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2巻
2-3
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おお、凄いぞ『身体強化』!! 私は身につけたばかりだから、属性付与は危険だよね。ここは、経験豊富な人にやってもらおう。
「レドルカ、染み込ませた魔力に雷属性を付与して、私に見せて」
「「「は!?」」」
あれ? 何か、おかしいこと言ったかな?
「え……そんなことができるの?」
これは……ひょっとしてみんな知らない? うーん、ここは『構造解析』のことを話した方がいいかな。でもな~って……よく考えたらこの時点ですでに化け物扱いされてるよね。今更、ユニークスキルのことがバレても、あまり変わらない気がする。『構造解析』だけなら、『鑑定』の最上位に位置するスキルって言い方で納得してくれるかもしれない。
「できるよ。私には、『鑑定』の最上位版である『構造解析』を持っていて、あらゆるものを嘘偽りなく解析できるの。『身体強化』を調べたら、強化中の魔力に属性を付与すれば、強化率も上昇するんだって」
「「「『構造解析』!? 身体強化中の魔力に属性付与!?」」」
三人とも、大口を開けている。本当に知らなかったんだ。
「と、とにかく、やってみるよ」
レドルカが目を閉じ、集中した。数分ほどすると、身体から薄ら黄色く光り出し、バチバチと音が鳴りはじめた。
「……できたよ。力が溢れてくる」
「お、俺もやるぞ! 風属性を付与だ」
「私は、火属性を試してみる」
三人とも凄い。すぐに、強化中の身体に属性付与を行った。はじめは、身体から属性の光が漏れていたけど、十分ほどで感覚が掴めたのか、光が収まってきた。
「この感覚……もしかしたら……やった!! シャーロット、デイドラ、ヴェロキ、見てみて! 僕の牙に『身体強化』を集中させたんだ。牙から凄い魔力を感じる!!」
レドルカ、本当に凄いよ。牙から感じる魔力は、ネーベリックを超えている。
「すげえ~、それなら俺の鉤爪にもできるか? ……やったぜ、成功だ!!」
「私もできた。だが、この属性付与は、身体の消耗も激しい。常時の使用は無理そうだが、切り札としてなら使用できる。シャーロット、感謝する!! ネーベリックはこのことを知らない。我々にも勝ち目が出てきた。みんなに……」
「待って待って!! 今はリジェネレーション中だからだめ。まずは回復に専念しよう」
『身体強化』と属性付与を完璧に使いこなせれば、ネーベリックとの戦いで、有利に事が運べる。あとは、どうやって戦うかだ。みんなのステータスを解析して、戦法を考えよう。
5話 対決前の下準備
リジェネレーション完了後、私は多くの恐竜たちから、感謝の抱擁や握手を求められ、ちょっとした騒ぎとなった。落ち着いたところで、私からも、ここに来た経緯をみんなに説明し、目的はアストレカ大陸エルディア王国にある実家に戻ることだと、しっかり伝えておいた。ザウルス族全員が私の話を信じてくれたことで、私は村内へ温かく迎え入れられ、彼らの仲間として認められた。ハーモニック大陸に転移されて初めてできた友達が恐竜とは、想像もしてなかったね。
そして、今は夕食中だ。
ザウルス族は家を持たない。村と言われているけど、そこを縄張りにしているだけだった。本来なら家族ごと別々に食べるそうだけど、今回は私という強力な味方を手に入れ、全員の怪我が完治したということで、士気を高めるためにも、全員が集まって食事することになった。
こういうときって、通常族長からの挨拶があるらしいけど、前の戦いで死んでしまったらしい。そこで、私を見つけたレドルカが族長代理となって、挨拶を行い、夕食会が開催された。
メニューは、ウルウルの実や魔物肉、森に自生している野菜などだ。私も食べようと思ったけど……問題が発生した。魔物肉が生なのだ。ザウルス族は魔物肉を生のまま食べるのだろう。せっかく私のために用意してくれたのに、「生の肉は食べられません」とは言えない。
「シャーロット、どうしたの? 今日の肉はフロストビーだから、甘くて美味しいわよ。フロストビーは、森に咲く花から蜜を吸って、体内の器官に溜め込む習性があってね。肉にも、蜜の匂いや味が染み込むのよ。私たちにとっては、ご馳走なの」
今、話してくれたのは、ヴェロキラプトル三兄妹の長女――プードルさんだ。夕食ができるまで、三兄妹と色々話した。長男のヴェロキさんは、明るくて良いザウルスだけど、お調子者なのがたまに瑕かな。次男のラプトルさんは、やや気弱なところがありつつも、ヴェロキさんと同じくお調子者だった。そんな二人を制御しているのが、しっかり者の長女プードルさんだった。
「えーと、人間は肉を焼いて食べるのが主流なの。その方が、肉の旨味が増して数段美味しくなるんだ。ほら、こんな感じだよ」
試しに、私とプードルさんのフロストビーの肉をファイヤーボールで焼いた。私の肉はミディアム、プードルさんの肉はレアだ。いきなり、きちんと焼いたものだと食べづらいだろうからね。
「そういえば、他の種族たちも焼いていたわね。私たちは、基本生で食べるから気にしてなかったけど、試しに食べてみるのもありかな」
肉の色が少し変化したせいか、プードルさんがおそるおそる匂いを嗅いでいる。
「へえ~、確かに香ばしい匂いがするわ。試しに……なに……これ……見た目は生に見えるけど、味が全然違う。香ばしくて、甘くて……肉が溶ける……物凄く美味しい!! ただ焼くだけで、ここまで変化するものなの!?」
「変化しちゃうんだな。生だと、少し臭みがあるでしょ? 人間はそれを打ち消すために、肉を焼いてタレに漬けてから食べるの。他の種族から聞いてなかったの?」
「聞いてはいたけど、ザウルス族の古くからのしきたりで、『肉は生で食すのが良し』と言われていたのよ。だから、生の方が美味しいと思い込んでいたわ。シャーロット、焼いた肉は、私たちに合わないのかしら? もう食べちゃったけど、毒ってことはないわよね?」
うーん、一応『構造解析』で調べて見よう。
「――『構造解析』で調べたけど、全然問題なしだって。むしろ、なんで焼かないのか不思議だと記載されてた」
「う……そ」
そこからが、ちょっとした騒ぎになった。プードルさんが、レドルカたちに知らせたのだ。全員が揃って、火魔法でフロストビーの肉を焼いていった。焼き方に関しては、私がレア、ミディアム、ウェルダンと教えたけど、やっぱりザウルスによって好みが別れた。ただ、総合的に見ると、レアが好まれるようだ。あまり焼き過ぎると、蜜の匂いが消えてしまうのだ。みんな、笑顔でフロストビーの肉をほおばり、楽しいひと時を過ごせた。
翌日、私はレドルカとデイドラさんとヴェロキラプトル三兄妹を呼び出し、ネーベリックについて話し合った。まずはレドルカにネーベリックの全体像を地面に描いてもらったら、やっぱりティラノサウルスだった。そうなると、急所は頭部で間違いない。でも、高さ十メートルもあるから、簡単に触らせてくれるはずがない。それなら、アキレス腱を攻撃し、歩行不可能にすれば良い。ネーベリックもその部分だけは、他の皮膚よりも薄いはずだ。そこに一撃必殺の攻撃を浴びせれば、地面に倒せるだろう。
ここで重要になるのが、誰が私と一緒にネーベリックと戦うかだ。とりあえず全員に『身体強化』からの属性付与を追加させる方法をレドルカたちと協力して教えたけど、多人数よりも少数精鋭で挑んだ方が、成功率も高いと思う。
現在のネーベリックは、北に潜む強力な魔物たちを食べて、さらに強力になっているはずだから、ステータスの防御の数値を800と仮定し、アキレス腱を確実に破壊できるザウルス族を厳選しないといけない。それができるのは、雑種のレドルカ、デイノニクスのデイドラさん、ヴェロキラプトル三兄妹の五人しかいなかった。
ただ、私の策を確実に成功させるには、このままではダメだ。そこで、彼らが共通して持っている『跳躍』に注目し、ネーベリック討伐方法を五人に話した。
「――僕たちにそんなことできるのかな? 今までに試したザウルスはいないよ?」
「レドルカ、自信を持って!! 『跳躍』があって、周囲の木々を利用すれば、絶対にできる!! 成功すると、『跳躍』の進化型スキルも習得できる。五人には、これから『身体強化』と属性付与、『跳躍』の練習をしてもらうね。他のみんなは、『身体強化』と属性付与を完璧に使いこなして、防御に専念してもらう予定だよ」
もちろん、私も『身体強化』と属性付与の練習を行わないといけない。
「私は、シャーロットの戦略に賛成だ。ネーベリックに少しでもダメージを与えられるのは私たちしかいない。やつは強くなっていることもあって、我々が少数精鋭で挑んだら油断するはずだ。そのときのやつは、『身体強化』も疎かにしていて、防御が最も薄いだろう。だがこの油断は、戦いの序盤でしか起こらない。その間に、アキレス腱を食い破らないといけない」
デイドラさんの言う通りだ。私たちは戦いの序盤で、致命的な一撃を与えないといけない。
「……そうだね、やるしかない。ここで負ければ、ザウルス族は絶滅するかもしれないんだ。みんな、頑張ろう!!」
おそらく、やつは山頂の異変と、南から感じる私の気配で、数日中に戻ってくるだろう。戦いに備えるべく、この日から特訓が始まった――
○○○
特訓を開始してから二日後、狂気を孕んだ禍々しい気配が、ザウルス族の村に近づきつつあった。
「レドルカ、やつは今日中にこの村に到着するぞ」
「シャーロットの気配が、村に留まっていることを察知したのかな?」
「おそらくな」
デイドラさんとレドルカは、比較的落ち着いている。でも、ヴェロキラプトル三兄妹はかなり緊張していた。
「三人とも、身体が固いよ。大丈夫?」
「特訓で『立体舞踏』を習得して、身体への属性付与も可能になったけど、正直怖いな。ラプトルはどうだ?」
「兄貴と同じ気分だ。シャーロット、成功率はどのくらいだ?」
「正直に言うと、今の時点で五十パーセントくらいかな」
五人は連日の訓練で、『立体舞踏』のレベルを6にまで引き上げていた。他のみんなも、私たちとネーベリックの戦いが森林を破壊する危険性もあるため、防御魔法の訓練に専念してもらったことで、新たな魔法を覚えられた。やるべきことは、しっかりやった。
「ヴェロキもラプトルも、もっと自信を持ちなさい!! みんなも褒めてたでしょう? ここから先は、ぶっつけ本番で試すしかない。お父さんとお母さんの仇を討つためにも、しゃんとして!!」
「……そうだったな。父さんと母さんの仇を討つんだ。シャーロットのおかげで、不思議と今までにないくらい、力は溢れてる。やろうぜ、ラプトル、プードル」
三人は、互いを見つめ頷きあった。ヴェロキさんは、自分の両手を見つめ、自分の中の魔力を確認したのかな? たった二日の訓練ではあるけど、私が構造解析しながら、五人の長所と短所を見極め、重点的に教えたからね。
「ネーベリックの気配が止まりましたね。む、やつの近くに知らない気配が三つほどあります」
「位置的に、獣猿族のパトロール隊とぶつかったか!? レドルカ、どうする?」
「デイドラ、助けに行こう。獣猿族も、たった三人でネーベリックと戦うことはしないはずだ。ここから距離も近い。みんな、ネーベリックとの戦いを始めるよ!! 僕たち六人が戦うから、みんなは周囲を取り囲んで、防御に専念するんだ。出発だ!!」
目的地は、ここから北西二キロほどの地点。私が一人で走っていけば、確実に助けられるけど、今は団体行動中、勝手な行動は余計危険だ。獣猿族を信じるしかない。戦いに挑むメンバーは、私たち六人。周囲の森を防御魔法で強化させるメンバーが二十人、残りのメンバーは村で待機だ。
獣猿族の三人の気配はかなり弱々しいけど、私たちの気配に気づいたようだ。こちらに向かってきている。そして、ある地点から地響きがした。ズウウゥゥゥーーーン、ズウウゥゥゥーーーン、ズウウゥゥゥーーーンと、その地響きが、少しずつ大きくなってきている。
「みんな、僕たちから離れて!! 戦いが始まったら、周囲を大きく囲んで防御魔法を展開するんだ」
全員が頷き、散開した。やつの目的は私だから、まず目移りすることはない。
前方から獣猿族三人が私たちのところに飛び込んできた。レドルカから聞いてはいたけど、その姿は地球でいうとゴリラに近いかな?
