女嫌いの騎士は呪われた伯爵令嬢を手放さない

魚谷

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6 団長

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 シュヴァルツと一緒に食堂を出ると、『騎士団団長室』と金のプレートが貼られた扉の前に立つ。



 ――だ、団長っていうことは、当然、シュヴァルツ様より偉い方なんだよね。そんな人に呼ばれるなんて……。



 不安と緊張で、ドキドキしてしまう。



 シュヴァルツがノックをする。



「入れ」



 野太い声。シュヴァルツを先頭に部屋へ入っていく。



 室内は広々としていて、そこには所狭しと剣や盾、甲冑などの武具の数々が置かれている。



 そして部屋の主人の背後の壁に、銀竜騎士団の団旗であろう紺地に銀色に染められた竜の紋様の描かれた旗が飾られていた。



 部屋に入ると、二人の人間がアリッサたちを見て来る。



 一人は年の頃は三十代ほど。青白い肌に細面。銀縁の眼鏡をかけている。



 銀色の縁取りに青と黒をつかった団員服を着てはいるが、騎士というよりも役人と言われたほうが納得するような雰囲気の人。



 その灰色がかった目は冷ややかで、アリッサを値踏みするように見てくる。



 もう一人は書類が積み上がった大きな執務机で頬杖をついている、五十代くらいの男。赤銅色の肌に茶と金の混じり合った髪に同色の顎髭。



 潰れた右目にはひどい傷跡が刻まれ、無事な左目は微笑ましそうにアリッサを見つめる。



「それが、救出した娘か」



 役人然とした男が呟く。



「アリッサ・テュール・ヴェラと申します」



 アリッサは深々と頭を下げた。



「名前など聞いてはいない」

「申し訳ありません……」

「おい、口に気を付けろ」



 シュヴァルツが眉をひそめた。



「あなたこそ。副団長という立場をどう考えているのですか。今回のことはとんでもないことですよ。罪人を誘拐するとは」

「無実の罪だ」

「さてどうだか」

「なんだと」



 一触即発の事態にアリッサがはらはらしていると、右目の潰れた男が大きく咳払いする。



 二人は我に返ったように、ばつの悪そうな顔をした。



「おい、やめろ。シュヴァルツ、睨むな。ジェリド、お前はお嬢ちゃんに無礼すぎる」



 ――お嬢ちゃん!?



 かわいこちゃんに次ぐ、新鮮な呼ばれ方だ。



「お嬢ちゃん、はじめまして。銀竜騎士団の団長のザックスだ。こいつは秘書のジェリド」

「よろしくお願いします」

「だがまあ、ジェリドじゃないが、問題が起こっているのは事実だ」

「アリッサは、下らぬ難癖をつけられ火あぶりにされようとしていました。何か問題がありますか? 閣下はそのまま放っておくべきだったと?」



 淡々とした口調ながら、シュヴァルツの声には明確な反感が滲む。



 ジェリドが眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げる。



「リンカルネ王国から魔塔へ抗議の文章が出されてきたのですよ」

「死人は出ていない。凍傷がせいぜいだ。外の連中は大袈裟だからな」

「副団長。一つ間違えれば魔塔と王国の間の外交問題に発展しかねないことだと理解しているですか!?」

「腰巾着は黙っていろ」

「こ、こし……!?」



 ジェリドは怒りで、全身が小刻みに震えていた。



「俺はさっきなんて言った? やめろ、と言ったはずだが?」



 シュヴァルツとジェリドは今度こそ黙る。



「お嬢ちゃん、シュヴァルツから報告は受けているが、念のために実際の呪紋を見せてくれるか?」

「これです」



 アリッサは恥ずかしさを覚えつつ、胸元をくつろげる。



「確かに色欲の呪紋だな。また女にとっちゃあ、厄介なもんを刻まれたちまったな」



 ザックスはシュヴァルツへ視線を移す。



「で、お前はどう見る?」

「かなり複雑な呪紋であることから、野良の魔術師に真似ができるとも思えません。魔塔で学んだ者で間違いないでしょう」

「色欲の呪紋ということは、お前が解呪を担当するということでいいんだな?」



 昨夜の濃厚な口づけを思い出して、頬が火照る。



「はい」

「分かった。俺から魔塔にはうまく言っておいてやる」

「団長。よろしいのですか。王国との仲がこじれれば……」

「ジェリド。お前は冷血漢だな。こんな可愛そうなお嬢ちゃんを見捨てろって言うのか? お前も騎士だろ? 弱者を守るのは騎士の本分だろうが」

「それは……」

「本来ならここは騎士団員以外が暮らすのは禁止されているが、呪紋を刻まれた女性を放り出すのは騎士道に反する。だが特例を認める代わりに、お嬢ちゃんに関する事柄の一切の責任は、シュヴァルツ、お前が取るんだ。分かったか?」

「感謝します」



 シュヴァルツはブーツの踵を合わせる。



「話は以上だ。二人とも、下がっていいぞ」



 部屋を出ると、アリッサは頭を下げる。



「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「何を謝っっている?」

「私に関する一切の責任をシュヴァルツ様が取るなんて……」

「問題を起こすつもりか?」

「いえ! そんなことしません!」

「それなら、気にする必要はないだろう。お前を助けた時からその覚悟はしていた。昼になったら出かける。それまでは部屋にいろ。勝手に出歩くなよ」

「どちらへ?」

「服が必要だろう。解呪がいつ頃できるかは分からないが、それまでドレス一着で過ごすわけにはいかないだろう」

「わざわざ買って頂かなくても、皆さんと一緒の格好で十分ですので……」

「駄目だ」



 シュヴァルツはもう話は終わりだと言わんばかりにさっさと歩き出してしまう。







 部屋で待っていると、扉が叩かれた。



 アリッサが扉を開けると、団員服姿のシュヴァルツが立っていた。



「行くぞ」



 歩き出すシュヴァルツと肩を並べて歩く。



 建物から出ると、門の前に馬が止められていた。



「馬には乗れるか?」

「いいえ」



 先にシュヴァルツが馬の鐙に足をかけてまたがると、手を差し出してくる。



「掴まれ」

「は、はい」



 手を握ると、体をぐっと引っ張り上げられる。



 そしてシュヴァルツに片腕で抱きしめられた。



「!?」



 アリッサはシュヴァルツに抱きつく格好になる。



 うっすらと汗の香りがした。



「あの! こ、この格好で行くんですか?」

「問題があるか?」

「……シュヴァルツ様にないのであれば」

「なら問題ないな」



 ――シュヴァルツ様、女性嫌いなのにこんなに密着していて、平気なのかな。



 責任を全て自分が持つという言葉を違えず、我慢しているのかもしれない。



 アリッサはとても冷静ではいられず、心臓がドキドキと高鳴りっぱなしだ。



「腕をもっと回して、しっかり抱きつけ」

「はい!?」

「中途半端に捕まってると馬から落ちる」

「……こう、ですか」

「もっとだ」



 少し苛立ったようにシュヴァルツは右手でアリッサの腕を掴むと、しっかりしがみつくよう腕を回してきた。



 昨日、抱き寄せられ、甘い口づけをされたことが否応なく思い出されてしまう。



「そのまましっかり捕まっていろ」

「は、はい……」



 シュヴァルツが馬腹を蹴ると、馬が走り出す。



 ――心臓が爆発しちゃいそう!



 果たして街へ行くまでに意識を保てるだろうか、と不安にならずにはいられなかった。
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