60 / 119
第一章 First love
Happiness
しおりを挟む
校舎はまだ祭りの余韻に浸り、にぎやかな声があちこちから聞こえている。本来ならあちら側にいれたはずなのにタイミングが一つ狂えば違う世界が広がってしまう。
蜜が誰にも見つからないよう人気のない廊下を通り保健室へとたどり着いた。
「痛かっただろ」
傷の手当てをしながら何気ない世間話の間に保健医は言った。
コクリと頷く。今までの人生でこんな怪我をしたことも殴られたこともない。喧嘩だってしたことがないのになぜこんな目にと悔しさが蘇る。
いくら考えても吉崎を許せるはずがなかった。
「怖かったよな。もし何か心配とかあったらいつでもきていいからね」
「はい」
治療を終えるとちょうど周防が保健室へと入ってきた。手には蜜の荷物を持っている。
「太一と裕二が探してた。具合悪くて帰ったって言っといたから」
「あ、そうだ。合流しようって話してたんだ」
スマホにはたくさんの着信があった。
どこにいるんだーとか、大丈夫かーとか心配する言葉がたくさん届いている。
あとで連絡をしようと思ったけどいい言い訳が見つからない。
「手当は終わったのであとはお願いします」
見送られて保健室を出ると周防は黙ったまま先に進んだ。
助手席のドアを開けてくれて、乗り込むと懐かしい周防の車の匂いがした。
ホッとしたのも束の間で、車を動かしてからも周防は黙ったままだった。重たい空気が車内を満たす。
無言が続くと気まずくて、蜜はモゾモゾと体を動かした。
こんなイベントの日に問題を起こした蜜にイラついているのかとか、やっぱり迷惑をかけたことを怒っているのかとか不安な考えがグルグルと頭を巡る。
すっかり夜になり暗くなった川沿いの道は街灯もチラホラとしかなく、人の気配もなくて静かだった。
よく待ち合わせをしていた場所に着くと何故か車を止めた。
ライトが消されると一気に静寂に包まれる。
「はぁ」と息を吐き、ハンドルに体をもたらせて俯く周防に蜜はおそるおそる声をかけた。
「先生ごめんなさい」
周防は顔だけを蜜の方に向けると「なんで?」と聞いた。
「なんで蜜が謝るの? お前もなんか悪いことしたの?」
「こんなお祭りの日に先生に迷惑をかけてしまったから……」
せっかくの学校祭でみんなは楽しそうにしていて、先生たちだって満喫しているはずだったのに。蜜の不注意であんな大事になる事件を起こしてしまった。
周防は体を起こすと蜜に向き直った。
「お前が誘ったの? 違うだろ。何も悪く無いんだから謝る事ない」
「でも」
だったら何でさっきから何も言ってくれないのか。
無言でいられると何もわからなくて不安になる。嫌われたくないから気にしてしまう。
蜜もうつむくと周防の手が伸びてきて頬に触れた。
「ごめん。怒ってない。ちょっと動揺してて、落ち着くまで待って」
顔を上げると困ったように笑う周防がいた。
いつもより少しだけ幼い表情に蜜はコクコクと頷いた。ありがと、と小さな返事がかえってくる。
「お前になら迷惑をかけられてもいいって思うんだけど、それってダメなことかな」
「えっ」
意味が分からず聞き返すとスリスリと頬を撫でながら周防は続けた。
「マジで困惑してるの。お前のあんな姿を見た瞬間頭の中がパーンって弾けてわけがわかんなくなった。あんな風にしたやつが許せなくて自分が先生なんだってことも全部飛んだ。止められなかったら何をしてたかわかんなかった」
どうしたらいいのかな、と途方に暮れたような声が漏れた。
「お前の両親にも、恩師にも、恥ずかしいと思うことは絶対にしないと決めていたんだ。顔向けできないことは絶対しないって。でもさ、ダメだろ、あんなさ、他の男が蜜に触るなんて許せるはずがないだろ」
先生。と仰ぐように呟く。
目を閉じると周防の手のぬくもりだけを感じた。暖かくて蜜を安心させる、大好きな人。
「わかってんだろ。蜜の事好きなんだよ。大切だと思ってるし自分のものにしたくて仕方ない。でもダメだって決めてるから。決めてるのに……」
周防は蜜の切れた唇の端に触れた。
ピリっと痛みが走るけど逸らさなかった。まっすぐに見つめ合う。
「他の男にこんな風に傷つけられないでよ。助けられない場所にいかないでよ。お前が安心して生徒でいてくれなきゃおれはどうしていいかわからなくなる」
まるで迷子のように頼りなげに揺れる瞳に吸い込まれた。
蜜を想っているのが伝わってくる。もう誤魔化しきれないほど気持ちが通じ合っている。
教師と言う枷に必死にしがみつく周防を助けてあげれないけど、一緒に罪を背負っていくことはできる。
「先生が好き」
そっと目を閉じると息をのむ音がした。
ふ、とまるで空気のように唇に触れる。
吉崎と交わしたキスとは全然違うもの。
優しくて安心できて柔らかく笑みを浮かべたくなってしまうもの。
まるで傷をいやすかのような小さなキスに蜜は痺れた。
目を開けると泣き笑いのような表情をした周防がいた。きっと蜜も同じような顔をしている。
「ダメな教師になっちゃうじゃん」
「ぼくはもっとダメな生徒です」
蜜が誰にも見つからないよう人気のない廊下を通り保健室へとたどり着いた。
「痛かっただろ」
傷の手当てをしながら何気ない世間話の間に保健医は言った。
コクリと頷く。今までの人生でこんな怪我をしたことも殴られたこともない。喧嘩だってしたことがないのになぜこんな目にと悔しさが蘇る。
いくら考えても吉崎を許せるはずがなかった。
「怖かったよな。もし何か心配とかあったらいつでもきていいからね」
「はい」
治療を終えるとちょうど周防が保健室へと入ってきた。手には蜜の荷物を持っている。
「太一と裕二が探してた。具合悪くて帰ったって言っといたから」
「あ、そうだ。合流しようって話してたんだ」
スマホにはたくさんの着信があった。
どこにいるんだーとか、大丈夫かーとか心配する言葉がたくさん届いている。
あとで連絡をしようと思ったけどいい言い訳が見つからない。
「手当は終わったのであとはお願いします」
見送られて保健室を出ると周防は黙ったまま先に進んだ。
助手席のドアを開けてくれて、乗り込むと懐かしい周防の車の匂いがした。
ホッとしたのも束の間で、車を動かしてからも周防は黙ったままだった。重たい空気が車内を満たす。
無言が続くと気まずくて、蜜はモゾモゾと体を動かした。
こんなイベントの日に問題を起こした蜜にイラついているのかとか、やっぱり迷惑をかけたことを怒っているのかとか不安な考えがグルグルと頭を巡る。
すっかり夜になり暗くなった川沿いの道は街灯もチラホラとしかなく、人の気配もなくて静かだった。
よく待ち合わせをしていた場所に着くと何故か車を止めた。
ライトが消されると一気に静寂に包まれる。
「はぁ」と息を吐き、ハンドルに体をもたらせて俯く周防に蜜はおそるおそる声をかけた。
「先生ごめんなさい」
周防は顔だけを蜜の方に向けると「なんで?」と聞いた。
「なんで蜜が謝るの? お前もなんか悪いことしたの?」
「こんなお祭りの日に先生に迷惑をかけてしまったから……」
せっかくの学校祭でみんなは楽しそうにしていて、先生たちだって満喫しているはずだったのに。蜜の不注意であんな大事になる事件を起こしてしまった。
周防は体を起こすと蜜に向き直った。
「お前が誘ったの? 違うだろ。何も悪く無いんだから謝る事ない」
「でも」
だったら何でさっきから何も言ってくれないのか。
無言でいられると何もわからなくて不安になる。嫌われたくないから気にしてしまう。
蜜もうつむくと周防の手が伸びてきて頬に触れた。
「ごめん。怒ってない。ちょっと動揺してて、落ち着くまで待って」
顔を上げると困ったように笑う周防がいた。
いつもより少しだけ幼い表情に蜜はコクコクと頷いた。ありがと、と小さな返事がかえってくる。
「お前になら迷惑をかけられてもいいって思うんだけど、それってダメなことかな」
「えっ」
意味が分からず聞き返すとスリスリと頬を撫でながら周防は続けた。
「マジで困惑してるの。お前のあんな姿を見た瞬間頭の中がパーンって弾けてわけがわかんなくなった。あんな風にしたやつが許せなくて自分が先生なんだってことも全部飛んだ。止められなかったら何をしてたかわかんなかった」
どうしたらいいのかな、と途方に暮れたような声が漏れた。
「お前の両親にも、恩師にも、恥ずかしいと思うことは絶対にしないと決めていたんだ。顔向けできないことは絶対しないって。でもさ、ダメだろ、あんなさ、他の男が蜜に触るなんて許せるはずがないだろ」
先生。と仰ぐように呟く。
目を閉じると周防の手のぬくもりだけを感じた。暖かくて蜜を安心させる、大好きな人。
「わかってんだろ。蜜の事好きなんだよ。大切だと思ってるし自分のものにしたくて仕方ない。でもダメだって決めてるから。決めてるのに……」
周防は蜜の切れた唇の端に触れた。
ピリっと痛みが走るけど逸らさなかった。まっすぐに見つめ合う。
「他の男にこんな風に傷つけられないでよ。助けられない場所にいかないでよ。お前が安心して生徒でいてくれなきゃおれはどうしていいかわからなくなる」
まるで迷子のように頼りなげに揺れる瞳に吸い込まれた。
蜜を想っているのが伝わってくる。もう誤魔化しきれないほど気持ちが通じ合っている。
教師と言う枷に必死にしがみつく周防を助けてあげれないけど、一緒に罪を背負っていくことはできる。
「先生が好き」
そっと目を閉じると息をのむ音がした。
ふ、とまるで空気のように唇に触れる。
吉崎と交わしたキスとは全然違うもの。
優しくて安心できて柔らかく笑みを浮かべたくなってしまうもの。
まるで傷をいやすかのような小さなキスに蜜は痺れた。
目を開けると泣き笑いのような表情をした周防がいた。きっと蜜も同じような顔をしている。
「ダメな教師になっちゃうじゃん」
「ぼくはもっとダメな生徒です」
6
あなたにおすすめの小説
リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜
黒崎サトウ
BL
男子大学生の高梨千秋が引っ越したアパートの隣人は、生涯許さないと決めた男であり、中学の頃少しだけ付き合っていた先輩、柳瀬英司だった。
だが、一度鉢合わせても英司は千秋と気づかない。それを千秋は少し複雑にも思ったが、これ好都合と英司から離れるため引越しを決意する。
しかしそんな時、急に英司が家に訪問してきて──?
年上執着×年下強気
二人の因縁の恋が、再始動する。
*アルファポリス初投稿ですが、よろしくお願いします。
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
僕を守るのは、イケメン先輩!?
刃
BL
僕は、なぜか男からモテる。僕は嫌なのに、しつこい男たちから、守ってくれるのは一つ上の先輩。最初怖いと思っていたが、守られているうち先輩に、惹かれていってしまう。僕は、いったいどうしちゃったんだろう?
BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています
二三@悪役神官発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…?
※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀ごふん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる