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本編~3ヶ月目~
第63話~渡り人の秘策~
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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
そうしてゴフィムが自らの存在を明らかにして、それからもお酒を手にしての会話は続いていた。
会話を重ね、酒を重ね。そうして午後九時が近づく中で、マルチェッロがふるふると頭を振りながら言葉を吐く。
「それにしても、コトナリ先生が御自ら地球まで来られるなんて……導師の方々がグウェンダルを離れることなど、ほとんどないと思っていたのに」
彼の言葉に、言葉を投げられたゴフィムは口角を持ち上げて答えた。手にするぐい呑みを持ち上げながら、悩まし気に口を開く。
「それだけ、今のアースとチェルパを取り巻く状況は危機的だということです。特にチェルパがよろしくない。
だんだんと時間軸の幅も狭まってきています。この状況ではいつ何時、アースの時間軸と同期する時が来るか、分かりません」
そう話すゴフィムの発言は、普段通り安穏としていながらも必死さが伝わってくる。それは、マルチェッロにも十分に伝わっているようだった。
「そこまでですか……」
「グウェンダルの導師って、他の世界に出てくるとそこまで凄いんです?」
なんとも言い難そうなマルチェッロの言葉に、僕が問いかけを重ねると、彼は額に指を当てながら重々しく口を開いた。
「グウェンダルの『渡り人』を統括し、教育する立場の方々ですからね。私共みたいなヒラの術者から見たら、会社の社長みたいなものです。なので、基本的にはグウェンダルで指導と管理、観測に当たっていて、外に出られることが殆ど無いのですよ」
「へぇ……」
息を吐く僕の声に合わせるように、ぐっと身を乗り出して、澄乃が口を挟んでくる。もうすぐ店を出なければならないはずなのに、一向にその気配がない。
「ちなみにだけど、グンボルトのおっさんは?」
「彼は言わば私の部下です。『渡り人』の資格は持っていますが、導師ではないのですよ」
彼女の言葉にゴフィムが苦笑しつつ声を重ねると、澄乃は深くため息を吐いた。
「はー……そんな感じだったのか。ていうか『渡り人』の間でも、序列とかあったんだねぇ」
「いくら我々が不老不死で、姿かたちを自由にできるとはいえ、管理する人間は必要ですからね。必要最低限の序列ですよ」
苦笑しつつ、ゴフィムが再びぐい呑みに口を付ける。見れば手元の大徳利は既に空になっていた。グウェンダルの民は総じて酒に強いんだろうか。
そんなことを思いながら、僕は首を傾げつつ言葉を発する。
「で、その、ゴフィムさんがすごい立場の方だというのは分かりましたし、僕達の故郷の世界が危ないってこともよく分かっていますけれど……なんで、今日にまたいらしたんですか?」
そうして僕が問いかけるのに、顔を上げたゴフィムが口を開く。
「あぁ、実はですね――」
「いらっしゃいませー! ……あれっ?」
と、そのタイミングで新たに入店してきた客がいて、それに応対したエティが奇妙な声を上げた。
「やー皆、今日もお疲れ様ー」
「へ?」
次いで発せられる、その客の声。そちらを振り向いた澄乃が、これまた珍妙な声を上げた。
店にやって来たのは、僕の姉こと、ジーナだった。今の時間からここに来るのに関しては、さしておかしな話ではないが。僕とさして変わらない外見の彼女を見て、首を傾げる澄乃だ。
「マウロちゃんが、もう一人……なわけないか、胸あるし」
「澄乃さん……さすがにそれは。僕の姉です、僕より前に地球に来ていたそうで」
「ん? あー、新宿西口の陽羽南の。珍しいー、なんでここに?」
僕の言葉と同時に、ジーナが澄乃に声をかける。どうやら彼女自身、陽羽南の新宿西口店にお邪魔したことはある様子だ。
しかし、最も特異な反応を返したのは、実に意外な人物だった。
「お疲れ様です、ジーナさん。お待ちしていました」
「いえいえ、ゴフィムさんもわざわざありがとうございます。あ、エティちゃん、ここの席大丈夫?」
