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9巻

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 4話 ユアラメダルを探せ


 私のユニークスキル『構造解析』を使用すれば、二人の居場所もすぐわかると思う。でも、ユアラのことだから、必ずそれに対する策を仕掛けているに違いない。
 だから、彼女の術中にはまるのはしゃくだけど、制限時間が四十八時間ほどしかないなら、『ユアラメダル』を探すしかない。ただ、アッシュさんもリリヤさんも、他人の家に無断で侵入することは避けたいようだし、トキワさんは英雄なので目立ってしまう。ここは、私とカムイで探そう。

「住居にあるユアラメダルに関しては、私とカムイで探し出します。私にはスキル『光学迷彩』、カムイにはユニークスキル『インビジブル』がありますから、他者に気づかれることはありません」

 不法侵入まがいなことをするために、このスキルを開発したわけじゃないけど、背に腹は変えられない。

「そうか!! 二人なら気づかれることなく、屋内を探せるんだ!! でも……リリヤはどう思う?」

 法律に触れる行為をするのは仕方ないにしても、いい顔はしたくないのだろう。

「仕方……ないよね。ユアラがそんな攻め方でくる以上、私たちも踏み込まないといけないもの」

 リリヤさんはOKだった。でも、トキワさんが何やら考え込んでいる。

「シャーロット、カムイ、屋内に関しては二人に任せるしかない。だが、絶対に無断侵入以外で法に触れるようなことはするな。俺が冒険者ギルドに行って、ギルドマスターに今回の事情を説明してくる。おそらく、各ギルドのマスターたちならば、ユアラの件も上層部から伝わっているはずだ」

 さっきの警備の人は、詳しい事情は知らない印象を受けた。上層部の人たちだって、勝負の内容までは知らないはず。こちらから話しておいた方が賢明か。

「わかりました。トキワさん、お願いしますね。先に寝泊まりする宿屋を決めてから、行動に移りましょうか?」

 みんなが私の意見に賛成し、早速行動に移ることになった。今頃、ユアラもあの男も、私たちを監視しているに違いない。私たちがどうやって何の手掛かりもないユアラメダルを見つけるのか、メダルからの指令に対し、どうやって対処していくのか、絶対にほくそ笑みながら見ているはずだ。冷静に落ち着いて行動していこう。


         ○○○


 私たちは宿屋を決めた後、別行動を取った。
 私とカムイが屋内、アッシュさんとリリヤさんが屋外。トキワさんは冒険者ギルドのギルドマスターに事情を説明した後、帝城にいる皇帝や上層部と謁見えっけんする。それから、帝城を徹底的に捜索する。
 ちなみに、宿屋でヘキサゴンメダルについて一つだけ重要なことを思い出した。ヘキサゴンメダルは特殊な魔力波を発しているらしく、クイズ参加者たちはそれをスキル『魔力感知』や『気配察知』を用いて捜索していくという。魔力波は、スキル『マップマッピング』を習得してもらう際にみんなに教えているから、これを利用することにした。

「シャーロット、この家から変な魔力波を感じる。手始めに、ここから探していく?」

 カムイが指差す場所には、『モフット』という小規模の飲食店があり、確かに人から発せられる魔力とは異なる波長のものをかすかに感じ取れる。きっとメダルのものだ。

「何かありそうだね。ここから捜索を開始しよう。カムイの『インビジブル』は透明になるだけでなく、存在感を希薄にさせるから、私でも居場所がわからなくなる。もし、メダルを見つけたら、『テレパス』か『従魔通信』で教えてね」

 どちらも声を出すことなく、脳内で話し合えるから楽だ。

「は~~~い」

 私たちは人のいない場所へ移動し、スキル『光学迷彩』と『インビジブル』を発動させ、人とぶつからないよう進んだ。そして、お客が入店すると同時に、すかさず私たちも店内へ侵入する。
 まさか、こんな形でスキルを悪用することになるなんてね。
 メダルの気配はお客用の席ではなく、厨房から感じ取れる。そこへ行くと、一人の猫型タイプの獣人男性料理人が、無心で料理をしており、ちょくちょく従業員の猫型獣人の女性が来て、お客からの注文が書かれた伝票を壁に貼りつけていく。このせわしないところから、メダルを探さないといけないの?

