生贄のように嫁いだ敵国で愛する人を見つけました

Adria

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レーリオの秘密

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「今からエミリア村に行こうか」
「え?」

 しばらく抱擁を交わしていると、レーリオが突然そんなことを言い出したので、エミリーは戸惑いがちに彼の胸から顔を上げた。


「村の皆も戻ってきて見違えるようだよ。是非エミリーに見てほしいんだ」
「え? もう皆戻ってきているのですか? あんなにも悲惨な状況だったのに?」
「うん。もう大丈夫だよ。人間というのはたくましいね。困難な状況からでも立ち上がる力がある」


 皆が戻ってきているなら会いたいし、直している途中なら手伝いたい。

(そういえば、ディフェンデレに来て数ヵ月になりますが、まだ出掛けたことがありませんでしたね)

 以前のように転移してどこかに行くこともなく、ずっとレーリオの側にいる。
 王太子妃になるために忙しかったのもあるが、何よりエミリーがレーリオの側を離れて一人で出掛けたいと思わなかったのだ。

 だが、気になっていたエミリア村を彼と一緒に見に行けるなら話は別だ。エミリーは即諾してレーリオとエミリア村へ向かうことにした。すると、それを知ったグレタとラウラ、そしてロレットがついてくる。


「わぁ! すごい……!」

 久しぶりに来たエミリア村は人の往来や活気が戻っていた。血生臭さや何かが焼ける臭いなどもなく、以前レーリオと来た時と何も変わらなかった。

 まるであの日見た戦場と化したエミリア村が夢だったかのように、完全に元通りになった姿にエミリーはきょろきょろと見回しながら歩いた。その後ろを皆がついて来てくれる。


「レーリオ様、すごいです。素晴らしいです。こんなにも短期間で元通りになるなんて」

 エミリーの胸は感動で高鳴るばかりだ。目を輝かせながらレーリオに語りかけると、ロレットが笑う。

「短期間どころか、主が魔法で直したので一瞬で元通りでした~」
「えっ!?」

 茶化すように言ったロレットに目を瞬かせる。エミリーが固まっていると、いつのまにか市場に行っていたグレタとラウラが戻ってきて、こくこくと頷いた。その手にはたくさんの食べ物が抱えられている。


「魔法といっても万能ではないはずです。王族とはいえ、あんなにも酷く焼けてしまった土地や村を一瞬で元通りにするなんて不可能です。揶揄わないでくださいませ」
「揶揄ってなんていません」
「元々ご主人様が創り出したものなので造作もないのです、エミリー様」

 じろりと睨んだエミリーに肩を竦めるロレットを見ながら、グレタとラウラが声を合わせてそう言った。

(え……? ご主人様が創った?)

 その一部始終を隣で見ていたレーリオが苦笑する。


「こんなところで立ち話もなんだから、詳しいことはエミリアの泉で話そうか」
「はい」

 エミリーが頷くと、レーリオがエスコートするために腕を差し出してくれる。その腕に手を絡め、エミリーは完全に復興したエミリア村を端までよく見てから、村の外れにある森へ入っていった。その森を抜けると、以前と何も変わらない美しいエミリアの泉が現れる。

「ここも元通りなのです……!」

 エミリーは嬉しくなって泉に駆け寄った。そして水辺に座ってその泉の中に手を入れる。その水は血で濁ってなどなく、とても綺麗で澄んだエミリーがよく知っている泉の姿だった。
 エミリーが感動していると、隣にレーリオが腰掛け、その少し後ろでグレタとラウラ、ロレットが買ってきたたくさんの食べ物を広げる。

 パンやお菓子。お肉やお酒に果実水。ちょっとしたピクニック状態だ。それを横目に見ながら、エミリーはレーリオに問いかけた。


「レーリオ様。先程グレタたちが言っていた創り出したというのはどういうことなのですか?」

 初夜の最中、レーリオの見た目が変わったことも気になる。あれは快感に浮かされて見た幻では絶対にないはずだ。それに、アルノルドではなくレーリオが本当の名だと言ったことに対してもそろそろ教えてほしい。

 エミリーが真剣な表情でレーリオを見つめると、彼がにこりと微笑んだ。その瞬間、彼の髪が初夜の時のように肩までの長さの銀髪に変わる。それに瞳の色も暗めの紫へと変わり、いつもは見えない彼の湧き立つ魔力がオーラとなって見えた。


 いつもとは違うその幻想的な姿に目を奪われる。エミリーは気がついたら「綺麗……」と呟いていた。その言葉を聞いたレーリオが「ありがとう」と微笑み返してくれる。
 すると、湧き立つ魔力がエミリーにすり寄るように纏わりついてきた。最初は瞳と同じ暗めの紫だった魔力が今は薄紅色になっているので、もしかすると喜んでいるのかもしれない。


「そ、そのお姿が本当のレーリオ様なのですか?」
「うん、そうだよ。さて、何から話そうか。実は……私が初代国王だと言ったらエミリーはどうする?」
「え……?」

 確かに大神殿で見た初代国王の像に、今のレーリオは瓜二つだ。だからと言って、とても信じられない。初代国王がいた世は千年前だ。彼の言うことが本当なら、生まれ変わりというやつなのだろうか。

 エミリーが戸惑った視線を向けると、レーリオが苦笑する。


「では、レーリオ様の前世が初代国王陛下ということですか?」
「いいえ~。レーリオは我が魔族の王の名です。主はずっと待っていたんですよ」

(待っていた?)

