生贄のように嫁いだ敵国で愛する人を見つけました

Adria

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前世のエミリー(レーリオ視点)

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「あの当時、人間たちは常に啀みあっていたんだよ」

 レーリオはグレタたちが買ってきた果実水をエミリーに渡しながら話しはじめた。 

 楽しい話ではないので、ピクニックでもしながらのんびり話せればと思い、自身も酒を呑む。


「当時も……戦争をしていたのですか?」
「そうだね」

 レーリオは、不安そうに自分の顔を見るエミリーの頭を撫でて、何も怖いことはないと安心させるように微笑みかけた。


 当時――何十年にも渡り、戦争を続けている人間たちに辟易していたのをよく覚えている。
 前世のエミリーも、戦争が終わるのと自分の命が終わるのは一体どちらが先なのか、ベッドの上でずっと考えていたと言っていたし、魔族だけでなく人間たちも辟易していたのだと思う。
 

「エミリーはね、前世も王女だったんだ。ただ……側室が産んだ十五番目の王女な上に病弱だったから、父親の愛は受けられていないようだった。母親もすでに亡くなっていて、彼女は家族の愛に飢えていたんだ」

 だからこそ、聖女となった時にエミリーは今まで自分を顧みてくれなかった父親や王太子である腹違いの兄が、自分に優しくしてくれるのを愛情だと勘違いしたんだ。

 なぜ人間の子供というのは、親の愛を求めるのだろうか。心を向けてくれない相手に、心を砕いても疲れるだけなのに。これだけは、千年見ていても分からなかった。
 魔族は基本的に早いうちに自立する。人間との混血が進み、人間に近くなった者は人間と同じように生活をしているようだが……


(私は、血の繋がりよりも心の繋がりを重視したい。お互いを大切に思えるなら別だが、愛してくれない親に愛を求めるなど不毛なだけだよ)


 黙って話を聞いているエミリーを抱き締めたい衝動に駆られたがぐっとこらえて、彼女の口に一口分に切り分けた菓子を放り込んだ。


「前世のエミリーは……、病気がちだったために公務などはできずに、基本的に自室で過ごしていたそうだよ。だが、とても信心深かったせいで、少しでも体調がよい日は神殿に赴き、祈りを捧げていたんだ」

 病気がちなのに少しでも体調が許せば、熱心に祈っていた。それを神々も好ましく思ったのだろう。
 いや、哀れに思ったのかもしれない。今にも命の灯火が消えそうな彼女に慈悲を与えたつもりでいたのだろう。

(あいつらの考えそうなことだ)


「エミリーは昔も今もとても可愛く美しいから欲しくなったのだよ。神々も男だから本当に油断ならない。私より先にエミリーを見つけるなんて……」
「レーリオ様……」

 ぎりっと歯噛みすると、エミリーが呆れた声を出し、ロレットが笑う。グレタとラウラは菓子を食べながら、何も言わずにこちらを見つめてきた。

 その皆の様子から視線を逸らし、酒を呷る。


「まあそのおかげでエミリーと出会えたのだから、何が幸いするかは分からないよね」
「聖女となり、伝承に残るほどの偉業を成し遂げたのに、なぜ何度も生をやり直すことになったのですか?」
「前世のエミリーの父親が裏切ったからだよ」

 エミリーは寝る間も惜しんで国のために働いた。神力の扱い方を学び、怪我をしている者がいると訊けば治してやり、燃えてしまった国土を癒やしてほしいと言われれば、聖女としての力で癒し緑を芽吹かせた。

 彼女は国のために父親のために、命懸けで頑張ったのだ。その様子をずっと見ていた。最初は健気な娘だなと思っているだけだったが……

 それが恋に変わったのはいつだったのか。


「裏切る?」
「うん。魔女として処刑したんだ」
「しょ、処刑……!?」

 目を見開いて驚くエミリーをぎゅっと抱き締めた。

「聖女を手に入れたのだ。あの男はその力を利用して、大陸全土を支配下におさめたかった。だが、エミリーは聖女の力を使って戦争を終わらせたかった。その思いがぶつかったんだ」

 エミリーは戦争を終わらせるのが神の意志であり人々のためだと思い頑張っていたのだろうけど、エミリーの父親は違う。その力を利用して、己がこの大陸を支配したかったのだ。

 すでにエミリーのおかげで国は富み軍事力も強大になっていた。単純な話、もうエミリーがいなくとも国は大丈夫になっていたのだ。

 むしろ、正論をぶつけるエミリーが邪魔で仕方がなかったのだろう。


「で、ですが、健康な体と聖なる力を神様からいただいたのなら、それが当然ではないのですか? 人間同士の諍いを止めるために、聖女としての役目をくださったのでしょう?」
「いやいや、まさか~。そんな崇高な考えはなかったと思いますよ~。ただ単純に神はエミリーさんを見初めただけです」
「え?」

 ロレットの言葉に頷くと、エミリーが目を白黒させた。

 そうだ。単純に見初めたからたちが悪い。

 あいつらはエミリーに健康な体と神力を与え、エミリーが幸せを感じ――与えた寿命をまっとうした時に、妻として迎えるつもりだったのだ。
 だがエミリーは幸せを感じない。むしろ信じた親に裏切られ絶望を感じて死んでいく。


 絡繰はよく分からないが、満たされて死ななければ妻として側に置けないらしい。そのせいでエミリーが失敗して死ぬたびに、神々は何度も人間の時間だけを巻き戻した。


(それを退屈凌ぎにずっと見ていたら、いつのまにかエミリーが私の心を奪って離さなくなっていたんだよね)

 何度やり直させたって結末は同じだ。エミリーを幸せにしたいなら、その現状から抜けださせないと……

 レーリオはエミリーの肩に顔をうずめて、すり寄った。


「だからさっきも言っただろう。神々も男なんだよ。そりゃ、こんなにも素晴らしい女神の如き女性がいれば、手を出したくなるのも当然だから気持ちは分からなくもないけどね」
「神様はそんなに俗物ではありません。無礼ですよ」
「俗物だよ。第一、エミリーが持つ神の知識はすべて本当の神ではない。現在、この大陸の神は私だからね」

 顔を上げてにっこりと微笑むと、エミリーがげんなりとした。レーリオから視線を外し、グレタとラウラに助けを求める。

(その目はなんだか寂しいな……)


「ご主人様はエミリー様のために、この大陸を神から奪い取ったのですよ。褒めてあげてくださいませ」
「え?」
「エミリー様と神々との縁を断ち切るために、神々が決して干渉のできない魔族と人間が共に住める国を創ったのです。建国神話に書いてあったでしょう?」
「確かに読みましたけれど……」

 エミリーはいまいち信じられないらしく、訝しげな表情をした。


「信じられない?」
「そういうわけではないのですが……」

 困ったように顔を俯けるエミリーの顎をすくい上げ、視線を合わせる。その瞬間、エミリーが首尾よく眠りに落ちたので、倒れ込む体を支えてぎゅっと抱き締めた。


「主……?」
「ご主人様、どうするおつもりですか?」
「話していても埒があかない。エミリーにとっては建国神話はただの物語にしか感じないのだろう。なら、前世の記憶を引っ張りだしたほうが早い」

 エミリーに纏わりつかせている己の魔力でエミリーの全身を包み込んだ。

「エミリー。前世の記憶を思い出させてあげるよ」
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