異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~3ヶ月目~

第58話~世界の危機~

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~シュマル王国・王都エメディオ~
~国立冒険者ギルド ギルドマスター執務室~


 予期しない、シュマル王国国王との対面に、僕も他の四人も揃って目を丸くしていた。
 ナタニエル三世陛下との対面が、これまでに全く無かったわけではない。街に出歩いて酒場や食堂で過ごすのが好きな方だから、予期しない対面などそれこそ日常的に発生している。
 この冒険者ギルドの食堂にも頻繁に顔を見せるので、僕やエティやパスティータはそこそこ対面の機会があるし、言葉を交わしたこともあるくらいだ。
 しかし、今回は食堂ではなく、ギルドマスターの執務室での遭遇。どう考えてもカジュアルに話をする環境ではない。
 驚愕と緊張で顔を強張らせる僕達に、傍らに立っていたランドルフがそっと背中を叩いた。思えばずっと執務室の入り口で立ち尽くしていたわけだ。無作法にも程がある。

「ほら、中に入れお前たち。時間がないんだろ」
「あっ、はい……失礼いたします」

 一礼して、部屋の中に入る僕達。五人入ったことを確認し、ランドルフが静かに扉を閉めると、直立不動の僕達に視線を向けながらナタニエル三世陛下が首を傾げた。

「時間がないとは、どういう意味だ?岩壁の」
「実は……僕達が今回戻ってこれたのは、とある方の協力があってのことで、その手段には少々、時間に制限があるのです」

 ナタニエル三世陛下の尤もらしい疑問に、僕は正直に答える。一時間半という時間を無駄にするわけにはいかないのだ。
 そこから僕達は簡潔に、かつ話すべき事柄を整理してランドルフとナタニエル三世陛下に伝えた。
 ヴァリッサ村近傍の洞窟からアースに、新宿に転移したこと。
 新宿で定職に就くことが出来て、そちらに腰を落ち着けるつもりでいること。
 アースとチェルパが合一の危険にあり、二つの世界を繋ぐホールの発生が頻発していること。
 それを防ぐために二つの世界を繋ぐ技術を学び、世界の位相レイヤーを引き離そうとしていること。
 それらの話を一通りする頃には、今度は話を聞かされた側が目を丸くする番だった。陛下の後ろで立っている供の人間ヒューマンの男性だけは、随分と涼しい表情をして頷いていたが。

「このままでは、異なる世界の二つの国が元の世界から切り離されて混ざり合ってしまいます。同じことが他の国でも起こらないとは限らない。世界の危機なのです」

 そう話して言葉を切った僕に、頷いたナタニエル三世陛下が、後方に立つ供の人間ヒューマン男性に視線を投げた。

「なるほどのう……このチェルパ全体を取り巻く問題とは。わしらが思っていたよりも、事態は大きなスケールになっていたようじゃな。
 マサキ、お主はどう思う。お主の故郷・・でもあるんじゃろう、ニホンとやらは」
「はい、陛下。私としても、看過すべき問題ではないと思います」
「えっ……?」

 名前を呼ばれて問いかけられた壮年の人間ヒューマン男性が、小さく首を縦に振りながら答える。
 彼のその名前に僕は目を見開いた。マサキという名前はどう考えても日本の名前だ。南方海洋上に浮かぶアグロ連合国風の名前でもない。ということは。
 僕の疑問が一つの答えに辿り着く前に、彼が僕達に向かって一礼した。

「自己紹介が遅れ申し訳ありません、三匹の仔犬トライピルツ射貫く炎スバランドの皆さん。王立親衛隊所属、マサキ・クボタと申します」
「王立親衛隊……!」
「側近中の側近じゃねえか……なんでそんな……」

 供の者――マサキの自己紹介に、目を見開いて言葉を零したのはパスティータだった。
 アンバスの言葉通り、王立親衛隊は国王直属の近衛部隊だ。国内の人員の中でも特に優秀な者や、特別な能力を持つものが選出され、国王の身辺の警護や特殊任務を請け負っている。
 マサキの装いはどう見ても文官といった出で立ちだ。護衛という風体ではない。人は見かけによらないというし、この外見で僕を凌駕するほどの優れた魔法使いである可能性は残されているが。
 顔を上げたマサキに、僕は真っすぐ視線を投げかけて口を開いた。

