尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹

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47.危険海域

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 繰船する倉田の指示に従い、権田が海図を広げて現在位置を航跡のように引いていく。周囲の警戒を依頼された古川は、しばらくは目を凝らして、なかなか見えてこない闇に目を慣らそうとしていたが、月明かりの無い中ではやはり至難の技だった。
 その様子に気付いたのか、倉田に「他の船の明かりや標識灯に注意すればいい。」というアドバイスを貰ってからは、周囲に目を配りながら、船の中の家捜しを始めていた。新しく購入したばかりらしく、傷ひとつないデッキにはロープと浮き輪の類しかなかった。黄色とオレンジの2色で交互に塗られた浮き輪に「しまかぜ」と黒い毛筆調で書かれていたことから、この船が「しまかぜ」と命名されていることに気付く。
 ということは、出港する時には気付かなかったが、船首の脇にも「しまかぜ」と書いてあるんだろうな。

 それにしても「島風」っていやあ、1隻だけ建造された速力40ノット(約74km/h)超の帝国海軍最速の駆逐艦じゃないか。。。ということは河田さんにとってこの船が最速の船ってことか。。。なるほどね~。

 独りで納得すると、見張りを権田に頼んだ古川は、繰船する倉田の隣の足下の扉を開けて船の前半部分を占めるキャビンに入った。
 キャビンの明かりを点けると、このての船にありがちな豪華な内装とは無縁の質素なキャビンには低いテーブルを囲んで座椅子が4つあり、テーブルには海図とタブレット端末が載っていた。そして、座椅子とテーブルの置かれた空間を囲むようにして整然と棚が並んでいた。古川はすぐに棚の一部に違和感を感じた。
 古川が、この暑い時期に無造作に棚の上に被せられた毛布を剥ぎ取ると、そこには、2丁のM-16A1自動小銃が横たわっていた。海保のヘリを銃撃したAKといい、石垣の事務所で目にしたベレッタといい、もう古川はいちいち驚いているほど平和呆けはしていなかった。逆にそこまで揃えているのならM-16ぐらいないとバランスが悪い。これで役者が揃ったというところか。。。古川は自然な手つきでそのうちの1丁を手に取った。
 ベトナム戦争当時にデビューし、瞬く間に米軍の主力となった自動小銃M-16A1は、傷だらけにはなっていたが、可動部の動きは小気味よく滑らかで、よく手入れが行き届いていることを自慢するかのように黒く鈍い光を放っていた。ずっしりとした重みと相まって、本物ならではの重厚感を醸し出している。
 そして、その周囲に整然と並べられた実弾で満たされた湾曲した形状の弾倉、通称バナナマガジン6個が、田原達の本気を静かに訴えていた。
 古川は、M-16の安全装置を掛けて棚に立て掛けると、テーブルに広げられた海図に目を落とした。
 古川の目は赤鉛筆で書き込まれた複数の矢印に釘付けとなった。海図だと思っていたものは、尖閣諸島を中心に拡大した地図で、魚釣島の西側に並んだ5つの船の形から、複数の矢印が魚釣島の南側にある船着場跡周辺へと向かっていた。それぞれに人数や、指揮者と思われる名前、装備のような書き込みがあった。少し離れた島の東北東には青鉛筆で3つの船の印が書かれていた。きっと海上保安庁の巡視船のことだろう。河田の船団はちょうど島の影に隠れたような位置から島の船着場向かって矢印を放っている格好だった。
 上陸でもする気か?
 古川は誰に言うでもなくそう呟くと、その地図の下にもう一枚紙があることに気付いた。引き出してみると、それこそは尖閣諸島や石垣島の入った海図だった。そして石垣島と尖閣諸島のちょうど中間あたりに赤鉛筆で船の印が描かれている。その付近には、黒く鉛筆で塗りつぶされた船の印があった。
 何だこの船は、さっきの地図と一緒なら赤は河田さんの船だが、1隻で何をする気なんだ?しかもこの黒い船は何だ?
 古川は考えれば考えるほど疑問の渦が広がっていくことに不気味さを感じずにはいられなかった。
 この意図をはっきりさせなければ今後の俺達の動きを決めれられない。意味不明だが彼らは綿密な計画を立てている。しかも完全武装で、だ。
 このまま進むのは危険だ。
 古川は、そう判断すると、キャビンからデッキに出た。
 日付が変わった海は、漆黒の闇に包まれてはいるが風もなく、船の灯火を反射する海面に乱れはなく海が凪いでいることを示していた。
 古川に目を向けた倉田に
「ちょっと、船を停めて貰っていいですか?」
 エンジン音に紛れない程度の大声で声を掛けた。
 船縁に寄りかかっていた権田がビクッと顔を上げて古川を見る。どうやら居眠りをしていたようだ。無理もない。きっと小山から石垣まで一気に移動してきたのだろう。背徳を感じながら。。。心身ともに参っているに違いない。そして、全てを明かした今、安堵の疲れが溢れてきても不思議ではない。
 古川は、近付いてくる権田に優しい向けて頷くと、倉田に向き直り理由を話した。
「ちょっとキャビンに来て頂きたいんです。いろんなものがありますよ。ま、それは置いておくとして、今回、河田さん達は、ただ尖閣沖に行くだけではないらしい。。。倉田さんが仰ったとおりです。」
「やはり、そうきたか。。。」
決して予想が当たった自慢ではなく、困ったことが起きたという体の相槌を打つ倉田に、古川が続けた。
「キャビンに地図の類がありました。彼らの行動を分析してから動かないとこっちが危険です。さ、中へ」
「見張りはどうします?」
 権田が申し訳程度に声を出す。
 寝てたくせに。
 と、言葉にしてイジろうとした古川よりも先に、倉田が返事をする。
「大丈夫。標識灯も点けているし、見通しも良い。他の船がぶつかる前に気付いてくれるでしょう。そんなに流される事もないでしょうし。長時間でなければ非常事態だから仕方ないです。」
 倉田の説得力のある言葉に、権田も従ってキャビンに入っていった。

