32 / 119
第一章 First love
9
しおりを挟む
周防はカバンから案内状を取り出した。ニカっと嬉しそうに笑って父に見せる。
「これめっちゃ楽しみに取りに来たんです」
父はそれを見ると目を細めた。
「予約までしてくれてるんだな」
「もちろん、今まで欠かしたことはないですよ」
蜜と知り合う前から周防はここに来ていた。
縁があって初めて言葉を交わしたり関係を持ったりできるんだと蜜は不思議な気持ちで見ていた。
父や母と過去に知り合っていた周防がいま蜜の担任となり初恋まで奪っていく。
「せっかく来たんだ、お茶でも飲んでいくだろう?」
蜜の逡巡に気がつかない父が周防の背中を押した。
「そういえばしばらくお見掛けしないけれど佐々木先生はお元気か?」
「相変わらずみたいです。おれが先生をやってるって知ってからしょっちゅう連絡が来てああだこうだ言われてます」
「そうか。よろしく伝えていてくれ」
「はい、ゆめのやにも来たがっていたんですけど足が自由にならないって嘆いてました。あの人も歳ですよね」
「懐かしいな」
父と周防の会話は蜜には知らない過去の事ばかりだ。どんなにこちらに意識をむけたくてもスルリと奪っていく父にいら立ちを覚えた。
そして居場所がない気分になって少しだけ落ち込む。
「じゃあ、帰る」
「あら。蜜も一緒に行かないの?」
「ん……送ってもらっただけだから」
周防のことを知りたいと思った。
もっといろんなことを教えてほしい。
だけど蜜の知らない過去を話す周防と父の間には入っていけない。
踵を返す背中に母の声がかかった。
「じゃあ悪いけど、三和も一緒に連れて行ってもらえる? そろそろ寝そうなの」
「うん。おいで、三和」
手を出すと三和も腕を伸ばして蜜へとしがみついてきた。温かなぬくもりに泣きたい気持ちが再びやってくる。
三和も蜜と一緒だ。
過去を知らないで今だけを生きている。まだ若い命。
「お願いね」
「うん」
母は蜜を見送るとパタパタと走って裏口へと消えていった。
きっとお店の応接室に通された周防と両親は懐かしい話とやらに盛り上がるのだろう。
自宅へと戻ると一気に力が抜けた。
三和を布団に寝かせ、その隣に横になりながらとんとんと背中をさすった。まもなく規則正しい寝息が聞こえてくる。
蜜の指をギュっと握った小さな手。
まだこんな黒い気持ちを知らない無垢が無性に羨ましかった。
なんでみんな恋なんて苦しいものをするんだろう。
今まで何ともなかったことも嫉妬で狂いそうになる。周防を独り占めしたくて、彼に触れる誰もかもが腹立たしい。
こんなに苦しいなら恋だなんて気づきたくなかった。
三和の寝顔を眺めながらいつの間にかウトウトしていたのだろう。
ポケットに入れていたスマホがブルブルと震えだして、ふ、と意識が浮上する。あたりは薄闇に沈んでいた。
「誰……」
見ると周防からだった。
(帰るわ)とたった一言。
なんで一緒に店に来なかったのかとか、家に帰ったのかとか、何もなく。もしかしたら蜜の不在にも気がつかなかったのかもしれない。
玄関を出るとちょうど車が駐車場からでてくるところだった。
「先生」
呼びかけると蜜に気がついたのか車が止まり窓が開いた。
「こんな遅くまでお邪魔しちゃったよ」
「うん」
「やっぱり素敵な人たちだよな、お前の両親」
周防が満足そうな笑顔を浮かべている。本当はとても嬉しいことなのに今の蜜は素直に受け止めきれない。
「でも本当の父じゃないから」
なんでそんな意地の悪いことを言ってしまったのか。口にしてから後悔しても遅かった。
周防がとがめるように首を振った。
「でもいいお父さんだろ」
「……」
うつむく蜜に呆れたのか周防は窓から腕を伸ばすとポンと頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
「反抗期か」
「違います」
反論すると軽い声で笑って手を離した。
「じゃあまた明日な」
「はい、おやすみなさい」
ん、と頷いて周防は車を出した。ウィンカーがチカチカと右を指し曲がっていく。
後を追いかけたけれど車はどんどん遠くなっていった。蜜はそのまましばらく動けないでいた。
「これめっちゃ楽しみに取りに来たんです」
父はそれを見ると目を細めた。
「予約までしてくれてるんだな」
「もちろん、今まで欠かしたことはないですよ」
蜜と知り合う前から周防はここに来ていた。
縁があって初めて言葉を交わしたり関係を持ったりできるんだと蜜は不思議な気持ちで見ていた。
父や母と過去に知り合っていた周防がいま蜜の担任となり初恋まで奪っていく。
「せっかく来たんだ、お茶でも飲んでいくだろう?」
蜜の逡巡に気がつかない父が周防の背中を押した。
「そういえばしばらくお見掛けしないけれど佐々木先生はお元気か?」
「相変わらずみたいです。おれが先生をやってるって知ってからしょっちゅう連絡が来てああだこうだ言われてます」
