せてもらった。近くにいたベアトリスとルクスからも、悪意を感じ取れないことも考えて、私個人は信じてもいいと思っている。しかし、そのためには君たちの持つ情報を全て開示してもらわんとな。シンシア様の持つ情報を百パーセントの精度でどうやって集めるのか。それがわからない限り、王都へ入ることは許可できん」
当然だ。口だけで信じてもらえるとは、私だって思っていない。
「ベアトリスさん、私の情報を開示しますがいいですか?」
こうなったら、魔法『真贋』で私の情報を見てもらう、これしか方法がない。
「ええ、構わないわ。あなたの力に頼ることになるけど、自分の目的を達成するためなら、全てを利用すると決めたの。あなたの力だって、使い方次第では恐怖だって生まれないわ」
出会ったときから私の力に対してどこか遠慮していたのに、彼女の迷いが消えている。トキワさんも何も言わないから、既に納得済みなんだね。
「イオル、魔法『真贋』でシャーロットのステータスを見たらええで。私は既に事情を聞いているし、ユニークスキルに関しても理解したわ。ごっつう破茶滅茶な力やけど、同じ転生者仲間で同郷やし、クロイス女王も信頼しているんなら大丈夫や」
プリシエルさんが私たちの味方になってくれたことで、イオルさんの警戒心もかなり薄れてきた。私のステータスを確認してもらった後、彼女と同じく事情を説明すれば、納得してくれると思う。
○○○
「はあ~」
イオルさんには魔法『真贋』で私のステータスを見てもらい、プリシエルさんと同じ内容の事情を説明すると、思いっきり溜息を吐かれた。
「ベアトリス、私と出会った時点でシャーロットの力を教えていれば、トキワとの戦闘を回避できただろう?」
そう指摘するイオルさんに対し、彼女は複雑な笑みを浮かべる。
「あなたやプリシエルを恐怖で縛りつけるんじゃないかと思って、言うに言えなかったんです。私としては、そういった力に頼りたくなかったですし」
それは、交渉の仕方次第だね。もっと早い時点で迷いを吹っ切れていれば、事をもっと簡単に運べたと思うけど、しょうがない。
「プリシエルの言った通り、ステータスの数値、ユニークスキル『構造解析』と『構造編集』、これらは確かに危険だろう。だが、ジストニス王国を平和へ導いているのだから、シャーロットのことは信用できる(あのクロイス女王の言葉は、この子のことを第一に考えたためだったのか)」
私のことを信頼してくれたのなら、これで一歩前進だ。
「それじゃあ、あなたが付き添ってくれれば、王都に入れるわね」
ベアトリスさんの言葉に、イオルさんはじっと彼女を睨みつける。
「何を言っている? 事は、そう単純なものではない。君は指名手配されている身だぞ。私個人が信用したとはいえ、そのまま王都へ入れるわけなかろう。だが、今から国王陛下へ通信を入れる。シャーロットのことも踏まえて全てを話し、陛下の許可が下りればそれも可能だ」
ここから王都まで相当な距離があるけど、どうやって通信するの? 簡易型通信機では不可能だし、左腰に引っかけているマジックバッグの中に、大型通信機を持っているのかな? あ、バッグの中からスマートフォンのような機器を取り出した。
「イオルさん、それって何ですか?」
私が質問すると、イオルさんは優しげな口調で答えてくれた。
「そうか、シャーロットだけでなく、ジストニス王国にいた君たちがこれを知るわけないか。これは四年前に開発された魔導具『携帯端末』。これまでの通信機よりも遥かに小型で、これ一台あれば、サーベント王国内のどこにいようとも、通信が可能だ。販売当初かなりの高額だったが、部品が量産化されて安価になり、今では貴族だけでなく、平民にも広まりつつある品物だ」
地球の携帯電話やスマートフォンと同じじゃん‼ 全員が魔導具の機能を聞いて、絶句している。
「そ……そんな便利な魔導具があったんですね」
こんな便利魔導具があったからこそ、情報がいち早くイオルさんへ伝わり、ここへ来られたんだ。彼が携帯端末を作動させると、ここから少し離れた場所へと移動していく。
「ルクス、そんな大層な魔導具が開発されたってこと知ってた?」
ベアトリスさんが、じと~っとルクスさんを見つめる。
「いいえ、知りませんよ‼ 脱獄後も、そんなものが開発されたという話も聞きませんでしたし‼」
サーベント王国は、魔導具開発に関する技術力が大陸一と聞いていたけど、まさか地球と同じタイプの商品を開発していたとはね。
「シャーロット、ベアトリスはんたちと違って、あんま驚いてないな。私の知る限り、地球ではそんなん開発されていなかったはずやけど、あれから開発されたん?」
プリシエルさんは、私たちをよく観察している。別に教えても問題ないよね。
「西暦二千年代に入り、スマートフォンという小型携帯電話が普及しました。そのデザインが、携帯端末と非常に似ています。地球の方は衛星を利用することで、世界地図が見られますし、自分の現在地だって正確にわかるんですよ」
もっと便利な機能もあるのだけど、悪用されると困るし、あまり言わないほうがいいよね。
「なんやて‼ 黒電話に関しては聞いたこともあるし、絵も描いてもらったから知っているけど、そこまで進化したんや‼」
プリシエルさん、今の地球の若者はその黒電話の方を知りませんよ。地球の携帯電話は電波を利用しているけど、この世界の携帯端末は何を利用しているのかな? 魔導具と言われているくらいだから、魔石や大気に飛び交う魔素を使っているのだろうか? 私がそれを彼女に質問すると――
世界中に存在する魔石は大気中の魔素と反応し、固有の波長を外に放出する。魔石の中でも、雷属性を持ったものは放出速度が速く、風属性を持ったものは放出距離が長い。この二つの長所を合わせ作り出したのが、魔導具『アンテナ』である。この魔導具の有効圏内であれば、携帯端末が上手く作動する。
この端末が優れもので、内部に無・空間・雷・風属性の魔石が入っており、空間に放出された魔石の波長を受け止める性質を持っている。
また、人にも固有の波長というものがある。端末はこの波長を番号化して、自分や他人のものを無属性の魔石に登録することができる。この番号化された波長を雷や風属性のものと連携させて発信すると、『アンテナ』を経由して登録された端末だけが反応する仕組みとなっている。
開発当初、相手に繋がるまでのタイムラグがかなりあったらしいけど、『アンテナ』を国中に増設することで、その弱点を減少させた。
現在、この端末が量産化され、平民にまで出回っているのだから、その技術力は本物だ。アストレカ大陸のエルディア王国よりも、遥かに高い技術力を有している。私たちがプリシエルさんから携帯端末の仕組みを学び、十分に堪能したところで、イオルさんが涼しげな顔のまま戻ってきた。
国王陛下のとの話し合いが終わったのだから、私たちへの対処方法も結論が出たのだろう。
さあ、どんな返事が来るのかな?
5話 イオル・グランデの思惑
どうしたものか?
シャーロット・エルバラン、あのステータス数値とユニークスキルは脅威に違いない。彼女が大人で、なんらかの欲を持っていた場合、私は死を賭して彼女に勝負を挑んでいただろう。だが、彼女は八歳の子供。おまけに私――イオルの従魔プリシエルと同郷の転生者、サーベント王国を滅ぼすことなど微塵も考えてはいまい。
「国王陛下にどう説明すべきか」
神ガーランドは、どうしてあのような子供にあそこまで強大な力を与えたのだろう? 悪用すれば、世界征服もたやすい。前世の魂がいくら清浄であったとしても、この世界の環境次第で、魂がすぐに穢れてしまう場合もある。事情を聞いた限り、転移以降の彼女は、善良な仲間に恵まれたこともあり、力の暴走は起きていない。だからこそ、ジストニス王国に平和が訪れた。
アストレカ大陸に戻るまでは、年齢の近いアッシュたちもいることから最悪の事態は防げるだろうが、それからが問題だ。特に人間族と獣人族の貴族ども、こいつらは独占欲、支配欲、色欲といった欲望を非常に強く持っている。彼女も成長すればそうなるのではないか?
ただ、彼女は三十歳で亡くなったと聞いているから、精神面では大人の感情も混じっているはずだが、そういった欲望は感じ取れない。
「彼女は、善良な転生者ということか。国王陛下には、全てを話すしかない……か」
王都へ入ることを許可するかしないか、どちらに転んでも確実に何かが起こる。不敬になるが、上手く陛下たちを転がし、私の思惑通りに進めるか。携帯端末に登録されている国王陛下の番号、これをタップした瞬間、この国に大きな変化が訪れる。私は覚悟を決めた。
『アーク・サーベントだ。イオル、ベアトリスを捕縛、もしくは殺害できたのか?』
繋がって早々、いきなりベアトリスへ悪意を放つか。彼女が実行した犯罪を考慮すれば仕方ないことなのだが、あの事情を聞いてしまうと、確かにこの悪意の偏りは些か奇妙に感じる。
「国王陛下、ベアトリスはトキワだけでなく、厄介な存在を仲間に引き入れたようです」
『何? お前がそこまで言うとは……何者だ?』
「今からお話しする内容は、私自身が『真贋』で確認しましたので、全て事実です」
私は、ベアトリスの抱える事情とシャーロット・エルバランについての全てを陛下に話すと、思った通り絶句してしまった。
「陛下、一つ言っておきます。シャーロット・エルバランは世界最強の八歳児です。私やプリシエル、シヴァ様が組んだとしても、一蹴されるでしょう。彼女を怒らせてはいけない」
『聖女シャーロットの件は、事実なんだな?』
「ええ。会談において、クロイス女王は彼女の暴走を恐れたからこそ、自分の全てを投げ打ってでも、彼女の行動を縛らなかったのでしょう。問題は、我々の次の行動です。それ次第で、大きく展開が異なってきます」
いかに国王陛下といえど、こればかりはすぐに判断できまい。ここは、私から次の一手を提案しよう。貴族どもに反感を買うかもしれんが、国を崩壊させるよりは遥かにマシだ。
「陛下、あなた方にとって受け入れがたい案かもしれませんが、シャーロットやベアトリスの反感を買うことのないよう、あちらの思う通りに事を運ばせてはいかがでしょう?」
『本気で言っているのか?』
声のトーンが低くなった。威圧が込められている。アーク様も王妃であるアレフィリア様も、シンシア様のことをとても愛おしく思っている。彼女を苦しめたベアトリスを許すつもりなど毛頭ないのだ。
「無論、相手の提案を全て鵜呑みにするわけではありません。我が部隊のメンバーの誰かを監視につけ、クロイス女王を盾にし、シャーロット側の行動を制限するのです。あの方は、こう仰っていたのでしょう? 『シャーロットたちが王族側を傷つけた場合、自分は女王の座を降りる』と?」
『ああ、確かにそう言ったな』
「それを逆手に取りましょう。私から『君たちが我が国の王族に危害を与えた場合、クロイス女王が在位している間、ジストニス王国との国交を断絶する』と伝えれば、下手に動くことはできません。そこにはベアトリスも含まれているため、復讐も成し遂げることはできないでしょう。なお、仮に彼女を捕縛して公開処刑を執行した場合、今後トキワとシャーロットは我が国の敵となり、損にしかなりません」
何も言わず、私の次の言葉を待っているようだ。さて、この案に納得してくれればいいが。
「そこで、セリカ・マーベットの件を利用しましょう。捕縛後の処遇を『公開処刑』から『終身刑』へ変更。ベアトリスを私の空戦特殊部隊に所属させ、一生をかけてシンシア様への罪を償わせ、国に貢献させるのです」
この案なら、国王陛下側もシャーロット側もギリギリ納得できる範囲のはずだ。
『イオル、考えたな。君自身がベアトリスの監視者となり、あの膨大な魔力を利用する魂胆か。戦力が些か空戦特殊部隊へ集中するものの、我ら王族と同じくシヴァ様の加護を持つ君ならば、みんなも納得するかもしれん。気になる点といえば、シンシアに対する冒涜だ。君はどう思っている?』
トキワとシャーロットが絡んでいる以上、私の思惑通りに事が運ぶとは思えん。全ての鍵は、シンシア様が握っている。が、陛下のご機嫌を損ねてはいかんから、ここは意見を合わせておくか。
「ベアトリスはシンシア様がみんなの好感度を操り、今の地位に登りつめたと思っているようですが、それはありえないことです。今は彼女の好きなように行動させ、全て納得したところで捕縛すればいい。この形なら、シャーロットとて文句を言わないでしょう。シンシア様を疑っているわけではありませんが、彼女には全てを伏せておきましょう」
