生贄のように嫁いだ敵国で愛する人を見つけました

Adria

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はじめての出会い②(前世のエミリー視点)

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「昨夜はよく眠れたかい?」
「はい。ぐっすり眠れました」

 昼食に招いてくれたレーリオの言葉に頷くと、彼が安堵の表情を浮かべる。その表情はとてもじゃないが魔の物には見えなかった。

 この城は外観こそ禍々しいが、内装はエミリーが過ごしていた王宮と然程変わりがないし、住んでいる者もとても優しく気遣いにあふれている。
 そのおかげか、まだ一日しか滞在していないのにすごく居心地がいい。


(レーリオ様なら、わたくしの疑問を解消してくれるでしょうか)

 エミリーは優しげに微笑んでいるレーリオに気になることを訊くことにした。


「レーリオ様は魔王で、城の中にいる皆は魔族ということでよろしいのですよね?」
「そうだね。そういうことになるよ」
「魔王だからこそ、神様の与えた力に対抗できるのですか? それに本当にこの繰り返しを終え、寿命をまっとうすることは可能なのでしょうか? あ、あと、どうしてわたくしを助けてくださる気になったのですか?」

 神への対抗心か。はたまた気まぐれか。

 エミリーが矢継ぎ早に問いかけると、レーリオがエミリーの前に手を出して制止した。そして咳払いをする。


「順番に答えるから、とりあえず座ろうか。ほら、お茶でも飲んで落ち着いて」
「は、はい」

 自分が立ち上がっていることに気がついて、慌てて座り直す。いくら気になっているからと言っても前のめりすぎた。

 エミリーは反省しながら、気持ちを落ち着かせるために一口お茶を飲んだ。すると、レーリオが口を開く。


「エミリーに接触したのは……、気まぐれや退屈凌ぎでもなければ、神に嫌がらせをしたかったわけでもない。貴方の力になりたいと思ったからロレットに迎えに行かせたんだ。どのやり直しの生でも健気に頑張っているところを好ましく思っていた。が、同時にとても不器用で危なっかしくもあった。せっかく得た神力を他者に利用させるなんて、エミリーはお人好し過ぎる」
「で、ですが……」
「分かっている。戦争を終わらせ――誰も泣かなくていい世にしたいと頑張っていたのだろう?」

(だけれど、それは夢物語でした)

 エミリーが小さく頷くと、レーリオが手を伸ばしてエミリーの頭を撫でてくれる。そして「よく頑張ったね」と褒めてくれた。その瞬間、ぶわっと涙があふれだして、ぽたぽたとドレスに染みをつくる。


「あ、あれ? わたくし……」
「好きなだけ泣けばいい。今まで誰にも弱音を吐けなかったのだろう?」
「レ、レーリオ様……」
「エミリーはもっと甘えたり頼ったりすることを覚えたほうがいい。一人でなんでも背負いすぎだ。まあ、今回すべてを捨てることに決めて逃げてきたのはエミリーにしては上出来だったけどね」

 レーリオが「えらい、えらい」と言ったのと同時にふわっと体が浮いて、彼の膝の上に座らせられた。エミリーが慌てると抱き締め、背中をさすってくれる。
 彼の腕の中に包み込まれると、とても温かくて、さらに涙があふれてきた。


 ――ずっと誰にも言えなかった。
 聖女たる者、いついかなる時も慈愛に満ちた微笑みでいなければならない。決して弱音を吐いてはいけない。どんな時でも無私の心を忘れず、皆のために尽くさなければならない。それが神に選ばれた者の使命だ。

 父からずっとそう言われ続け、いつしか何も言えなくなった。


「わたくしずっとつらかったのです。それに怖かった……怖かったの」

 何度も繰り返す死。そして終わらない聖女としての生。とても名誉なことなのに、永遠に続く地獄のように思えて、恐ろしくてたまらなかったのだ。


 エミリーがレーリオに縋りつくように泣いていると、彼が力強く抱き締めてくれる。そして、少し困ったように笑った。


「最初は本当にただの興味だったんだ。神々が人間の女を見初めて、力を分け与えた。その女がその力をどうやって使うのか、見てやろうと思ったんだ。だが、エミリーはその力を一度も自分のために使おうとしなかった。どんなにつらい時でも、他者のために力を奮う貴方を見ていると絆されちゃったんだ。この優しくて危うい人を助けて……守ってやりたいと思った。だから、もう怖がらなくていい。エミリーが抱えるすべての苦しみから守るから」

 レーリオが、エミリーの頭を何度も優しく撫でる。
 出会ったばかりなのに――彼の腕の中がなんだかやけにしっくりきて落ち着いた。

 彼にならすべてを曝け出し打ち明けたいという気持ちになってくる。これが魔に魅入られるということなのだろうか。


「……神様はなぜわたくしを選んだのでしょうか? 何度考えてみても分からないのです」
「見初めたからだよ。神々はエミリーを欲したのだ」
「え? 欲した? それはどういう……」
「そのままの意味だよ。まあ理解できるけどね。この美しく艶やかな淡いグリーンの髪。そして何度やり直しても希望を失わずに凛として輝いている金の瞳。透き通るように白い肌に、抱き締めたら手折ってしまいそうなくらい華奢な体。聖女と呼ぶに相応しい可憐な容貌。欲しくなる気持ちはよく分かる」
「~~~っ!」

 ストレートに褒められて心臓がけたたましく鼓動を打つ。エミリーは真っ赤になった顔で、口をぱくぱくさせた。

 聖女だった頃、皆が容姿について褒めてはくれたが、このような熱がこもった声音ではなかった。
 愛おしさを滲ませるように優しく細まっているレーリオの目から逃れるように、エミリーは胸元をぎゅっと掴んで俯いた。


「ほ、欲しいと思ったならやり直させる必要はなかったのでは? 死んで神の御許に逝ければそれで……」
「細かい絡繰や取り決めは魔族である私には分からないけど、絶望を感じて死んではいけないんだよ。幸福感に包まれて死ななければ、死後――妻として側に置けないらしいよ」
「は? 妻?」

 予想もしない言葉にぎょっとする。
 エミリーの驚きようにレーリオが苦笑した。


「不快だよね。大丈夫。エミリーのことは必ず守るから。それに、もう繰り返させたりもしない。魔王として神々と……」
「いいえ、そうではなくて。神様がわたくしを妻に? そんなことあるわけがないでしょう!」

 エミリーがレーリオの言葉を遮ると、彼がきょとんとした。

「なぜ?」
「なぜって、そんなの変なのです」
「変、かな? 人間が天候や災害などをどうにかしたくて、それらを司る神に生娘を捧げるのはよくあることじゃないか。その後、その女が妻や側女としておさまることもまた別に珍しい話ではない。神は人間の女が好きだよ。永き世に渡って、人間が神に供物として自身を捧げてきたのは、そういった需要と供給が成り立っていたからではないのかい?」

 あまりにも露骨な言い方に唖然としてしまう。エミリーが固まっていると、レーリオがエミリーの頬に手を添えた。

 その手の熱さにハッとして、慌ててかぶりを振る。


「な、なら、レーリオ様がわたくしに望むことはなんでしょうか?」
「望むこと?」
「はい。見返りのない優しさなど存在しないということを繰り返しの人生で学びました。それに神様ですら、神力や健康な体をくださったのには望みがあったのです。だからレーリオ様にだってあるのでしょう?」

 彼はすべてを語らなくても、エミリーのつらさや苦労を分かってくれている。

 泣いてもいいと、甘えて頼ってもいいと、言ってくれた。その言葉が何より嬉しかった。神に聖女として選ばれた時よりも――聖女となったことで父や兄に構ってもらえるようになったことよりも嬉しかったのだ。


 だから裏があったとしても、そんなにも嬉しい言葉をくれたレーリオのためなら、聖女として働いてもいいと素直にそう思えた。

「見返りなんて求めていないよ。敢えて、望むことがあるなら、エミリーが笑っていられることだ。できれば、私の側にいてほしいがそれを望まないのであれば別に構わない。一番大切なのは、今度こそエミリーが幸せになることだよ」
「そ、そんな……。そんなこと……! なぜ……? なぜですか?」

 無償の愛など存在しない。誰しも自分にとってメリットがあるから、優しくしてくれたり、力を貸してくれたりするのだ。

 エミリーがレーリオをじっと見据えると、彼もまた真剣な表情でエミリーを見た。


「エミリーは愛されるということが分からないのだね。ならば、私が貴方に教えよう。貴方は何も考えずに愛されていればいい」
「魔族が愛を説くのですか?」
「うん、そうだね。おかしい? やり直しをしていたのは人間たちだけだったからね。ずっと見ていたよ。だから、この気持ちは一朝一夕のものではない。でもエミリーからすると、会ったばかりだからね。そんなに簡単に私の心を信じることはできないだろう。だからゆっくり教えていくよ」

 レーリオの言葉に止まっていた涙がまた出てくる。

 彼の言葉を信じてみたい。
 挫折と後悔だけしかない今までの人生だが、彼が見ていてくれたのなら自分の頑張りは無駄ではなかったのだろう。

 いいところがなかった人生を初めて良かったと思えた時だった。


 神も家族もくれなかった愛情を感じて、エミリーはレーリオの腕の中で子供のように声を出して泣いた。
 彼は何も言わずにずっとエミリーを優しく抱き締め、背中をさすってくれる。その優しさにエミリーは身も心もすべてを預けてみようと決めた。
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