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第一章 First love
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周防はトントンとハンドルを小さく打ちつけていた。
「昔さ、高校の時にちょっとしたことがあって……その時の恩師が励まそうとしてくれたお菓子がすごくおいしくてさ。それで通うようになって、総一郎さんがいて、いろいろ話すようになってさ」
かいつまむようにぽつりと漏らされる周防の過去。
まだ蜜が父を知らなかった過去に、周防と出会っていた?
こんな偶然ってあるんだろうか。
しかも名前で呼ぶほど近しい存在だった?
「じゃあ、ゆめのやに通ってるのも、父がいるから?」
声が震えていた。
父のお菓子が美味しいと言ってくれて嬉しかったのに、今は無性に腹立たしかった。
「父に会いたくて通っていたの?」
「総一郎さんがいるから、っていうより、あの人の作るお菓子を食べたいから」
周防は不自然なほどきっぱりと早口で言い切った。
何度も自分に言い訳をしてきたかのように。
「いつも会っていたんですか?」
「まさか。っていうか総一郎さんは忙しいだろ。そんないちいち引き止められないよ」
話せば話すほど心の中にどす黒いものが広がっていくようだった。もしかして蜜に親切にしてくれるのは父の息子だから?
「ぼくは父の昔を知りません。家族になった時にゆめのやができたので。ぼくにとって父の店はゆめのやだけです」
まるで駄々をこねるような蜜の声に周防は小さく笑った。
「うん。わかってるよ。ゆめのやは総一郎さんの夢が詰まったお店だし、すごく素敵なお店だよな」
そうじゃない、と言いたかった。
昔の周防も、父も、蜜には知らない人だ。
今こうして近くにいるのに急に距離を感じてしまう。まるで過去から放りだされたみたいに。
その頃の蜜は、周防の知らない場所で、周防の知らない生活をしていた。
「なあ、蜜」と周防は優しい声を出した。
「なんか怒らせた? 別に今の蜜たちを否定してるわけじゃないよ。ただ、ゆめのやができる前に修行していたお店で総一郎さんと出会って、彼のお菓子が好きで追いかけてきたってだけだからな。君たちのことを悪く言ってるわけじゃない」
そんなことはわかっている。
でも、再婚したころ口さがない人たちの声も聴いた。玉の輿を狙って子持ちの女が乗り込んできたとか。顔で釣り上げたんだとか。
蜜はまだ子供だったけどそれがいい意味ではないことは感じていた。みんな意地の悪そうな顔で母をなじっていたから。
確かに母は見た目も若いし、美人と呼ばれる系統だし、女の人を敵に回しがちなんだろう。それに離婚歴のある女が将来を有望視されていた父の未来をつぶしたのも気に入らなかったのだろう。
さんざん酷いことを言われていた。父がそれらから母や蜜をかばったのもさらに怒りに火をつけたのだろう。
辛かった時期を思い出して蜜はぎゅっと目を閉じた。
落ち着け、と言い聞かせる。それは周防には関係のないことだ。
「すみません、ちょっとびっくりして」
謝るとホッとしたように小さく息を吐き「こっちも最初はびっくりしたからおあいこ」と笑った。
「なんとなく言えなくてさ、知らないふりの変な演技までしちゃったし……騙したみたいでごめんな」
「いえ、大丈夫です」
大丈夫って何が。
自分でもわからないモヤモヤが腹の下の方へズシリと溜まっていく。
「昔さ、高校の時にちょっとしたことがあって……その時の恩師が励まそうとしてくれたお菓子がすごくおいしくてさ。それで通うようになって、総一郎さんがいて、いろいろ話すようになってさ」
かいつまむようにぽつりと漏らされる周防の過去。
まだ蜜が父を知らなかった過去に、周防と出会っていた?
こんな偶然ってあるんだろうか。
しかも名前で呼ぶほど近しい存在だった?
「じゃあ、ゆめのやに通ってるのも、父がいるから?」
声が震えていた。
父のお菓子が美味しいと言ってくれて嬉しかったのに、今は無性に腹立たしかった。
「父に会いたくて通っていたの?」
「総一郎さんがいるから、っていうより、あの人の作るお菓子を食べたいから」
周防は不自然なほどきっぱりと早口で言い切った。
何度も自分に言い訳をしてきたかのように。
「いつも会っていたんですか?」
「まさか。っていうか総一郎さんは忙しいだろ。そんないちいち引き止められないよ」
話せば話すほど心の中にどす黒いものが広がっていくようだった。もしかして蜜に親切にしてくれるのは父の息子だから?
「ぼくは父の昔を知りません。家族になった時にゆめのやができたので。ぼくにとって父の店はゆめのやだけです」
まるで駄々をこねるような蜜の声に周防は小さく笑った。
「うん。わかってるよ。ゆめのやは総一郎さんの夢が詰まったお店だし、すごく素敵なお店だよな」
そうじゃない、と言いたかった。
昔の周防も、父も、蜜には知らない人だ。
今こうして近くにいるのに急に距離を感じてしまう。まるで過去から放りだされたみたいに。
その頃の蜜は、周防の知らない場所で、周防の知らない生活をしていた。
「なあ、蜜」と周防は優しい声を出した。
「なんか怒らせた? 別に今の蜜たちを否定してるわけじゃないよ。ただ、ゆめのやができる前に修行していたお店で総一郎さんと出会って、彼のお菓子が好きで追いかけてきたってだけだからな。君たちのことを悪く言ってるわけじゃない」
そんなことはわかっている。
でも、再婚したころ口さがない人たちの声も聴いた。玉の輿を狙って子持ちの女が乗り込んできたとか。顔で釣り上げたんだとか。
蜜はまだ子供だったけどそれがいい意味ではないことは感じていた。みんな意地の悪そうな顔で母をなじっていたから。
確かに母は見た目も若いし、美人と呼ばれる系統だし、女の人を敵に回しがちなんだろう。それに離婚歴のある女が将来を有望視されていた父の未来をつぶしたのも気に入らなかったのだろう。
さんざん酷いことを言われていた。父がそれらから母や蜜をかばったのもさらに怒りに火をつけたのだろう。
辛かった時期を思い出して蜜はぎゅっと目を閉じた。
落ち着け、と言い聞かせる。それは周防には関係のないことだ。
「すみません、ちょっとびっくりして」
謝るとホッとしたように小さく息を吐き「こっちも最初はびっくりしたからおあいこ」と笑った。
「なんとなく言えなくてさ、知らないふりの変な演技までしちゃったし……騙したみたいでごめんな」
「いえ、大丈夫です」
大丈夫って何が。
自分でもわからないモヤモヤが腹の下の方へズシリと溜まっていく。
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