ザウルス族同様、服とかは着用せず、その拳だけで魔物たちと戦う部族。でも、毛の色がゴリラと全然違う。身体全体が薄い茶色の剛毛に覆われていて、特徴的なのが顔だ。眉毛だけが長く、緩い曲線を描きながら頭の方へ伸びている者、口髭が地面の方へ伸びている者、あご髭が胸付近まで伸びている者、三者三様だった。
「早く後ろに行って!! そのまま行けば、僕たちの仲間がいるから回復してもらって。ここは僕たちに任せるんだ!!」
「しかし、お前たちが……」
「やつがここに戻ってきた時点で一緒だよ。大丈夫、今回こっちには切り札があるから安心して」
「すまん、頼む」
ネーベリックという脅威が後方から迫ってきている以上、彼らに悩む時間などなかった。獣猿族の三人は、すぐ私たちから離れていく。そして地響きが大きくなっていき、やつが現れた。
6話 VSネーベリック
恐竜が地球の地上を席巻していたとき、ティラノサウルスは白亜紀後期の大量絶滅まで生態系の頂点に君臨していたといわれている。現在、残されているのは化石のみ。どんな顔をしていたのか、どんな皮膚の色をしていたのかはわからない。
ここに現れたネーベリックは、全長約十メートル、皮膚の色が濃い茶色、ボコボコした硬そうな皮膚、筋骨隆々の二本足、鋭い目つき、そして――凶悪な禍々しい闇の魔力を纏っていた。
「獣猿族の次は、ザウルス族か。そこに人間の子供が一人。山頂の魔力の主は、貴様か」
レドルカが、声を聞くだけで震え上がると言っていたけど、その理由がわかった。低く威厳のある、生物の頂点に君臨するに相応しい声をしている。
「私はシャーロット、あなたがネーベリックだね?」
「そうだ。一つ良いことを教えてやる。私は……自分より強い存在を許さない。貴様が、なぜ山頂に突然現れたのかはわからん。だが、生かしておけん。いずれは魔力だけでなく、全てにおいて私を超越した存在となる。貴様を食えば、私はさらなる高みに登り詰めることができる。今、ここで私の餌となれ」
なんか、ゲームの中ボスのようなセリフを吐くやつだ。これがゲームなら、ここから戦闘画面に切り替わって、中ボスの音楽が聴こえてくるだろう。
「ここに転移して、十七日目で死ぬわけにはいかない。私はみんなと、あなたを倒す」
「雑魚どもが、束でかかってきたとしても、私に傷一つつけられん」
「そうかな? 戦い方次第で、あなたを追い詰めることができるよ」
まずは、ネーベリックを構造解析だ。
名前 ネーベリック
種族 ザウルス族/性別 男/年齢 100歳/出身地 ジストニス王国・国立研究所
全長 10m56㎝
レベル49/HP918/MP823/攻撃901/防御782/敏捷576/器用191/知力534
魔法適性 火・風・闇/魔法攻撃725/魔法防御701/魔力量823
火魔法:ファイヤーボール・ファイヤートルネード・フレア・フレアレイン
風魔法:ウィンドカッター・ウィンドインパクト
闇魔法:ダークフレア
ノーマルスキル:魔力感知 Lv10/魔力操作 Lv10/魔力循環 Lv10/気配察知 Lv10/身体強化・状態異常耐性 Lv9/雄叫び Lv9/噛み砕き Lv9/威圧 Lv8/殺気 Lv8/聴力拡大 Lv8/フレイムクロウ Lv8/危機察知 Lv7/テイルウィップ Lv7/視線誘導 Lv5/気配遮断 Lv5/跳躍 Lv3
ユニークスキル:無詠唱・暴食・サイズ調整
性格:超凶暴
生まれてから九十五年間、実験用モルモットとして扱われてきたため、様々な毒の耐性を持っている。五年前、種族進化実験の際に打たれた試薬がたまたま身体に適合し、これまでの怒りと恨みが合わさって大幅にパワーアップし巨大化したが、薬で無理矢理進化した影響もあって、性格も超凶暴に変化した
力が大幅に上がったことから施設を脱走し、これまでの恨みを晴らすべく殺戮を始める。回復魔法を使用可能な者たちを重点的に殺めた後、全ての元凶である王族たちに牙を向けた。冒険者たちを薙ぎ倒しながら、王城に突き進み、ユニークスキル『サイズ調整』を使ってサイズを縮小後、王城に侵入
王城にいる全ての者を食い尽くす予定であったが、なぜか特定の魔鬼族だけは食べてはいけないという感覚に襲われる。ただ、それでもほとんどの王族や貴族を食べる。国王、王妃、第一王子を食べた後、最後の一人というところで逃げられてしまい、その者を追いかけているとき、急速に視野が広くなり、しばらく考え込んだ後、王城を出ていった
その後、王都にて大勢の騎士や魔法使いたちを食い殺したものの、一人の冒険者に深手を負わされ、ケルビウム大森林へ後退せざるをえなくなった
現在、未開の地である森林北部で魔物を食い荒らし、ステータス999の限界を超えようとしている。シャーロットを食べれば、ユニークスキル『暴食』の影響で、まず間違いなく999を超える強さを手に入れるだろう。最終的には、ケルビウム大森林にいる全種族を食い尽くした後、ジストニス王国王都に攻め込む予定
なお、身体にはこれまで打たれた試薬が蓄積している。その肉を食べると普通の魔物は即死亡する。倒したら即焼却を行うべきであるが、骨や皮は竜に匹敵するほど強靭であるので、武器防具に利用可能
種族進化実験の実験体にされていたのか……境遇に同情はする。でも、やって来たことを許すわけにはいかない。
「ならば、その戦い方とやらを見せてもらおうか。前回の戦いで、この周辺のやつらを食っても、ステータスが上がらなくなった。少しでも強くなったのなら、食ってやろう」
「みんな、作戦開始だよ!!」
「「「「「了解」」」」」
五人全員が、ネーベリックを囲んだ。
「レドルカ、デイドラ、ヴェロキたちか」
「ネーベリック、今日こそ、僕の両親や仲間たちの仇を討つ!!」
五人が一斉に、周囲にある木々へ跳躍した。そして……跳躍した反動を利用して、別の木々へ跳躍、この動作を素早く正確に行うことで、レドルカたちが空中で舞い踊っているように見えた。これこそが、『跳躍』の進化形スキル『立体舞踏』だ。周囲にいるザウルス族たちが、防御魔法を展開しているため、どんなに強く踏んでもまず木が折れることはない。
私の戦略は、跳躍を利用した空中攻撃だ。森林という木々が密集している場所では、敏捷性を百パーセント発揮できない。『立体舞踏』を使用すれば、木々の反動を利用して、自分のステータス以上の敏捷性を発揮できる。ちなみに、私も『跳躍』レベル8と『立体舞踏』レベル5を習得済みだ。今のうちに、『構造編集』でやつのステータスを大幅に低下させよう。いきなり全てをやってしまうと、レドルカたちにも気づかれるから、まずは敏捷だ。
《編集数値を設定してください》 【576→100】
これで決定だ。
《ネーベリックの敏捷が100に編集され、固定されました》
ネーベリックの巨体なら、敏捷が大幅に低下しても、すぐには気づかれないだろう。
「ぐ……これは……考えたな」
デイドラさんとヴェロキ三兄妹の空中からの魔法攻撃が、ネーベリックに多少なりともダメージを与えている。時折、やつの背中に接近し、鉤爪で攻撃してから、反動を利用して木に戻っている。このとき、属性付与をしていない。『身体強化』も身体全体に行っているだけだ。
よし、次の構造編集箇所は、『身体強化』だ。今のうちに、数値を低下させる。
《編集数値を設定してください》【レベル9→レベル1】
少しでも勝率を上げるため、私はどんな卑怯な手段でも使っていくよ。これで決定だ。
《ネーベリックの『身体強化』のレベルが1に編集され、固定されました》
「ち、雑魚が鬱陶しい!!」
む、やつがファイヤーボールで牽制してきた。なんの躊躇もなく、森で火魔法を使用するんだ。真上に上がったから、木々に火はついてないけど、後で水魔法で周囲を消火した方がいいね。
「甘い!! その程度で、我らの動きは止まらんぞ」
デイドラさんたちも、ネーベリックの牽制方法を理解している。ネーベリックがザウルス族を理解しているように、デイドラさんたちも相手のことを理解している。
レドルカがヴェロキさんたちを隠れ蓑にして、ネーベリックの死角となる森林に移動した。テレパスで、レドルカに弱点箇所を教えよう。
『レドルカ、ネーベリックの弱点となるアキレス腱は、二本足の関節部位のすぐ上にあるよ』
『なるほど、あそこか。位置的に僕やデイドラと一緒だね。うん、あの部分の防御力は薄そうだ。僕の全力で二本のアキレス腱を食い破るよ』
これでよし。あとは、タイミングだ。
「新たなスキルを習得し、そこまで鍛えあげたか。だがな、その程度の攻撃力では大したダメージにならん。まずは、私の後方で何かを企んでいるレドルカを殺すか……死ね……テイルウィップ」
まずい、レドルカに気づいてる!! ネーベリックの尾が鞭のように伸び、上から振りおろすことで、レドルカを押し潰す気だ!!
「デイドラさんたちは動きを止めたらダメ!! 私が助ける!!」
瞬時にレドルカの頭の上に移動して、私はネーベリックの尻尾を両腕で受け止めた。
うわっ、凄い衝撃がきた。ダークコーティングでも、衝撃を完全に吸収しきれていない。ダメージは0だけど、ギリギリのところだ。攻撃力とテイルウィップのスキルレベルが合わさることで、私の防御力を超えてくる可能性があるんだ。
「……手加減したとはいえ、生身の身体で受け止めるか」
「シャーロット、助けてくれたことは感謝するけど、なんで『身体強化』を使わないの!!」
「あ、咄嗟のことで忘れてた」
『魔力感知』のレベルが高い人は、他人の魔力の流れ具合で、『身体強化』を使っているかわかるらしい。
「ダメだよ!! たとえどんな相手であろうとも、『身体強化』は必ず使用するんだ。無謀な行為は絶対しちゃダメだ!!」
無謀な行為、確かにそうだ。私はなんの躊躇もなく、レドルカを庇い、ネーベリックの攻撃を『身体強化』を使わずに防御した。急激に強くなったことで、私の感覚がずれているのだろうか? レドルカの言う通り、気をつけないといけない。私の実戦経験はゼロ。ここは、経験者の言うことをきちんと聞いて動かないと、あとで大変なことになりそうだ。
「レドルカ、心配かけてごめんね。次からは使用するよ」
「見た目通り、実戦経験はほとんどないようだな。やはり、今のうちに食っておく必要があるな」
「ネーベリック、私を気にするのも良いけど、私の仲間はレドルカ一人だけじゃないよ。あと、この尻尾を離すつもりはないから」
「なに? これは……尾が動かんだと!?」
やつは尻尾を全力で上下左右に動かすも、肝心の私はビクとも動かなかった。それもそのはず、レドルカに注意されたこともあって、今の私は、『身体強化』に土の属性付与を行い、地面と一体化しているのだ。攻撃はできないけど、この厄介な尻尾を放すつもりはない。
「今です!!」
私は、五人に合図を送る。ここからは、デイドラ、ヴェロキ、ラプトル、プードルの【身体強化+属性付与】を用いた四人同時鉤爪攻撃だ。
「ガアッ、なんだと、私の身体にこれほどの傷を!? 馬鹿な!?」
ネーベリックが上空にいるデイドラさんたちに向けて、ウィンドカッターを連続で放った。レドルカは、その瞬間を見逃さなかった。
「いまだ!! かああぁぁぁーーーー全力全開のライトニングエッジ!!」
レドルカが姿勢を低くし、地を這うように、やつの左足目がけて突っ込み、そして――見事、アキレス腱を食いちぎった。
「グオオオォォォーーー、馬鹿な!! レドルカごときが、私にダメージを与えるだと!!」
「残る右足のアキレス腱ももらうよ!!」
態勢を崩したネーベリックに防ぐ術はなかった。レドルカは、右足のアキレス腱も食いちぎる。ネーベリックは地面へと崩れ落ち、大きな地響きがした。
「貴様ら~~この程度で~~。馬鹿な、なぜ立てん!!!」
あ、デイドラさんとヴェロキたちが攻撃態勢に入った!!
「最後の一撃はシャーロットに譲るが、我々にも誇りがある。今ここに、全身全霊の力で攻撃する。ヴェロキ、ラプトル、プードル、行くぞ!!」
「「「「うおおおぉぉぉーーーーー」」」」
四人は木の反動を利用して、ネーベリックの腹に同時攻撃を仕掛け――彼らの鉤爪が、ネーベリックの腹を掻っさばいた。【身体強化+属性付与】の最大攻撃が決まったんだ。やつの『身体強化』も1に落としているから、ほとんど基礎数値の防御力のままだ。
「馬鹿な……『身体強化』が発動しない!? 貴様らのその攻撃力は一体どこから?」
『身体強化』スキルが九分の一に低下しているから、発動していても気づかないんだ。デイドラさんたちも地面に降り立ったけど、四人ともかなり消耗している。
「はあ、はあ、終わりだ、ネーベリック。貴様は二度と立てん」
デイドラさんたちにも、アキレス腱がどういった役割を持つのかは伝えてある。
「ちっ、シャーロットが何かするつもりか!? させん、ウィンドインパクト!!」
げっ、風の衝撃波を幾度か使用したことで、あの巨体が二十メートルくらい浮いた!! あいつ、想定外の攻撃をもらったのに、自分の状態を冷静に判断している!!
「もう、この森など知ったことか。全てを焼き尽くしてくれる!!!」
「まずいぞ!? 闇魔法の最上級、ダークフレアを放つつもりだ」
「レドルカ、染み込ませた魔力に雷属性を付与して、私に見せて」
「「「は!?」」」
あれ? 何か、おかしいこと言ったかな?
「え……そんなことができるの?」
これは……ひょっとしてみんな知らない? うーん、ここは『構造解析』のことを話した方がいいかな。でもな~って……よく考えたらこの時点ですでに化け物扱いされてるよね。今更、ユニークスキルのことがバレても、あまり変わらない気がする。『構造解析』だけなら、『鑑定』の最上位に位置するスキルって言い方で納得してくれるかもしれない。
「できるよ。私には、『鑑定』の最上位版である『構造解析』を持っていて、あらゆるものを嘘偽りなく解析できるの。『身体強化』を調べたら、強化中の魔力に属性を付与すれば、強化率も上昇するんだって」
「「「『構造解析』!? 身体強化中の魔力に属性付与!?」」」
三人とも、大口を開けている。本当に知らなかったんだ。
「と、とにかく、やってみるよ」
レドルカが目を閉じ、集中した。数分ほどすると、身体から薄ら黄色く光り出し、バチバチと音が鳴りはじめた。
「……できたよ。力が溢れてくる」
「お、俺もやるぞ! 風属性を付与だ」
「私は、火属性を試してみる」
三人とも凄い。すぐに、強化中の身体に属性付与を行った。はじめは、身体から属性の光が漏れていたけど、十分ほどで感覚が掴めたのか、光が収まってきた。
「この感覚……もしかしたら……やった!! シャーロット、デイドラ、ヴェロキ、見てみて! 僕の牙に『身体強化』を集中させたんだ。牙から凄い魔力を感じる!!」
レドルカ、本当に凄いよ。牙から感じる魔力は、ネーベリックを超えている。
「すげえ~、それなら俺の鉤爪にもできるか? ……やったぜ、成功だ!!」
「私もできた。だが、この属性付与は、身体の消耗も激しい。常時の使用は無理そうだが、切り札としてなら使用できる。シャーロット、感謝する!! ネーベリックはこのことを知らない。我々にも勝ち目が出てきた。みんなに……」
「待って待って!! 今はリジェネレーション中だからだめ。まずは回復に専念しよう」
『身体強化』と属性付与を完璧に使いこなせれば、ネーベリックとの戦いで、有利に事が運べる。あとは、どうやって戦うかだ。みんなのステータスを解析して、戦法を考えよう。
5話 対決前の下準備
リジェネレーション完了後、私は多くの恐竜たちから、感謝の抱擁や握手を求められ、ちょっとした騒ぎとなった。落ち着いたところで、私からも、ここに来た経緯をみんなに説明し、目的はアストレカ大陸エルディア王国にある実家に戻ることだと、しっかり伝えておいた。ザウルス族全員が私の話を信じてくれたことで、私は村内へ温かく迎え入れられ、彼らの仲間として認められた。ハーモニック大陸に転移されて初めてできた友達が恐竜とは、想像もしてなかったね。
そして、今は夕食中だ。
ザウルス族は家を持たない。村と言われているけど、そこを縄張りにしているだけだった。本来なら家族ごと別々に食べるそうだけど、今回は私という強力な味方を手に入れ、全員の怪我が完治したということで、士気を高めるためにも、全員が集まって食事することになった。
こういうときって、通常族長からの挨拶があるらしいけど、前の戦いで死んでしまったらしい。そこで、私を見つけたレドルカが族長代理となって、挨拶を行い、夕食会が開催された。
メニューは、ウルウルの実や魔物肉、森に自生している野菜などだ。私も食べようと思ったけど……問題が発生した。魔物肉が生なのだ。ザウルス族は魔物肉を生のまま食べるのだろう。せっかく私のために用意してくれたのに、「生の肉は食べられません」とは言えない。
「シャーロット、どうしたの? 今日の肉はフロストビーだから、甘くて美味しいわよ。フロストビーは、森に咲く花から蜜を吸って、体内の器官に溜め込む習性があってね。肉にも、蜜の匂いや味が染み込むのよ。私たちにとっては、ご馳走なの」
今、話してくれたのは、ヴェロキラプトル三兄妹の長女――プードルさんだ。夕食ができるまで、三兄妹と色々話した。長男のヴェロキさんは、明るくて良いザウルスだけど、お調子者なのがたまに瑕かな。次男のラプトルさんは、やや気弱なところがありつつも、ヴェロキさんと同じくお調子者だった。そんな二人を制御しているのが、しっかり者の長女プードルさんだった。
「えーと、人間は肉を焼いて食べるのが主流なの。その方が、肉の旨味が増して数段美味しくなるんだ。ほら、こんな感じだよ」
試しに、私とプードルさんのフロストビーの肉をファイヤーボールで焼いた。私の肉はミディアム、プードルさんの肉はレアだ。いきなり、きちんと焼いたものだと食べづらいだろうからね。
「そういえば、他の種族たちも焼いていたわね。私たちは、基本生で食べるから気にしてなかったけど、試しに食べてみるのもありかな」
肉の色が少し変化したせいか、プードルさんがおそるおそる匂いを嗅いでいる。
「へえ~、確かに香ばしい匂いがするわ。試しに……なに……これ……見た目は生に見えるけど、味が全然違う。香ばしくて、甘くて……肉が溶ける……物凄く美味しい!! ただ焼くだけで、ここまで変化するものなの!?」
「変化しちゃうんだな。生だと、少し臭みがあるでしょ? 人間はそれを打ち消すために、肉を焼いてタレに漬けてから食べるの。他の種族から聞いてなかったの?」
「聞いてはいたけど、ザウルス族の古くからのしきたりで、『肉は生で食すのが良し』と言われていたのよ。だから、生の方が美味しいと思い込んでいたわ。シャーロット、焼いた肉は、私たちに合わないのかしら? もう食べちゃったけど、毒ってことはないわよね?」
うーん、一応『構造解析』で調べて見よう。
「――『構造解析』で調べたけど、全然問題なしだって。むしろ、なんで焼かないのか不思議だと記載されてた」
「う……そ」
そこからが、ちょっとした騒ぎになった。プードルさんが、レドルカたちに知らせたのだ。全員が揃って、火魔法でフロストビーの肉を焼いていった。焼き方に関しては、私がレア、ミディアム、ウェルダンと教えたけど、やっぱりザウルスによって好みが別れた。ただ、総合的に見ると、レアが好まれるようだ。あまり焼き過ぎると、蜜の匂いが消えてしまうのだ。みんな、笑顔でフロストビーの肉をほおばり、楽しいひと時を過ごせた。
翌日、私はレドルカとデイドラさんとヴェロキラプトル三兄妹を呼び出し、ネーベリックについて話し合った。まずはレドルカにネーベリックの全体像を地面に描いてもらったら、やっぱりティラノサウルスだった。そうなると、急所は頭部で間違いない。でも、高さ十メートルもあるから、簡単に触らせてくれるはずがない。それなら、アキレス腱を攻撃し、歩行不可能にすれば良い。ネーベリックもその部分だけは、他の皮膚よりも薄いはずだ。そこに一撃必殺の攻撃を浴びせれば、地面に倒せるだろう。
ここで重要になるのが、誰が私と一緒にネーベリックと戦うかだ。とりあえず全員に『身体強化』からの属性付与を追加させる方法をレドルカたちと協力して教えたけど、多人数よりも少数精鋭で挑んだ方が、成功率も高いと思う。
現在のネーベリックは、北に潜む強力な魔物たちを食べて、さらに強力になっているはずだから、ステータスの防御の数値を800と仮定し、アキレス腱を確実に破壊できるザウルス族を厳選しないといけない。それができるのは、雑種のレドルカ、デイノニクスのデイドラさん、ヴェロキラプトル三兄妹の五人しかいなかった。
ただ、私の策を確実に成功させるには、このままではダメだ。そこで、彼らが共通して持っている『跳躍』に注目し、ネーベリック討伐方法を五人に話した。
「――僕たちにそんなことできるのかな? 今までに試したザウルスはいないよ?」
「レドルカ、自信を持って!! 『跳躍』があって、周囲の木々を利用すれば、絶対にできる!! 成功すると、『跳躍』の進化型スキルも習得できる。五人には、これから『身体強化』と属性付与、『跳躍』の練習をしてもらうね。他のみんなは、『身体強化』と属性付与を完璧に使いこなして、防御に専念してもらう予定だよ」
もちろん、私も『身体強化』と属性付与の練習を行わないといけない。
「私は、シャーロットの戦略に賛成だ。ネーベリックに少しでもダメージを与えられるのは私たちしかいない。やつは強くなっていることもあって、我々が少数精鋭で挑んだら油断するはずだ。そのときのやつは、『身体強化』も疎かにしていて、防御が最も薄いだろう。だがこの油断は、戦いの序盤でしか起こらない。その間に、アキレス腱を食い破らないといけない」
デイドラさんの言う通りだ。私たちは戦いの序盤で、致命的な一撃を与えないといけない。
「……そうだね、やるしかない。ここで負ければ、ザウルス族は絶滅するかもしれないんだ。みんな、頑張ろう!!」
おそらく、やつは山頂の異変と、南から感じる私の気配で、数日中に戻ってくるだろう。戦いに備えるべく、この日から特訓が始まった――
○○○
特訓を開始してから二日後、狂気を孕んだ禍々しい気配が、ザウルス族の村に近づきつつあった。
「レドルカ、やつは今日中にこの村に到着するぞ」
「シャーロットの気配が、村に留まっていることを察知したのかな?」
「おそらくな」
デイドラさんとレドルカは、比較的落ち着いている。でも、ヴェロキラプトル三兄妹はかなり緊張していた。
「三人とも、身体が固いよ。大丈夫?」
「特訓で『立体舞踏』を習得して、身体への属性付与も可能になったけど、正直怖いな。ラプトルはどうだ?」
「兄貴と同じ気分だ。シャーロット、成功率はどのくらいだ?」
「正直に言うと、今の時点で五十パーセントくらいかな」
五人は連日の訓練で、『立体舞踏』のレベルを6にまで引き上げていた。他のみんなも、私たちとネーベリックの戦いが森林を破壊する危険性もあるため、防御魔法の訓練に専念してもらったことで、新たな魔法を覚えられた。やるべきことは、しっかりやった。
「ヴェロキもラプトルも、もっと自信を持ちなさい!! みんなも褒めてたでしょう? ここから先は、ぶっつけ本番で試すしかない。お父さんとお母さんの仇を討つためにも、しゃんとして!!」
「……そうだったな。父さんと母さんの仇を討つんだ。シャーロットのおかげで、不思議と今までにないくらい、力は溢れてる。やろうぜ、ラプトル、プードル」
三人は、互いを見つめ頷きあった。ヴェロキさんは、自分の両手を見つめ、自分の中の魔力を確認したのかな? たった二日の訓練ではあるけど、私が構造解析しながら、五人の長所と短所を見極め、重点的に教えたからね。
「ネーベリックの気配が止まりましたね。む、やつの近くに知らない気配が三つほどあります」
「位置的に、獣猿族のパトロール隊とぶつかったか!? レドルカ、どうする?」
「デイドラ、助けに行こう。獣猿族も、たった三人でネーベリックと戦うことはしないはずだ。ここから距離も近い。みんな、ネーベリックとの戦いを始めるよ!! 僕たち六人が戦うから、みんなは周囲を取り囲んで、防御に専念するんだ。出発だ!!」
目的地は、ここから北西二キロほどの地点。私が一人で走っていけば、確実に助けられるけど、今は団体行動中、勝手な行動は余計危険だ。獣猿族を信じるしかない。戦いに挑むメンバーは、私たち六人。周囲の森を防御魔法で強化させるメンバーが二十人、残りのメンバーは村で待機だ。
獣猿族の三人の気配はかなり弱々しいけど、私たちの気配に気づいたようだ。こちらに向かってきている。そして、ある地点から地響きがした。ズウウゥゥゥーーーン、ズウウゥゥゥーーーン、ズウウゥゥゥーーーンと、その地響きが、少しずつ大きくなってきている。
「みんな、僕たちから離れて!! 戦いが始まったら、周囲を大きく囲んで防御魔法を展開するんだ」
全員が頷き、散開した。やつの目的は私だから、まず目移りすることはない。
前方から獣猿族三人が私たちのところに飛び込んできた。レドルカから聞いてはいたけど、その姿は地球でいうとゴリラに近いかな?
