異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
32 / 101
本編~2ヶ月目~

第24話~一角兎~

しおりを挟む
~新宿区・歌舞伎町~
~新宿区役所付近~


 金曜日、午前中。
 僕達は5人揃って、新宿区役所を訪れていた。
 レミの入植で区役所に来た際に、マルチェッロから説明を受けた、僕達の元いた世界・・・・・・・・――ワールドコード「1E7」・チェルパへのホールについてだ。
 僕が前回区役所に行ってから、およそ一週間。その間に三度も・・・、新宿区役所管内でホールが開いたらしい。

「何と言うか、あれだねー。あたし達が気づかない間に、大変なことになってたんだね」

 パスティータが両手を後頭部に宛がいながら、ぼんやりと呟いた。
 まるで他人事のような、緊張感のない口調だが、実感が伴わない話なことは否定できないところだ。
 チェルパへのホールが開きやすくなっている現状だが、目に見えての問題や災害は、今のところ発生していない。
 こちらからあちらへ、あちらからこちらへの人間の行き来は、僕達がやってきて以降確認されていなかった。
 だが、あくまでも「今のところは」だ。この先どういう状況に発展していくかは、誰にも分からない。

「でもよ、新宿区の中でこれだけ頻繁にホールが空いてるならよ。
 俺達があっちに帰る目算も、少しは立てやすくなるんじゃねぇか?マルチェッロのおっさんも協力してくれてるんだろ」

 これまた宙に視線を彷徨わせながら、腕組みしつつ口を開くのはアンバスだ。
 その言葉に、一瞬視線を落とす僕。だがすぐに、静かに頭を振った。

「確かに、可能性は前より高まっているのは事実だ。だが……
 クズマーノさんが言っていた。限られた狭い地域に、短期間に何度も、同じ世界のホールが空くということは、世界の位相レイヤーが重なりつつあるということだと。
 今はまだ小さいホールが空いているだけだが、あんまり開きすぎると最悪、この新宿区とチェルパの一地域が、それぞれの世界から分離して結合してしまう、なんてこともあるらしい。
 そうなったら、帰れるとか帰れないとか、そういう話じゃなくなる」

 僕の言葉に、アンバスもパスティータも、その後ろで話を聞いていたエティとシフェールも、しん、と押し黙った。
 いくら元の世界に、チェルパに帰りたいからといったって、世界が混ざり合ってしまっては意味が無い。全く無い。
 それは最早、僕達の住んで暮らしていた世界チェルパではないからだ。
 この世界―マルチェッロ達は「アース」と呼んでいた―にもそれなりに愛着が湧いてきたし、僕達の世界が原因で問題を撒き散らしてしまうのは、少し申し訳ない。

 帰りたい気持ちと、帰るのが申し訳ない気持ちが、僕の頭の中で交錯する。
 「うーん」と唸った僕の目の前を、何か小さな影が横切った。

「はっ!?」
「な!?」

 アンバスとシフェールが驚愕の声を上げつつ目を見開いた。
 その声に反応した何か・・が立ち止まり、僕達の方へと向き直る。
 パッと見たシルエットはウサギだ。大きさも成猫程度。だがその額には、らせん状に捩子くれた一本の角がしっかりと生えていた。
 それに加えて地球のウサギよりも発達した後ろ足。
 間違いない。これは地球アースに生息する生物ではない。僕達の世界チェルパに生息する生物だ。

一角兎アルミラージ!?何故ここに!」

 エティが後ずさりながら叫んだ。
 一角兎アルミラージはその発達した後ろ足で力強くジャンプし、その額の角で猛然と相手に襲い掛かる、獰猛な生物だ。
 一体一体はそれほど強くなく、冒険者が旅立ち始めた頃合いに宛がわれる依頼クエストで相手取る程度の存在だ。
 だがそれはチェルパでの話。ここは地球だ。
 街の人々は獰猛な獣の脅威に晒されることなく暮らしているし、服装も防御力を考えたものになっていない。
 加えて、新宿のこの人の多さである。そして、懸念事項はもう一つあった。

