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第一章
第八話 聖女を振り向かせる為に
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その日、雄大な満月に負けない存在感を放つ力強い雄叫びがリズンバークに響き渡った。
『──ぅううううおおおおおおお!!!! 親父ィイイイ!!』
その日、レンガの隙間を虫さんがテクテクするのに負けないくらい小さい存在感の(雄叫びにかき消されたため)ツッコミが響き渡る……ことはもちろんなかった。
『──の味ですね? ジョージ様よく見て、チーズソースをかぶったブロッコリーはお父様じゃないですよ』
● ● ●
騒がしく始まったジョージ家の食卓。今夜はアメリアが作ってくれたのでまともな料理である。
皮はカリッカリに中身はジューシーな塩コショウだけのシンプルなチキンソテー、ベシャメルソースを基準に作ったチーズソースをかけたブロッコリー、ザクザクに焼いたバゲットがテーブルに並んでいる。
「うちは鶏肉が好きかな~。鶏皮の焼き加減がちょうど、故郷で食べたパリパリ草の食感に似ていてな、お見事と言うほかないのじゃ……!」
エリンは何故か得意げに語る。顔の説得力も合わせて、さながらカリスマ料理評論家である。
とは言え、お気に召したのは間違いないだろう。
「親父ィイ……オヤジィイ……美味すぎるぜ親父ィッ!!」
ジョージは小さい頃に食べた父親の料理を思い出して狂喜乱舞。
過去(親父の料理)と現在(アメリアのチーズソース)、時代を超えた暴力的な旨味のサンドイッチに打ち震え、語彙力を司る脳の部分がオーバーヒートしてしまった。
「ジョージ様、正気に戻って! それじゃお父様を食べています! ……ああ、そんなにバクバクいくなんて。このままじゃブロッコリーが全滅してしまいますよっ!!」
親父と言いながらもブロッコリーをフォークでグッサグサ刺していくジョージに、アメリアは一抹の恐怖のようなものを感じながら必死でジョージを止める。
「美味い、美味すぎる! このソースが美味すぎるのがいけないんだ! ああ、俺は……ダメな息子だ! 俺は親父との思い出や語彙力よりも、目先の旨味に脳を支配されている……いや、支配されるのを甘んじて受け入れてしまっている!」
しかし、チーズソースのかかったブロッコリーに夢中で、アメリアの言葉はジョージの耳には届かない。
「ああ、ジョージ!? うちのブロッコリーまでとらないでよ! ……もう! そんなことするならジョージの鶏肉は頂くからの! 文句はナシじゃぞっ」
ジョージのチキンソテーが乗った皿をササっと回収し、エリンはブロッコリーの腹いせとばかりに大きな口でほおばった。
「チーズソース! ここまで美味い必要があるか?! 美味すぎる、ふざけやがって!! クソっ……このチーズソースは美味すぎる……!! アメリア反省しろ!!」
「あぁ…………舌をもう少し旨味に慣れさせてから作れば良かったですね」
ジョージは凝った味のものを長年食べずに過ごしていたので、チーズなんていう旨味の塊みたいな存在は刺激が強すぎたのだ。
今の状況は小さな子どもにジャンクフードを食べさせたようなもの。暴走してしまうのも無理はないのかもしれない。
「チーズソース! 自分が美味い自覚はあるのか!?」
「……ならば、責任を取らないといけませんね」
そう言いながら、アメリアはゆっくりと立ち上がる。
「アメリアさんどうしたのじゃ……?」
「ご心配なさらず。ジョージ様が暴走気味で言葉では止められそうにないので、少し……歌うだけです」
目をつむり数秒息を整えると周囲に光のオーブが集まっていき、次第にアメリアの全身を包み込むほどの神々しい光のオーラへと変わった。
「只人であれば聖杖でゴッツンコで済みますが、私の予想が正しければジョージ様にそんな生やさしい方法は通じない……」
アメリアの持つ聖杖には人や動物の精神を落ち着かせ、軽い精神魔法も解いて理性を取り戻す効果があるが、ジョージは精神と深層心理にまで及ぶフェロモンを常にまとっている。もし聖杖で攻撃してもかき消される可能性が高い。最悪の場合、チカラに反発して暴走を加速させるなんてこともあり得る。
ならばと……アメリアは聖歌を歌うことにしたのだ。
「ラ~ララ~……神聖なる光……大いなる奇跡とともに~……迷える魂を導かん……」
アメリアが神聖力を音の旋律にのせてハミングすると、光が糸をつむぎ、波をうち、周囲を照らし、神聖なる歌が建物中に広がっていく。
「──目覚めなさい……ホーリーセラピー!」
瞬間、暖かく優しい閃光が走りジョージたちを包み込んだ。
そして数秒後、ゆっくりと光が収束したかと思うと静かにたたずんだジョージが姿を現した。
「…………………………俺は……どうしたんだ?」
「おお! ジョージが普通に戻ってるぞアメリアさん!」
聖歌がジョージの暴走に効き、理性が戻って冷静になったようだ。
「まあ、この歌が効かなかったら物理的に沈めて意識を奪うしかないので助かりました」
アメリアは今までにないスッキリとした笑顔をジョージに向ける。
──ゾクッ。
ジョージの背中に冷たい汗がひとすじ。
怒りをぶつけるでもなく、ただただ事実を述べているだけにもかかわらず、何の曇りもない笑顔にもかかわらず、ジョージはアメリアを怒らせてはいけないという確信めいたものを察した。
「……すまない。ちなみにだが、今まで効かないヤツはいたのか?」
いつの間にか綺麗な姿勢をとっているジョージがアメリアに尋ねた。
「いません。が、もしかしたら試していないだけでこの世にはいるかもしれませんね」
アメリアは怒っていなかった。にもかかわらずジョージが怯んだのには理由がある。
そう、その身に大いなる聖リーズンの威光を背負っているからだ。
圧倒的に大きな存在を前にすれば、どれだけ己が強かろうとその大きさにたじろいでしまう。獅子がキリンを前にしたかのように。
「そうだな……。もし、そんなヤツがいたら俺が倒すとするかな……」
暴走して迷惑をかけてしまったことの罪悪感、そんな自分を治してくれた感謝、仲間の背を守りたい気持ち。そんなジョージの心が言葉をつむいだ。
「ありがとうございます。ただ、今回は私の非もないと言えば嘘になりますし、あまりお気になさらず」
「たすかる。ありがとう」
「それにしても、アメリアさんの聖歌はすごかったのっ。光がふわっときて、あったかくて、やさしくて、あっという間にジョージを治してしまったのだ」
ジェスチャーましましでエリンがその感動を伝える。
「……確かに。ブロッコリーを食べている時の記憶はあまりないが、なんかこう……霧の中で道に迷っていたところを優しく手を引いてくれたような気分だった。アメリアを見直したっていうか、感心させられちまったぜ」
初対面ではオーガから逃げていたところをジョージが助けたり、洞窟で迷子になったり、白の塔リズンタワー行くのにも迷子になったり……軽い治療こそやってもらったり権力的に世話になったものの、アメリア自身の能力は今まで実感する機会がなかったのだ。
「聖女ですから人よりは上手く引き出せますが、それもリーズン様のお力あってのことです。あまり褒めても何も出ませんよ……?」
リーズン、ひいては自分を初めて褒められて照れてしまうアメリア。
「…………」
見直した直後にそんな姿を見て、ジョージは居直りアメリアの目をまっすぐ見てこう言った。
「アメリア、ハーレムに入ってほしい」
しかし、アメリアの答えはジョージの想定外のものだった。
「入りません」
「え……?」
ジョージは断られてしまった。
絶対に受け入れられるとまでは思ってなかったものの、ここまでハッキリ断られるとは思っていなかったのである。
「ジョージ様のことは嫌いではありませんし、むしろ好きです」
「…………だが、ハーレムには入りたくない、か。みんなを同じくらい大切にできるか、信用するには至っていないからか?」
ジョージは断られたショックこそあるものの、同時にポジティブでもあった。
嫌われたわけではないのだから、せめて仲間として恥ずかしくない行動をとれるよう頑張ろうと思ったのだ。
「それもあります。ですが、それだけではありません」
「きかせてくれるか?」
「もちろん! ……まず、ハーレムに入るということは恋人になることですよね。ですが出会ってまだ日が浅く、ジョージ様のことをよく知らず、判断をくだすまでに至っていません。
それに、現在私の抱くジョージ様への好きは『友情』……でしょうか。恋愛的に好きというわけではないんです。
無論、嫌いではないですから今後もずっとイヤという保証もありませんが」
アメリアはできるだけ優しく、ゆっくりと、ジョージの目を見ながら話していく。