ザウルス族同様、服とかは着用せず、その拳だけで魔物たちと戦う部族。でも、毛の色がゴリラと全然違う。身体全体が薄い茶色の剛毛に覆われていて、特徴的なのが顔だ。眉毛だけが長く、緩い曲線を描きながら頭の方へ伸びている者、口髭が地面の方へ伸びている者、あご髭が胸付近まで伸びている者、三者三様だった。
「早く後ろに行って!! そのまま行けば、僕たちの仲間がいるから回復してもらって。ここは僕たちに任せるんだ!!」
「しかし、お前たちが……」
「やつがここに戻ってきた時点で一緒だよ。大丈夫、今回こっちには切り札があるから安心して」
「すまん、頼む」
ネーベリックという脅威が後方から迫ってきている以上、彼らに悩む時間などなかった。獣猿族の三人は、すぐ私たちから離れていく。そして地響きが大きくなっていき、やつが現れた。
6話 VSネーベリック
恐竜が地球の地上を席巻していたとき、ティラノサウルスは白亜紀後期の大量絶滅まで生態系の頂点に君臨していたといわれている。現在、残されているのは化石のみ。どんな顔をしていたのか、どんな皮膚の色をしていたのかはわからない。
ここに現れたネーベリックは、全長約十メートル、皮膚の色が濃い茶色、ボコボコした硬そうな皮膚、筋骨隆々の二本足、鋭い目つき、そして――凶悪な禍々しい闇の魔力を纏っていた。
「獣猿族の次は、ザウルス族か。そこに人間の子供が一人。山頂の魔力の主は、貴様か」
レドルカが、声を聞くだけで震え上がると言っていたけど、その理由がわかった。低く威厳のある、生物の頂点に君臨するに相応しい声をしている。
「私はシャーロット、あなたがネーベリックだね?」
「そうだ。一つ良いことを教えてやる。私は……自分より強い存在を許さない。貴様が、なぜ山頂に突然現れたのかはわからん。だが、生かしておけん。いずれは魔力だけでなく、全てにおいて私を超越した存在となる。貴様を食えば、私はさらなる高みに登り詰めることができる。今、ここで私の餌となれ」
なんか、ゲームの中ボスのようなセリフを吐くやつだ。これがゲームなら、ここから戦闘画面に切り替わって、中ボスの音楽が聴こえてくるだろう。
「ここに転移して、十七日目で死ぬわけにはいかない。私はみんなと、あなたを倒す」
「雑魚どもが、束でかかってきたとしても、私に傷一つつけられん」
「そうかな? 戦い方次第で、あなたを追い詰めることができるよ」
まずは、ネーベリックを構造解析だ。
名前 ネーベリック
種族 ザウルス族/性別 男/年齢 100歳/出身地 ジストニス王国・国立研究所
全長 10m56㎝
レベル49/HP918/MP823/攻撃901/防御782/敏捷576/器用191/知力534
魔法適性 火・風・闇/魔法攻撃725/魔法防御701/魔力量823
火魔法:ファイヤーボール・ファイヤートルネード・フレア・フレアレイン
風魔法:ウィンドカッター・ウィンドインパクト
闇魔法:ダークフレア
ノーマルスキル:魔力感知 Lv10/魔力操作 Lv10/魔力循環 Lv10/気配察知 Lv10/身体強化・状態異常耐性 Lv9/雄叫び Lv9/噛み砕き Lv9/威圧 Lv8/殺気 Lv8/聴力拡大 Lv8/フレイムクロウ Lv8/危機察知 Lv7/テイルウィップ Lv7/視線誘導 Lv5/気配遮断 Lv5/跳躍 Lv3
ユニークスキル:無詠唱・暴食・サイズ調整
性格:超凶暴
生まれてから九十五年間、実験用モルモットとして扱われてきたため、様々な毒の耐性を持っている。五年前、種族進化実験の際に打たれた試薬がたまたま身体に適合し、これまでの怒りと恨みが合わさって大幅にパワーアップし巨大化したが、薬で無理矢理進化した影響もあって、性格も超凶暴に変化した
力が大幅に上がったことから施設を脱走し、これまでの恨みを晴らすべく殺戮を始める。回復魔法を使用可能な者たちを重点的に殺めた後、全ての元凶である王族たちに牙を向けた。冒険者たちを薙ぎ倒しながら、王城に突き進み、ユニークスキル『サイズ調整』を使ってサイズを縮小後、王城に侵入
王城にいる全ての者を食い尽くす予定であったが、なぜか特定の魔鬼族だけは食べてはいけないという感覚に襲われる。ただ、それでもほとんどの王族や貴族を食べる。国王、王妃、第一王子を食べた後、最後の一人というところで逃げられてしまい、その者を追いかけているとき、急速に視野が広くなり、しばらく考え込んだ後、王城を出ていった
その後、王都にて大勢の騎士や魔法使いたちを食い殺したものの、一人の冒険者に深手を負わされ、ケルビウム大森林へ後退せざるをえなくなった
現在、未開の地である森林北部で魔物を食い荒らし、ステータス999の限界を超えようとしている。シャーロットを食べれば、ユニークスキル『暴食』の影響で、まず間違いなく999を超える強さを手に入れるだろう。最終的には、ケルビウム大森林にいる全種族を食い尽くした後、ジストニス王国王都に攻め込む予定
なお、身体にはこれまで打たれた試薬が蓄積している。その肉を食べると普通の魔物は即死亡する。倒したら即焼却を行うべきであるが、骨や皮は竜に匹敵するほど強靭であるので、武器防具に利用可能
種族進化実験の実験体にされていたのか……境遇に同情はする。でも、やって来たことを許すわけにはいかない。
「ならば、その戦い方とやらを見せてもらおうか。前回の戦いで、この周辺のやつらを食っても、ステータスが上がらなくなった。少しでも強くなったのなら、食ってやろう」
「みんな、作戦開始だよ!!」
「「「「「了解」」」」」
五人全員が、ネーベリックを囲んだ。
「レドルカ、デイドラ、ヴェロキたちか」
「ネーベリック、今日こそ、僕の両親や仲間たちの仇を討つ!!」
五人が一斉に、周囲にある木々へ跳躍した。そして……跳躍した反動を利用して、別の木々へ跳躍、この動作を素早く正確に行うことで、レドルカたちが空中で舞い踊っているように見えた。これこそが、『跳躍』の進化形スキル『立体舞踏』だ。周囲にいるザウルス族たちが、防御魔法を展開しているため、どんなに強く踏んでもまず木が折れることはない。
私の戦略は、跳躍を利用した空中攻撃だ。森林という木々が密集している場所では、敏捷性を百パーセント発揮できない。『立体舞踏』を使用すれば、木々の反動を利用して、自分のステータス以上の敏捷性を発揮できる。ちなみに、私も『跳躍』レベル8と『立体舞踏』レベル5を習得済みだ。今のうちに、『構造編集』でやつのステータスを大幅に低下させよう。いきなり全てをやってしまうと、レドルカたちにも気づかれるから、まずは敏捷だ。
《編集数値を設定してください》 【576→100】
これで決定だ。
《ネーベリックの敏捷が100に編集され、固定されました》
ネーベリックの巨体なら、敏捷が大幅に低下しても、すぐには気づかれないだろう。
「ぐ……これは……考えたな」
デイドラさんとヴェロキ三兄妹の空中からの魔法攻撃が、ネーベリックに多少なりともダメージを与えている。時折、やつの背中に接近し、鉤爪で攻撃してから、反動を利用して木に戻っている。このとき、属性付与をしていない。『身体強化』も身体全体に行っているだけだ。
よし、次の構造編集箇所は、『身体強化』だ。今のうちに、数値を低下させる。
《編集数値を設定してください》【レベル9→レベル1】
少しでも勝率を上げるため、私はどんな卑怯な手段でも使っていくよ。これで決定だ。
《ネーベリックの『身体強化』のレベルが1に編集され、固定されました》
「ち、雑魚が鬱陶しい!!」
む、やつがファイヤーボールで牽制してきた。なんの躊躇もなく、森で火魔法を使用するんだ。真上に上がったから、木々に火はついてないけど、後で水魔法で周囲を消火した方がいいね。
「甘い!! その程度で、我らの動きは止まらんぞ」
デイドラさんたちも、ネーベリックの牽制方法を理解している。ネーベリックがザウルス族を理解しているように、デイドラさんたちも相手のことを理解している。
レドルカがヴェロキさんたちを隠れ蓑にして、ネーベリックの死角となる森林に移動した。テレパスで、レドルカに弱点箇所を教えよう。
『レドルカ、ネーベリックの弱点となるアキレス腱は、二本足の関節部位のすぐ上にあるよ』
『なるほど、あそこか。位置的に僕やデイドラと一緒だね。うん、あの部分の防御力は薄そうだ。僕の全力で二本のアキレス腱を食い破るよ』
これでよし。あとは、タイミングだ。
「新たなスキルを習得し、そこまで鍛えあげたか。だがな、その程度の攻撃力では大したダメージにならん。まずは、私の後方で何かを企んでいるレドルカを殺すか……死ね……テイルウィップ」
まずい、レドルカに気づいてる!! ネーベリックの尾が鞭のように伸び、上から振りおろすことで、レドルカを押し潰す気だ!!
