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1巻

1-2

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「ラルフも、すっかり立派なお兄ちゃんになったわね」
「お母様、僕は兄だからね。シャーロットは僕が守るんだ」
「ふふ、そうね」
「――それじゃあ、昼食をいただこうか」
「「「「神ガーランドよ、感謝します」」」」


 ここの食事は、ヨーロッパのものに近い。米の代わりにパンを食べている。料理自体はなかなかのものだ。ただ、やっぱり米や味噌みそが欲しい。かといって、私には味噌みそを作る技術がないため、もう少し成長したら市場で探す予定だ。精霊様たちに聞くと、もっと東に行けば、似たようなものを見たことがあると言っていた。必要なら、いつか旅に出よう。
 昼食も食べ終わり、一息ついたところで、お父様が口を開いた。

「ラルフ、お前ももう六歳だ。そろそろ剣術の稽古けいこをつけてやろう」
「お父様、本当ですか!!」

 いいな~。私にも、魔法の稽古けいこをつけてほしい。

「お父様、私にも教えてください。でも、剣術より魔法がいいです」
「残念だが今はダメだ。五歳になって、教会で祝福をもらってからな」
「……はい。う~お兄様、いいな~」
「シャーロット、そんなふてくされた顔をしてもダメよ。魔法の訓練は五歳からという決まりなの。未熟な身体で無理に習うと、二度と魔法が使えなくなる可能性もあるの」

 お母様に軽くしかられてしまった。
 仕方ない。今は『魔力感知』『魔力操作』『魔力循環』をきたえるしかないね。

「そ、そうだぞ、シャーロット。決まりだから仕方がないんだ」

 でも、お父様の心は揺らいでいた。この家族は、基本的に私に甘い。前世の記憶があるから我慢できているけど、なかったら我儘わがままな性格になっていたかもしれない。
 それにしても五歳からか。あと二年の辛抱しんぼうだね。この世界では、教会で祝福を受けるまで、自分のステータスを見られないらしい。祝福を受けて適性を知ってから、自己をきたえていくことになる。
 お兄様には、水・雷・風の適性があり、スキルと総合すると剣士が最も向いているという。この一年間、ずっと基礎体力をつける訓練と木刀による素振すぶりしかできなかったから、いざ剣の稽古けいこができるとなると嬉しいのは当然だよね。
 昼食を食べ終え、自分の部屋に戻り、マリルに絵本を読んでもらった。さすがに三歳で絵本を読めるのは、ちょっとね。
 早く自分のステータスを見たい。私は、どんな適性を持っているのだろうか?
 多分、現時点で『構造解析』スキルは使えるはずだけど、スキル使用の際、魔力を必要とするのかはわからない。もし必要なら、名前からしてかなりの魔力を使う気がする。精霊様にお願いすれば、自分のステータスを見せてくれるだろう。でも、それは他の人たちに悪い。五歳になるまでは『魔力感知』『魔力操作』『魔力循環』を徹底的に訓練しよう。『魔力感知』はこれまできたえてきたから、自分の魔力がどれほどなのか、どのくらい減っているのかは、おおよそわかるはずだ。
 そう、あせってはいけない。全ては基礎を重点的にきたえてからだ。全ては『構造解析』のために。



 4話 五歳になりました


 ついに、昨日五歳になった。
 教会から祝福を受ける歳になったことで、家族だけでなく、精霊様や使用人たちからもお祝いの言葉を盛大に言われ、料理もこれまでの誕生日に出されたものより豪華だった。前世でも、ここまでお祝いされたことがなかったので、感極まって泣いてしまった。
 そんな誕生日の翌日――
 コンコンと、私の部屋のドアがノックされた。

「はーい、どうぞ~」

 入ってきたのは、メイドのマリルだ。

「失礼します。お嬢様、ジーク様がお呼びです」
「わかりました。すぐに向かいます」

 お父様が呼んでいる。もしかして、ついに祝福を受けるときが!
 お父様の部屋には、お母様もいた。お父様はにこにこしながら口を開いた。

「シャーロット、昨日は楽しかったかい?」
「はい、とても楽しかったです」
「それはよかった。実は急だけど、二日後シャーロット一人で王都に行ってもらうことになった」

