異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
94 / 101
本編~4ヶ月目~

第82話〜想い〜

しおりを挟む
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~


 店舗予定地の現地視察を終えて、再びホールをくぐって新宿区役所に戻ってきた時は、既に昼の3時を回っていた。
 本社に戻って仕事の続きをするという宗次朗と由実と別れて、僕と政親が向かうのは僕の仕事場、「陽羽南」歌舞伎町店だ。僕以外の社員の皆と、バイトの寅司が開店準備をしている中、僕と政親はエレベーターの扉を開けて中へ入る。

「ただいま。ごめん、遅くなった」
「お疲れ様、みんな」

 僕が声をかけつつ社長が手を挙げると、ちょうど日本酒を冷蔵庫に入れていたシフェールと、ビールのアルミ樽を運んでいたアンバスが目を見開いた。
 それもそうだろう、今日に僕が店に出勤するかどうかは不透明で、「もしかしたら休むかも」と連絡を入れていたのだ。とはいえ、連絡を入れてからほとんどすぐにチェルパに行ってしまっていたので、メッセージへの返答は読むどころか、届いていなかったのだけれど。
 ともあれ、急に姿を見せたことに二人も、他の面々も驚いていた。

「マウロ? それに社長」
「どうしたってんですか。一言『今日は出勤が遅くなるか、休むかもしれない』と言い残して、以降既読もつかねぇで……」

 アンバスが訝しむような目でこちらを見てくるのを、申し訳ないと思いながら僕はくいと親指を立てた。正直、やり切った気持ちで一杯なのだ。

「エメディオに、社長と瀧さんと福永さんを連れて、新店舗オープンの手続きをしてきた。もう場所も確保してある」
「へええ?」

 僕の発言にアンバスが大仰な声を上げる。同時にパスティータも掃除の手を止めてこちらに駆け寄ってきた。エティもモップを手にしたまま、その場に固まってこちらを見ている。

「この間話をしていた、チェルパへの店舗展開の話か」
「大丈夫だったの? 受け入れられた? だって商人ギルドのギルドマスターってあのディーターさんでしょ」

 冷蔵庫に日本酒をしまい終わったシフェールが立ち上がりながら言うと、パスティータも興味津々と言った様子で問いかけてきた。
 ディーター・ビショフリッヒェに対するエメディオの冒険者からの評価は、一貫して「堅物」だ。いつでもどこでも誰に対しても丁寧、その慇懃無礼いんぎんぶれいにも思える態度に、冒険者たちは恐れ、遠巻きにしていたものである。
 しかし、蓋を開けてみたら実にすんなりと事が運んだわけだ。小さく肩をすくめて微笑みながら僕は言う。

「好意的に見てもらえたよ。僕の商人ギルドへの所属も認められた」
「マジか……!」
「すごい!」

 僕の言葉に、店内の皆がわっと沸き立った。チェルパと関わりのない、サレオスやディト、寅司も嬉しそうだ。
 と、信じられない表情をずっとしていたエティが、目を大きく見開きながら口を開いた。

「え……じゃあ」

 何かに気付いたような、愕然とした表情で。エティは縋りつくように僕に言ってきた。

「マウロは、そっちのお店・・・・・・の店長さんになる、ってこと?」

 その言葉に、僕は苦笑を返すしかない。
 確かに、新たにオープンするエメディオ市店の店長に就任する、と言うのが一番スムーズだろう。僕は商人ギルドに所属するれっきとした商人で、日本の料理にもお酒にも精通しているし、なによりチェルパの国々、人々のことをよく知っている。
 とは言ったものの、この歌舞伎町店を預かる店長の職を辞するつもりは、以前も今も一切ない。

「どうかな。ねえ社長」
「そうだね」

 政親に顔を向けて微笑むと、彼もこくりと頷いた。そうして、一歩前に歩みだしながら説明を始める。

「地球からチェルパへ、なんなら新宿からエメディオ市へ、自由に行き来できるのは今のところマウロ君だけだ。食材の移送、飲料の輸送、そうしたことを考え始めると、確実にマウロ君の能力が必要になる」

 政親の言葉に、その場の全員が聞き入りながら固唾を飲んでいた。リンクスの社長は彼で、僕はその社員。政親の判断に全ては委ねられていると言っても良い。
 その政親が、微笑みながらその場の全員に告げた。

「だから、マウロ君には歌舞伎町店の店長職とは別に、新設する食品輸送室の室長に就任してもらうことにした。食材や飲料の購入手配は歌舞伎町店で一括して行って、適宜エメディオ市店に運んであっちで調理してもらう」

 政親の発言に、僕以外のその場の全員が目を見開く。一介の店長職から新規部署の室長。大躍進もいいところである。
 しかも店長兼任。つまりマウロ・カマンサックがこの店を離れる必要はない、との判断だ。
 さらに政親は僕の肩に、優しく手を置きながら言葉を続けた。