「えっ、はい……大丈夫ですけど……」
ゴフィムの挨拶に言葉を返しながら、ジーナが彼の隣の椅子を引く。あまりにスムーズな動きに、エティが明らかに戸惑っていた。
いや、それよりも、それよりもだ。なんだってこの二人は、こんなに親し気にしているのだ。僕だって昨日に会ったばかりだというのに。
「あの、ゴフィムさん? どういうことですか?」
「はい、改めて説明させていただきますね」
声が上ずりそうになるのを抑えながら問いかけると、ぐい呑みをカウンターに置いたゴフィムが、笑顔をそのままに小さくうなずいた。
「私は地球時間で西暦2018年9月15日の14時30分に、四谷三丁目の「Gina's Cafe」にお邪魔させていただきました。勿論、ジーナさんにお会いするためです。
ワールドコード1E7『チェルパ』からの入植者は日を追うごとに増えてきていますが、所在地の座標が一番掴みやすかったのが彼女でしたからね」
彼の話に、僕は目を見開いた。
ゴフィムの開く穴は時間に制限があると聞いている。今回もきっと、何時間か制限をかけて地球に来ているんだろう。
しかし、僕達と別れてから半日も経たずにまた地球にやって来るとは、随分な力の入れようだ。先程も話をしていたが、かなり状況は逼迫しているらしい。
そして今までずっと浮かべていた笑みを消しながら、ゴフィムは口を開く。
「そして私は、ある秘策を実行させていただき、無事に成功させることが出来ました」
「「秘策……?」」
彼の言葉に、僕とマルチェッロが同時に首を傾げる。それに答えようか、と口を開いたゴフィムが、すっと店の中を見回した。
土曜日の午後九時前、お客さんの数は相変わらず多い。会話する声もあちこちから聞こえて、内緒話に向く状況ではなさそうだ。時間的に、バックヤードに引っ込むわけにもいかない。
「はい……あぁ、ですが、今では他のお客さんの耳にも入ってしまいますね。ちょっと失礼します」
僕が頭を悩ませるより早く、ゴフィムがとん、と指先でカウンターを叩いた。微かな光が、弾けるようにこぼれだす。
『混界静瞬、于婁々々!』
そしてゴフィムの口から、短い呪文の詠唱が発せられた、次の瞬間。
僕の周囲の空間が、一斉にぴたり、と動きを止めた。
いや、その表現は正確ではない。何故ならエティ、パスティータ、アンバスは動いている。キッチンに目を向ければシフェールも動いている。寅司、ディト、サレオスは止まっていた。
どういうことだ。僕が困惑する中で、カウンターから指を離したゴフィムが僕に視線を向けた。
「……よし。私と、チェルパ出身の皆さん以外の時間の流れを非常にゆっくりにしました。術が効いている間は何を話しても、他の皆さんの耳には入りません」
「そんなことも出来るんですか!? えっ、ちょっと、あの、他の皆を集めます!
エティ、パスティータ、アンバスもこっち来てくれ、シフェールも調理の手を止めて!」
さらりと「世界の時間をゆっくりにした」というとんでもないことを言い出すゴフィム。そんなことまで出来るとは、規格外というより他にない。
慌てて他のメンバーにこちらに来てもらうと、皆が皆大いに戸惑っていた。当然の話だ。
「マウロ、一体今何が起こっているんだ?」
「世界が止まってるみたいなのに、なんでアタシたちだけ普通なのさ」
「私は、後ろで幾らか話を聞いていたが……グウェンダルの導師とは、どれだけ凄まじい術者なのだ。世界の時間を止めるなど、聞いたことが無い」
アンバスも、パスティータも、シフェールもその表情は困惑の色を隠せていない。唯一状況を把握しているジーナも、ため息をつきながら大仰に肩をすくめた。
「ねー。私も自分で体験した時はぶったまげたわ。結界を張るでもなく、念話を使うでもなく、こんな大それた形で情報の機密性を保つなんてね。
でもまぁ、そうしないとならないほど、ゴフィムさんの話はぶっ飛んでるって話」
その口ぶりに、その場の全員の視線がジーナに向いた。
事前にゴフィムと会っているにしても、この姉、随分と事態を把握している様子で話している。そんなに彼女は状況を理解しているのだろうか、と怪しみたくなる。
「ジーナさん、ゴフィムさんも……あの、どういうことですか?」