 え、私五歳児なのに。王都は歩いていける距離じゃない。お父様は私に死ねと言っているのだろうか?
 ――と、お父様がお母様にスパーンと頭をたたかれた。
 ここにハリセンがあれば、良いツッコミとなっていたことだろう。

「あなた~それじゃあ、シャーロットに死ねと言っているようなものよ~。シャーロットを見なさい、顔が真っ青になっているじゃない!」

 そりゃあ、一人で王都に行けと笑顔で言われたら、真っ青にもなるよ。

「あ、すまん! 言葉が足りなかったな。昨日、シャーロットも祝福を受けられる年齢になった。ただ、今年五歳になった子供だけは、ある理由から王都の教会で祝福を受けねばならない」

 やった、祝福! でも、ある理由ってなんだろうか?
 五歳の子供が一人で王都に行くとなると、相当な理由があるはず。
 私の疑問は、お母様が解決してくれた。

「シャーロットが生まれた年、エルディア王国内で聖女も生まれたそうなの。王は聖女を守るため、今年五歳となる女の子全員を、王都にあるガーランド教会に呼び寄せて、祝福を受けさせることにしたの。毎月、誕生日を迎えた子たちには、王都に行ってもらっているわ。まだ続けているということは、聖女は見つかっていないようね」
「私以外に何人いるんですか?」
「ここは広いから三つの区域ごとにそれぞれ移動することになっていて、この地域はシャーロットを入れて四人だ。送迎と護衛は王国騎士団が行う。本来なら、私たちも同行したいところだが、子供たちだけで来て欲しいという要請があってね。旅行日程は、往復八日、王都滞在期間は二日、合計十日間だ。心細いだろうが、我慢するんだよ」

 お父様から言われた旅の日程、五歳児だと、結構キツイね。おそらく、私以外の子供たちはかなり心細いはず、フォローしておいた方が良いよね。

「十日間、長いですが頑張がんばります。シャーロットは成長して帰ってきます」

 私にとっては、初めての旅行だ。両親がいないからハメを外せる。子供たちの面倒を見つつ、楽しませてもらおう。

「それとねシャーロット、あなたは精霊を認識し、会話ができる『精霊視』の力を持っているわ。あまり言いたくないのだけど、これまで、『精霊視』を持っていた女の子は聖女様しかいないの。つまり、あなたが聖女である可能性が極めて高いの。『精霊視』のことは、今後他人には絶対言わないようにね。家の者たちにもきつく言ってあるわ」

 なんだって! ここにきて、お母様からの爆弾発言! 嫌です、聖女になんかなりたくない!

「もし……聖女であった場合、私はどうなるんですか?」
「祝福を受けた後、そのまま帰ってきて私たちに報告するの。そして二日後、王都に向けて再出発し、到着後は教会に所属することになるわ。実家には、一年に一度戻ってくることが許されているだけ」

 最悪だ。子供の成長の環境をぶち壊している。五歳の段階で、親から引き離してどうする!?

「だ、大丈夫ですよ。私が聖女のはずありません。お父様や、お母様、お兄様とも離れたくない!」
「うんうん、私もだよ。シャーロットが清らかな聖女のはずがない!」
「そうよ、シャーロットが清廉せいれんな聖女のはずがないわ!」

 なんか、両親からけなされてるような気もするけどスルーしよう。そうだ、聖女になってたまるか! このとき、私たち家族全員の気持ちが一つになった。


 二日後――
 今日、いよいよ王都へ向けての長い旅が始まる。道中、魔物や盗賊に襲われる危険性もあると聞いているけど、そこは騎士団を信じるしかない。私にとって重要なのは、これまでの修業で、どこまで魔力量が上がっているか、その一点だ。
 精霊様たちは『僕たちは一緒に行けないけど、魔力より別のことで驚くよ』と不吉なことを言っていた。あの言い方、まさか本当に私が聖女とかないよね? ……うん、とりあえず忘れよう。
 お、外が騒がしくなってきた。どうやらお迎えの騎士団が来てくれたようだ。
 マリルが私の部屋に来て、騎士団の到着を報告してくれた。まずは、今回の護衛部隊を率いる隊長さんがいるというお父様の部屋へ向かった。
 ノックをして部屋へ入ると、甲冑かっちゅうを着用したダンディーなおじさんが座っていた。
 三十代中盤かな? おじさんが着用している甲冑かっちゅう、全身が覆われているわけではない。上半身を守る鋼鉄の鎧と、小手だけだ。脇に剣が置かれている。