「店長~~、唐揚げ定食大盛り二つ、お願いしま~~す」
「おう、わかった~~。聖女シャーロット様考案の唐揚げ、みんなハマってんな~」

 嘘、こんな遠い地域にも、もう唐揚げやコロッケが根づいているの!! 
 ジストニス王国との国交が回復してから、剛屑丼ごうせつどん、コロッケ、唐揚げなど、私がギルドに登録したレシピが、商人ギルドを通して急速に広まっている――シンシアさんからそう聞いてはいたけど、広がる速度が尋常じんじょうじゃない。
 まさかもうこんなところにまで広がっていたとは驚きだよ。店内のお客さんのほとんどが、コロッケ定食や唐揚げ定食、剛屑丼ごうせつどんを注文している。

『シャーロット~あったよ~ユアラメダル~~』

 あ、いけない、いけない。ここに来た目的は、ユアラメダルだ!!
 カイムからのテレパス……どこにいるのかな? 
 げ、小さなメダルがふわふわと宙に浮いている!! 
 場所的に料理人の死角だからいいけど、このままここにいたらまずい!!

『カムイ、メダルだけがぷかぷか浮いていて怪しいから、急いでここを出よう』
『え……あ、そっか!! メダルは透明にならないんだね』

 私とカムイは急いで店を出て、人の少ない場所へと移動し、スキルを解除する。

「これがユアラメダル?」
「うん、ユアラの顔が彫られていて気持ち悪いよ。これが本当にしゃべるのかな?」

 六角形の形をした金属製のメダルで、中央にはユアラの顔が彫られている。クックイスクイズ通りなら、ここから指令が言い渡されるはず。どんな指令を言ってくるのだろう? 目を閉じたユアラの顔、見た目は可愛かわいいんだけど、性格がね~。カムイと一緒にユアラメダルを見ていると、メダルから感じる魔力波に変化が起きた。次の瞬間、ユアラの目がパッと見開いた!!

「「うわ!?」」
「カムイ~おめでとう。優秀だね~あなたは発見者第二号で~~~す」

 私もカムイも、彼女の声を聞いた途端、イラッとした。
 こいつは、完全にこの状況を遊んでいるね。

「褒められているのに、全然嬉しくない」

 ユアラメダルは、カムイの言葉をガン無視して、話を続けていく。

「そんなあなたにクイズだよ~~。あなたは何歳ですか~~~」

 な、なんなのよ、その問題は? カムイをめすぎでしょう?

「制限時間は十秒で~~~す」

 カムイは突然のクイズということもあって驚いている。でも、心情はどうだろう?

「僕は〇歳だよ!! 赤ちゃんだからって馬鹿にするな!!」

 カムイも、この質問には少し怒っているね。

「正解~~、カムイは賢いね~~。自分の年齢もきちんと覚えているんだね~~~」

 こいつ……いくらなんでも、馬鹿にしすぎでしょう?

「お前、嫌いだ!! 僕を馬鹿にするな!!」

 カムイの怒りが、どんどん蓄積していく。この後、ユアラは何を言ってくる?

「正解したカムイにはご褒美ほうびをあげま~~~す。私の居場所は~……」

 これは、絶対何か仕掛けてくる。こんな簡単に終わるわけがない。

「帝都のどこかで~~~す。この情報から推理して、私を見つけてね~~。カムイは〇歳児だから~~あのときは意味がわからなかったよね~~~これでわかってもらえたかな~~~頑張がんばってね~~~キャハ」

 言うだけ言って、ユアラメダルの目が閉じ、魔力波も元に戻った。こいつ、完全に私たちを馬鹿にしている。まさか、〇歳児のカムイをからかうとは思わなかった。

「ば……ば……馬鹿にするな~~~。僕は〇歳児だけど、ゲームの趣旨だってちゃんと理解しているんだ!! みんなと協力して、絶対にお前を見つけてやる~~~!!」

 カムイ、まさかの大絶叫だいぜっきょう!? あっ!! 大勢の人たちが私たちを凝視ぎょうししている!! 

