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10巻

10-2

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「みんな、私の声が聞こえるかな?」

 アッシュさんたちも、声から誰かを察したようで、緊張感が増す。でも、幼さゆえか、場にそぐわない一言をぽろっと口に出してしまう者が……

「知らない人の声だ。おじさんは誰なの?」 

 カムイの一言で、周囲の空気が一気に重くなる。特に、ロベルトさんとカグヤさんは、自分の息子を見て固まる。ここは、私がフォローしないといけないね。

「カムイ、声が急に聞こえても、失礼な言葉遣いはダメだよ。姿が見えない以上、相手がお兄さんかもしれないんだよ?」
「あ、そうか!! お父さんのような強い声の人だから、てっきり『おじさん』かと思った」

 あ、何気なにげめてけなされたものだから、ロベルトさんがショックで机に頭をぶつけた。ロベルトさんやカグヤさんも、お兄さんやお姉さんと呼べるぐらいの若い外見をしているから、〇歳の息子に言われたら傷つくよね。

「あははは、カムイからすれば、私はおじさんかもしれないな~。私は神ガーランド。ロベルト、カグヤ、純粋無垢むくな男の子じゃないか」

 〇歳のカムイだから助かったね。これがアッシュさんの発言だったら、怒り爆発だったかもしれない。

「ガーランド様、息子の非礼を深くおびいたします」
「ガーランド様に対して失礼な発言、誠に申し訳ございません」

 ロベルトさんもカグヤさんも、目を閉じて軽くこうべを垂れる。二人はガーランド様に国々の監視を頼まれているからなのか、アッシュさんたちのような強い緊張感は持っていない。これまでに、何度も話したことがあるのかもしれない。

「構わないよ。さて、シャーロットたちのおかげで、無事に厄浄禍津金剛とユアラの二人に引導を渡すことができた。この時点でシャーロットに転移魔法を渡し、私の力で故郷へ帰してあげたいところなのだが、神にも制約がある以上、個人に対するそういった過剰な行為は許されない」

 師匠の天尊輝星てんそんかがぼし様ににらまれているし、私は『簡易神人化』や『簡易神具制作』というチートスキルをもらっているから、これ以上私ばかり贔屓ひいきしていると、絶対怒られるね。

「そこで、せめて『迷宮の森』へ転移する際の魔力は、私が負担してあげよう」

 それは、ありがたい!! これだけの人数で転移する以上、ロベルトさんとカグヤさんへの負担が気がかりだったもの。

「でも特別扱いはいいことだけじゃない。転移魔法が刻まれている石碑へ行くためには、当然ダンジョンに仕掛けられた罠を突破しないといけないが、その中の一つに、私自らが設計した特別仕様のものを用意しておいた。シャーロット、アッシュ、トキワ、リリヤの個人用に開発している。それをクリアしないと、石碑へは到達できない。これはいわば、帰還するための私からの最後の挑戦状だ」

 ふふ、面白い。
 帰還するために最後に立ちはだかる壁が、ガーランド様なんだね。
 神自らが設計しているのだから、相当な難易度だと思うけど、必ず突破してみせる!! 迷宮の森は三千年以上前に製作されたダンジョン、その情報を仕入れてから挑もう。

「四人とも気楽に挑めばいい。ただ、ダンジョンなのだから、当然死ぬ可能性もあることだけは理解しておきなさい。特にアッシュとリリヤ、格上が周囲に何人もいるから安心だと思っていると、足をすくわれるぞ」
「あ……はい!! ご助言、ありがとうございます!!」
「私もシャーロットやトキワさんに頼らず、アッシュや白狐童子と協力して、ダンジョンに挑みます!!」

 バザータウンのダンジョン『奈落』以降、魔物との戦闘がない。少しブランクもあるだろうから、最初は慎重に行こう。特にアッシュさんとリリヤさんの強さでは、まだまだ危険なレベルだもの。ここまできて、仲間を死なせたくない。

「いい返事だ。明日の午前九時、ここにいる全員を迷宮の森へ強制的に転移させる。それまでの間に、別れを済ませておきなさい。ここから先、私からは一切の通信をしない。君たちが、どんな過程で私の設計した試練を突破するのか見学させてもらおう」