「この子が五歳になった娘、シャーロットだ」
「これは、お美しいお嬢さんだな。はじめまして、隊長のガロウ・インバルだ」

 はじめの挨拶あいさつは肝心だ。きちんと自己紹介しておこう。

「はじめまして、シャーロット・エルバランです」

 ここでは、きちんと貴族風の挨拶あいさつをしておいた。

「ほう、礼儀正しい女の子だ」
「そうだろう、自慢の娘だ。シャーロット、この人は子爵で、私の幼馴染おさななじみなんだよ」

 え! ということは、お父様と歳が近いよね。見た目よりちょっと若い……。五歳児がそれを言ったら傷つくだろうな~。
 幼馴染おさななじみだから、砕けた口調なんだね。

「君のお父さんは平民からすごしたわれているんだぞ。俺とジークは、小さい頃から暴れまわっていたな。剣術も、隊長の俺と互角だ」

 お父様と普通に会話できるなら、私も気兼ねなく話せるよ。

「騎士のガロウ様と互角ですか!? お父様、すごいです!」
「あはは、おっとガロウ、本題に入ろう」
「そうだな。私の担当区域の女の子は、シャーロット以外、もうみんな馬車に待機している」

 ありゃ、私が一番最後か。王都へ出発する前に、領主のお父様と挨拶あいさつしないといけないから当然か。

「お父様、聖女が見つかるといいですね」
「そうだな。シャーロットでないことを祈るよ。それで聖女についてなんだが、シャーロットに詳しく言っていない部分があった。人は重い病気やおお怪我けがを負ったとき、特級ポーションか回復魔法を使う。ただどういうわけか、回復魔法『イムノブースト』で回復した人間のうち、手足の切断などのおお怪我けがを負った者のみ、三年以内に死んでしまうことが、最近の研究でわかった。誰がやってもそうなる。理由は、わからない。聖女様の回復魔法だけは、イムノブーストと違い、使用してもまったく人が死なないそうだ。聖女様がいれば、大勢の患者を救うことができるんだ」

 おお怪我けがからの回復の場合、三年以内に死ぬ……か。理由は前世の科学の知識で、なんとなくわかる。
 回復魔法には二種類ある。一つは、『イムノブースト』。人間の自己治癒力を強化することで傷を瞬時に治す魔法。二つ目は、『ヒール』系。数種類存在し、大気中にある魔素を体内に入れることで、身体に足らない部分を補強し、傷や怪我けがを治す魔法。同じ回復魔法でも、原理がまったく異なる。軽い怪我けがなら前者で問題ない。ただし、骨折などの重傷は後者でやらないといけない。前者で行うと、細胞が弱ってしまうのだ。本来なら完治まで数ヶ月必要とするものを、十秒ほどで無理矢理完治させたら、細胞に多大な影響を与える。というか気持ち悪い。治るところを想像したくない。
 病気の場合、臓器は大きくないのと、ウイルスなんかは死滅させるだけだから、デメリットがないのだろう。
 ただ、前者は消費魔力が少ない。後者は消費魔力が高い。
 そして、元々はヒール系が使われていて、後からイムノブーストが生まれ、いつしかそちらしか使われなくなり、ヒール系は忘れられていった。

「あの~お父様」
「うん、どうした?」
「精霊様に教えてもらったのですが、回復魔法は二種類あります。知っていましたか?」
「「なんだって、イムノブースト以外に回復魔法は存在するのか!!」」

 二人とも、あまりに驚いたからか、大声を上げた。

「シャーロット、詳しく聞いてもいいか?」
「ジーク、シャーロットは精霊が見えるのか?」
「ああ、そうだ。『精霊視』を持っている。家の者たちは全員知っているが、領民たちは知らない。内密にしておいてくれ」
「ああ……わかった。シャーロットすまんな、話してくれ」

 精霊様たちに教えてもらった回復魔法には、使用魔力が少ないイムノブーストと、使用魔力が多いヒール系の二種類あること、そして今はなぜかイムノブーストしか使用されていないこと――を、お父様たちに伝えた。
 また、イムノブーストで死んでしまう原因も伝えた。前世の知識が、ここで役立つとはね。怪しまれるといけないから、全部精霊様から教えてもらったことにしておいた。
 全てを話し終わると、二人は深刻な表情をしていた。

「ジーク、これは大変なことになるぞ」
「ああ、まず王都の図書館に行って、回復魔法の文献を調べないといけない。あと、実証できる医者か魔法使いを探さないといけないな。シャーロット、これからは私たちがやる」
「そうだな。よし、そちらは任せた。俺は任務があるから、シャーロットを王都の教会に送っていく。時間があれば、文献を調べてみよう」

 うわあ、なんか大事おおごとになってきた。でも確かに、イムノブーストがどう危険なのかきちんと証明し、代わりの回復魔法があることを世の中に広める必要はあるね。
 話がまとまり、三人で玄関に行くと、お母様、お兄様、使用人の人たちが、今にも泣きそうな顔で私を見ていた。ちぇっ、これから五歳児らしく盛大に泣こう(演技)と思っていたのに興醒きょうざめだ。

「お父様、お母様、お兄様、シャーロットは祝福を受けてきます」
「ええ、気をつけて行ってきてね。心細いと思うけど、我慢するのよ。大丈夫、あなたは絶対に聖女じゃないから安心していいわ」
「そうだよ、シャーロットが聖女なわけないじゃないか。だから安心して行ってくるんだ」

 お母様とお兄様がそれぞれ声をかけてくれる。
 執事しつじやメイドさんたちも、絶対に聖女じゃないと勇気づけてくれた。

「はい、みなさん、行ってきます!」

 結局、全員から聖女じゃないと連呼されつつ、馬車は出発した。



 5話 王都までの道程


 出発してから一時間、私以外の三人の子は全員、表情が暗く、一言もしゃべろうとしない。両親がいなくて心細いのはわかるけど、それにしても悲嘆の度合いが大きい。泣いている子さえいる。全員知らない人だからか、まるで親に捨てられたかのように悲しんでいる。
 聖女が重要なのもわかるけど、近くの教会で祝福して、聖女認定された子だけ王都に迎えればいいじゃない。なんで、こんな大袈裟おおげさなことをするのだろうか?
 とにかく、この暗い雰囲気をどうにかしなければ!

「ねえ、みんなしりとりして遊ばない?」

 意を決して三人の女の子に話しかけると、緑色の髪をした子がか細い声で答えた。

「私たち、これからどうなるの?」

 この子も、絶望のドン底にいるかのような表情をしていた。
 親と突然離れ離れにされたことで不安が増し、祝福の件を忘れているのかもしれない。じゃあ、まずは不安を解消してあげよう。

「王都の教会に行ってガーランド様からの祝福を受けたら、家に帰れるよ。これは子供だけの旅行だよ。みんなの心を強くさせるために、あえて子供だけで行かせているんだよ」
「本当!? 私たち、売られたんじゃないの?」

 三人とも目を見開いている。やはり不安が高まっていて、親から言われたことを忘れているね。

「五歳の女の子の中に、聖女がいるんだって。その子を探すために騎士団の人たちが分担して、王国全土を歩いてくれてるんだよ。ほら、みんな強そうな人ばかりでしょ? この人たちが、私たちを守ってくれてるんだよ。売られたんなら、騎士団は来ないよ」

 そこからは安心したのか、みんな笑顔で話しはじめた。お互いの自己紹介もした。
 ニナは、赤色のショートボブで、少し気が強そうだ。
 エリアは、茶色のセミロングで、気弱そうだった。
 カイリは、緑のロングで、エリア同様、気弱な性格っぽい。
 エリアとカイリは同じ村出身で、幼馴染おさななじみらしい。顔立ちは全然違うけど、性格はよく似ている。ふたりの村は、私の家からかなり離れている。お別れしたら二度と会えないかもしれない。でも、ニナの村は私の家に近い。ニナとなら、毎日とまではいかなくとも、月数回なら会えると思う。私の名前を聞いて領主の娘と知り、三人ともはじめは敬語を使っていたけど、