「ジョージ様は勧誘をする時、有能であるから……もしくは見た姿が有能そうだからというのを基準にしていますよね? ハーレムはすごいものだから、きっと『深い絆を持つ万能な集団』というような認識があるのだと思います」
「…………俺を拾ってくれたルーカスが、泣くほどまで執着したもんだからな」
そのせいでジョージは以前所属していたギルドから追放されたのだ。
「深い絆という面では間違いじゃありません。しかし、有能だから万能だからという理由で恋愛的に魅力を感じたわけでもないのにハーレムに誘うのは、私個人としては納得できないんです。
他の方がどうするかは本人の自由ですし、ジョージ様も相手の意見を尊重しているようなので否定しません。
だからこそ、私を誘うなら……」
アメリアはそこで一度息を整えてジョージの手を力強く握る。
「私をもっと知ってください。知って、魅力を感じて、長所だけでなく短所も……短所すらも魅力に感じたのなら。
その時に、また私を誘ってください。
もちろん、私を惚れさせるのも忘れないで。フェロモンではなくジョージ様の行動でです。私も知る努力を惜しみません。それでも…………よろしいですか?」
アメリアの碧眼がうるんで、一瞬宝石のようにきらめく。
恥ずかしさだろうか、緊張によるストレスだろうか、ジョージを傷つけるかもしれないという罪悪感だろうか、理由こそ誰も分からないがジョージはその瞳が美しいと感じていた。
「ああ、分かった。アメリア…………きっと、次に誘うときはオーケーと言わせてやるぜ。きっとな」
ジョージの心はもう断られた衝撃より、未来へのワクワクでいっぱいだった。
ここまで言ったアメリアが受け入れるとしたらどんな行動をした時なんだろう、まだ見ぬ長所と短所はどんなものだろう、自分にも隠された魅力があるのだろうか。
ハーレムというものが自分の思った以上に複雑で、不完全で、不安定で、キレイなものばかりじゃないのなら、なぜルーカスは執着したのだろうか。
今までは同じものだと思っていたが、自分のハーレムと彼のハーレムは違うのだろうか。
「きっとですよ? でも私は厳しいですよ、なにせ理性を司るリーズン様の聖女ですからね」
「くくく……臨むところだ」
ジョージは自分だけの道を考えてみるのも面白いかもしれないと、胸を膨らませていたのだった。
『──ぅううううおおおおおおお!!!! 親父ィイイイ!!』
その日、レンガの隙間を虫さんがテクテクするのに負けないくらい小さい存在感の(雄叫びにかき消されたため)ツッコミが響き渡る……ことはもちろんなかった。
『──の味ですね? ジョージ様よく見て、チーズソースをかぶったブロッコリーはお父様じゃないですよ』
● ● ●
騒がしく始まったジョージ家の食卓。今夜はアメリアが作ってくれたのでまともな料理である。
皮はカリッカリに中身はジューシーな塩コショウだけのシンプルなチキンソテー、ベシャメルソースを基準に作ったチーズソースをかけたブロッコリー、ザクザクに焼いたバゲットがテーブルに並んでいる。
「うちは鶏肉が好きかな~。鶏皮の焼き加減がちょうど、故郷で食べたパリパリ草の食感に似ていてな、お見事と言うほかないのじゃ……!」
エリンは何故か得意げに語る。顔の説得力も合わせて、さながらカリスマ料理評論家である。
とは言え、お気に召したのは間違いないだろう。
「親父ィイ……オヤジィイ……美味すぎるぜ親父ィッ!!」
ジョージは小さい頃に食べた父親の料理を思い出して狂喜乱舞。
過去(親父の料理)と現在(アメリアのチーズソース)、時代を超えた暴力的な旨味のサンドイッチに打ち震え、語彙力を司る脳の部分がオーバーヒートしてしまった。
「ジョージ様、正気に戻って! それじゃお父様を食べています! ……ああ、そんなにバクバクいくなんて。このままじゃブロッコリーが全滅してしまいますよっ!!」
親父と言いながらもブロッコリーをフォークでグッサグサ刺していくジョージに、アメリアは一抹の恐怖のようなものを感じながら必死でジョージを止める。
「美味い、美味すぎる! このソースが美味すぎるのがいけないんだ! ああ、俺は……ダメな息子だ! 俺は親父との思い出や語彙力よりも、目先の旨味に脳を支配されている……いや、支配されるのを甘んじて受け入れてしまっている!」
しかし、チーズソースのかかったブロッコリーに夢中で、アメリアの言葉はジョージの耳には届かない。
「ああ、ジョージ!? うちのブロッコリーまでとらないでよ! ……もう! そんなことするならジョージの鶏肉は頂くからの! 文句はナシじゃぞっ」
ジョージのチキンソテーが乗った皿をササっと回収し、エリンはブロッコリーの腹いせとばかりに大きな口でほおばった。
「チーズソース! ここまで美味い必要があるか?! 美味すぎる、ふざけやがって!! クソっ……このチーズソースは美味すぎる……!! アメリア反省しろ!!」
「あぁ…………舌をもう少し旨味に慣れさせてから作れば良かったですね」
ジョージは凝った味のものを長年食べずに過ごしていたので、チーズなんていう旨味の塊みたいな存在は刺激が強すぎたのだ。
今の状況は小さな子どもにジャンクフードを食べさせたようなもの。暴走してしまうのも無理はないのかもしれない。
「チーズソース! 自分が美味い自覚はあるのか!?」
「……ならば、責任を取らないといけませんね」
そう言いながら、アメリアはゆっくりと立ち上がる。
「アメリアさんどうしたのじゃ……?」
「ご心配なさらず。ジョージ様が暴走気味で言葉では止められそうにないので、少し……歌うだけです」
目をつむり数秒息を整えると周囲に光のオーブが集まっていき、次第にアメリアの全身を包み込むほどの神々しい光のオーラへと変わった。
「只人であれば聖杖でゴッツンコで済みますが、私の予想が正しければジョージ様にそんな生やさしい方法は通じない……」
アメリアの持つ聖杖には人や動物の精神を落ち着かせ、軽い精神魔法も解いて理性を取り戻す効果があるが、ジョージは精神と深層心理にまで及ぶフェロモンを常にまとっている。もし聖杖で攻撃してもかき消される可能性が高い。最悪の場合、チカラに反発して暴走を加速させるなんてこともあり得る。
ならばと……アメリアは聖歌を歌うことにしたのだ。
「ラ~ララ~……神聖なる光……大いなる奇跡とともに~……迷える魂を導かん……」
アメリアが神聖力を音の旋律にのせてハミングすると、光が糸をつむぎ、波をうち、周囲を照らし、神聖なる歌が建物中に広がっていく。
「──目覚めなさい……ホーリーセラピー!」
瞬間、暖かく優しい閃光が走りジョージたちを包み込んだ。
そして数秒後、ゆっくりと光が収束したかと思うと静かにたたずんだジョージが姿を現した。
「…………………………俺は……どうしたんだ?」
「おお! ジョージが普通に戻ってるぞアメリアさん!」
聖歌がジョージの暴走に効き、理性が戻って冷静になったようだ。
「まあ、この歌が効かなかったら物理的に沈めて意識を奪うしかないので助かりました」
アメリアは今までにないスッキリとした笑顔をジョージに向ける。
──ゾクッ。
ジョージの背中に冷たい汗がひとすじ。
怒りをぶつけるでもなく、ただただ事実を述べているだけにもかかわらず、何の曇りもない笑顔にもかかわらず、ジョージはアメリアを怒らせてはいけないという確信めいたものを察した。
「……すまない。ちなみにだが、今まで効かないヤツはいたのか?」
いつの間にか綺麗な姿勢をとっているジョージがアメリアに尋ねた。
「いません。が、もしかしたら試していないだけでこの世にはいるかもしれませんね」
アメリアは怒っていなかった。にもかかわらずジョージが怯んだのには理由がある。
そう、その身に大いなる聖リーズンの威光を背負っているからだ。
圧倒的に大きな存在を前にすれば、どれだけ己が強かろうとその大きさにたじろいでしまう。獅子がキリンを前にしたかのように。
「そうだな……。もし、そんなヤツがいたら俺が倒すとするかな……」
暴走して迷惑をかけてしまったことの罪悪感、そんな自分を治してくれた感謝、仲間の背を守りたい気持ち。そんなジョージの心が言葉をつむいだ。
「ありがとうございます。ただ、今回は私の非もないと言えば嘘になりますし、あまりお気になさらず」
「たすかる。ありがとう」
「それにしても、アメリアさんの聖歌はすごかったのっ。光がふわっときて、あったかくて、やさしくて、あっという間にジョージを治してしまったのだ」
ジェスチャーましましでエリンがその感動を伝える。
「……確かに。ブロッコリーを食べている時の記憶はあまりないが、なんかこう……霧の中で道に迷っていたところを優しく手を引いてくれたような気分だった。アメリアを見直したっていうか、感心させられちまったぜ」