「エメディオ市店の店長と調理スタッフは、この後社内で募集をかける。ホールスタッフと一部の調理スタッフは、現地で募集するつもりだよ」
「へえ……」

 話し終えた政親に、声を漏らしたのはアンバスだったか。そのまま自然発生的に、誰からともなく拍手が起こった。
 僕を包み込む拍手の中、サレオスがふと不安そうに口を開く。

「でも、何かあるたびにマウロさんがホールを開いてたら、マウロさんに負担になるんじゃないですか?」

 彼の言葉に、ちらと僕が政親に視線を向ける。ちょうど彼もこちらを向いて、視線が交錯した。互いににこりと笑いながら、小さく頷く。
 そして政親は、大きく両腕を広げながら言った。

「ああ、そのことだけどね、実はもう解決済みなんだ」
「えっ?」

 その言葉にサレオスが声を漏らした。確かに、今までの話には何も、ホールについての話は出ていない。これは僕と、政親にしか分からないことだ。
 再び政親が僕の肩を叩いて言う。

「マウロ君」
「はい」

 短いやり取りの中で僕はその意図を掴んでいた。おもむろに歩き出すと、エレベーターの横、ビルの窓に向かって立つ。
 何もない空間の壁際で、僕は窓に指を突き入れる・・・・・ように空間を掴んだ。

「よいしょ、っと」
「えっ」

 そのまま左右に空間を引き裂くと、ポッカリとその場にが空く。ねじ曲がった空間が穴の中心に向かって消えていく。
 ホール開通完了だ。しかもこれは人為的に開いたホール、それは他の面々の目にも映っている。当然、驚きの声は大きかった。

「えぇぇぇ!?」
「な、何を、マウロ!?」

 困惑と驚きを露わにする仲間たちに、僕はにっこりと笑いながら振り返った。
 このホールはシュマル王国エメディオ市リリン通り、居酒屋「陽羽南」エメディオ市店の店内入口そばに繋がっている。今開いたこのホールの、開通許可は既に区役所に申請して承認済みだ。

「新宿区役所転移課には申請を済ませてある。この店の店内なら、ホール開きっぱなし・・・・・・にしていても問題ない。クズマーノさんのお墨付きだ」

 ホールを指し示しながら話す僕に、仲間たちのあごが揃ってストンと落ちた。
 我ながらとんでもないことをしているとも思うが、出来るのだしやっていいと言われているから問題はない。
 アンバスが口をあんぐり開けたまま、ホールをまじまじと見つつ言葉を漏らす。

「マジか、すげーことしてんな」
「信じられない……」

 今まで静かに話を聞いていたシフェールも、珍しく驚きを露わにしているようだ。現実離れしたことをしている自覚はあるから、無理もない。
 ホールの前に立ったままで、僕は皆にまっすぐ視線を向ける。

「まあ、とにかくだ。僕はまだこの店の店長を続けるけれど、エメディオ市店のサポートもしないといけない。チェルパから地球に転移してきた皆を帰還させる仕事も今後していかないといけない」

 そう、僕のやることは山積みなのだ。チェルパから地球に転移してしまった皆が、果たしてどれほどいるか見当もつかない。新宿区外にもそうした人はいるかもしれないし、国外にだっている可能性もある。
 それに僕のホールは、およそ思いつく限りの全ての世界に繋げることが出来るのだ。地球から故郷に帰還したい異世界人を帰還させる事業も、不可能ではないと思っている。
 その為には、僕だけじゃない、皆のサポートが必要だ。

「だから、皆。もうちょっと、僕に力を貸してくれるかな」

 はにかみながら投げかけられた僕の問いかけに、パスティータ、アンバス、シフェールが同時に頷いた。

「今更」
「ここまで来て反対意見なんてねぇよ」
「無論だ」

 それとほぼ間を置かずに、サレオス、ディト、寅司が声を上げる。

「僕も頑張ります!」
「私も、カマンサックさんが頑張るのなら、力を尽くします!」
「俺もやりますよ!」

 皆の言葉に、僕はホッと息を吐き出した。
 チェルパから共に転移してきた仲間たちも、地球で出逢った仲間たちも、同じ方を向いてくれている。それがとても有り難かった。
 ただ。

「……」
「エティ?」

 エティ一人だけは、思い詰めた表情をしてうつむき、無言のままだ。パスティータが声をかけるも、視線を逸らすばかり。
 その場の全員の注目が集まる中、エティ・ジスクールは予想だにしない言葉を、やっとの思いで吐き出した。

「マウロ、ごめん。私は、出来るならチェルパに帰りたい」


~第83話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...