 レーリオは常に人に混じり姿を変え、この大陸を見守りながら待っていたと、ロレットがレーリオに代わり答えてくれた。


「魔族の王? 初代国王? なら、国王夫妻はどうなるのです。お義父様とお義母様は?」
「彼らは私の子孫ではあるが、親ではない。正確にはアルノルドが彼らの息子なのだ」
「え?」

 レーリオは、現国王夫妻が産んだ唯一の子供――アルノルドは病弱で長く生きられなかったと言った。

 エミリーはとても信じ難い言葉の数々に混乱して眩暈がしそうだった。

(一体、どういうことなのでしょうか?)

「当時十二歳になったばかりのアルノルドはもう命の灯火が消えそうになっていた。普段なら干渉しないんだけど、とても強い心の叫びが聞こえたんだ。父母を悲しませたくない。そして何より王子としての務めを果たせないまま死にたくない。血統を絶やしたくない。そういった叫びが聞こえてきて、ついね」
「だから? だから、アル様になったのですか?」

 レーリオは小さく頷き、困ったように笑った。

 エミリーは纏わりついてくるレーリオの魔力を手で払いのけながら、彼の手を握る。


「国王夫妻は知っているのですか?」
「いや、知らない。知らなくていいこともある」

 エミリーは愕然とした。
 それでは国王夫妻は今も本当の息子アルノルドが神の御許に逝ったことを知らないのだ。それがいいことなのか悪いことなのか、エミリーには判断がつけられなかった。


(だから普通では扱えない魔法が使え、魔力量も段違いなのですか?)

 魔王だからこそ本来なら聖女にしか使えないという治癒魔法が使え、体液にもオーラにも魔力が滲み出る。それに魔力増幅装置が、触れただけで灰になったのは彼の魔力があまりにも強大で耐えられなかったからだろう。


 そして何より短期間で元通りになったエミリア村が、レーリオが普通ではないことを物語っていた。

 エミリーが激しい動悸で苦しくなった胸元を押さえて俯くと、レーリオの魔力が頭を撫でてくれる。
 なんとなくまた払いのけてしまうと、レーリオが少し悲しそうな顔をした。


「……」
「それに、エミリーがこの時代に生まれ変わっているのも知らなかった。だから、この泉で出会えたのは本当に偶然だったんだよ。そう思えば、私がアルノルドになり変わるのは必然だったのだと思う」
「わたくしが……生まれ変わっている?」

 突如として聞こえてきた理解し難い言葉に顔を上げる。すると、レーリオの手が頬に伸びてきた。


「そうだね、まずはエミリーと私の初めての出会いから話そうか。エミリーの前世から……」

(わたくしの前世?)

 エミリーが訝しげな顔をすると、レーリオが困ったように眉を下げて笑う。


「前世のエミリーはね、体が弱く常にベッドの上にいたそうだよ。けど、体調が良い日――神殿に行くと神からの啓示を受けたんだ」
「神様からの啓示?」
「そう。それにより、エミリーは健康な体と神力を手に入れた……」

 レーリオの言葉に瞠目する。

(神力……? 聖女? わたくしの前世が伝承の聖女様?)

「だけど、聖女となっても上手くは行かなくてね。エミリーは何度も死んだ」
「え? 何度も?」
「そう、何度も。そのたびに神々は時間を巻き戻し、エミリーにやり直すチャンスを与えた。その四回目の繰り返しの時、私たちは出会ったんだ」

 今までよりも信じ難いことを真剣な表情かおで話すレーリオに困惑を通り越して動揺してしまう。

 エミリーがなんと答えていいか分からず黙り込むと、ロレットがレーリオの言葉を補足するように口を開いた。


「正確には何度やり直しても無理だと、やっと理解したエミリーさんが国を出奔して、魔の森で迷っているところを僕が拾ったんです」
「え? ロレット様がわたくしを拾った? ということはロレット様も魔族なのですか?」
「僕だけじゃなく、ここにいるグレタとラウラも。君の祖父も魔族ですよ~。あと大神殿の神官とか。まあ元々この大陸は魔族と人が混じり合って暮らしているので、何も珍しくないです。建国神話を読んだでしょう?」

 あまりの驚きに言葉を失う。驚愕の視線をグレタとラウラに送ると二人が申し訳なさそうに頭を下げた。

「黙っていて申し訳ございません、エミリー様。ですが、私たちまたお仕えできて嬉しいです」
「いいえ、謝らないでくださいませ」

 地面に頭を擦りつけそうな勢いのグレタとラウラを慌てて制止する。

 彼女たちはずっとレーリオのことを『王太子殿下』ではなく、ロレット同様『主人』と呼んでいた。最初は祖父のことかと思ったが、彼女たちは女官。すぐにでもレーリオのことだと分かった。だが、なんとなく問い質してはいけないような気がしていたのだ。

(そういえば、わたくしのことも妃殿下とは呼んでいませんね)

 それは過去の繋がりがあるからだろうか……

 エミリーがそんなことを考えていると、レーリオがエミリーの腰を抱いて抱き寄せ、過去のことを話しはじめた。
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