「もう友達なんだから、敬語はなしね。気楽に行こう」

 と言ってからは、緊張も解け、楽しく世間話ができた。
 ここから王都まで、約四日の道程。三人の不安を解消してあげられたし、楽しく過ごせそうだ。そうほっとしたとき、後ろで休憩きゅうけいちゅうの騎士さんが話しかけてきた。

「シャーロット様、ありがとうございます。途中、俺たちが何度言っても聞いてくれなくて、困っていたん……です」
「あの、シャーロットでいいですよ。他の子たちが気を使うと思うので」
「わかりまし……オホン……わかった、ありがとう。俺はアルと言う。今日から行き帰りの八日間、よろしくな」

 四十代くらいで、口髭くちひげが似合っているアルさん、頼もしそうな人だ。よく見ると、身体のところどころに傷がある。騎士だから、これまでに多くの魔物や盗賊たちと戦ってきたのだろう。

「はい、こちらこそよろしくお願いします。あの、食糧を見ていいですか?」
「そりゃ構わないけど、またどうして?」

 アルさんが不思議そうな顔をしている。

「家の料理がいつも美味おいしくて、どんな食材で作っているのか気になっているんですが、厨房ちゅうぼうに入れてもらえなくて」
「ああ、公爵家の令嬢ともなると、調理している場所には行かせてもらえないか。あと三十分ほどで昼食だから、そのときに見せてあげよう」

 この世界に転生して五年、食材を見たいがため、何度も厨房ちゅうぼうに行こうとしたけど、メイドさんたちに邪魔されて一度も成功していない。しかし、ここには両親もいなければ、使用人もいない。危険なことをしなければ、騎士団の人たちも問題ないはず。この旅行の間に、知識を仕入れておこう。

「ありがとうございます」

 私はアルさんにお礼を言い、昼食の時間までニナたちとあやとりやしりとりをした。日本の定番の遊びだけあって、どちらも好評だった。この世界の子供たちは外で走り回ったりはするけど、こういう屋内での遊び方は知らないみたいだ。
 そうやって遊んでいるうちに、馬車が停まった。騎士団の人たちが、開けた場所で昼食の準備を始める。みんな手ぎわがよくて、そんなに待たないうちに食事が完成した。
 昼食のメニューはポトフで、なかなかの美味だった。談笑しながらポトフを食べ終わり、休憩きゅうけいちゅうに食材を見せてもらった。やっぱり、地球のものと見た目が少し違う。でも、ジャガガやニンニンの味は、日本に存在するジャガイモ、人参と同じだった。作物の名称と見た目が、地球とは少し違うけど、覚えやすい食材ばかりだ。
 そういった食材の中に、大人の拳ほどの大きさをした茶色い実があった。これは? このにおい、まさか、カレー!?

「アルさん、この固形物は何ですか?」
「ああ、王都にいる商人から買ったものだ。ペイルと言って、ここアストレカ大陸の森に自生している植物の実らしい。その商人が言うには、辺境の村々では飢饉ききんにあった際など、非常時の食材として使っているそうだ」
「普通に、食卓に並べないのですか?」
「同じ質問を商人にしたよ。どうも、ペイルは特殊な実らしく、収穫したては白くて甘いにおいで、すぐに食べればとても美味おいしい果物らしい。でも、時間の経過とともに茶色に変わっていき、この独特なにおいを放つようになる。味も変わる。しかも、変色の仕方も実によって違うらしく、同じ茶色でも薄かったり濃かったりする。変色したペイルは、あまりにも独特な味のせいで、少量の使用でも、味が濃すぎてまずいらしく、敬遠されているそうだ。だがその商人は、王都にいるプロの料理人ならばこの味を克服できるかもと思い、一攫いっかく千金を企んだのさ。でも、王都でもまったく売れず、騎士団や教会に買い取ってくれるよう頼み込んできたんだ。……ま、予算にも余裕があったから、面白半分で買ったんだけど、色々と試したが美味おいしくならなかった」

 商人さん、頼み込む相手を間違えているよ。そして、買い取った騎士団もお人好しすぎる。
 ペイル……か。収穫されたことによって栄養成分を供給する根が切断され、結果、実の中で何らかの化学変化が起きたんだ。白くて甘い果物から、カレーのルーに化学変化するとは、どんなルートを辿たどればそうなるのか極めて不思議だよ。
 ……地球じゃ考えられないね。
 こうやってペイルを見ると、確かに実ごとに色の濃淡がある!? ん!? もしかして……