「デイドラさんたちは動きを止めたらダメ!! 私が助ける!!」
瞬時にレドルカの頭の上に移動して、私はネーベリックの尻尾を両腕で受け止めた。
うわっ、凄い衝撃がきた。ダークコーティングでも、衝撃を完全に吸収しきれていない。ダメージは0だけど、ギリギリのところだ。攻撃力とテイルウィップのスキルレベルが合わさることで、私の防御力を超えてくる可能性があるんだ。
「……手加減したとはいえ、生身の身体で受け止めるか」
「シャーロット、助けてくれたことは感謝するけど、なんで『身体強化』を使わないの!!」
「あ、咄嗟のことで忘れてた」
『魔力感知』のレベルが高い人は、他人の魔力の流れ具合で、『身体強化』を使っているかわかるらしい。
「ダメだよ!! たとえどんな相手であろうとも、『身体強化』は必ず使用するんだ。無謀な行為は絶対しちゃダメだ!!」
無謀な行為、確かにそうだ。私はなんの躊躇もなく、レドルカを庇い、ネーベリックの攻撃を『身体強化』を使わずに防御した。急激に強くなったことで、私の感覚がずれているのだろうか? レドルカの言う通り、気をつけないといけない。私の実戦経験はゼロ。ここは、経験者の言うことをきちんと聞いて動かないと、あとで大変なことになりそうだ。
「レドルカ、心配かけてごめんね。次からは使用するよ」
「見た目通り、実戦経験はほとんどないようだな。やはり、今のうちに食っておく必要があるな」
「ネーベリック、私を気にするのも良いけど、私の仲間はレドルカ一人だけじゃないよ。あと、この尻尾を離すつもりはないから」
「なに? これは……尾が動かんだと!?」
やつは尻尾を全力で上下左右に動かすも、肝心の私はビクとも動かなかった。それもそのはず、レドルカに注意されたこともあって、今の私は、『身体強化』に土の属性付与を行い、地面と一体化しているのだ。攻撃はできないけど、この厄介な尻尾を放すつもりはない。
「今です!!」
私は、五人に合図を送る。ここからは、デイドラ、ヴェロキ、ラプトル、プードルの【身体強化+属性付与】を用いた四人同時鉤爪攻撃だ。
「ガアッ、なんだと、私の身体にこれほどの傷を!? 馬鹿な!?」
ネーベリックが上空にいるデイドラさんたちに向けて、ウィンドカッターを連続で放った。レドルカは、その瞬間を見逃さなかった。
「いまだ!! かああぁぁぁーーーー全力全開のライトニングエッジ!!」
レドルカが姿勢を低くし、地を這うように、やつの左足目がけて突っ込み、そして――見事、アキレス腱を食いちぎった。
「グオオオォォォーーー、馬鹿な!! レドルカごときが、私にダメージを与えるだと!!」
「残る右足のアキレス腱ももらうよ!!」
態勢を崩したネーベリックに防ぐ術はなかった。レドルカは、右足のアキレス腱も食いちぎる。ネーベリックは地面へと崩れ落ち、大きな地響きがした。
「貴様ら~~この程度で~~。馬鹿な、なぜ立てん!!!」
あ、デイドラさんとヴェロキたちが攻撃態勢に入った!!
「最後の一撃はシャーロットに譲るが、我々にも誇りがある。今ここに、全身全霊の力で攻撃する。ヴェロキ、ラプトル、プードル、行くぞ!!」
「「「「うおおおぉぉぉーーーーー」」」」
四人は木の反動を利用して、ネーベリックの腹に同時攻撃を仕掛け――彼らの鉤爪が、ネーベリックの腹を掻っさばいた。【身体強化+属性付与】の最大攻撃が決まったんだ。やつの『身体強化』も1に落としているから、ほとんど基礎数値の防御力のままだ。
「馬鹿な……『身体強化』が発動しない!? 貴様らのその攻撃力は一体どこから?」
『身体強化』スキルが九分の一に低下しているから、発動していても気づかないんだ。デイドラさんたちも地面に降り立ったけど、四人ともかなり消耗している。
「はあ、はあ、終わりだ、ネーベリック。貴様は二度と立てん」
デイドラさんたちにも、アキレス腱がどういった役割を持つのかは伝えてある。
「ちっ、シャーロットが何かするつもりか!? させん、ウィンドインパクト!!」
げっ、風の衝撃波を幾度か使用したことで、あの巨体が二十メートルくらい浮いた!! あいつ、想定外の攻撃をもらったのに、自分の状態を冷静に判断している!!
「もう、この森など知ったことか。全てを焼き尽くしてくれる!!!」
「まずいぞ!? 闇魔法の最上級、ダークフレアを放つつもりだ」
応援ありがとうございます!
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