「なんでこんなもんまであるんだ。」
 キャビンに入るなり権田が驚きのあまり大声を出した。
「こ、これM-16だろ?何でこんなとこに?」
 棚に立て掛けられているM-16を改めて指さした権田が古川に説明を求めた。
「ベレッタを入手できるんですから、驚くことはないですよ。
このM16は初期のタイプで、米軍や、西側各国で放出されたヤツが、かなり流通してるんですよ。特に南米とかアフリカあたりのゲリラに悩まされている地域では人気が高いんです。マカオあたりの武器商人でも扱ってますよ。」
 古川が得意気に説明し、
「なるほど。。。さすがに詳しいな。」
権田の反応を確認した古川は、さらに続けた。
「どういう経路で日本に持ち込んだかは分かりませんがね。
でも、この船に2丁あったことから考えると、この船に乗る予定だったのが田原さんと、死んだ男の2名だから、彼らは、1人に1丁ずつ配っている可能性が高い。。。」
「軍隊並じゃないか。。。」
 倉田が絶句する。
「そんなに揃えてどうするつもりなんだ。」
 権田も首を傾げた。
 M-16が最初に目に入ったおかげで、話が明後日の方向に向かうかと思ったが、打ち合わせで危機感を煽るのに丁度良かった。と古川は内心で呟くと、テーブルの海図の下から魚釣島の地図を出した。
「ここにこの地図と、海図がありました。まずは地図から確認しましょう。」
 古川が地図を広げると、一同の目が船着場に向かう赤の矢印に集中した。
「これは、、、上陸するということじゃないですか?」
 倉田が小声で言う。倉田の苦虫を噛みつぶしたような渋い表情が、軍事専門家として深刻な状況だということを周囲に物語っていた。
「まさか、、、上陸まではしないんじゃないですか?」
 権田が慎重に言葉を返す。
「いや、これを見て下さい。」
 倉田が陸地の部分を指でさすって見せる。そこには、消しゴムで消した跡があった。
「あっ、上陸した後の行動を検討していた。ということですか?」
 権田がしてやられたような素っ頓狂な声をだす。
「多分そうです。それにこれ、各矢印に添えられた文字、各チームのリーダーの名前と人数です。ざっと各10名ずつはいます。
 船でこの矢印を進のは困難ですから、ゴムボートを使うでしょうね。10名もの人間が乗ったままで島の回りを遊弋する意味はありません。窮屈なだけで、最悪転覆などのリスクも伴う。まっすぐ陸へ上がる。と私は見ます。古川さんの言うとおり、それぞれが武器を持っていると思った方がいい。」
「なぜ、そんなことを。。。」
 首を傾げた権田が顎髭をさすりながら呻く。髭が伸びてきたらしくジョリジョリと耳障りな音をばらまく。
 あ、始まったな。。。
 古川は内心微笑んだ。権田が何かを考えているときの癖は昔から変わっていないらしい。
「それは分かりませんね。古川さんは思い当たる節はないですか?」
 権田の顎をチラリと見た倉田が忌々しげに古川に話を振る。
「私にも分かりません。そもそも、今回の尖閣行きすら知らなかったんですから。ただ、前回もそうですが、あの人は、わざと中国を煽って日本政府の無策を赤裸々にして対応を迫るような状況にする。。。もっと言うと、日本政府に試練を与えている。フシがあるように思います。そういう意味からすると、武器を持って何をするかは分かりませんが、また中国を煽るのではないかと思います。」