「アルさん、ペイルの実、色が濃いものほどからくなるのでしょうか?」
「いや、わからん。今まで気にしたこともなかったな」
「ちょっと試したいことがあるのですが、ペイルの実をほんの少し食べて良いでしょうか?」
「は? 毒はないから構わんが、本当に食べるのか?」
「はい、上手くいけば、美味おいしい食材に生まれ変わるかもしれません」

 アルさんがあきれたように私を見ている。
 だが、私の仮説が正しければ、ペイルはカレーのルーとして生まれ変わるはずだ。

「本気か? 俺たちも扱いに困っているから、食べてくれて構わんが、少しだけだぞ」

 アルさんがペイルをほんの少しだけ切り取り、私に渡してくれた。
 さて、仮説が正しいか実食といこう。


 結果は……私の仮説通りだった。色の濃淡によって、からさが違っていた。色が濃くなるほど、からくなっていく。これなら、きちんと調整すればカレーを作ることができる!

「アルさん、ペイルの色の濃淡によって、からさが違います。紙にまとめたので、今後の参考にしてください。そしてペイルは、正しい手順で調理すれば、子供にも大人にも味わえる美味おいしい食材へと変わります。今日のポトフの残りと、パンはありませんか?」
「本当かよ!? わかった、残りものを持ってこよう」

 アルさんに、ポトフの残りとパンを用意してもらった。幸い火は残っていたので、小辛しょうからのペイルを入れ、少しトロミをつけた。これでいい。ポトフの味は、既に調整されているし。

「これをそのまま食べるか、パンをつけて食べてみてください」

 アルさんからペイルの話を聞きつけた他の騎士さんたちや、においにられたニナ、エリア、カイリもやって来た。でも茶色い料理を見て、全員が引いている。
 はじめに挑戦したのは、アルさんだ。

「……なんだ、この味は! 少しピリッとするが甘くて美味い! ジャガガやニンニンとも合う!」

 アルさんの一言がキッカケとなり、みんなはパンをポトフにつけ、一口食べた。

「これは……ペイルの実をほんの少しスープに入れただけで、ここまで味が変化するのか! パンやスープの味がまったく別物になっている!」

 やった! 騎士さんたちからは好評だった。子供たちはどうかな?

「シャーロット、これピリッとしてるけど美味おいしい! さっきと味が全然違う」
「「うん、全然違うよ。甘辛あまからくて美味おいしい!」」

 おお、さすがはカレーだ。まさか転生してまでこの味に出合えるとはね。
 全員一致で、夕食はカレーになった。
 子供たちは全員甘口、騎士さんたちは中辛ちゅうからもしくは大辛おおからだった。ペイルは、日本の固形のカレールーよりも味が濃いため、全員で十二名もいるのに、少量の使用で済んだ。
 夕食後、ペイルを使用した料理名をみんなで考えているとき、ついカレーとつぶやいたせいで、そのまま料理名がこの世界でもカレーになってしまったけど、別に良いよね。
 カレーでお腹いっぱいとなり、ニナたちがホクホク顔で寝てしまった後。移動中に、心配事があったので、馬車の後方の馬に乗っていたアルさんに来てもらい、たずねた。

「アルさん、ふと思ったのですが、昼食時や夕食時、魔物の襲撃にわなかったのは、何か理由があるのでしょうか?」
「はは、それは大丈夫だ。魔物避けの最高級魔導具があるからな。おまけに消臭機能付き!」

 そこだけ近代的!


 馬車での四日間、すごく楽しかった。食材の名前や料理のレシピを教えてもらったり、あやとりやしりとりで遊んでいた。しりとりに関しては、途中騎士さんたちも参加してくれた。遊んでいると時間が早い。あっという間に王都に到着した。
 王都を囲む大きな壁は、魔法も弾いてくれるらしい。なんて優秀な壁! 大きな門を通って中に入ると、そこは別世界だった。食べものを売る露店がにぎわっていたり、大道芸人のような人が見せる手品に人が集まっていたり、とにかく人が多く活気があった。子供たちも、これには驚いたようだ。私も揃って同じことを言ってしまった。

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