『あれって、聖女のシャーロット様よね?』
『それじゃあ、あの小さくて可愛かわいいドラゴンはカムイちゃん? どうして怒っているのかしら?』
『故郷へ帰るため、旅を続けていると言ってたよな?』

 といった具合に、人が集まりはじめている。
 ジストニス王国やサーベント王国の事件のことで、私たちの情報がみんなに知れ渡っているんだ!!
 やばい、カムイは〇歳児だから、本気で怒ったりなんかしたら、魔力暴走が起きるかもしれない。ここでそんなことはさせられない!

「みなさん、失礼しました~~~~」

 私はカムイを抱きしめると、全速力でその場から逃げた。
 五百メートルほど走ったところで、大きな広場へ出たので、足を止める。

「ふう~、ここまで来たら問題ないかな~。カムイ、怒りは静まった?」
「……うん、よくわかんないけど、心が急に温かくなって、怒りが静まったんだ」

 心が温かく? もしかして、ミサンガの効果? 

「カムイ、これでユアラの性格の悪さがわかったでしょ?」
「うん、あいつは最悪だよ!! 人を馬鹿にしてる!! みんなが怒るのも、よくわかったよ。絶対に捕まえてお仕置きしてやる!!」
「そうだね、頑張がんばろうね」

 メダルを一枚拾っただけで、この騒ぎだ。アッシュさんたちは大丈夫かな?




 5話 アッシュの災難


 僕――アッシュは、今リリヤ……いや、『白狐びゃっこ童子どうじ』に追いかけられている。

「アッシュ~~~待て~~~不貞は許さん!! 主人のためにも成敗せいばいしてくれる~~」
「だから、誤解だと言ってるだろ~~~。お願いだから、正気に戻ってくれ~~」
「許さん!! 私がこの手で貴様に天誅てんちゅうくだす!!」

 なんでこうなったんだ? シャーロットと別れてから、まだ一時間くらいしか経過していないのに。全ては……全ては、あのユアラメダルのせいだ……あいつだけは絶対に許さない!!


 少し前のこと――
 僕はリリヤとともに、ユアラメダルを探している。ユアラのやつ、僕たちがクックイスクイズに参加できないことを知っているせいか、『ヘキサゴンメダルを探せ』に似たイベントを体験させている。
『ヘキサゴンメダルを探せ』でのメダルからの指令は多種多様で、中には都市一つがグルになって挑戦者たちをあざむくものもある。彼女は、どんなことを要求してくるのだろう?

「アッシュ、ヘキサゴンメダルを真似まねているのなら、特殊な魔力波を感じるはずだけど、まだ何も感じないね」

 リリヤも僕も全神経を集中させているのに、それらしき違和感をまだない。

「屋外といっても帝都全域を指しているから、範囲も広すぎる。まずは早く一枚見つけよう。メダルの魔力波を覚えさえすれば、僕たちのスキル『マップマッピング』が機能して、ステータスに表示されるマップに、ユアラメダルが表示されるよ」

 闇雲にメダルを探しても、制限時間内にユアラを捕まえられない。この勝負ではスキルや魔法を禁止されていないから、全てを利用して立ち向かうんだ。サーベント王国で訓練していたおかげもあって、スキル『マップマッピング』もレベルが向上し、効果範囲が広まった。これを有効利用するんだ。
 ただ、ユアラメダルがヘキサゴンメダルと同じ大きさなら、小さくしてかなり見つけにくいし、魔力波だって微弱だろう。これは、神経をすり減らす作業になるかもしれない。

「うん、頑張がんばろう……と思うんだけど、暑いね。喉が渇いてきちゃった」
「ああ、それは同感だよ。気温が三十度前後の中を歩き回っているせいか、喉の渇きも早い。ちょっと、そこの喫茶店に寄って涼もうか?」
「賛成!!」

 勝負中ではあるものの、脱水症状にはなりたくない。ナルカトナ遺跡の砂漠地帯では、緊張状態で逃げ回りながら飲み物を補給していたな。喫茶店の中は魔導具が効いているのか、かなり涼しい。

「涼しい~。冷たい飲み物を飲んで気分転換だね!!」

 リリヤも店内に入ったことで機嫌がよくなった。僕たちはレモンスカッシュを注文し、外を眺める。
 帝都の人たちはこの暑さに慣れているせいか、種族関係なく、みんな平然と街中まちなかを歩いている。そう、種族関係なく、だ。そこに差別はない。これは、サーベント王国も同じだった。
 ロキナム学園で教わった通り、やはりジストニス王国だけが人間族を差別しているようだ。ただ、シャーロットとクロイス女王のおかげで、数年のうちには解決するかもしれないな。

「お待たせしました、『レモンスカッシュ』です」

 僕は早速ストローを使って一口飲む。冷えたレモンの酸味と甘味、シュワシュワッとくる炭酸が、僕の口腔内を刺激し、喉をうるおしてくれる。
 あれ? 
 ふとリリヤを見ると、ストローに口をつけることなく、なぜか左手でグラスを持ったまま固まっている。どうしたんだ? 僕を見ているというよりも、レモンスカッシュが置かれているテーブルの方を見ているような?

「アッシュ……ヘキサゴンメダルって六角形の形をしていて、中央に人の顔が彫られているんだよね?」
「え……そうだけど、なんで今さら聞くの?」

 どうしたんだ?

「飲み物の下に敷かれているコースターが、ユアラメダルのような気がして……」
「え!?」

 僕がおそるおそる自分の飲み物をコースターからどかすと、そこには大きめの六角形のメダルらしき物体があった。しかも、中央にはにくたらしいユアラの顔が刻まれている。ヘキサゴンメダルはもっと小さい。これは間違いなくユアラメダルだ。というか、思ったより大きかったな。

「リリヤ、ありがとう。全然気づかなかったよ」

 まさか、コースターという形で僕たちの前に姿を見せるなんて思わなかった。

「たまたまだよ。それでどうする? 私たちの魔力をメダルに触れさせたら、指令が聞こえてくるのかな?」

 中央にあるユアラの目は閉じていて、何も言葉を発しない。多分、リリヤの言うように、魔力に触れたら反応する仕組みだと思う。

「ここでやってみよう。クックイスクイズと同じなら、指令を言われるだけさ。さすがのユアラも、こんな街中まちなかでいきなり大騒ぎを起こすような真似まねはしないと思う。とりあえず、飲み物を飲んで落ち着いてから試そう」
「あ、そうだね。喉がカラカラだってこと忘れてたよ」

 ――このときの僕は、メダルからくだされた指令に翻弄ほんろうされることになるとは夢にも思わなかった。


 水分補給も完了したし、これでメダルと向き合える。メダルから発せられる魔力波も覚えたし、マップマッピングと連動させたので、スキル効果の範囲内であれば、ステータスに表示されて探しやすくなる。

「リリヤ、いくよ?」
「大丈夫、覚悟はできてる」

 ものすごく緊張する。指令を聞けば、もう後戻りはできない。僕の味方はリリヤのみ。僕が彼女を引っ張る存在にならなければいけない。ここで逃げるわけにはいかないんだ。覚悟を決めて、メダルに魔力を流すと、ユアラの目がカッと見開いた。

「おめでとう~アッシュ~リリヤ~~。あなたたちが発見者第一号だよ~~」

 第一号? シャーロットやトキワさんも、まだ発見できていないのか。

「それじゃあ、今から指令を伝えるね~~。見事達成したら、ドレイクの居場所のヒントを教えてあげる~~~」

 どうして、ドレイクなんだ? 彼を捕まえて、ユアラたちの居場所を聞けってことだろうか?

「それじゃあ、まずはリリヤから!! あなたはトイレに行って六十数えた後、ここへ戻ってきて」

 は?