「なるほど、ということは動きが出てこないと分かりませんね。明日が勝負ですね。」
 倉田は深く頷いてから地図に目を落とす。そして思いついたように古川に顔を向けた。
「そうだ、海図もあったと仰いましたね。見せていただけますか?」
 古川は、失礼します。といって倉田の手の載っていた地図の下から海図を取り出した。
「はい。これです。この黒い船の印、何だか分かりますか?」
 倉田に見せるなり、古川は、尖閣諸島と石垣島の丁度真ん中あたりにある鉛筆で塗りつぶされた2つの船型の印を指差して先ほどの疑問を投げかけた。
「これは。。。」
 息を止めたように呟くと、瞬時に倉田の表情が陰り、眉間に皺が寄った。
「これは、護衛艦です。私が乗っていた「いそゆき」と僚艦「あさゆき」。我々は佐世保を出た後、この辺りで警戒をしているんです。やはり筒抜けでしたか。身内が絡んでいるとは思いたくないが。。。」
 倉田は苦笑したが、目は笑っていなかった。
「近くにあるこの赤い船は何ですかね?」
 苦笑を止めた倉田が赤鉛筆の印を指でつつく。
「これですか?赤鉛筆で描いているところを見ると、河田さんサイドの船だと思います。さっきの地図にも赤鉛筆で描いてありましたから。
 それにしても、たった1隻で何をする気なんでしょうね。。。」
「確かに。。。どうするつもりなんでしょうね。」
 しばし沈黙の時間が流れ、再び権田の髭をさする音が目立ち始めたとき、倉田がそれを打ち消すように声を出した。
「ここに向かいましょう。護衛艦の方に。」
「えっ、魚釣島じゃないんですか?」
 髭をさするのを止めた権田が聞き返す。
「魚釣島の方は、目的は分かりませんが、やろうとしていることは分かります。魚釣島は近付いただけでも目立ちます。ましてや、彼らは上陸するんです。それは夜明けと共に公が知ることになる。海保や警察、あるいは法的には出番がないとは思いますが自衛隊が、黙っていても対処せざるを得ない。
 しかし、護衛艦に向かっている方の船は、何をするかも分かっていない。危険です。。。しかも我々以外誰もこの状況を知らない。魚釣島は国に任せて我々は、護衛艦の方に向かいましょう。」
 そうですね。と権田が頷き、倉田が同意を求める目を古川に向ける。
「私も賛成です。我々以外にこの海域での動きを把握できる者はいない。。。それに行動が不明確な方にこそ、真の目的がありそうな気がしますから。」
 それを聞いた倉田の顔に明るさが蘇る。
 やはり、元々は自分の艦、元部下達のことも気になるんだろう。
 古川は、独り解釈すると、いきましょう。と深く頷いて見せた。
「じゃ、決まりですね。護衛艦があの海域に達するのは、明日、もとい今日の10時頃です。ここからなら朝食を食べてからのんびり向かっても間に合いますので、今のうちに交代で仮眠をとりましょう。」
 倉田が微笑みながら提案した。
「そうしましょう」
 倉田の笑顔に、古川にも、権田にも笑顔が戻る。
 さすがは艦長。その行動と思考に人のマネジメントが自然に含まれているあたりが違うな。
 古川は倉田が行動を共にしてくれたことの幸運を、誰にともなく心の中で感謝した。
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