「何あれ?ウサギ?」
「やだー、角生えてる、かわいいー」

 一角兎アルミラージを取り囲む人々が、口々に声を上げてはスマートフォンを構える。
 そう、スマートフォンに搭載したカメラである。
 今は日も高いからフラッシュを焚かれる心配はないが、カメラのレンズに反射した光に一角兎アルミラージが反応しないとも限らない。
 囲まれた一角兎アルミラージは自身を取り囲むあまりの人の多さにパニックになったのだろう、その場でぐるぐる回ってはピスピス鳴いている。

 僕は視界に一角兎アルミラージを捉えたまま、後方に立つエティに鋭い声を飛ばした。

「エティ、すぐにクズマーノさんに電話して!一角兎アルミラージが区役所通りに出たって!」
「あ、うん……!もっ、もしもし、転移課ですか!?」

 すぐさま僕と背中合わせになるようにして、エティがスマートフォンの通話アプリを起動させる。
 僕がエティの前に立ちはだかる形になり、目隠しとして機能することも期待したが、一角兎アルミラージの視点はだいぶ低い。意味はないだろう。
 果たしてエティの高い声色に反応したか、一角兎アルミラージの黒い双眸が僕を捉えた。後ろ足にぐぐっと力が籠もるのが見える。

「(まずいっ!!)」

 すっと目を細める僕の前に、パスティータが飛び出してきた。手にはお茶の入ったペットボトルを握っている。
 ナイフ代わりに使おうというのだろうが、果たして一角兎アルミラージの角を防ぐに足りるだろうか。
 そして次の瞬間、一角兎アルミラージの後ろ足が強くアスファルトの地面を蹴った。
 その小さな体躯は身長の3倍以上も高く飛び上がり、パスティータの顔に向けて角の先端が光る。
 一瞬、世界がスローモーションのように流れて行くのを感じながら、僕は大きく口を開いた。

『ロッキア、礫よ!』

 僕の詠唱・・が市役所通りに響いた次の瞬間、どこからともなく飛来したピンポン玉サイズの石が一角兎アルミラージのこめかみを撃った。
 空中でもんどりうった一角兎アルミラージの身体が、アスファルトに叩きつけられる。そのままピクピクと痙攣し始めた。
 あまりに予想を超えた状況に、観衆も、パスティータも、僕自身も、事態を飲み込めずにぽかんとしていた。
 おかしい、この力・・・はこちらに来てから失われたはずだ。この世界には魔力は無いはずではなかったのか。

 そんな沈黙が支配し、誰も彼もがその場を動かないでいる区役所通りの状況を、打破したのは区役所の方から聞こえてきた大きな声だった。

「はいはーい、皆さんどいてくださいねー、ごめんなさいねー!通りますよー!!」

 大きな声を張り上げながら、人々の胸くらいの高さを飛びながら、群衆を掻き分けるように人混みの中に姿を現したのは、青く小さなドラゴン。転移課課長のマルチェッロだ。
 彼の後ろから、小さな金属製の檻を抱えた市役所職員も駆けてくる。
 マルチェッロはアスファルトの上に倒れた一角兎アルミラージの傍に舞い降りると、その首筋にそっと手を当てる。

「傷は負っていますが息はありますね。急いで収容を。
 それと……あぁいた、カマンサックさん。皆さんも。この件についてお話を伺いたいので、私に付いてきてくれますか?」

 マルチェッロが僕に、まっすぐな視線を向けてくる。
 檻の中にテキパキと収容された一角兎アルミラージは、未だ目を覚まさないままだ。そのこめかみには石が直撃した傷が、はっきりと見て取れる。
 間違いなく、僕があれを撃退した手段・・・・・・絡みだろう。
 僕はちらりと、皆に目配せをする。エティもシフェールも、パスティータもアンバスも、皆一斉に頷いた。

「分かりました、僕としてもさっきのは気になっているので」

 僕が了承の意を示すと、マルチェッロが右手をサッと挙げた。
 そのままこちらに背を向けて、区役所の方へと飛んでいく。

「それじゃあ行きましょう、すぐ行きましょう、えぇ」

 こうして僕達はまたすぐに、区役所の中へと逆戻りする羽目になったのだった。


~第25話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...