呉の徐整の話その3(前編)
連載中の学園戦記三国志
https://www.alphapolis.co.jp/novel/227601892/691282124
用に調べたけど、本編に使えそうにないのでここで消化しようのコーナー!パチパチパチ
今回は呉の徐整の第三回。徐整がどういう人物だったかについては第一回を、徐氏の一族については第二回を読んでほしい。
さて、今回は呉の徐整の話最終回だ。いい加減まとめよう。
今回は彼が就任した太常という役職について。
太常というのは最高位である三公の次に位置する九卿の一つ。つまり大臣だね。とっても偉いよ。役割としては、礼儀・祭祀及び皇帝の行う行事を司る。また博士の能力試験を担当するそうだ。
さて、徐整は呉でこの太常に就いていたというが、具体的にいつ頃の話なのか。呉の太常の系譜を見ていこうと思う。
呉の最初の太常は顧雍であった。孫権は221年に呉王となると顧雍を大理・奉常とし、225年に奉常を太常と改称し、顧雍を孫卲の後任として丞相とした(正史呉主伝及び顧雍伝)。太常の後任には尚書令の陳化が任命された(呉主伝)。
また225年、程秉を守太常として太子孫登の妃となる周瑜の娘を迎えにやらしたという(程秉伝)。“守”と付くのは代理である。程秉は優れた学者で、太子孫登の教育係であったから、代わりに派遣したのだろう。
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呉の最初の太常は顧雍であった。孫権は221年に呉王となると顧雍を大理・奉常とし、225年に奉常を太常と改称し、顧雍を孫卲の後任として丞相とした(正史呉主伝及び顧雍伝)。太常の後任には尚書令の陳化が任命された(呉主伝)。
また225年、程秉を守太常として太子孫登の妃となる周瑜の娘を迎えにやらしたという(程秉伝)。“守”と付くのは代理である。程秉は優れた学者で、太子孫登の教育係であったから、代わりに派遣したのだろう。
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登録日 2020.09.05 22:32
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