おろおろと辺りを見回しながらエティが問いかけると、真剣な表情をしながらゴフィムがすっとジーナを指し示して、言った。
「端的にお伝えいたしましょう……ジーナさんに、世界転移術を会得していただきました」
「「えっ!?」」
その発言に、僕達全員は一斉に大声を上げた。
世界転移術を、僕達がここ数日必死になって会得しようと奮闘し、追い求めていたものを、会得した。ジーナが。
しかもゴフィムは「会得していただいた」と言った。そんなにホイホイ教えられて、会得できるものだったなんて、信じられない。
全員が呆気に取られる中、ジーナがふるふると頭を振った。
「うん、会得は出来たのよ、会得は。ただねー、私の開けられる穴がだいぶ条件厳しくて……皆をチェルパに帰すのには使えそうにないのよね」
「『穴を開けられるのは『Gina's Cafe』の中のみに限る』『確実に居住可能惑星に穴を開けられるが、接続先の世界は完全にランダム』『穴を開けるのはカフェの開店時間中のみ』と、なかなか類を見ない制限のきつさですからね」
ジーナとゴフィムの言葉に、僕は開いた口が塞がらなかった。
まさか、こんな形で姉に先を越されるだなんて。結果的にはチェルパへの道が出来たとは言えず、僕達が頑張らないといけないのは変わらないけれども。
しかし随分と、制限のきつい世界転移術を身につけることになったものだ。使い方次第ではお店に色んな世界からお客さんを呼べて楽しそうだが、接続先がランダムなのでは話にならない。
改めて僕達に視線を向けながら、ゴフィムが口を開く。
「ともあれ、つまりはそういう事です。私は本格的に、チェルパの皆さんに世界転移術を身に付けていただき、ご自身の世界に帰れるようになっていただくために、秘策を携えてこうして来ました。
皆さんに世界転移術を身に付けていただく秘策。それは人為的に世界転移術のやり方を脳に直接送り込むことです」
「「えっ!?」」
彼の言葉に、もう何度めかも分からない驚愕の声を上げる僕達だ。
ただ教授するのではなく、脳に直接知識を送り込む。強引だ。無茶苦茶にも程がある。
しかしそういう無茶苦茶をしなくては、地球とチェルパの合一は避けられない。そしてその未来は刻一刻と迫っているわけで。
ごくり、と誰かがつばを飲み込む音がする。
だが、そこにゴフィムが、さらに衝撃的な話を畳みかけてきた。
「これに加えて、人為的に内なる穴を開くことも必要です。ジーナさんの場合は元々お持ちだったので、この過程は省略していますし……むしろそちらの方が時間がかかるんですが」
「そんなことが可能なんですか!?」
彼の発言に、目を見開きながら僕は大声を上げた。上げざるを得なかった。
マルチェッロに初めてノーティスに連れて行ってもらった時に聞かされた。「我々の技能をもってしても、意図的に内なる穴を発生させることは出来ない」と。
だが、マルチェッロよりも、グンボルトよりもさらに上の立場にいるゴフィムならば。
言外に滲む驚きと期待に、ゴフィムがしっかりと頷く。
「はい。グウェンダルの導師のみが身に付けている秘術です。ただし術を使えるからと言って、安全にリスクなく開けるわけではありません。
開いた極小の穴に飲み込まれて、肉体が塵のように圧縮される危険性があります。世界そのものに対して穴を繋げるので、存在の境界が曖昧になり、肉体の形を失うこともあり得ます」
彼の説明に、僕達全員が押し黙った。後ろでジーナが、小さくため息をついているのが聞こえる。
恐る恐る、小さく震えながら、問いかけるのはシフェールだ。
「つまり、下手をしたら死ぬ……ってこと、ですか」
「はい、申し訳ない話ですが。我々も研究に研究を重ね、なるべく肉体に危険の及ばない方法を編み出してまいりましたが、致死率はゼロではありません」
彼女の言葉に頷くゴフィム。その瞳は悲しみと申し訳なさに縁どられている。
死ぬ。
チェルパにいた頃はだいぶ身近なところにあった死が、この平和な世界でこうして提示されて。いつしか地球の環境に慣れ親しんでいた僕の背中に、ぞくっとしたものが走る。
だが、それでも。ここで恐れるわけにはいかないと、僕は声を絞り出した。