「お名前と、先のお話から察するに、ご出身は日本でいらっしゃいますか?」
「その通りです。神聖暦734年に、神奈川からエメディオに転移してきて以来、こちらで生活しています」
「ファミリーネームの漢字は、新潟のサケにあるクボタですか?」
「その久保田です、話が早くて助かります」

 僕の問いに対してあっさりと、そしてはっきりと出自を明らかにしたマサキだ。
 日本名は久保田くぼた 雅紀まさき。前職は通信インフラの保守業務。西暦2011年に通勤途中にホールに遭遇、神奈川県からシュマル王国に転移してきたそうだ。
 ナタニエル三世陛下がこくりと首肯しながら話の後を継ぐ。

「マサキはニホンより転移してきて以来、シュマルで生活していたのだが、その折に特別な才能・・・・・が見つかってな。わしの傍に置いて仕事をさせておる」
「特別な才能……?」

 陛下の言葉に、眉根を寄せる僕だ。
 王立親衛隊に登用されるほどの特別な才能とは。それにその口ぶりから察するに、魔法の腕前とは別にあるらしい。特殊な技能スキルとか、その辺りだろうか。
 おうむ返しにした僕の言葉を受けて、ナタニエル三世陛下の口が動く。

世界を見通すことが・・・・・・・・・出来る・・・のだ」

 告げられたその能力に、僕達五人の目は一様に真ん丸に見開かれた。
 冒険者時代、噂に聞いたことはあった。曰く、「国王陛下は大陸全土を見渡せる目をお持ちでいらっしゃる」と。
 大陸には魔力波ネットワークが敷かれ、国内や国外でニュース配信や情報伝達が行われている。それらのチャンネルは国立ギルドが主に保有しているが、国王や国家元首が所有するホットラインも存在する。
 故に陛下が国内の誰よりも情報に聡いことはおかしくないのだが、陛下と世間話をしているとそんなレベルではない・・・・・・・・・・くらいに世界各地のローカルで詳細な情報が、彼の口から語られるのだ。
 マサキが片手を持ち上げながら、はきはきとした口調で話す。

「正確には、チェルパ全体に張り巡らされた魔力波ネットワークと、そこに接続する端末、そこに流れる情報を見ているんですね。
 冒険者ギルドの皆さんに支給される魔法板タブレットや、市販されている魔法板タブレットの位置を把握することが出来るわけです。つまるところ、皆さんの位置情報のモニタリング、ですね」
「つまり、僕達が転移した時も……」
「十二時間ずっとモニタリングしているわけではないので、リアルタイムでは見ていませんでしたけれど……皆さんのパーティーの反応が忽然と消えた・・・ことは把握していました」

 こくりと頷くマサキの言葉に、僕は開いた口が塞がらなかった。
 そこまで見通す目を持っているのなら、確かにナタニエル三世陛下が傍に置きたがる理由も分かる。
 魔力波ネットワークは地球のインターネットほど絶えず大量の情報をやり取りしているわけではないが、それでも世界全体で何も情報が流れないことは有り得ない。
 その情報を、魔力波が国を越えて届くよりも早く、確認することが出来るとしたら。これは間違いなく大きな戦力だ。
 その力の大きさに呆気に取られている僕達の隣で、ランドルフが腕を組みつつ喉から唸り声を発した。

魔法板タブレットが破損した可能性もあったから調査隊を派遣したんだが、お前らの遺体もないし魔法板タブレットの残骸もない。ヴァリッサ村での目撃情報もない。
 懐刀殿の目は国外にも届くから、国外逃亡の可能性もない。これは転移したな、と結論付けたわけだ」

 ランドルフが懐刀殿、と呼んだマサキに視線を向けると、きゅっと口を結んだマサキが真剣な表情になった。その表情はどことなく、憂いを帯びているようにも見える。

「以前からも、転移による住民の皆さんの流出は発生していました。
 しかしそれがこの一年の間で、劇的に発生件数が増加しているんです。シュマルだけではない、クラリスでも、エルデナーでも、ディエチでも数多くの住民が行方不明になっています。
 そして入れ替わるように、来訪者マレビトの魔物が多数発生して暴虐の限りを尽くしているんです」
「な……んですって!?」