 ガーランド様との通信が切れた。あの言い方から察するに、相当手ごわい。
 まずは、『迷宮の森』に関する情報をロベルトさんたちから聞いてみよう。


         ○○○


 ハーモニック大陸は、中心部にジストニス王国、大陸南東側から東側にかけてサーベント王国、大陸北側から北東側にかけてフランジュ帝国、大陸南西側から南側にかけてバードピア王国がある。そして、残りの西側と北西側は二百年前の戦争で無法地帯となっており、大勢の魔物が廃墟となった村や街を占拠しているため、ある意味、『魔物たちの楽園』と言っていいだろう。
 今回おもむくバードピア王国は、海に面していて海産資源が豊富にある。また、木々の豊かな山もあり、山と海から様々な食材が採れる。当然、ジストニス王国やサーベント王国以上にたくさんの種類の料理があるらしく、観光客も相当多いそうだ。
 その中でも、『迷宮の森』は海から離れた北西部にあった。無法地帯から近いせいで魔物も多く棲息せいそくしており、特にゴースト族の比率が高い。
 なぜかと言えば――三千年以上前から存在する古いダンジョンで、そのランクは最高難易度のSなのだが、理由は不明ながらレアなお宝が無限に採取可能なので、大勢の冒険者が訪れ……死亡者数もそれなりに多いわけだ。これにより、多くの人々がゴーストとなって、森を彷徨さまよっているらしい。魔物の強さもFからSまでと様々、全てがSランクでない分、余計タチが悪い。
 ちなみに、バードピア王国では『鳥人両翼耐久レース』という超人気イベントが年一回開催されている。国土の三分の一を利用した広大な空中レースで、名前通り、鳥人族の持つ両翼がどこまで耐えられるかを競う。毎年大勢の参加者がいるため、予選を通過した百名だけが本選への出場権を得られる。ちなみに、本選から優勝者を予想するけも実施される。
 行事自体は、国を挙げての大イベントなのだ。
 このレースには様々なチェックポイントが用意されており、そこに『迷宮の森』も組み込まれている。
 ここには、一つの理由がある。『迷宮の森』というダンジョンは、樹海エリアに囲まれる全ての地域、つまり空中もダンジョンの一部となっている。ゆえに、年中霧に包まれ、エリアに入ると必ず方向を見失うという。
 しかもここでは、ダンジョン脱出のキーアイテムである『エスケープストーン』も、自分たちの手でエリア内から入手しないと正常に機能しない。街で販売されているものを使っても、森のどこかへ飛ばされるだけだという。
 この特性がレースにも利用されているのである。
 これだけの極悪難易度のため、王族は通常B以上の冒険者たちにしか侵入を許可していないのだが……実は名ばかりの法律らしく、実質機能していない。なぜならば、入口がないからだ。
 いや、広大な樹海エリアにも平原との境目があり、そこが入口と言ってもいいかもしれないものの、あまりにも広すぎるから、いくら翼のある鳥人族であっても、取り締まることができないのだ。そのため、毎年多くの冒険者がレアアイテムを求めて森の中へ入っていくというわけ。
 ただ、現在の帰還率は九十八パーセントと、案外高い。その理由をロベルトさんに尋ねたら、すごく単純なものだった。浅いエリアでは、エスケープストーンの入手確率が比較的高いらしい。宝箱とかではなく、その辺に転がっていることもあるため、欲さえかかなければ、脱出自体は比較的容易なのだ。



 3話 トキワの要望


「シャーロット、これがあなたにとって帰還するための最後の冒険になるかもしれませんね。場所はわかりませんが、ここであなたたちの無事を祈っています」

 今いる場所は、昨日ロベルトさんたちと話し合った会議室だ。クロイス様を筆頭に、アトカさん、ベアトリスさん、シンシアさん、ドレイク(ドラゴン形態(小))、現皇帝ソーマさんの六名が、私たちの見送りに来ている。

「シャーロット、必ず魔法を入手しなさいよ!! 私はクロイス、シンシア、アトカさんと一緒に、厄浄禍津金剛のお仕置きシーンの編集をやっておくわ。私たちが撮影した魔導具『一眼レフカメラ』の映像、どれもこれもが面白いから、今からワクワクしているのよ!! ソーマ様や臣下の人たちもこれを楽しみにしているし、戻ってきたら一緒に上映会をやりましょう」

 そういえば、ランダムルーレットの順番を待っている間、みんなでやつの屈辱くつじょくシーンを爆笑しながら撮っていたよね。それに、フランジュ帝国に到着してからも時折撮影していたから、私が地球へ転移されていた間の出来事も撮っているはず。

「ベアトリスさん、編集された映像を楽しみにしています。ドレイク、もう何も起きないと思うけど、クロイス様たちの護衛を任せたわね」

 ロベルトさんとカグヤさんもここを離れるから、その間に何か起きる可能性もある。ドレイクが残っていれば、何も心配はいらない。

「は、お任せを!! 今、地下の牢獄には大勢の犯罪者どもがいるため、騒がしいと聞いております。そいつらの心を根刮ねこそぎ折ってから、その数を減らす手伝いをしましょう」

 デッドスクリームやドールマクスウェル、カムイの働きで、帝都の治安は大きく向上した。その反面、帝城地下に設けられている牢屋が満タンになってしまい、入りきらない囚人に関しては、急遽きゅうきょ中庭に魔法で簡易牢獄を製作し、そこへ収監している。
 このままだと衛生環境もかなり悪化してくるから、急いで各地にある監獄所へ移送しないといけない。
 現在、囚人たちの犯した罪の度合いを基に振り分けている最中で、それが終了し次第移送も始まる。ソーマさんいわく、あと数日で完了するらしいので、ドレイクが手伝ってくれれば、かなり手間も省けるだろう。

「シャーロット、頑張がんばれよ。本国の連中やサーベント王国の王族の方々には、俺とシンシア様が事情を伝えているから、心配するな」
「そうだよ。みんな、シャーロットが故郷に帰還することを願っているわ」

 アトカさん、シンシアさん、ありがとうございます。

「はい!! それじゃあ行ってきます!!」

 ちょうど午前九時になり、私たちはガーランド様の魔法で迷宮の森へと転移した。


         ○○○


 私は『簡易神人化』の力により、一時的に長距離転移を経験しているから、今のみんなの気持ちが理解できる。短距離転移は目視できる範囲でしか転移できないから、転移しても、周囲の景色にほとんど変化がなく、驚きも少ない。でも長距離転移だと、景色だけでなく、気温や湿度といった体感的なものが、全く別物になってしまう。これはダンジョンからの脱出と似ていると言えるが、感覚はかなり異なる。
 ついさっきまでは帝城の会議室にいたのに、今私たちの目の前には広大な樹海があり、気温も湿度も肌に感じる質感も、帝国で感じたものと全く違う。天気は曇り空、気温は十五度前後で肌寒い。湿度は二十パーセントくらいかな。私的には、こちらの気候の方が快適と言える。
 とはいえ、少し前まで楽しい雰囲気ふんいきの中、仲間たちから励ましの言葉をもらい、『よし、これから頑張がんばるぞ!!』と心に誓った途端――目の前には濃密な魔素が漂う樹海が広がり、その内側のあちこちから魔物の気配を感じるようになるのだから、落差があまりにも激しすぎる。
 周囲を見渡したら、樹海と平原の境界線が左右に延々と続いているから、ここが『迷宮の森の入口』と理解できるのだけど、それが頭に追いつくまでタイムラグが出てしまう。

「シャーロットは既に経験しているから驚きも少ないようだが、アッシュ、リリヤ、トキワ、カムイの四名は初めてで、身体が固まるのも無理ないな。昔の私やカグヤも、初めて使用したときは、かなり戸惑とまどったものだよ」

 やっぱりロベルトさんも初めては大変だったんだね。

「カムイ、初めての長距離転移はどうかしら?」

 カムイはカグヤさんに言われてハッとなり、頭が再起動する。

「す……すごいよ!! ダンジョンでも経験しているけど、それとは全然違う!! お母さん、ここが本当に迷宮の森なの? 帝国から遠く離れた場所に、僕たちはいるの? 一瞬すぎて、全然わからないよ!!」

 そう、一瞬すぎるせいで、感覚がおかしくなるんだ。私も『簡易神人化』中に実行したとき、カムイと同じ感覚になったもの。カムイは信じられないのか、空高く飛び上がる。

「うわ~~~さっきまであったにぎやかな帝都が、影も形もない!! 平原と樹海しかないよ!! それに、遠くに見える山の雰囲気ふんいきが、ジストニス王国やサーベント王国で見たものと違う!! 本当に、遠い場所へ転移したんだ~~~」 

 カムイの動きをキッカケに、アッシュさん、リリヤさん、トキワさんの三名も状況を把握はあくしようと上空へ飛ぶ。私もみんなにならう。

「これが……長距離転移……帝都じゃない……ここはバードピア王国なのか? 目の前にあるのは樹海、ここからだと遠くまで見通せるのに、中に入ると本当に霧に包まれるのか?」
「アッシュ、少し離れたところに、鳥人族の冒険者がちらほら点在しているわ。ここは……間違いなく……バードピア王国の迷宮の森なんだよ」

