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第一章 First love
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「説明できるかな?」
吉崎に声をかけたけれど何もしゃべらない。膝に顔をうずめたまま隠れるように黙り込んでいる。
仕方ないと、保健医が気遣うように蜜に声をかけた。
「佐藤くんだよね……怪我大丈夫? 何があったか話してくれる?」
言いたくはなかった。
あまりにも屈辱的で。同じ男なのに全然かなわなかった。押さえつけられたら逃げられなかった。みじめで情けなくて誰にも知られたくなかった。
でも話さないことにはきっと終われない。
蜜は覚悟を決めるとすべてを話した。言いながら悔しくて声が震えた。あの時の恐怖は絶対忘れないと思う。
周防は腕を組んでじっと目を閉じて蜜の話を聞いている。指が食いこんで怒りをこらえているのが分かった。
「間違いないのか、吉崎!」
吉崎の担任が声を震わせながら確認すると、コクリと頷いた。
「なんでこんなことを……」
「好きだったのに全然振り向いてくれないあいつが悪い」と不貞腐れたように答えた。
顔を上げて自分は何も悪くない被害者だと訴えた。
「僕は悪くない。あいつが何人もたぶらかして僕を大事にしないから! 他の人ばっかり優しくして僕のことを全然だいじにしてくれない。だから僕のものにしてしまおうと、」
「なんだよそれ、被害者は蜜だろうよ!!」
今まで黙っていた周防が吼えた。
「さっきから聞いていれば、僕が僕がって、ただフラれただけじゃねーかよ。それを受け入れられないからって強姦していいわけねーだろうがよ。なんで蜜が悪い? どこが? 男に襲われたあいつの気持ちを考えてみろよ!」
「先生落ち着いて」
教頭が慌てたように周防を止めた。
「落ち着いていますよ。でも片思いが報われないから力づくでっていうのは違うでしょう? いくら男子だからって怖くないわけがないし味わった絶望をお前はどう考えているんだ?!」
「だって、」
「だってじゃねーだろーよ。謝ったか? 蜜に。見ろよ、殴られてこんなに腫れあがってる顔を。まだ震えが止まっていない体を。どれだけ恐怖だったかわかんねーの? お前にも同じことしてやろーか?」
「だから周防先生!」
先生が落ち着かなくてどうするんですか、と窘める教頭にこともあろうか舌打ちで返した。
「先生!」
慌てたように止めたのは蜜だった。
こんなことで先生の評価が下がったら困る。これ以上迷惑をかけたくない。
「絶対に許せないけどもう関わりたくないんです。あまり騒ぎにもしたくないんです。もう接点を持たないようにさえしてくれれば、それで」
親にも知られたくない、と蜜は続けた。
「嫌なんです、こんな恥ずかしいこと誰にも知られたくない。お願いします」
ただ普通に生活を送れればいいのだ。
穏やかに、誰にも迷惑をかけず。
謝られたからと何かがかわるわけでもない。なかったことにはならない。だったらもう関係を持ちたくない。
こんなみじめなことは早く終わらせてしまいたい。
「……でもね」と優しい声をかけたのは教頭だった。
「君の気持ちはよくわかる。ご両親に知られたくないっていうのもね。だけどぼくたちは信頼されて君たちを預かっているんだ。だから君やご両親を裏切ってけがをさせてしまったことを謝らなくてはいけない。それはわかってもらえるかな?」
「でもこんな恥ずかしいこと……」
自分の息子が誰かに襲われ貞操の危機を迎えていたなんて知ったらきっとビックリしてしまう。男なのに同性に襲われ酷い目にあったなんて、恥ずかしすぎる。
「わかるよ。だから他言はしない。これは秘密裡に処理することにする。でも君がその姿で帰ったらご両親は驚くことに違いはないよね。何の説明もなくて済むような人たちじゃないだろう?」
たしかにそれはそうだ。
蜜のけがは誰が見てもわかるくらい酷いし、何もないと言い張れる程度じゃない。絶対聞かれるし、学校にも問い合わせが行くだろう。
黙っていて済むわけじゃないことくらいわかっている。
「おれが謝りに行きます。一緒に行って説明します。佐藤はおれの受け持ちの生徒です。ご両親に会ってきます」
周防はまっすぐに教頭先生を見ると言った。教頭先生は頷くと「そうだね」と続けた。
「まずは周防先生に行ってもらって、その後わたしたちも説明に伺おう。吉崎くんからも落ち着いて話も聞いて、まとまったところでご挨拶に行くからそれまでしっかりとよろしくお願いします」
「はい」
「いいかな、佐藤くん」と教頭先生は確認を取るように蜜にも聞いた。はい、と頷く。
さっきまで怒りを抱えていた周防も今は落ち着いたのか、いつもの教師の顔に戻っている。
「佐藤くんの怪我は酷いからまずは保健室で手当てをしてもらって。その後周防先生と一緒に帰宅してください。本当に申し訳なかった」
謝る教頭先生と一緒に先生たちはみんな一斉に蜜に謝ってくれた。
吉崎はひとりそっぽを向いて不機嫌なままだった。
蜜は保健医に連れられて図書室を出た。
吉崎に声をかけたけれど何もしゃべらない。膝に顔をうずめたまま隠れるように黙り込んでいる。
仕方ないと、保健医が気遣うように蜜に声をかけた。
「佐藤くんだよね……怪我大丈夫? 何があったか話してくれる?」
言いたくはなかった。
あまりにも屈辱的で。同じ男なのに全然かなわなかった。押さえつけられたら逃げられなかった。みじめで情けなくて誰にも知られたくなかった。
でも話さないことにはきっと終われない。
蜜は覚悟を決めるとすべてを話した。言いながら悔しくて声が震えた。あの時の恐怖は絶対忘れないと思う。
周防は腕を組んでじっと目を閉じて蜜の話を聞いている。指が食いこんで怒りをこらえているのが分かった。
「間違いないのか、吉崎!」
吉崎の担任が声を震わせながら確認すると、コクリと頷いた。
「なんでこんなことを……」
「好きだったのに全然振り向いてくれないあいつが悪い」と不貞腐れたように答えた。
顔を上げて自分は何も悪くない被害者だと訴えた。
「僕は悪くない。あいつが何人もたぶらかして僕を大事にしないから! 他の人ばっかり優しくして僕のことを全然だいじにしてくれない。だから僕のものにしてしまおうと、」
「なんだよそれ、被害者は蜜だろうよ!!」
今まで黙っていた周防が吼えた。
「さっきから聞いていれば、僕が僕がって、ただフラれただけじゃねーかよ。それを受け入れられないからって強姦していいわけねーだろうがよ。なんで蜜が悪い? どこが? 男に襲われたあいつの気持ちを考えてみろよ!」
「先生落ち着いて」
教頭が慌てたように周防を止めた。
「落ち着いていますよ。でも片思いが報われないから力づくでっていうのは違うでしょう? いくら男子だからって怖くないわけがないし味わった絶望をお前はどう考えているんだ?!」
「だって、」
「だってじゃねーだろーよ。謝ったか? 蜜に。見ろよ、殴られてこんなに腫れあがってる顔を。まだ震えが止まっていない体を。どれだけ恐怖だったかわかんねーの? お前にも同じことしてやろーか?」
「だから周防先生!」
先生が落ち着かなくてどうするんですか、と窘める教頭にこともあろうか舌打ちで返した。
「先生!」
慌てたように止めたのは蜜だった。
こんなことで先生の評価が下がったら困る。これ以上迷惑をかけたくない。
「絶対に許せないけどもう関わりたくないんです。あまり騒ぎにもしたくないんです。もう接点を持たないようにさえしてくれれば、それで」
親にも知られたくない、と蜜は続けた。
「嫌なんです、こんな恥ずかしいこと誰にも知られたくない。お願いします」
ただ普通に生活を送れればいいのだ。
穏やかに、誰にも迷惑をかけず。
謝られたからと何かがかわるわけでもない。なかったことにはならない。だったらもう関係を持ちたくない。
こんなみじめなことは早く終わらせてしまいたい。
「……でもね」と優しい声をかけたのは教頭だった。
「君の気持ちはよくわかる。ご両親に知られたくないっていうのもね。だけどぼくたちは信頼されて君たちを預かっているんだ。だから君やご両親を裏切ってけがをさせてしまったことを謝らなくてはいけない。それはわかってもらえるかな?」
「でもこんな恥ずかしいこと……」
自分の息子が誰かに襲われ貞操の危機を迎えていたなんて知ったらきっとビックリしてしまう。男なのに同性に襲われ酷い目にあったなんて、恥ずかしすぎる。
「わかるよ。だから他言はしない。これは秘密裡に処理することにする。でも君がその姿で帰ったらご両親は驚くことに違いはないよね。何の説明もなくて済むような人たちじゃないだろう?」
たしかにそれはそうだ。
蜜のけがは誰が見てもわかるくらい酷いし、何もないと言い張れる程度じゃない。絶対聞かれるし、学校にも問い合わせが行くだろう。
黙っていて済むわけじゃないことくらいわかっている。
「おれが謝りに行きます。一緒に行って説明します。佐藤はおれの受け持ちの生徒です。ご両親に会ってきます」
周防はまっすぐに教頭先生を見ると言った。教頭先生は頷くと「そうだね」と続けた。
「まずは周防先生に行ってもらって、その後わたしたちも説明に伺おう。吉崎くんからも落ち着いて話も聞いて、まとまったところでご挨拶に行くからそれまでしっかりとよろしくお願いします」
「はい」
「いいかな、佐藤くん」と教頭先生は確認を取るように蜜にも聞いた。はい、と頷く。
さっきまで怒りを抱えていた周防も今は落ち着いたのか、いつもの教師の顔に戻っている。
「佐藤くんの怪我は酷いからまずは保健室で手当てをしてもらって。その後周防先生と一緒に帰宅してください。本当に申し訳なかった」
謝る教頭先生と一緒に先生たちはみんな一斉に蜜に謝ってくれた。
吉崎はひとりそっぽを向いて不機嫌なままだった。
蜜は保健医に連れられて図書室を出た。
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