あのライトニングドラゴンの一件で、彼女は数日間精神的疲労を抱え込み、体調を崩していた。下手にこの一件を伝えてしまうと、体調を悪化させる恐れがある。
『私個人としては、イオルの案を尊重したいところだが……少し待て。至急、臣下を召集する』
みんなが、今すぐにこの案に賛成するとは思えん。
しかし、シャーロットの力は危険だ。私とて『真贋』で確認しただけで、実際にその圧を浴びたわけではないが、トキワの覚悟は本物だった。このまま王都に入ることを許可しなければ無断で侵入し、ベアトリスがシンシア様に危害を加える可能性もある。ここは素直に許可し、彼女たちの好きなように行動させることが最善策と言える。
問題は、シャーロットの『構造解析』だ。その力で見たシンシア様に、どんな情報が刻まれているのか、そこが気になる。ベアトリスの言うスキルなど存在するはずがないと思うが、この言いしれぬ不安感は何だ? いかんな、私自身もシンシア様を疑っているようだ。
――三十分後。
『イオル、君の案で進めよう』
「早いですね。何かありましたか?」
シンシア様を崇拝する貴族連中が、たった三十分で私の案に賛成するとは思えんが?
『シャーロット・エルバラン、彼女の真の力をクロイス女王本人から聞いた』
アーク様から語られた内容は、私でも信じられないものだった。
『魔物デッドスクリームを自分の従魔にした』
『ジストニス王国を滅ぼそうとしたネーベリックを討伐した』
『世間一般に知られているトキワとネーベリックの対決は、ネーベリックが討伐されたことを国民たちに知らしめるため実行した「偽装行為」。現実は、シャーロット自身がネーベリックに変身し、トキワと戦っている』
どれもこれもが、八歳児のものとは思えん。彼女が本気で動けば、我々に気取られず、事態を解決することも可能だろう。ベアトリスの意見を最優先にしているからこそ、自分から行動を起こさないわけか。
『みんなが、シャーロットの存在を心底恐れたよ。彼女が、善良な魂の持ち主でよかった。だが、ベアトリスの件は別だ‼ シンシアがスキルで我々の好感度を操作したなど、断じてありえん‼ イオル、ベアトリスが納得するまで好きに行動させろ』
よし、それでいい。この案ならば、彼女たちも渋々納得するはずだ。
「わかりました。監視メンバーですが、ベアトリスには『ミカサ・ディバイラン』、シャーロットには『ディバイル・オルセン』にしましょう」
ベアトリスの方は私なりに考えがあってのことだが、シャーロットの方は誰でもいい。女性や子供に人気のあるディバイルなら、機嫌を損ねることもあるまい。
『副隊長のミカサ……か、何か企んでいるな? まあ、いいだろう。戻り次第、王城へ来い。詳細を聞きたい』
「了解しました」
ふう、みんなが納得してくれて助かった。クロイス女王、感謝しますよ。回線を切り、プリシエルの方を見ると、どうやら私の持つ携帯端末の話をしているようだな。あのメンバー全員に、これと似た端末を……いや、やめておこう。下手に利用されたら、厄介なことになる。ベアトリス以外のメンバーたちを刺激せずに、事を上手く運べるよう、副隊長のミカサに連絡しておくか。
6話 聖都フィレント
現在、私たちは旅の終着地『王都フィレント』へ向かっている。
これまで二頭のガウルに乗っていたのだけど、今はプリシエルさんによって……吊るされて運ばれていると言えばいいのかな?
イオルさんは国王陛下との話し合いのあと、私たちに取引を持ちかけてきた。『私とベアトリスさんに監視をつける』『王族とどこで出会ったとしても、絶対に危害を加えてはならない。破った場合、クロイス女王が在位している間、ジストニス王国と一切の貿易を禁ずる』『捕縛後におけるベアトリスさんの処遇の変更』以上の三点を承諾するのなら、王都に入ることを許可するというものだ。
ベアトリスさんは、クロイス女王のことを妹のように可愛がっている。それを知っていて、こんな取引を提案してきたのだろう。王都に堂々と入れる代わりに、王族へ復讐できなくなってしまうのだけど、ベアトリスさんは即座に承知した。
「私は、肉体的なことで復讐するつもりはさらさらありません。それに、セリカの意見を通してくれたのであれば、私としても嬉しい限りです。だから、取引成立ですね」
そう言ったベアトリスさんは、笑顔でイオルさんと握手を交わす。
その後、彼は監視役という形で一時的に仲間となり、私たちを直接王都フィレントへ連れて行くと言ってくれたのだけど、私としては『貿易都市リムルベール』にだけは立ち寄ってほしいと内心思っていた。
だって、あの街は王都フィレントの真北に位置し、そこから北西にジストニス王国、北東にフランジュ帝国があり、互いの国境から比較的近い位置にあるため、昔から三カ国の貿易の拠点となっている。あの街は、『情報の宝庫』なのだ。だから、カムイの両親の情報が得られるかもしれない。
この思いをイオルさんと、ぷかぷかと宙に浮いているミニラプラスドラゴンのプリシエルさんに言うと……
「あかんあかん、時間の無駄や。シャーロットの言うように、リムルベールにはあらゆる情報が集まってるわ。でもな、それらが全て正しいわけではないねんで。たとえ『構造解析』スキルがあったとしても、情報屋や冒険者が必ずしも正しい情報を持っているとは限らん」
このとき、目から鱗が落ちたね。このスキルで得た情報が、全て正しいとは限らない。自分自身の過去とかならともかく、他人から収集した情報だってたくさんあり、当然それらには偽物も含まれている。さすがに、真実か偽物かの区別まではできない。
「あんたらが行っても情報に振り回されるだけや。私がシヴァ様に直接聞きに行ったるわ。そっちの方が確実やろ?」
全員がその一言で納得し、カムイも喜んだ。エンシェントドラゴンと同格のアクアドラゴンなら、普通の人々よりも正確な情報を持っているはずだ。
こうして『王都フィレント』へ向かうことになったのだけど、問題は移動手段だ。結構な人数で、ガウルだっているのにどうするんだろうと不思議に思っていたら、突然イオルさんがマジックバッグから、巨大な流線型のコテージを取り出した。
私たちはいきなりの出来事でポカ~ンとしていたのだけど、彼はそんな私たちにツッコミを入れることなく、普通に中を案内してくれた。コテージの中は非常に広く、ガウル二体なら余裕で寛げるほどのスペースがあった。天辺にはなぜか二つの強固な輪っかがあり、何に使うのか質問したら、プリシエルさんが両足でこの輪っかを掴み王都まで運ぶと言ったので、全員が驚愕した。
彼女の真の大きさは、体長五十メートルほどで、通常時はイオルさん一人だけを乗せるため小型化しているらしい。それだけ大きければ、巨大コテージも楽に運べるはずだ。ただ、そうはいっても彼女の負担を少しでも減らすため、頑強で軽い材質のファルコニウム製となっており、また飛翔速度を損なわないよう流線型をしている。
コテージの中を軽く見学させてもらったけど、必要最低限の家具しか設置されておらず、しかも全て庶民向けのものだった。彼ほどの実力者なら、貴族向けのブランド家具だって揃えることもできたはずだけど、『一応、陛下から伯爵位の身分をいただいているが、高級品は私には合わん。安くて長持ちするもので十分だ』とのこと。私やアッシュさん、リリヤさんにとっては落ち着ける環境だったので、心にゆとりを持てた。
そして現在、私たちは十八畳ほどのリビングで寛いでいるところである。
「む、今ベアトリスのステータスを『真贋』で確認したが、確かに『積重呪力症』なる呪いの名称がある……が……もはや呪いとして機能していない。これはどういうことだ?」
ベアトリスさんが、イオルさんに自分の呪いに関わることを全く話していないことに気づいた。プリシエルさんの飛翔速度はかなり速く、四時間ほどで王都に到着するため、このコテージでその呪いの件を話したところ、イオルさんに驚かれてしまった。
「シャーロットの『構造編集』で、かなり変化しています。これまでに、『重力三倍』『大幅好感度低下』『ステータス固定』『弱毒』『麻痺』『混乱』『突発性難聴』『盲目』『雑音』など数多くの呪いに晒されました。でも『構造編集』のおかげで、呪いが機能しなくなったんです。問題は、私にこの呪いを放った人物です」
「そうか、『真贋』はステータスの表面しか見られないが、『構造解析』はその裏に潜む情報見られるのだったな。それで、その人物の名前は?」
私が絡んでいるため、イオルさんも全面的に信じてくれている。問題はこの後だけどね。
「現宰相クォーケス・エブリストロ。彼が私と妹のミリアリアにこの呪いを放ちました」
「なんだと⁉」
これには、さすがのイオルさんも驚いたようだ。
「エブリストロ家は、シンシア様の後ろ盾となっているんだぞ⁉ あ……エブリストロ家の躍動時期と、シンシア様とクレイグ様の婚約時期が近い。これは偶然か? まさか……いや、クレイグ様やシンシア様に限って……」
当初予想した通り、王太子がエブリストロ家と結託している可能性が高いね。もしかして、エブリストロ家は『シンシア様の持つ謎の力』のことを全て知った上で、ミリンシュ家に呪いを放ち、シンシアさんが底辺から這い上がるための後ろ盾となったのかな? イオルさんのあの狼狽よう、多分同じ考えに至っているはず。
ああ、早く王都に到着して、シンシアさん、王太子、クォーケスに会いたい‼
カムイの両親と面識があるんだ‼
「ただ、可愛い息子が自分たちの不注意でいなくなったんやから、今頃必死に捜しているはずや」
そうだよね。本来であればすぐにでも帝国へ行ってあげたいところだけど、ベアトリスさんも複雑な事情を抱えているから、行くに行けないんだよね。まさか、彼女の方を優先したことで、フランジュ帝国が滅びるってことはないよね?
「ふと思ったんですけど、カムイの両親はエンシェントドラゴンの巨体のまま捜索しているのでしょうか?」
私の予感が、どうか当たりませんように‼
「それは大丈夫。そんなことしたら、国中が大混乱や。カムイの情報がこの国の王都まで届いてへんから、多分二人は人の姿になって、帝都にいる帝王と会談し事情を説明して、内密に徹底的に国内を捜索しているはずや。私にドール族のような通信網があれば、すぐにでも連絡したいところやけど、そんな便利スキルないからな~。私かて立場上、サーベント王国から無断で離れられへんし……ごめんな~」
アクアドラゴン『シヴァ』さんの部下で、イオルさんの従魔でもあるから、無断で国を出て巨体を目撃されでもしたら、それだけで大騒ぎになる。
「いえいえ、そこまで聞けただけでも十分です‼ ね、カムイ」
「うん‼ ベアトリスの件を片づけたら、絶対に会いに行く‼ あれ? そういえば、戦闘音が聞こえないけど、決着がついたのかな?」
あ、話に夢中になって、イオルさんたちの存在を忘れていた‼
私が周囲を確認すると、なんとイオルさんたち四人が私たちのすぐ近くにいた。
あれ? なぜ、四人全員が私、カムイ、プリシエルさんをじ~っと見つめているのかな?
なんか、やらかした?
「あらイオル、どないしたん? トキワはんと戦闘中やろう?」
四人全員が、深い溜息を吐く。
「どうしたん……じゃないだろう? 私たちとトキワたちは敵同士だぞ? こっちが激しい戦闘をしているのに、何を楽しく談笑しているんだ?」
あ、仲良く話す私たちを見て、興を削がれたんだ。ベアトリスさんとルクスさんも、呆れているもの。
「え~しゃあないやん。久しぶりに転生者に会えたし、しかも私と同郷やで‼ 仲良く話したくもなるわ~。それに敵同士言うたかて、シャーロット、カムイ、アッシュ、リリヤは旅の同行者というだけで、ベアトリスはんと関係ないやん」
全くもってその通りなんですけど、イオルさんに対してはっきり言うな~。
「プリシエルさんは、相変わらず変わったドラゴンだな。というか転生者で同郷って、あなたもシャーロットと同じ日本出身者なのか⁉」
トキワさんは、プリシエルさんが転生者であることを今まで知らなかったの?
「なんやトキワ、鈍いな~。こんな独特な言葉遣いしてるのに、今まで転生者と気づいてなかったん? 普通に考えて、こんなドラゴンおるわけないやん」
「いや……まあ……そうか」
それを自分で言いますか。トキワさんも調子を狂わされたのか、少し狼狽えている。
「ところでイオルさん、結局のところ私たち、いえベアトリスさんの話を信じてくれるのですか?」
今の段階で、イオルさんは私の力を知らない。トキワさんとの戦闘で、納得してくれたのだろうか? プリシエルさんと仲良くなれたのはいいけど、彼がベアトリスさんの話を信じてくれないと次に進めない。
「ああ、トキワの覚悟は見せてもらった。近くにいたベアトリスとルクスからも、悪意を感じ取れないことも考えて、私個人は信じてもいいと思っている。しかし、そのためには君たちの持つ情報を全て開示してもらわんとな。シンシア様の持つ情報を百パーセントの精度でどうやって集めるのか。それがわからない限り、王都へ入ることは許可できん」
当然だ。口だけで信じてもらえるとは、私だって思っていない。
「ベアトリスさん、私の情報を開示しますがいいですか?」
こうなったら、魔法『真贋』で私の情報を見てもらう、これしか方法がない。
「ええ、構わないわ。あなたの力に頼ることになるけど、自分の目的を達成するためなら、全てを利用すると決めたの。あなたの力だって、使い方次第では恐怖だって生まれないわ」
出会ったときから私の力に対してどこか遠慮していたのに、彼女の迷いが消えている。トキワさんも何も言わないから、既に納得済みなんだね。
「イオル、魔法『真贋』でシャーロットのステータスを見たらええで。私は既に事情を聞いているし、ユニークスキルに関しても理解したわ。ごっつう破茶滅茶な力やけど、同じ転生者仲間で同郷やし、クロイス女王も信頼しているんなら大丈夫や」
プリシエルさんが私たちの味方になってくれたことで、イオルさんの警戒心もかなり薄れてきた。私のステータスを確認してもらった後、彼女と同じく事情を説明すれば、納得してくれると思う。
○○○
「はあ~」
イオルさんには魔法『真贋』で私のステータスを見てもらい、プリシエルさんと同じ内容の事情を説明すると、思いっきり溜息を吐かれた。
「ベアトリス、私と出会った時点でシャーロットの力を教えていれば、トキワとの戦闘を回避できただろう?」
そう指摘するイオルさんに対し、彼女は複雑な笑みを浮かべる。
「あなたやプリシエルを恐怖で縛りつけるんじゃないかと思って、言うに言えなかったんです。私としては、そういった力に頼りたくなかったですし」
それは、交渉の仕方次第だね。もっと早い時点で迷いを吹っ切れていれば、事をもっと簡単に運べたと思うけど、しょうがない。
「プリシエルの言った通り、ステータスの数値、ユニークスキル『構造解析』と『構造編集』、これらは確かに危険だろう。だが、ジストニス王国を平和へ導いているのだから、シャーロットのことは信用できる(あのクロイス女王の言葉は、この子のことを第一に考えたためだったのか)」
私のことを信頼してくれたのなら、これで一歩前進だ。
「それじゃあ、あなたが付き添ってくれれば、王都に入れるわね」
ベアトリスさんの言葉に、イオルさんはじっと彼女を睨みつける。
「何を言っている? 事は、そう単純なものではない。君は指名手配されている身だぞ。私個人が信用したとはいえ、そのまま王都へ入れるわけなかろう。だが、今から国王陛下へ通信を入れる。シャーロットのことも踏まえて全てを話し、陛下の許可が下りればそれも可能だ」
ここから王都まで相当な距離があるけど、どうやって通信するの? 簡易型通信機では不可能だし、左腰に引っかけているマジックバッグの中に、大型通信機を持っているのかな? あ、バッグの中からスマートフォンのような機器を取り出した。
「イオルさん、それって何ですか?」
私が質問すると、イオルさんは優しげな口調で答えてくれた。
「そうか、シャーロットだけでなく、ジストニス王国にいた君たちがこれを知るわけないか。これは四年前に開発された魔導具『携帯端末』。これまでの通信機よりも遥かに小型で、これ一台あれば、サーベント王国内のどこにいようとも、通信が可能だ。販売当初かなりの高額だったが、部品が量産化されて安価になり、今では貴族だけでなく、平民にも広まりつつある品物だ」
地球の携帯電話やスマートフォンと同じじゃん‼ 全員が魔導具の機能を聞いて、絶句している。
「そ……そんな便利な魔導具があったんですね」
こんな便利魔導具があったからこそ、情報がいち早くイオルさんへ伝わり、ここへ来られたんだ。彼が携帯端末を作動させると、ここから少し離れた場所へと移動していく。
「ルクス、そんな大層な魔導具が開発されたってこと知ってた?」
ベアトリスさんが、じと~っとルクスさんを見つめる。