 アッシュさんとリリヤさんは、平原と樹海の両方を見ており、トキワさん一人だけがじっと樹海の方を見つめている。その方向には、天まで届かんばかりの巨大な樹が一本そびえ立っている。
 樹海はその樹を中心に形成されており、大きく分けると五つの区画に分類される。浅い第一区画から最深部の大霊樹のある第五区画まで、そこへ到達するまでには、様々な苦難が待ち受けているという。
 トキワさんは大霊樹を見て驚いている。反応が明らかにカムイたちと違う。今、彼は何を思っているのだろう? 四人の心が落ち着いたのか、ゆっくりと地上へと降下し、そのまま着地すると、トキワさんが真剣な面もちで、私たちに驚くべき一言を告げる。

「シャーロット、俺は単独で迷宮の森を突破したい」
「「「「え!?」」」」

 この要望に、私は驚きを隠せない。トキワさんも、迷宮の森の恐ろしさはロベルトさんから聞いているはず。Sランクの魔物だっているのだから、単独での行動は危険すぎるよ。

「理由をうかがっても?」
「もちろんだ。昨日の会議室での会談が終わってから、俺は師匠コウヤ・イチノイのことで、ロベルトさんと話し合った。彼の現在の居場所はランダルキア大陸の中央区域付近らしいが、俺にとって重要なのは、『師匠が単独で長距離転移魔法を入手したか』だ」

 まさかとは思うけど、コウヤさんと同じやり方で魔法を入手したいってこと?

「その質問に対しての答えが、今の俺の要望だ」

 つまり、コウヤ・イチノイは単独で長距離転移魔法を入手したのね。方向感覚を失うこの森を一人で彷徨うろつき、Sランクの魔物たちを討伐しながら大霊樹へ到達するとは……恐ろしい人物だよ。トキワさんも、自分の師匠と同じ方法をとる必要はないんだけどな。

「あの~そうなると、同じスキルを持つ私も、単独で突破しないといけないのでしょうか?」

 あら~リリヤさんが顔を真っ青にしながら、私たちに質問してきたよ。『鬼神変化』スキルを持つ者は、この世に三人しかいない。そのうちの二人が単独で行動するのだから、『自分もやらないと』という義務感に駆られてしまうのも当然の流れか。でも、それはさすがに容認できない。白狐童子と仲良くなった今のリリヤさんであっても、単独で侵入したら絶対に危険だもの。

「いや、リリヤはシャーロットたちと行動してくれ。この要望は、俺の我儘わがままなんだ。俺は師匠をこの世で最も尊敬している。その師匠が単独で入手しているのなら、俺もそれにならうまでだ。リリヤは、今の時点で『鬼神変化』を完全制御できていないのだから、決して無理はするな。これは、アッシュとカムイにも言えることだ。自分自身がこれ以上無理と判断したら、迷わず脱出するんだ」
「私も、その意見に賛成です。Sランクの魔物が蔓延はびこっている以上、私一人でアッシュさん、リリヤさん、カムイのフォローは厳しいですからね」

 しかも、相手が奇妙なスキルや魔法を持っていた場合、私の対処が遅れる可能性がある。そうなったら、待っているのは『死』のみだ。リリヤさんも私たちの答えを聞き、ほっと胸をで下ろす。私以外のメンバーは、別にこの魔法を今すぐに入手する必要性はない。無理をするのは、私だけで十分だ。

「よかった、それを聞けて安心しました。でも、トキワさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。さすがにやばいと思ったら、俺も逃げるつもりだ。準備も整っているし、早速俺から行かせてもらう。当初の予定通り、ロベルトさんとカグヤさんが、この場所で俺たちの帰還を待ってくれている。もしエスケープストーンで脱出する際も、二人を強く意識すれば、問題なくここへ戻れる。じゃあな」

 多分、トキワさんとしては、誰にも手助けしてほしくないのだろう。でも、相手がエンシェントドラゴンだし、ここで二人の機嫌を損ねるわけにもいかないから、この場所に帰還することだけは素直に聞いてくれているんだ。
 彼は一人だけで、本当に躊躇ためらいもなく森の中へ入っていった。

「私たちも行きましょうか?」

 私の問いかけに、アッシュさん、リリヤさん、カムイが覚悟を決めてうなずく。

「お父さん、お母さん、行ってくる!!」
「カムイ、くれぐれも無茶しないように」
「そうよ。あなたの魔力量や防御が五百を超えているとはいえ、まだ〇歳児なんだから、絶対にシャーロットから離れないでね」

 昨日の会談で、カムイをここで待機させる案も出たのだけど、本人がどうしても私と行きたいと切望した。人間の〇歳児と違って、カムイは知能、魔力量、防御力も高いし、私の従魔だから、二人はその願いを聞き入れたんだ。

「大丈夫、私がカムイを守ります」

 私の返答に対して、カムイだけが文句を言ってくる。

「もう、逆だよ!! 僕はシャーロットの従魔なんだから、僕がシャーロットを守るんだ!! デッドスクリームやドールマクスウェルとも話し合って、従魔の義務も理解しているよ!! 子供扱いしないでよ!!」

 いや、あなたは〇歳児の赤ちゃんでしょうに!? 
 誰だって心配するよ!! 
 でも、そんな言い方をすれば、カムイがご機嫌斜めになってしまう。

「わかったわ。カムイ、私を守ってね。それじゃあ、行きましょう!!」
「うん!!」

 ロベルトさんとカグヤさんは苦笑いを浮かべながら、迷宮の森へと進む私たちを見送ってくれた。



 4話 痴女、現る


 迷宮の森に入った瞬間、周囲が薄い霧に覆われた。それと同時に、『魔力感知』や『気配察知』などの感知系スキルの効果が大幅に低下しているのを感覚的に理解する。ロベルトさんから事前に聞いてはいたけど、二割ほど減衰している。
 今後、奥に進めば進むほど、こういったスキルの効果がどんどん薄まっていく……らしい。しかも、エリアによっては、減衰するスキルの種類も異なるそうで、減衰していたものが急に復活することもあるという。危険なのは、その境目が一切わからないことだ。
 迷宮の森は別名『幻惑の墓場』と呼ばれていて、インプなどの小悪魔族や怨霊おんりょうや悪霊といったゴースト族の魔物が、頻繁ひんぱんに幻惑魔法『幻夢』を使用して、侵入者を撹乱かくらんし、同士討ちを狙ってくると言われている。スキルの効果が薄れているこの状況下では、魔法を使用されていることに気づきにくい。

「入ったばかりなのに、どこか寒気を感じる。ナルカトナ遺跡とは、違う感覚だ。帰還率九十八パーセントのSランクダンジョン、僕的にはその帰還率の高さを疑問に思う」
「アッシュの気持ちがわかるわ。入っただけで、濃厚な魔素を感じるし、魔物もいるということはわかるんだけど、それがどこにいるのか把握はあくしづらい。感覚が、どこかおかしいわ」

 二人が抱く疑問に対して、少しだけなら私も答えられる。

「お二人とも、ロベルトさんの話は真実かもしれませんが、帰還率はかなり怪しいですよ」
「「え!?」」
「ロベルトさんはこうも言ってましたね。『ギルドによる調査で発覚した帰還率』だと。そもそも、入口もなく警備もないダンジョンに対して、どうやって侵入した冒険者の数を割り出せると思いますか?」

 二人は私に言われてハッとしたのか、その疑問について考える。

「まさか……事前に申請して、その数だけを把握はあくしていた? それなら、正確な帰還率も納得できるけど、そんなの当てにならないんじゃあ……」

 アッシュさんも、私の持つ答えに辿たどり着いたようだ。

「そうだよ。一攫千金いっかくせんきんを狙う人たちなら、誰にも邪魔されたくないから、むしろ黙って入るんじゃあ……あ……ナルカトナ遺跡でも、ギルドに事前申請する人もいる一方で、申請しない人もいるって聞いたことがあるわ。そうなると、ダンジョンの帰還率って、あんまり当てにならないんじゃあ……」

 リリヤさん、その通りです。少なくともこのダンジョンに関しては、帰還率を見て楽観はできませんよ。

「ねえねえ、今更そんなこと考えても仕方ないよ。もう森に入ったんだよ? ほら、どこからか戦闘音が聞こえてくる。誰かが戦っているんだ。『思うこと』はいつだってできるのだから、今に集中しようよ」

 あらあら、一番年下のカムイに諭されてしまったよ。
 霧のせいか、音こそ聞こえるけど、場所を特定できない。


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