異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
34 / 101
本編~2ヶ月目~

第26話~王国最強の大地属性魔法使い~

しおりを挟む
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」~


「でさー、角の生えたウサギを皆で取り囲んでた時に、そいつが飛びかかって来たからさー。あたしがバッとマウロを庇うように飛び出したわけよ」
「ほー、やるなぁパスティータちゃん、ちっちゃいのに」

 同日、夕方5時過ぎ。
 マウロと昼頃に別れた四人は普段通りに出勤し、普段通りに陽羽南を開店させた。
 今日は金曜日ということもあり、だいぶ忙しいことが予想されてはいるが、そんなこと気にしちゃいないとパスティータは常連客との雑談に興じている。
 まぁ、忙しくなるのはもうちょっと後の時間帯だ、今はまだ店内の客の姿はまばらで、幾分か余裕がある。

「でも、あたしは何にもしなかったんだよねー、あたしが手に持ったペットボトルでガーッ!とやる前に、マウロが魔法・・でズドーンと伸しちゃったんだもん、あだっ!?」
「パスティータ、てめぇいつまでも駄弁ってねぇで仕事しろ仕事!」

 話に熱が入り、身振りも大きくなるパスティータの脳天に、アンバスが容赦のない拳骨を落とした。
 片手に持ったビールのジョッキをカウンターに置きながら、常連客に頭を下げる。

「すんませんね、いくらヒマしてるからって食事の邪魔しちまって」
「いやいや、こんな話この店じゃないと聞けないからね、いい肴さ。
 それにしても、やっぱり異世界からやってきてるだけあって、そういう・・・・技能を持ってるんだねぇ」

 受け取ったジョッキを軽く掲げて見せながら、常連客がアンバスに微笑みかける。
 対してアンバスはにやりと口角を吊り上げながら、親指をクイと後ろに向けた。
 指さされた先で、エティがハイボールのジョッキを二つほどテーブルに運んでいる。

「まぁな、エティも回復魔法の使い手だし、シフェールもそこそこ風属性魔法の心得はある。
 だがマウロのそれは二人と比べても頭一つは抜けてるぞ、なにせ『王国最強・・・・の大地属性魔法使い』だからな」

 アンバスの発言に、その場にいる客からどよめきが起こった。
 「おー」「あのマウロちゃんがなぁ」と、口々に呟く客たち。皆開店から度々訪れていて、マウロのことは把握している人々だ。
 温和な雰囲気で料理の腕前も確かな犬獣人が、実は実力も確かな魔法使いでした、となったら、驚愕するのも無理はない。
 気付けば厨房の澄乃も調理の手を止めて、カウンター越しに顔を出している。

「王国最強の大地属性魔法使い、ねぇ。アンバス君たちの王国、そんな重要な人材にギルドの食堂を任せてたってわけ?」
「いくら王国最強だからって言っても、仕事が常にあるってわけじゃなかったんですぜ、店長」

 澄乃の皮肉めいた声色に、目を閉じつつ肩をすくめるアンバスだった。
 通常通り業務に戻り、カウンター上に置かれた料理を取りに行くアンバスと入れ替わるように、パスティータが身を乗り出してくる。

「そうそう、あたしとエティとマウロはずっとパーティー組んでたけど、マウロが王国最強になっても、ギルドでのランクが上がっても、仕事が来ない時は来なかったもん。
 冒険者の仕事って基本的に依頼を待つ形だし、あたし達クラスの人員が必要になる事態なんて、そうそう起こらなくてさー。
 だから合間の時間に、ギルドの食堂でバイト・・・してたってわけ」
「なるほどねぇ、まぁそりゃそうだ。真打はそうほいほい出るもんじゃなし。
 ほら、それはいいからパスティータちゃんも仕事する!新規さん来てるよ!」
「あわわ、いらっしゃいませー!」

 澄乃が発破をかけると、身を翻したパスティータが慌てて入り口の方に駆けていく。
 それをふっと息を吐いて眺めた後、澄乃はくるりと後ろを振り返った。
 そこではシフェールがフライドポテトを揚げ終わり、皿に盛って持ってくるところだった。

「店長、B卓様ポテトOKです」
「あいよ、B卓様ポテトどうぞー!
 ……で、だ。さっきのパスティータちゃんとアンバス君の言ってた話って、あれほんとなわけ?」

 皿を受け取り、カウンターに置いて、威勢のいい声で店内に呼び掛ける澄乃。
 そうしてすぐにシフェールに声を潜めて問いかけると、シフェールは真顔のままで頷いた。

「本当ですよ。マウロがシュマル王国の国立冒険者ギルドにおいて、王国最強の大地属性魔法使いと称されているのも、その彼でも仕事が常にあるわけではないというのも。
 シュマル王国はたまに強大な魔物が発生することこそあれど、基本的には王政も外交も安定しており、治安もよかったですからね。
 マウロの他にもSランク冒険者を擁するパーティーはいくつもいましたから、彼らの間でうまいこと仕事の分担が出来ていました」
「へぇ~、皆さんの所属していたお国ってすごかったんですねぇ」

 二人の傍らでカンパチを下ろしていたディトが、感心した声を上げた。
 シフェール曰く、冒険者ギルドの定めるランクはSSが最高で、二番目がS、その下がA、Bと続き、一番下がEとなっており、A+やB+など、各ランク内で優れた者が特別に位置するランクも存在するそうだ。
 前述の通りマウロがS、アンバスとシフェールが共にA+、エティはB+、パスティータがB。
 それとは別にパーティー全体に与えられるランクもあり、マウロのパーティーはA+に該当していたとの話である。
 興味深げに聞いていた澄乃とディトだが、その話を中断するかのようにフロアから、エティとアンバスの声が飛ぶ。

「1席様、大七だいしちを一合とチキンボールいただきました!」
「あ、それとC卓様に、生ビール3いただきました!」

 時間がいい具合になって来たか、少しずつ忙しくなってきた。フロアの方に顔を向けて、澄乃が大きく声を張る。

「あーりがとうございまーす!!ま、その辺の話はまた後で詳しく聞かせてよ。
 っと、ディトちゃんそのカンパチB卓様のだよね?それ出したらあら汁仕込んどいてくれる?」
「分かりました!あ、B卓様カンパチどうぞー!」

 カンパチを皿に盛り付けたディトが、声を出しつつ皿を運んでいく。彼女と身体を入れ替えるようにしてビールサーバーの前に立った澄乃がジョッキにビールを注ぎ始めた。
 懐かしい故郷の話をしたためか。シフェールは一瞬、遠くに思いを馳せるように目を細めた。
 そんな郷愁を振り切るようにして、冷蔵庫から鶏肉を取り出して包丁を握る。

 あぁ、だが。一番故郷に思いを馳せたいのは、私ではなく、マウロなのではないだろうか。
 今ここに居ないパーティーのリーダーを思いながら、シフェールはまな板と向かい合った。


~新宿・歌舞伎町~
~テルマー湯4F・男性岩盤浴~


「……」

 同じく歌舞伎町、巨大温浴施設のテルマー湯の最上階にて。
 薄暗く熱に満たされた岩盤浴の一室で、専用のウェアに身を包んだマウロはうつ伏せになって石の板と向かい合っていた。
 テルマー湯は追加料金を支払うと温泉に加えて岩盤浴も行うことが出来る。彼は2階で温泉を楽しんだ後に、岩盤浴も行って芯から身体を温めていた。
 むわっとした熱気に包まれた部屋にいると、身体がじわーっと温まってくる。
 だがしかし、身体の内から生じるこの熱は、岩盤浴によるもののみ・・なのだろうか?

「(魔力を取り込むことで身体の芯がぼうっと温まってくる感覚は、確かにあったけど……今日のは、どうだった?)」

 ぼーっと石板を前にしながら、身体の内側に思いを巡らせてみる。
 魔力が身体の中にある感覚は、今はない。周囲にも感じはしない。だが、今は・・、だ。

「(今日、ここを出たらか、明日の午前中か、日曜日か……新宿区を歩いてみよう、かな)」

 元の世界チェルパに帰るためというよりは、元の世界チェルパこちらの世界アースを合一の危険から遠ざけるために。
 マウロの瞳に、強い意志の光が灯った瞬間だった。


~第27話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...