「いいえ、知りませんよ‼ 脱獄後も、そんなものが開発されたという話も聞きませんでしたし‼」
サーベント王国は、魔導具開発に関する技術力が大陸一と聞いていたけど、まさか地球と同じタイプの商品を開発していたとはね。
「シャーロット、ベアトリスはんたちと違って、あんま驚いてないな。私の知る限り、地球ではそんなん開発されていなかったはずやけど、あれから開発されたん?」
プリシエルさんは、私たちをよく観察している。別に教えても問題ないよね。
「西暦二千年代に入り、スマートフォンという小型携帯電話が普及しました。そのデザインが、携帯端末と非常に似ています。地球の方は衛星を利用することで、世界地図が見られますし、自分の現在地だって正確にわかるんですよ」
もっと便利な機能もあるのだけど、悪用されると困るし、あまり言わないほうがいいよね。
「なんやて‼ 黒電話に関しては聞いたこともあるし、絵も描いてもらったから知っているけど、そこまで進化したんや‼」
プリシエルさん、今の地球の若者はその黒電話の方を知りませんよ。地球の携帯電話は電波を利用しているけど、この世界の携帯端末は何を利用しているのかな? 魔導具と言われているくらいだから、魔石や大気に飛び交う魔素を使っているのだろうか? 私がそれを彼女に質問すると――
世界中に存在する魔石は大気中の魔素と反応し、固有の波長を外に放出する。魔石の中でも、雷属性を持ったものは放出速度が速く、風属性を持ったものは放出距離が長い。この二つの長所を合わせ作り出したのが、魔導具『アンテナ』である。この魔導具の有効圏内であれば、携帯端末が上手く作動する。
この端末が優れもので、内部に無・空間・雷・風属性の魔石が入っており、空間に放出された魔石の波長を受け止める性質を持っている。
また、人にも固有の波長というものがある。端末はこの波長を番号化して、自分や他人のものを無属性の魔石に登録することができる。この番号化された波長を雷や風属性のものと連携させて発信すると、『アンテナ』を経由して登録された端末だけが反応する仕組みとなっている。
開発当初、相手に繋がるまでのタイムラグがかなりあったらしいけど、『アンテナ』を国中に増設することで、その弱点を減少させた。
現在、この端末が量産化され、平民にまで出回っているのだから、その技術力は本物だ。アストレカ大陸のエルディア王国よりも、遥かに高い技術力を有している。私たちがプリシエルさんから携帯端末の仕組みを学び、十分に堪能したところで、イオルさんが涼しげな顔のまま戻ってきた。
国王陛下のとの話し合いが終わったのだから、私たちへの対処方法も結論が出たのだろう。
さあ、どんな返事が来るのかな?
5話 イオル・グランデの思惑
どうしたものか?
シャーロット・エルバラン、あのステータス数値とユニークスキルは脅威に違いない。彼女が大人で、なんらかの欲を持っていた場合、私は死を賭して彼女に勝負を挑んでいただろう。だが、彼女は八歳の子供。おまけに私――イオルの従魔プリシエルと同郷の転生者、サーベント王国を滅ぼすことなど微塵も考えてはいまい。
「国王陛下にどう説明すべきか」
神ガーランドは、どうしてあのような子供にあそこまで強大な力を与えたのだろう? 悪用すれば、世界征服もたやすい。前世の魂がいくら清浄であったとしても、この世界の環境次第で、魂がすぐに穢れてしまう場合もある。事情を聞いた限り、転移以降の彼女は、善良な仲間に恵まれたこともあり、力の暴走は起きていない。だからこそ、ジストニス王国に平和が訪れた。
アストレカ大陸に戻るまでは、年齢の近いアッシュたちもいることから最悪の事態は防げるだろうが、それからが問題だ。特に人間族と獣人族の貴族ども、こいつらは独占欲、支配欲、色欲といった欲望を非常に強く持っている。彼女も成長すればそうなるのではないか?
ただ、彼女は三十歳で亡くなったと聞いているから、精神面では大人の感情も混じっているはずだが、そういった欲望は感じ取れない。
「彼女は、善良な転生者ということか。国王陛下には、全てを話すしかない……か」
王都へ入ることを許可するかしないか、どちらに転んでも確実に何かが起こる。不敬になるが、上手く陛下たちを転がし、私の思惑通りに進めるか。携帯端末に登録されている国王陛下の番号、これをタップした瞬間、この国に大きな変化が訪れる。私は覚悟を決めた。
『アーク・サーベントだ。イオル、ベアトリスを捕縛、もしくは殺害できたのか?』
繋がって早々、いきなりベアトリスへ悪意を放つか。彼女が実行した犯罪を考慮すれば仕方ないことなのだが、あの事情を聞いてしまうと、確かにこの悪意の偏りは些か奇妙に感じる。
「国王陛下、ベアトリスはトキワだけでなく、厄介な存在を仲間に引き入れたようです」
『何? お前がそこまで言うとは……何者だ?』
「今からお話しする内容は、私自身が『真贋』で確認しましたので、全て事実です」
私は、ベアトリスの抱える事情とシャーロット・エルバランについての全てを陛下に話すと、思った通り絶句してしまった。
「陛下、一つ言っておきます。シャーロット・エルバランは世界最強の八歳児です。私やプリシエル、シヴァ様が組んだとしても、一蹴されるでしょう。彼女を怒らせてはいけない」
『聖女シャーロットの件は、事実なんだな?』
「ええ。会談において、クロイス女王は彼女の暴走を恐れたからこそ、自分の全てを投げ打ってでも、彼女の行動を縛らなかったのでしょう。問題は、我々の次の行動です。それ次第で、大きく展開が異なってきます」
いかに国王陛下といえど、こればかりはすぐに判断できまい。ここは、私から次の一手を提案しよう。貴族どもに反感を買うかもしれんが、国を崩壊させるよりは遥かにマシだ。
「陛下、あなた方にとって受け入れがたい案かもしれませんが、シャーロットやベアトリスの反感を買うことのないよう、あちらの思う通りに事を運ばせてはいかがでしょう?」
『本気で言っているのか?』
声のトーンが低くなった。威圧が込められている。アーク様も王妃であるアレフィリア様も、シンシア様のことをとても愛おしく思っている。彼女を苦しめたベアトリスを許すつもりなど毛頭ないのだ。
「無論、相手の提案を全て鵜呑みにするわけではありません。我が部隊のメンバーの誰かを監視につけ、クロイス女王を盾にし、シャーロット側の行動を制限するのです。あの方は、こう仰っていたのでしょう? 『シャーロットたちが王族側を傷つけた場合、自分は女王の座を降りる』と?」
『ああ、確かにそう言ったな』
「それを逆手に取りましょう。私から『君たちが我が国の王族に危害を与えた場合、クロイス女王が在位している間、ジストニス王国との国交を断絶する』と伝えれば、下手に動くことはできません。そこにはベアトリスも含まれているため、復讐も成し遂げることはできないでしょう。なお、仮に彼女を捕縛して公開処刑を執行した場合、今後トキワとシャーロットは我が国の敵となり、損にしかなりません」
何も言わず、私の次の言葉を待っているようだ。さて、この案に納得してくれればいいが。
「そこで、セリカ・マーベットの件を利用しましょう。捕縛後の処遇を『公開処刑』から『終身刑』へ変更。ベアトリスを私の空戦特殊部隊に所属させ、一生をかけてシンシア様への罪を償わせ、国に貢献させるのです」
この案なら、国王陛下側もシャーロット側もギリギリ納得できる範囲のはずだ。
『イオル、考えたな。君自身がベアトリスの監視者となり、あの膨大な魔力を利用する魂胆か。戦力が些か空戦特殊部隊へ集中するものの、我ら王族と同じくシヴァ様の加護を持つ君ならば、みんなも納得するかもしれん。気になる点といえば、シンシアに対する冒涜だ。君はどう思っている?』
トキワとシャーロットが絡んでいる以上、私の思惑通りに事が運ぶとは思えん。全ての鍵は、シンシア様が握っている。が、陛下のご機嫌を損ねてはいかんから、ここは意見を合わせておくか。
「ベアトリスはシンシア様がみんなの好感度を操り、今の地位に登りつめたと思っているようですが、それはありえないことです。今は彼女の好きなように行動させ、全て納得したところで捕縛すればいい。この形なら、シャーロットとて文句を言わないでしょう。シンシア様を疑っているわけではありませんが、彼女には全てを伏せておきましょう」
あのライトニングドラゴンの一件で、彼女は数日間精神的疲労を抱え込み、体調を崩していた。下手にこの一件を伝えてしまうと、体調を悪化させる恐れがある。
『私個人としては、イオルの案を尊重したいところだが……少し待て。至急、臣下を召集する』
みんなが、今すぐにこの案に賛成するとは思えん。
しかし、シャーロットの力は危険だ。私とて『真贋』で確認しただけで、実際にその圧を浴びたわけではないが、トキワの覚悟は本物だった。このまま王都に入ることを許可しなければ無断で侵入し、ベアトリスがシンシア様に危害を加える可能性もある。ここは素直に許可し、彼女たちの好きなように行動させることが最善策と言える。
問題は、シャーロットの『構造解析』だ。その力で見たシンシア様に、どんな情報が刻まれているのか、そこが気になる。ベアトリスの言うスキルなど存在するはずがないと思うが、この言いしれぬ不安感は何だ? いかんな、私自身もシンシア様を疑っているようだ。
――三十分後。
『イオル、君の案で進めよう』
「早いですね。何かありましたか?」
シンシア様を崇拝する貴族連中が、たった三十分で私の案に賛成するとは思えんが?
『シャーロット・エルバラン、彼女の真の力をクロイス女王本人から聞いた』
アーク様から語られた内容は、私でも信じられないものだった。
『魔物デッドスクリームを自分の従魔にした』
『ジストニス王国を滅ぼそうとしたネーベリックを討伐した』
『世間一般に知られているトキワとネーベリックの対決は、ネーベリックが討伐されたことを国民たちに知らしめるため実行した「偽装行為」。現実は、シャーロット自身がネーベリックに変身し、トキワと戦っている』
どれもこれもが、八歳児のものとは思えん。彼女が本気で動けば、我々に気取られず、事態を解決することも可能だろう。ベアトリスの意見を最優先にしているからこそ、自分から行動を起こさないわけか。
『みんなが、シャーロットの存在を心底恐れたよ。彼女が、善良な魂の持ち主でよかった。だが、ベアトリスの件は別だ‼ シンシアがスキルで我々の好感度を操作したなど、断じてありえん‼ イオル、ベアトリスが納得するまで好きに行動させろ』
よし、それでいい。この案ならば、彼女たちも渋々納得するはずだ。
「わかりました。監視メンバーですが、ベアトリスには『ミカサ・ディバイラン』、シャーロットには『ディバイル・オルセン』にしましょう」
ベアトリスの方は私なりに考えがあってのことだが、シャーロットの方は誰でもいい。女性や子供に人気のあるディバイルなら、機嫌を損ねることもあるまい。
『副隊長のミカサ……か、何か企んでいるな? まあ、いいだろう。戻り次第、王城へ来い。詳細を聞きたい』
「了解しました」
ふう、みんなが納得してくれて助かった。クロイス女王、感謝しますよ。回線を切り、プリシエルの方を見ると、どうやら私の持つ携帯端末の話をしているようだな。あのメンバー全員に、これと似た端末を……いや、やめておこう。下手に利用されたら、厄介なことになる。ベアトリス以外のメンバーたちを刺激せずに、事を上手く運べるよう、副隊長のミカサに連絡しておくか。
6話 聖都フィレント
現在、私たちは旅の終着地『王都フィレント』へ向かっている。
これまで二頭のガウルに乗っていたのだけど、今はプリシエルさんによって……吊るされて運ばれていると言えばいいのかな?
イオルさんは国王陛下との話し合いのあと、私たちに取引を持ちかけてきた。『私とベアトリスさんに監視をつける』『王族とどこで出会ったとしても、絶対に危害を加えてはならない。破った場合、クロイス女王が在位している間、ジストニス王国と一切の貿易を禁ずる』『捕縛後におけるベアトリスさんの処遇の変更』以上の三点を承諾するのなら、王都に入ることを許可するというものだ。
ベアトリスさんは、クロイス女王のことを妹のように可愛がっている。それを知っていて、こんな取引を提案してきたのだろう。王都に堂々と入れる代わりに、王族へ復讐できなくなってしまうのだけど、ベアトリスさんは即座に承知した。
「私は、肉体的なことで復讐するつもりはさらさらありません。それに、セリカの意見を通してくれたのであれば、私としても嬉しい限りです。だから、取引成立ですね」
そう言ったベアトリスさんは、笑顔でイオルさんと握手を交わす。
その後、彼は監視役という形で一時的に仲間となり、私たちを直接王都フィレントへ連れて行くと言ってくれたのだけど、私としては『貿易都市リムルベール』にだけは立ち寄ってほしいと内心思っていた。
だって、あの街は王都フィレントの真北に位置し、そこから北西にジストニス王国、北東にフランジュ帝国があり、互いの国境から比較的近い位置にあるため、昔から三カ国の貿易の拠点となっている。あの街は、『情報の宝庫』なのだ。だから、カムイの両親の情報が得られるかもしれない。
この思いをイオルさんと、ぷかぷかと宙に浮いているミニラプラスドラゴンのプリシエルさんに言うと……
「あかんあかん、時間の無駄や。シャーロットの言うように、リムルベールにはあらゆる情報が集まってるわ。でもな、それらが全て正しいわけではないねんで。たとえ『構造解析』スキルがあったとしても、情報屋や冒険者が必ずしも正しい情報を持っているとは限らん」
このとき、目から鱗が落ちたね。このスキルで得た情報が、全て正しいとは限らない。自分自身の過去とかならともかく、他人から収集した情報だってたくさんあり、当然それらには偽物も含まれている。さすがに、真実か偽物かの区別まではできない。
「あんたらが行っても情報に振り回されるだけや。私がシヴァ様に直接聞きに行ったるわ。そっちの方が確実やろ?」
全員がその一言で納得し、カムイも喜んだ。エンシェントドラゴンと同格のアクアドラゴンなら、普通の人々よりも正確な情報を持っているはずだ。
こうして『王都フィレント』へ向かうことになったのだけど、問題は移動手段だ。結構な人数で、ガウルだっているのにどうするんだろうと不思議に思っていたら、突然イオルさんがマジックバッグから、巨大な流線型のコテージを取り出した。
私たちはいきなりの出来事でポカ~ンとしていたのだけど、彼はそんな私たちにツッコミを入れることなく、普通に中を案内してくれた。コテージの中は非常に広く、ガウル二体なら余裕で寛げるほどのスペースがあった。天辺にはなぜか二つの強固な輪っかがあり、何に使うのか質問したら、プリシエルさんが両足でこの輪っかを掴み王都まで運ぶと言ったので、全員が驚愕した。
彼女の真の大きさは、体長五十メートルほどで、通常時はイオルさん一人だけを乗せるため小型化しているらしい。それだけ大きければ、巨大コテージも楽に運べるはずだ。ただ、そうはいっても彼女の負担を少しでも減らすため、頑強で軽い材質のファルコニウム製となっており、また飛翔速度を損なわないよう流線型をしている。
コテージの中を軽く見学させてもらったけど、必要最低限の家具しか設置されておらず、しかも全て庶民向けのものだった。彼ほどの実力者なら、貴族向けのブランド家具だって揃えることもできたはずだけど、『一応、陛下から伯爵位の身分をいただいているが、高級品は私には合わん。安くて長持ちするもので十分だ』とのこと。私やアッシュさん、リリヤさんにとっては落ち着ける環境だったので、心にゆとりを持てた。
そして現在、私たちは十八畳ほどのリビングで寛いでいるところである。
「む、今ベアトリスのステータスを『真贋』で確認したが、確かに『積重呪力症』なる呪いの名称がある……が……もはや呪いとして機能していない。これはどういうことだ?」
ベアトリスさんが、イオルさんに自分の呪いに関わることを全く話していないことに気づいた。プリシエルさんの飛翔速度はかなり速く、四時間ほどで王都に到着するため、このコテージでその呪いの件を話したところ、イオルさんに驚かれてしまった。
「シャーロットの『構造編集』で、かなり変化しています。これまでに、『重力三倍』『大幅好感度低下』『ステータス固定』『弱毒』『麻痺』『混乱』『突発性難聴』『盲目』『雑音』など数多くの呪いに晒されました。でも『構造編集』のおかげで、呪いが機能しなくなったんです。問題は、私にこの呪いを放った人物です」
「そうか、『真贋』はステータスの表面しか見られないが、『構造解析』はその裏に潜む情報見られるのだったな。それで、その人物の名前は?」
私が絡んでいるため、イオルさんも全面的に信じてくれている。問題はこの後だけどね。
「現宰相クォーケス・エブリストロ。彼が私と妹のミリアリアにこの呪いを放ちました」
「なんだと⁉」
これには、さすがのイオルさんも驚いたようだ。
「エブリストロ家は、シンシア様の後ろ盾となっているんだぞ⁉ あ……エブリストロ家の躍動時期と、シンシア様とクレイグ様の婚約時期が近い。これは偶然か? まさか……いや、クレイグ様やシンシア様に限って……」
当初予想した通り、王太子がエブリストロ家と結託している可能性が高いね。もしかして、エブリストロ家は『シンシア様の持つ謎の力』のことを全て知った上で、ミリンシュ家に呪いを放ち、シンシアさんが底辺から這い上がるための後ろ盾となったのかな? イオルさんのあの狼狽よう、多分同じ考えに至っているはず。
ああ、早く王都に到着して、シンシアさん、王太子、クォーケスに会いたい‼
応援ありがとうございます!
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