「え、なんで? それが指令なの?」
「リリヤ、ここは素直に従っておこう」

 この指令は何だ? ユアラは僕たちに何をさせるつもりなんだ? リリヤが女子トイレに入った瞬間、ユアラメダルが話し出す。

「次~さっきの女性従業員がこっちに来ま~~~す。この子はまだ十六歳だけど、スタイル抜群なんだよ~~~」

 それが、何なんだ? あ、さっきの女性がふらついた感じで、僕の方へ寄ってくる。あの人の目が、虚ろになっている。まさか、『洗脳』や『催眠』系のスキルを受けたのか? 僕の目の前に来たけど、何が始まるんだ?

「そして~アッシュは彼女に抱きしめられ、顔が胸に埋もれま~~す」

 は!? え、女性が嫌がることなく、座っている僕を見てニコッと笑うと、両手で僕の顔を優しく掴み……ユアラメダルの命令通り、僕の顔を自分の胸の方へ持っていこうとしている!! まずい、この人は本気でやるつもりだ!! 

「指示通りに動いてたまるか~~~!!」

 どうして!? すごい力で、彼女の胸へ引き寄せられていく!! リリヤには、絶対見せられない光景だ!!

「無理で~~~す。最後の幸せを存分に味わってね~~~」

 最後って、どういう意味だよ!?

「味わってたまるか~~~!!」 

 くそ……逆らえない。他の客たちも何事かと、僕たちに注目している。

「うわあ!?」

 無理矢理、僕の顔を自分の胸に引き寄せた。全然引きがせない。なんて、力なんだ!! 僕には、リリヤがいるんだ。こんな誘惑に負けてたまるか!!

「そこに~~リリヤが登場しま~~~す」
「ふざけんな~~~」

 完全にもてあそばれている。まずいまずい、この後の展開が気になる。女性の胸に埋もれているけど、かろうじてリリヤが見える。

「リリヤ、違うんだ!! これは、ユアラメダルの命令で無理矢理されているだけであって、僕にやましい気持ちは全くないんだ!!」

 リリヤが、何も言わない。僕の声は、彼女の心に届いているのか? あ、リリヤもこの女性と同じで、目が虚ろになっている!! ユアラは、リリヤにも何かしたんだな!!

「自分が目を離したすきに、アッシュが不貞を犯した。リリヤは痛く傷つき、白狐童子に変身し、激おこモードにチェンジしま~~~す」

 何だって、白狐童子!? くそ、全然引きがせない。

「貴様……リリヤを裏切ったな……許さん……許さん」

 この雰囲気ふんいきは、間違いなく白狐童子だ。尻尾しっぽもどんどん増えてきている!! ユアラのやつ、あの白狐童子すらも洗脳できるのか。このままじゃ、僕が彼女に殺される!!

「白狐童子は不貞を犯したアッシュを女性から無理矢理引きがし、ビンタを全力でくらわせま~~~す。でも、五分間逃げ切ったら、ヒントをあげるよ~~~。ちなみに、くらったら罰ゲームだよ~~~」
「ふざけんな~~~。罰ゲーム以前に、全力のビンタをくらったら、僕が死ぬだろうが~~~」

 あ、女性の力が緩んだ!! 抜け出すなら、今しかない!!

「アッシュ~~~この私が天誅てんちゅうくだしてやる!!」

 白狐童子が右手を大きく振りかぶって、ビンタの体勢に入っている!! 
 絶対に回避するんだ!!

くだされて……たまるか~~~~」

 ギリギリで回避できたけど、僕の目の前を彼女の右手が通りすぎた!! 恐ろしいまでの魔力が込められている。白狐童子は、本気で僕にビンタする気だ!! 魔力制御が完璧だから、周囲に影響が全く出ていない。そのせいか、お客側から見れば、普通のビンタにしか見えず、ただの痴話喧嘩ちわげんかと思っているかもしれない。

「すみませ~ん、テーブルの上にレモンスカッシュの代金を置いておきます!! お釣りはいりません!! お騒がせして申し訳ありませんでした~~~」

 これ以上注目を浴びないようにするため、僕はテーブルにお金を乱暴に置くと、ユアラメダルを持って外に出て、全速力で逃げた。当然、白狐童子も追ってくる。


         ○○○


「アッシュ~~~待て~~~不貞は許さん!! 主人のためにも成敗せいばいしてくれる~~」
「だから、誤解だと言ってるだろ~~~。お願いだから、正気に戻ってくれ~~」
「許さん!! 私がこの手で貴様に天誅てんちゅうくだす!!」

 五分間逃げ切れば、リリヤは正気に戻るのか? 普通に逃走していたら、白狐童子相手に五分も保ちそうにない。こうなったら、建物と建物の間の細い路地を利用するしかない!! 

「くそ~~~ユアラ~~~覚えてろよ~~~」
「あははははは、忘れま~~~す」

 僕たちの心をよくももてあそんでくれたな~~~絶対に許さない!! でもとにかく、今は白狐童子から逃げるんだ!!


 ……入り組んだ路地を必死に走り回ったことで、なんとか白狐童子をまいたようだ。

「まいたのはいいけど、ここは行き止まりじゃないか。残り時間は一分くらいのはずだから、ここで時間切れを待つしかない。少しでもいいから、体力を回復させよう」

 ここを乗り切れば、ドレイクの居場所のヒントを聞ける。なんとか、乗り切るんだ。

「そんな油断したアッシュの真上に、白狐童子が登場しま~~~す」

 左手に握るユアラメダルが、絶望的なことを言ってきた。

「お前、僕たちと勝負をする気があるのか~~~」

 僕が真上を見ると、白狐童子が僕に向かって空を駆けてくる。

「アッシュ~~~天誅てんちゅう~~~」

 落ち着け。真上から降りてくる攻撃なら、いくらスキルがあっても、自由には動けないはずだ。まともにくらったら、僕の首はちぎれて吹き飛ぶ。白狐童子が対処できないギリギリ回避可能なタイミングを見極めるんだ。彼女は右手を大きく振りかぶり、僕の顔に――




 6話 洗脳からの解放


 上空からの白狐童子のビンタが、僕の目の前を横切り、くうを切る。その際に生じた風圧で、僕は全身を地面に強く打ちつけた。そこで時間切れになったのか、彼女は気を失い、その身体を僕に預けてくる。

「五分経過~。指令未達成により、今から罰ゲームを執行しま~~す」
「未達成? 僕はビンタを受けていないぞ?」

 どこまでも理不尽な女だ。元々、僕たちに罰ゲームを与えるつもりだったのか?

「あなたのほおから、血が出てるよ~。あのビンタの風圧で薄皮一枚切れたんで~~す」

 血? 両手で自分のほおを確認すると、左手にうっすら血がついていた。そうか、手から漏れ出るわずかな魔力が、僕のほおをかすっていたのか。

「今から帝都に隠れているとある人物の洗脳を解除しま~~す。あなたは仲間と協力して、その脅威きょういから帝都を守ってね~」

 洗脳からの解除? 誰が洗脳されているんだ? あの従業員やリリヤの場合、洗脳から解除されても元に戻るだけだから、脅威きょういにはならない。ユアラメダルは目を閉じてしまい、それ以上は何も言わない。

「う……あれ? 私たち、どうして狭い路地にいるの?」
「よかった、気がついたんだ!! リリヤ、体調は大丈夫か?」

 洗脳が解除されたようで安心した。洗脳中の記憶は保持しているのだろうか?

「少し頭が痛いくらいで全然問題ないけど、店を出た記憶がないの。白狐童子も混乱していて、何も覚えていないみたい」

 あのときの状況を言いたくない。……でも、ユアラがその件を後々利用するかもしれない。ここは、正直に話した方が無難か。僕は腹をくくって語ると、リリヤがじっと見つめてきた。

「僕はリリヤ一筋だから!! どんな誘惑をされても、絶対に引っかかることはないよ!!」
「うん、わかってる。アッシュは純粋な人だもの!!」

 リリヤの笑顔がまぶしい。あのときはユアラメダルに意識が行っていたせいで、あの女性のことなんか微塵みじんも考えていなかった。けれど、もし何もない状態で言い寄られて同じことをされたら、よこしまな思いを抱くことなく、その人を拒絶できるだろうか? あんな体験は初めてだったから、動揺を抑えられないかも……


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