「……分かりました。まずは僕が、試させてもらえればと」
「えっ」
「……マウロ、いいの? 死ぬかもしれないのよ?」
まず自分が、と発言したことに、パスティータが息を呑んだ。アンバスもシフェールも目を見開いて僕を見る。
僕のシャツの袖を掴みながら、エティが縋るような目を向けてきた。
彼女も、他の皆も、もう既に死ぬことが怖くて、仲間を失うことはもっと怖いのだ。
エティの手にそっと自分の手を重ねながら、僕はまっすぐに仲間たちを見た。
「死ぬかもしれない、それは分かっています。ただ、まずは……僕に試させてほしい。
シフェールは御苑さんがいるし、アンバスもご家族がこっちにいる。エティはご実家がちゃんとあるし、パスティータだってそうだ。僕は……それこそ、姉貴だっているし、なんとでもなる」
僕の言葉に、四人は何も言えなくて。
後ろを振り向けば、ジーナが腕を組んで呆れたように僕を見ていた。僕をよく知る彼女のことだ、僕が一度言い出したらてこでも動かないことは、よくよく知っているだろう。
そして、ゴフィムが一つ頷きながら、顔の横に右手を持ってくる。
「了解しました。それでは、後日改めて対応をいたしましょう。内なる穴を人為的に開けるのには、時間がかかりますからね」
そう話して、パチンと指を鳴らせば。
ほぼ停止していた時間が、店内の時間が、一瞬にして再び動き出した。
澄乃とマルチェッロが、いつの間にか傍に寄っていた店員たちの姿にキョトンとする中、僕達は再び動き出した。
この、まさしく魔法のような体験と、その間に聞いた話を、無駄にするわけにはいかない。
ただただ真摯に、真剣に、居酒屋の業務に勤しむのだった。
~第64話へ~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
そうしてゴフィムが自らの存在を明らかにして、それからもお酒を手にしての会話は続いていた。
会話を重ね、酒を重ね。そうして午後九時が近づく中で、マルチェッロがふるふると頭を振りながら言葉を吐く。
「それにしても、コトナリ先生が御自ら地球まで来られるなんて……導師の方々がグウェンダルを離れることなど、ほとんどないと思っていたのに」
彼の言葉に、言葉を投げられたゴフィムは口角を持ち上げて答えた。手にするぐい呑みを持ち上げながら、悩まし気に口を開く。
「それだけ、今のアースとチェルパを取り巻く状況は危機的だということです。特にチェルパがよろしくない。
だんだんと時間軸の幅も狭まってきています。この状況ではいつ何時、アースの時間軸と同期する時が来るか、分かりません」
そう話すゴフィムの発言は、普段通り安穏としていながらも必死さが伝わってくる。それは、マルチェッロにも十分に伝わっているようだった。
「そこまでですか……」
「グウェンダルの導師って、他の世界に出てくるとそこまで凄いんです?」
なんとも言い難そうなマルチェッロの言葉に、僕が問いかけを重ねると、彼は額に指を当てながら重々しく口を開いた。
「グウェンダルの『渡り人』を統括し、教育する立場の方々ですからね。私共みたいなヒラの術者から見たら、会社の社長みたいなものです。なので、基本的にはグウェンダルで指導と管理、観測に当たっていて、外に出られることが殆ど無いのですよ」
「へぇ……」
息を吐く僕の声に合わせるように、ぐっと身を乗り出して、澄乃が口を挟んでくる。もうすぐ店を出なければならないはずなのに、一向にその気配がない。
「ちなみにだけど、グンボルトのおっさんは?」
「彼は言わば私の部下です。『渡り人』の資格は持っていますが、導師ではないのですよ」
彼女の言葉にゴフィムが苦笑しつつ声を重ねると、澄乃は深くため息を吐いた。
「はー……そんな感じだったのか。ていうか『渡り人』の間でも、序列とかあったんだねぇ」
「いくら我々が不老不死で、姿かたちを自由にできるとはいえ、管理する人間は必要ですからね。必要最低限の序列ですよ」
苦笑しつつ、ゴフィムが再びぐい呑みに口を付ける。見れば手元の大徳利は既に空になっていた。グウェンダルの民は総じて酒に強いんだろうか。
そんなことを思いながら、僕は首を傾げつつ言葉を発する。
「で、その、ゴフィムさんがすごい立場の方だというのは分かりましたし、僕達の故郷の世界が危ないってこともよく分かっていますけれど……なんで、今日にまたいらしたんですか?」
そうして僕が問いかけるのに、顔を上げたゴフィムが口を開く。
「あぁ、実はですね――」
「いらっしゃいませー! ……あれっ?」
と、そのタイミングで新たに入店してきた客がいて、それに応対したエティが奇妙な声を上げた。
「やー皆、今日もお疲れ様ー」
「へ?」
次いで発せられる、その客の声。そちらを振り向いた澄乃が、これまた珍妙な声を上げた。
店にやって来たのは、僕の姉こと、ジーナだった。今の時間からここに来るのに関しては、さしておかしな話ではないが。僕とさして変わらない外見の彼女を見て、首を傾げる澄乃だ。
「マウロちゃんが、もう一人……なわけないか、胸あるし」
「澄乃さん……さすがにそれは。僕の姉です、僕より前に地球に来ていたそうで」
「ん? あー、新宿西口の陽羽南の。珍しいー、なんでここに?」
僕の言葉と同時に、ジーナが澄乃に声をかける。どうやら彼女自身、陽羽南の新宿西口店にお邪魔したことはある様子だ。
しかし、最も特異な反応を返したのは、実に意外な人物だった。
「お疲れ様です、ジーナさん。お待ちしていました」
「いえいえ、ゴフィムさんもわざわざありがとうございます。あ、エティちゃん、ここの席大丈夫?」
「えっ、はい……大丈夫ですけど……」
ゴフィムの挨拶に言葉を返しながら、ジーナが彼の隣の椅子を引く。あまりにスムーズな動きに、エティが明らかに戸惑っていた。
いや、それよりも、それよりもだ。なんだってこの二人は、こんなに親し気にしているのだ。僕だって昨日に会ったばかりだというのに。
「あの、ゴフィムさん? どういうことですか?」
「はい、改めて説明させていただきますね」
声が上ずりそうになるのを抑えながら問いかけると、ぐい呑みをカウンターに置いたゴフィムが、笑顔をそのままに小さくうなずいた。
「私は地球時間で西暦2018年9月15日の14時30分に、四谷三丁目の「Gina's Cafe」にお邪魔させていただきました。勿論、ジーナさんにお会いするためです。
ワールドコード1E7『チェルパ』からの入植者は日を追うごとに増えてきていますが、所在地の座標が一番掴みやすかったのが彼女でしたからね」
彼の話に、僕は目を見開いた。
ゴフィムの開く穴は時間に制限があると聞いている。今回もきっと、何時間か制限をかけて地球に来ているんだろう。
しかし、僕達と別れてから半日も経たずにまた地球にやって来るとは、随分な力の入れようだ。先程も話をしていたが、かなり状況は逼迫しているらしい。
そして今までずっと浮かべていた笑みを消しながら、ゴフィムは口を開く。
「そして私は、ある秘策を実行させていただき、無事に成功させることが出来ました」
「「秘策……?」」
彼の言葉に、僕とマルチェッロが同時に首を傾げる。それに答えようか、と口を開いたゴフィムが、すっと店の中を見回した。
土曜日の午後九時前、お客さんの数は相変わらず多い。会話する声もあちこちから聞こえて、内緒話に向く状況ではなさそうだ。時間的に、バックヤードに引っ込むわけにもいかない。
「はい……あぁ、ですが、今では他のお客さんの耳にも入ってしまいますね。ちょっと失礼します」
僕が頭を悩ませるより早く、ゴフィムがとん、と指先でカウンターを叩いた。微かな光が、弾けるようにこぼれだす。
『混界静瞬、于婁々々!』
そしてゴフィムの口から、短い呪文の詠唱が発せられた、次の瞬間。
僕の周囲の空間が、一斉にぴたり、と動きを止めた。
いや、その表現は正確ではない。何故ならエティ、パスティータ、アンバスは動いている。キッチンに目を向ければシフェールも動いている。寅司、ディト、サレオスは止まっていた。
どういうことだ。僕が困惑する中で、カウンターから指を離したゴフィムが僕に視線を向けた。
「……よし。私と、チェルパ出身の皆さん以外の時間の流れを非常にゆっくりにしました。術が効いている間は何を話しても、他の皆さんの耳には入りません」
「そんなことも出来るんですか!? えっ、ちょっと、あの、他の皆を集めます!
エティ、パスティータ、アンバスもこっち来てくれ、シフェールも調理の手を止めて!」
さらりと「世界の時間をゆっくりにした」というとんでもないことを言い出すゴフィム。そんなことまで出来るとは、規格外というより他にない。
慌てて他のメンバーにこちらに来てもらうと、皆が皆大いに戸惑っていた。当然の話だ。
「マウロ、一体今何が起こっているんだ?」
「世界が止まってるみたいなのに、なんでアタシたちだけ普通なのさ」
「私は、後ろで幾らか話を聞いていたが……グウェンダルの導師とは、どれだけ凄まじい術者なのだ。世界の時間を止めるなど、聞いたことが無い」
アンバスも、パスティータも、シフェールもその表情は困惑の色を隠せていない。唯一状況を把握しているジーナも、ため息をつきながら大仰に肩をすくめた。
「ねー。私も自分で体験した時はぶったまげたわ。結界を張るでもなく、念話を使うでもなく、こんな大それた形で情報の機密性を保つなんてね。
でもまぁ、そうしないとならないほど、ゴフィムさんの話はぶっ飛んでるって話」
その口ぶりに、その場の全員の視線がジーナに向いた。
事前にゴフィムと会っているにしても、この姉、随分と事態を把握している様子で話している。そんなに彼女は状況を理解しているのだろうか、と怪しみたくなる。
「ジーナさん、ゴフィムさんも……あの、どういうことですか?」
おろおろと辺りを見回しながらエティが問いかけると、真剣な表情をしながらゴフィムがすっとジーナを指し示して、言った。
「端的にお伝えいたしましょう……ジーナさんに、世界転移術を会得していただきました」
「「えっ!?」」
その発言に、僕達全員は一斉に大声を上げた。
世界転移術を、僕達がここ数日必死になって会得しようと奮闘し、追い求めていたものを、会得した。ジーナが。
しかもゴフィムは「会得していただいた」と言った。そんなにホイホイ教えられて、会得できるものだったなんて、信じられない。
全員が呆気に取られる中、ジーナがふるふると頭を振った。
「うん、会得は出来たのよ、会得は。ただねー、私の開けられる穴がだいぶ条件厳しくて……皆をチェルパに帰すのには使えそうにないのよね」
「『穴を開けられるのは『Gina's Cafe』の中のみに限る』『確実に居住可能惑星に穴を開けられるが、接続先の世界は完全にランダム』『穴を開けるのはカフェの開店時間中のみ』と、なかなか類を見ない制限のきつさですからね」
ジーナとゴフィムの言葉に、僕は開いた口が塞がらなかった。
まさか、こんな形で姉に先を越されるだなんて。結果的にはチェルパへの道が出来たとは言えず、僕達が頑張らないといけないのは変わらないけれども。
しかし随分と、制限のきつい世界転移術を身につけることになったものだ。使い方次第ではお店に色んな世界からお客さんを呼べて楽しそうだが、接続先がランダムなのでは話にならない。
改めて僕達に視線を向けながら、ゴフィムが口を開く。
「ともあれ、つまりはそういう事です。私は本格的に、チェルパの皆さんに世界転移術を身に付けていただき、ご自身の世界に帰れるようになっていただくために、秘策を携えてこうして来ました。
皆さんに世界転移術を身に付けていただく秘策。それは人為的に世界転移術のやり方を脳に直接送り込むことです」
「「えっ!?」」
彼の言葉に、もう何度めかも分からない驚愕の声を上げる僕達だ。
ただ教授するのではなく、脳に直接知識を送り込む。強引だ。無茶苦茶にも程がある。
しかしそういう無茶苦茶をしなくては、地球とチェルパの合一は避けられない。そしてその未来は刻一刻と迫っているわけで。
ごくり、と誰かがつばを飲み込む音がする。
だが、そこにゴフィムが、さらに衝撃的な話を畳みかけてきた。
「これに加えて、人為的に内なる穴を開くことも必要です。ジーナさんの場合は元々お持ちだったので、この過程は省略していますし……むしろそちらの方が時間がかかるんですが」
「そんなことが可能なんですか!?」
彼の発言に、目を見開きながら僕は大声を上げた。上げざるを得なかった。
マルチェッロに初めてノーティスに連れて行ってもらった時に聞かされた。「我々の技能をもってしても、意図的に内なる穴を発生させることは出来ない」と。
だが、マルチェッロよりも、グンボルトよりもさらに上の立場にいるゴフィムならば。
言外に滲む驚きと期待に、ゴフィムがしっかりと頷く。
「はい。グウェンダルの導師のみが身に付けている秘術です。ただし術を使えるからと言って、安全にリスクなく開けるわけではありません。
開いた極小の穴に飲み込まれて、肉体が塵のように圧縮される危険性があります。世界そのものに対して穴を繋げるので、存在の境界が曖昧になり、肉体の形を失うこともあり得ます」
彼の説明に、僕達全員が押し黙った。後ろでジーナが、小さくため息をついているのが聞こえる。
恐る恐る、小さく震えながら、問いかけるのはシフェールだ。
「つまり、下手をしたら死ぬ……ってこと、ですか」
「はい、申し訳ない話ですが。我々も研究に研究を重ね、なるべく肉体に危険の及ばない方法を編み出してまいりましたが、致死率はゼロではありません」
彼女の言葉に頷くゴフィム。その瞳は悲しみと申し訳なさに縁どられている。
死ぬ。
チェルパにいた頃はだいぶ身近なところにあった死が、この平和な世界でこうして提示されて。いつしか地球の環境に慣れ親しんでいた僕の背中に、ぞくっとしたものが走る。
だが、それでも。ここで恐れるわけにはいかないと、僕は声を絞り出した。
「……分かりました。まずは僕が、試させてもらえればと」
「えっ」
「……マウロ、いいの? 死ぬかもしれないのよ?」
まず自分が、と発言したことに、パスティータが息を呑んだ。アンバスもシフェールも目を見開いて僕を見る。
僕のシャツの袖を掴みながら、エティが縋るような目を向けてきた。
彼女も、他の皆も、もう既に死ぬことが怖くて、仲間を失うことはもっと怖いのだ。
エティの手にそっと自分の手を重ねながら、僕はまっすぐに仲間たちを見た。
「死ぬかもしれない、それは分かっています。ただ、まずは……僕に試させてほしい。
シフェールは御苑さんがいるし、アンバスもご家族がこっちにいる。エティはご実家がちゃんとあるし、パスティータだってそうだ。僕は……それこそ、姉貴だっているし、なんとでもなる」
僕の言葉に、四人は何も言えなくて。
後ろを振り向けば、ジーナが腕を組んで呆れたように僕を見ていた。僕をよく知る彼女のことだ、僕が一度言い出したらてこでも動かないことは、よくよく知っているだろう。
そして、ゴフィムが一つ頷きながら、顔の横に右手を持ってくる。
「了解しました。それでは、後日改めて対応をいたしましょう。内なる穴を人為的に開けるのには、時間がかかりますからね」
そう話して、パチンと指を鳴らせば。
ほぼ停止していた時間が、店内の時間が、一瞬にして再び動き出した。
澄乃とマルチェッロが、いつの間にか傍に寄っていた店員たちの姿にキョトンとする中、僕達は再び動き出した。
この、まさしく魔法のような体験と、その間に聞いた話を、無駄にするわけにはいかない。
ただただ真摯に、真剣に、居酒屋の業務に勤しむのだった。
~第64話へ~
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アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
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「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
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手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
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