生贄のように嫁いだ敵国で愛する人を見つけました

Adria

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母と兄との再会

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「……リー。エミリー、そろそろ起きなさい」
「ん……」

 温かい手に優しく体を揺すられて、エミリーは寝ぼけ眼を擦りながら体を起こした。すると、その手が支えてくれる。

(あたたかい……)

 慣れ親しんだ温もりに吸い寄せられるように寄りかかると、くすくす笑う声が聞こえてくる。そして鼻を摘まれた。


「っ!」
「エミリー、おはよう。昨日は婚礼で疲れたのかもしれないが、そろそろ起きようか」
「そうよ、寝すぎだわ」

 その二人分の聞き慣れた声に、ぼんやりしていた思考が徐々に覚醒してくる。エミリーはぐしぐしと目を擦ったあと、ぱっと目を開けた。すると、そこには母と兄が困ったような顔で笑っていた。


「お母様、お兄様……」
「まずは結婚おめでとうというべきかしら。昨日の貴方、とても立派だったわよ」
「すごく誇らしかったよ。だがそれ以上に……幼かった妹が、僕たちの手を離れてしまう時が来たのかと寂しくもなった」

 頭を掻いて苦笑いする兄をじっと見つめる。

 夢でも見ているのだろうかと、エミリーが固まっていると、母がぎゅっと抱き締めてくれた。その手は小さく震えている。


「つらい思いをさせてごめんなさいね。わたくしの生まれた国とはいえ、あの戦況の中――ひとりこの国に送られるのは恐ろしかったでしょう」
「お母様……」
「エミリー、我が国はもう大丈夫だ。ディフェンデレの国王陛下も王太子殿下もとても慈悲深い方なのだよ。これからは手を取り合って平和を築いていけるだろう。僕がエミリーを想い、殿下がエミリーを愛し続ける限り、両国の間に戦争は起きないと断言できる」
「エミーディオお兄様」

 自分の身を案じてくれる母の言葉と、もう大丈夫だと断言してくれる兄の言葉に――胸が熱くなった。

 そして何よりも目の前にずっと会いたかった人がいる。母と兄がいる。その事実が嬉しくてたまらなかった。
 エミリーは抱き締めてくれる母に縋り、子供のように声を出して泣いた。


「わ、わたくし……怖かったの、怖かったの、です」
「ええ、そうね。本当にごめんなさい。いくら作戦とはいえ、魔力増幅装置をつけられ死ねと言われれば恐ろしくてたまらなかったと思うわ。よく耐えたわね。えらいわ、エミリー」
「すまぬ。本当にすまぬ。だが、その策でなければあの父を納得させることができなかったのだ」

 エミリーが泣いていると、兄が涙を拭ってくれる。その表情はとてもつらそうだった。

 ペルデレに勝ち目がないと分かった父はエミリーを使おうと考えていたそうだ。そこを利用したのだと兄は言った。


「建前はどうあれ、エミリーを父のもとから逃がし、アルノルド殿下に託すのが一番の目的だった。エミリーさえ奪い返すことができれば、僕もクーデターを起こしやすくなるからな」
「クーデター?」

 エミリーが瞠目すると、母と兄はしっかりとエミリーを見据え頷いた。


 父が愚かにもディフェンデレに戦を仕掛けた時、ほとんどの重臣が父を見限ったのだそうだ。兄を新王として担ぎ上げようとするその重臣たちの力を借り、兄は母を父から助け出し――祖父であるプロテッジェレ公爵経由でレーリオに連絡を取ったらしい。父を玉座から引き摺り下ろし、この馬鹿げた戦争を終わらせるために。


「父に気取られぬように秘密裏に動いていたことや、父が母よりエミリーのほうに利用価値があると考え、たくさんの近衛兵にエミリーを見張らせていたせいで、とても時間がかかってしまったのだ。本当に長い間不安な思いをさせてすまなかった。その上、国を守るために嘘でもエミリーを犠牲にすればいいと父に進言してしまった……。それは決して許されることではない」

 悔しそうに歯噛みし頭を下げる兄に何度も首を横に振る。エミリーは次は兄に抱きついた。すると、力強く抱き締め頭を撫でてくれる。

 自分がずっと皆から守られていたのだと知って瞳の奥が熱くなった。エミリーが兄に抱きつき泣いていると、ノックの音が聞こえてレーリオと祖父が部屋に入ってくる。


「レ……いえ、アルノルド様。それにお祖父様」
「ペルデレ王は戦況を覆すための駒を欲していた。それゆえにそう言うしかなかったと、理解してあげてエミリー」
「もちろん分かっています。助けてくださり、本当にありがとうございました」

 兄から体を離してベッドから立ち上がり、皆に深々と頭を下げた。すると、兄がまた抱き締めてくれる。その光景を見ていた祖父が嘆息した。


「ペルデレ王は酒に溺れ君主たる義務を放棄したのだ。エミーディオも殿下も、いずれ国を背負って立つ身。今回のことを胸に刻み、ペルデレ王のようにはならぬように」
「もちろんです」
「肝に銘じておくよ」
 

 国は民があってこそ成り立つ。だからこそ、治める者は民の生活を守る義務があるのだ。決して脅かすような真似をしてはならない。

 父は王としてそれを放棄し、民と臣下を危険に晒したのだ。


「……そういえばエミリー。なぜ其方だけ未だに寝衣のままなのだ」
「え?」
「まさか今起きたのか? ずいぶんとお寝坊さんだな」
「こ、これは皆が寝起きに部屋に入ってきたから……! 着替える暇がなかっただけです!」

 祖父の揶揄う言葉にボッと顔に火がつく。その後は母以外の皆に部屋から出てもらい、慌てて朝の支度を整えた。
 そして母が選んでくれたドレスを見に纏い、皆と少し遅い朝食を摂る。朝食後は国内がまだ安定していないからと言って母と兄は帰国してしまった。

 寂しいが他国に嫁ぐということは家族と離れるということだ。寂しくても耐えなければならない。それにレーリオと兄や皆のおかげでディフェンデレとペルデレは、再び良い関係が築けている。だから、会いたいと思えばまた会える。

 そう思って、エミリーは母と兄を見送った。



「ありがとうございます、アル様」

 母たちを見送ったあと、エミリーはレーリオと王宮庭園を散策しながら礼を伝える。一瞬どちらの名で呼ぶか迷ったが、庭園ということもあり人の目があることを考慮して彼を愛称で呼ぶことにした。


「礼を言うのは私のほうだよ、エミリー。エミーディオ殿下が我が国に好意的でなければ、私はまたエミリーを失っていたかもしれない。そう思うと、彼には感謝してもしきれないよ」
「アル様……」
「婚姻を申し込んだことで、まさか攻め込まれるなんて思わないだろう。とても焦ったよ。こんなことになるなら準備なんて悠長なことを言っていないで、あの時エミリーを奪っておけば良かった。帰さなければ良かったと……そう何度も考えたよ」

 レーリオの後悔の滲む声に胸が苦しくなる。エミリーは胸元を押さえて俯いた。

 あの時はレーリオを王太子だと知らなかった。戦争が起きたと知った時、王女としての責務とレーリオへの恋心の間で揺れた。その上でエミリーは恋を捨て、責務を取ると決めたのだ。

 それなのに結局はどちらも捨てなくて良かった。これほどに嬉しいことはない。


「ねぇ、エミリー。欲しいものやしてほしいことがあったら遠慮なく言ってね」
「……え? は、はい。ありがとうございます」

 突然話題を変えたレーリオに弾かれたように顔を上げると、彼は少し困ったような顔をしていた。

 気を遣わせてしまったのだと思い、もう大丈夫だという思いを込めて彼に抱きつく。すると、彼はとても嬉しそうに微笑んでくれた。

「ありがとうございます。わたくしの願いはこの平穏な生活がずっと続くことです。貴方の隣で、両国が揺るぎない絆を築いていくところを見続けたいです」

 兄はお互いがお互いを愛する気持ちが続く限り戦争は起きないと言った。自分もそう思う。

 エミリーが微笑みかけると、レーリオが絶対に叶えると約束してくれた。
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