 これまで以上に真剣な表情のマサキが告げた王国の、いやチェルパの現状に、僕は思わず大声を上げた。身を乗り出し、ソファの背もたれに手がかかる。
 来訪者マレビト。この世界において、異世界から転移してきた者を指す言葉。それは人間だけではない、魔物や魔獣など、人間の脅威になる生き物に対しても使われる。
 来訪者マレビトには特殊な能力、強大な力が宿る、というのがチェルパに生きる人々の間で信じられる逸話だ。各国の歴史に刻まれた勇者や魔王などは、須らく来訪者マレビトだったと歴史的にも裏付けが取れている。
 ナタニエル三世陛下が眉尻を下げながら、ため息交じりに言葉を零した。

来訪者マレビトの力は絶大だ。味方に付けば頼もしいが、敵となれば恐ろしいことこの上ない。
 討伐のために主要国が連携して大規模討伐レイドを組んでいるが、その最中に参加者の冒険者が異世界に飛ばされていくことも珍しくない。
 故に、どこの冒険者ギルドも人員不足にあえいでいるのだ」
「そんな……」

 陛下の言葉に、絶望をにじませながら言葉を漏らしたのはエティだった。
 並みの冒険者パーティーでは単独で太刀打ちできない来訪者マレビトの存在に加え、次々に冒険者が転移していなくなってしまう状況。
 二重の問題に直面しているわけだ。状況は、まさしく危機的である。
 眉間に深い皺を刻みながら、ランドルフが僕達へと向き直った。その険しい表情をそのままに、重々しく口を開く。

「さっき、世界の危機だとお前は言ったな。確かにその通りだ。
 そしてシュマル王国は今まさに、来訪者マレビトという危機に瀕している。冒険者の流出も大きな問題だ」
「このまま放置すれば、二つの世界が混ざり合うその前に、シュマルは……ラトゥール大陸は人の住めない、危険な魔物の蔓延る土地になってしまうでしょう」

 ランドルフの言葉を補完するようにマサキも言葉を発した。
 僕達は何も言えなかった。この世界は、僕達が予想していた以上に、考えていた以上に大変な事態に陥っていたのだ。
 現状に打ちのめされそうになっている僕に、僕達に、ナタニエル三世陛下が深々と頭を下げてきた。国王陛下ともあろうお方が、一介の冒険者である僕達に、である。

「Sクラス冒険者、マウロ・カマンサック、及びその仲間たちよ。シュマル王国国王ナタニエル三世の名において汝らに命ずる。いや、請願する。
 この国を……この世界を、救えるように。この世界の外側から、どうか力を尽くしてくれんか」

 こちらに頭を下げて、重々しく言葉を発する一国の王の姿に、僕達の逡巡は一瞬だった。
 きっぱりと、簡潔に僕は告げる。

「……勿論です、国王陛下」

 僕の言葉を追いかけるようにして、他の四人も口を開いた。

「王国だけではない、大陸全土にまで問題が広がっているとなったら、さすがに放置はできませんものね」
「ああ、全くだ。早く解決できるように動かねばならん」
「ここまで大ごとになってるなんて、責任重大だね、マウロ!」
「暮らしている人々も心配だわ、なんとかしなくちゃ」

 国王陛下に思いを告げていく、僕達五人。
 その表情はいずれも真剣で、その眼差しはいずれも力に満ちていて。
 全員が、何とかしなければならない、一刻も早く力を身に付けなくてはならないと確信していた。
 顔を上げたナタニエル三世陛下は見開いたその瞳の端に光るものをにじませながら、ソファのひじ掛けをぐっと握っていた。
 そして、改めて僕達に向かって頭を下げると。

「……感謝する、どうか、よろしく頼む」
「はい。お忙しい中、お時間を作ってくださりありがとうございます」

 同じく頭を下げるマサキ共々、感謝の弁を述べたのである。


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