初対面ではオーガから逃げていたところをジョージが助けたり、洞窟で迷子になったり、白の塔リズンタワー行くのにも迷子になったり……軽い治療こそやってもらったり権力的に世話になったものの、アメリア自身の能力は今まで実感する機会がなかったのだ。
「聖女ですから人よりは上手く引き出せますが、それもリーズン様のお力あってのことです。あまり褒めても何も出ませんよ……?」
リーズン、ひいては自分を初めて褒められて照れてしまうアメリア。
「…………」
見直した直後にそんな姿を見て、ジョージは居直りアメリアの目をまっすぐ見てこう言った。
「アメリア、ハーレムに入ってほしい」
しかし、アメリアの答えはジョージの想定外のものだった。
「入りません」
「え……?」
ジョージは断られてしまった。
絶対に受け入れられるとまでは思ってなかったものの、ここまでハッキリ断られるとは思っていなかったのである。
「ジョージ様のことは嫌いではありませんし、むしろ好きです」
「…………だが、ハーレムには入りたくない、か。みんなを同じくらい大切にできるか、信用するには至っていないからか?」
ジョージは断られたショックこそあるものの、同時にポジティブでもあった。
嫌われたわけではないのだから、せめて仲間として恥ずかしくない行動をとれるよう頑張ろうと思ったのだ。
「それもあります。ですが、それだけではありません」
「きかせてくれるか?」
「もちろん! ……まず、ハーレムに入るということは恋人になることですよね。ですが出会ってまだ日が浅く、ジョージ様のことをよく知らず、判断をくだすまでに至っていません。
それに、現在私の抱くジョージ様への好きは『友情』……でしょうか。恋愛的に好きというわけではないんです。
無論、嫌いではないですから今後もずっとイヤという保証もありませんが」
アメリアはできるだけ優しく、ゆっくりと、ジョージの目を見ながら話していく。
「ジョージ様は勧誘をする時、有能であるから……もしくは見た姿が有能そうだからというのを基準にしていますよね? ハーレムはすごいものだから、きっと『深い絆を持つ万能な集団』というような認識があるのだと思います」
「…………俺を拾ってくれたルーカスが、泣くほどまで執着したもんだからな」
そのせいでジョージは以前所属していたギルドから追放されたのだ。
「深い絆という面では間違いじゃありません。しかし、有能だから万能だからという理由で恋愛的に魅力を感じたわけでもないのにハーレムに誘うのは、私個人としては納得できないんです。
他の方がどうするかは本人の自由ですし、ジョージ様も相手の意見を尊重しているようなので否定しません。
だからこそ、私を誘うなら……」
アメリアはそこで一度息を整えてジョージの手を力強く握る。
「私をもっと知ってください。知って、魅力を感じて、長所だけでなく短所も……短所すらも魅力に感じたのなら。
その時に、また私を誘ってください。
もちろん、私を惚れさせるのも忘れないで。フェロモンではなくジョージ様の行動でです。私も知る努力を惜しみません。それでも…………よろしいですか?」
アメリアの碧眼がうるんで、一瞬宝石のようにきらめく。
恥ずかしさだろうか、緊張によるストレスだろうか、ジョージを傷つけるかもしれないという罪悪感だろうか、理由こそ誰も分からないがジョージはその瞳が美しいと感じていた。
「ああ、分かった。アメリア…………きっと、次に誘うときはオーケーと言わせてやるぜ。きっとな」
ジョージの心はもう断られた衝撃より、未来へのワクワクでいっぱいだった。
ここまで言ったアメリアが受け入れるとしたらどんな行動をした時なんだろう、まだ見ぬ長所と短所はどんなものだろう、自分にも隠された魅力があるのだろうか。
ハーレムというものが自分の思った以上に複雑で、不完全で、不安定で、キレイなものばかりじゃないのなら、なぜルーカスは執着したのだろうか。
今までは同じものだと思っていたが、自分のハーレムと彼のハーレムは違うのだろうか。
「きっとですよ? でも私は厳しいですよ、なにせ理性を司るリーズン様の聖女ですからね」
「くくく……臨むところだ」
ジョージは自分だけの道を考えてみるのも面白いかもしれないと、胸を膨らませていたのだった。
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