「卑弥呼様が降臨してアレの証拠隠滅を頼まれちゃった~」第114話をアップ
まいどこんにちわ。幸田蒼之助です。
「卑弥呼様が降臨してアレの証拠隠滅を頼まれちゃった~」の第114話をアップしました。
科学の世界では、何事も論理性を要求されます。
当然、「否定」も論理的に為されなければなりません。
何かを否定しようと思えば、「存在する」と考えられる根拠全てを崩さないと、仮説として成立しません。
根拠が1つでも、崩せず残ってしまえば、否定説は成り立たないのです。
これを「悪魔の証明」と呼びます。極めて困難なのです。
つまり科学の世界において否定説を唱えるのは、並大抵の事ではありません。
ところが日本の歴史学においては、どうでしょうか。
雄治君が憤っているように、学者先生方は古代史を何でもかんでも否定的に語っています。
で、何となく否定的なコンセンサスを醸成し、機が熟すと、
「実在しなかったと考えられる」
と、いつの間にか抹殺してしまいます。
最近だと聖徳太子がその典型例です。
論理性も何も、あったもんじゃないです。歴史学はエセ科学なんです。
だから邪馬台国の謎も、いつまで経っても解けないんでしょうね。
それでも責任を問われることなく研究家稼業を続けられるのですから、良い商売ですな。
ちと辛口が過ぎました(笑) ともあれ、紗耶香さんと雄治君のシロート歴史談をお楽しみ下さい。
「卑弥呼様が降臨してアレの証拠隠滅を頼まれちゃった~」の第114話をアップしました。
科学の世界では、何事も論理性を要求されます。
当然、「否定」も論理的に為されなければなりません。
何かを否定しようと思えば、「存在する」と考えられる根拠全てを崩さないと、仮説として成立しません。
根拠が1つでも、崩せず残ってしまえば、否定説は成り立たないのです。
これを「悪魔の証明」と呼びます。極めて困難なのです。
つまり科学の世界において否定説を唱えるのは、並大抵の事ではありません。
ところが日本の歴史学においては、どうでしょうか。
雄治君が憤っているように、学者先生方は古代史を何でもかんでも否定的に語っています。
で、何となく否定的なコンセンサスを醸成し、機が熟すと、
「実在しなかったと考えられる」
と、いつの間にか抹殺してしまいます。
最近だと聖徳太子がその典型例です。
論理性も何も、あったもんじゃないです。歴史学はエセ科学なんです。
だから邪馬台国の謎も、いつまで経っても解けないんでしょうね。
それでも責任を問われることなく研究家稼業を続けられるのですから、良い商売ですな。
ちと辛口が過ぎました(笑) ともあれ、紗耶香さんと雄治君のシロート歴史談をお楽しみ下さい。
コメント 0件
登録日 2018.06.08 12:26
0
件