「そうか。よろしく伝えていてくれ」
「はい、ゆめのやにも来たがっていたんですけど足が自由にならないって嘆いてました。あの人も歳ですよね」
「懐かしいな」
父と周防の会話は蜜には知らない過去の事ばかりだ。どんなにこちらに意識をむけたくてもスルリと奪っていく父にいら立ちを覚えた。
そして居場所がない気分になって少しだけ落ち込む。
「じゃあ、帰る」
「あら。蜜も一緒に行かないの?」
「ん……送ってもらっただけだから」
周防のことを知りたいと思った。
もっといろんなことを教えてほしい。
だけど蜜の知らない過去を話す周防と父の間には入っていけない。
踵を返す背中に母の声がかかった。
「じゃあ悪いけど、三和も一緒に連れて行ってもらえる? そろそろ寝そうなの」
「うん。おいで、三和」
手を出すと三和も腕を伸ばして蜜へとしがみついてきた。温かなぬくもりに泣きたい気持ちが再びやってくる。
三和も蜜と一緒だ。
過去を知らないで今だけを生きている。まだ若い命。
「お願いね」
「うん」
母は蜜を見送るとパタパタと走って裏口へと消えていった。
きっとお店の応接室に通された周防と両親は懐かしい話とやらに盛り上がるのだろう。
自宅へと戻ると一気に力が抜けた。
三和を布団に寝かせ、その隣に横になりながらとんとんと背中をさすった。まもなく規則正しい寝息が聞こえてくる。
蜜の指をギュっと握った小さな手。
まだこんな黒い気持ちを知らない無垢が無性に羨ましかった。
なんでみんな恋なんて苦しいものをするんだろう。
今まで何ともなかったことも嫉妬で狂いそうになる。周防を独り占めしたくて、彼に触れる誰もかもが腹立たしい。
こんなに苦しいなら恋だなんて気づきたくなかった。
三和の寝顔を眺めながらいつの間にかウトウトしていたのだろう。
ポケットに入れていたスマホがブルブルと震えだして、ふ、と意識が浮上する。あたりは薄闇に沈んでいた。
「誰……」
見ると周防からだった。
(帰るわ)とたった一言。
なんで一緒に店に来なかったのかとか、家に帰ったのかとか、何もなく。もしかしたら蜜の不在にも気がつかなかったのかもしれない。
玄関を出るとちょうど車が駐車場からでてくるところだった。
「先生」
呼びかけると蜜に気がついたのか車が止まり窓が開いた。
「こんな遅くまでお邪魔しちゃったよ」
「うん」
「やっぱり素敵な人たちだよな、お前の両親」
周防が満足そうな笑顔を浮かべている。本当はとても嬉しいことなのに今の蜜は素直に受け止めきれない。
「でも本当の父じゃないから」
なんでそんな意地の悪いことを言ってしまったのか。口にしてから後悔しても遅かった。
周防がとがめるように首を振った。
「でもいいお父さんだろ」
「……」
うつむく蜜に呆れたのか周防は窓から腕を伸ばすとポンと頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
「反抗期か」
「違います」
反論すると軽い声で笑って手を離した。
「じゃあまた明日な」
「はい、おやすみなさい」
ん、と頷いて周防は車を出した。ウィンカーがチカチカと右を指し曲がっていく。
後を追いかけたけれど車はどんどん遠くなっていった。蜜はそのまましばらく動けないでいた。
6
あなたにおすすめの小説
リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜
黒崎サトウ
BL
男子大学生の高梨千秋が引っ越したアパートの隣人は、生涯許さないと決めた男であり、中学の頃少しだけ付き合っていた先輩、柳瀬英司だった。
だが、一度鉢合わせても英司は千秋と気づかない。それを千秋は少し複雑にも思ったが、これ好都合と英司から離れるため引越しを決意する。
しかしそんな時、急に英司が家に訪問してきて──?
年上執着×年下強気
二人の因縁の恋が、再始動する。
*アルファポリス初投稿ですが、よろしくお願いします。
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
僕を守るのは、イケメン先輩!?
刃
BL
僕は、なぜか男からモテる。僕は嫌なのに、しつこい男たちから、守ってくれるのは一つ上の先輩。最初怖いと思っていたが、守られているうち先輩に、惹かれていってしまう。僕は、いったいどうしちゃったんだろう?
BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています
二三@悪役神官発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…?
※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀ごふん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる