自然神の加護の力でのんびり異世界生活

八百十三

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2. 学校編

魔物による魔物の講義

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 一夜が明けて、4の刻。
 洞窟の中でウサギラパン達と身を寄せ合って眠りについていた僕は、鼻を突くツンとした刺激臭で目を覚ました。
 酸っぱいような、饐えたような、明らかに昨日まではなかった臭いが、辺り一帯に漂っているのが分かる。
 何か臭気を放つような動物でも立ち入っただろうか、それとも何かが撒かれたのだろうか。
 訝しく思いながらそろりそろりと洞窟の外に出ると、ちょうど洞窟前の広場に戻って来たイヴァノエと目が合った。

『おう、使徒サマ。起きてきたか』
「おはよう、イヴァノエ……なんだか辺りに変な臭いが漂っているんだが、何か知らないか?」
『変な臭い?』

 僕の問いかけにスンと鼻を鳴らしたイヴァノエだったが、すぐに理由に思い当たったらしい。洞窟前の切り株に前肢をかけた。

『あぁ、そりゃな、俺の小便・・の臭いだよ。ここいら30メートル10メテロくらいに撒いてきた』
「小便!? なんでまた」
『エリク兄ー、なんかくさーい』

 全く悪びれた様子のないイヴァノエの発言に驚く僕の後ろから、ウサギラパンのレーモがのそのそと起き出して鼻をヒクヒクさせた。
 口角の片側を持ち上げるイヴァノエの視線が、僕の後ろのレーモに突き刺さる。

『要するにマーキングだよ、俺も使徒サマもここを離れたら、そいつらウサギコリーニョどもが無防備になるだろ?
 ここは俺の縄張りだ、って主張しておけば、余程の馬鹿か新参者じゃない限り、手出ししようとは思わないからな。俺の小便の臭いでそいつらの臭いを隠せるし』
「つまり、彼らを守るために……ということか?」

 しゃがみ込んでレーモの頭を撫でる僕がイヴァノエに視線を投げると、彼はついと顔を背けた。
 視線が宙を彷徨っているのが見える。

『べっ、別に使徒サマの為を思ってしたことじゃねーからな!
 俺にとってもそいつらは謂わば非常食・・・だからな、他の奴らに取られちまわないよう対策を練るのは当然のことだろ!
 ……べべっ、別に使徒サマのダチだからとか、関係ねーんだからな! 畜生め!!』

 こちらは何も言っていないのに、どんどんと言い訳を並べ立てていくイヴァノエの姿がなんだかおかしくて、僕は思わず吹き出してしまった。
 益々ヒートアップして尻尾でだしだし地面を叩くイヴァノエ。巨体に似合わず、何とも、可愛らしいことである。
 イヴァノエの尻尾が立てる音が目覚ましになったか、他のウサギラパン達も次々と目を覚ましては洞窟の入り口に出て来た。興奮するイヴァノエを遠巻きに眺めている。
 いたたまれなくなったのか洞窟に対し背を向けるイヴァノエ。そのまま首だけをぐるりと回して、僕に向けてきた。

『あーもう、そんな目で俺を見るな、使徒サマもお前らも! 畜生め!
 ほら使徒サマ、朝飯の時間だろ。狩りに行くぞ、狩りに!』
「え、狩り? 僕は昨日みたいにオランジュの樹から実をもいで来ようと思ったんだけど」

 首を傾げる僕に、イヴァノエがフンと鼻を鳴らす。そういえばウサギラパンは草食だけれど、イタチウェッセルは肉食だっけ?

「……イヴァノエはオランジュを食べられないか」
『そーゆーことだよ。それに使徒サマだって人間ウマーノなんだから、果物だけ食ってるわけにもいかねぇだろ。
 ま、それに使徒サマまだ冒険者として見習いだろ。狩りのついでに色々教えてやるよ』

 首をこちらに向けたままうっすら笑みを浮かべ、イヴァノエはくいと顎を上げた。
 僕はしゃがんだ状態で身体を反転させ、ウサギラパン達に向き直ると、その頭を一匹ずつ撫でて微笑んだ。

「それじゃ皆、僕は朝ご飯を取ってくるから、ここで大人しくしているんだよ。
 この洞窟の中にいれば安全だから、なるべく外には出ないようにね」
『うん分かった』
『エリク兄いってらっしゃーい』

 ウサギラパン達が前脚で僕に触れつつ、鼻をヒクヒクさせた。
 その様を微笑ましく思いながら僕はゆっくり立ち上がる。そして服を整えると、イヴァノエの背中をポンと叩いた。
 そうして僕とイヴァノエは山頂方向に向けて、森の中へ入っていくのだった。



 森に立ち入り5分5ジグは経ったか、辺りの風景が木々で埋め尽くされる頃には、僕とイヴァノエは既にかなり打ち解けていた。
 イヴァノエが結構お喋りなのもあったが、彼の知る話が僕にとっては非常に新鮮で、興味深く、ためになるものだったからだ。

『はーん、じゃあ使徒サマは、俺と話をするまで動物や獣種と・・・・・・人間の言葉のまま・・・・・・・・会話ができる・・・・・・ってことに、気づいていなかったってわけか』
「うん、今でこそウサギラパン達も話をしてくれるけれど、出会って融合するまで、彼ら一言も喋らなかったし」
『まぁそうだわな、畜生め、ウサギコリーニョってのは臆病で警戒心が強く、引っ込み思案な生き物だ。声帯が無いから声もほぼ出せねぇ。
 今の使徒サマは聴力が上がってるから聞き取れるだろうが、人間の身体だと厳しいかもな』

 イヴァノエの太く短い脚が、木の枝をパキリと踏んでいく。しかし彼はそれを気に留めることもなく、ずんずんと僕の横について森の中を進んでいった。
 その堂々とした振る舞いは、一体どう暮らしていったら身に付くものだろうか。

「そういえばさっきから言ってる「コリーニョ」というのは、要するに「ウサギラパン」のこと?」
『「ラパン」? へぇ、人間の言葉ルピア語ではそう言うんだな。
 俺達魔物の……というよりは獣種の言葉だな、ベスティア語は。ベスティア語では「コリーニョ」って言うわけだ。
 使徒サマはカーン神の使徒だからベスティア語でも言葉が通じるが、海種のフーシ語や竜種のラガルト語だと、分かんねーかもしらんな、畜生め』

 僕達人間や、獣人など各種亜人種が共通して使う人間語ルピア語とは別に、魔物独自の言葉があるということか。確かに、魔物には魔物の言語があっても、何らおかしいところはない。

「えーと……それらは、どう違うんだ?」

 だが、いま一つ詳細を掴み切れない内容に、困惑の表情を見せる僕。と、イヴァノエが歩みを止めた。そのまま僕の顔を見つめてくる。

『使徒サマは、魔物ってどういう存在だと思っている?』
「どういう……? うーん、野や山に生きて、獣を狩ったり魚を狩ったりしているけれど、人間に迷惑がかかることも厭わない生き物、みたいな……?」
『まぁ間違っちゃいない。冒険者志望の人間の見方としてはギリ合格点だ。だが、ちと甘いな』

 僕の答えに一定の理解を示しつつ、満足した様子を見せないイヴァノエ。その尻尾がゆらりと揺れた。イヴァノエが説明を続ける。

『野山、密林、海、火山、洞窟。魔物はいろんな所に住んで、大概が家族単位や群れ単位で生きている。
 生活していく中で人間の生活圏と干渉しちまったり、人間の移動経路と被っちまったりして、人間が騒ぎ立てることもまぁあるな。だから冒険者なんて職業がああして発達しているんだし。
 獣と魔物の大きな違いは、魔力への適性が有るか無いか、だとよく言われているが、本質はそこじゃない。
 魔物ってのはな、信仰を持つんだ・・・・・・・
「信仰……?」

 彼の発言に、僕は目を見開いた。魔物にも信ずる神がいるというのは、何とも信じがたい話である。
 イヴァノエが前肢の爪を地面に突き立て、三本の線を引いた。そこから距離を離してもう一本、計4本の線を引いてみせる。

『さっき話した、獣種、海種、竜種。魔物ってのは大別してこの三種に分けられる。
 魔獣だとか悪魔だとかの悪種も魔物の括りに入れられることがたまにあるが、あれは俺達からしてみたら余所者だ。魔物とは全く違う。
 で、人間も信仰しているルピア三大神っているだろ。自然神カーン、火神インゲ、水神シューラ。
 あの神々を、俺達魔物も信仰しているんだ。というより、信仰している神の違いで、さっきの三種の区別がつけられていると言ってもいい。
 俺達獣種はカーン神を、海や川に住む海種はシューラ神を、火山なんかに住む竜種はインゲ神を、それぞれ信仰しているわけだな。
 信仰する神が違うから文化も生活様式もまるで違うし、言語体系もまるっきり違う。さっき言った、ベスティア語、フーシ語、ラガルト語の三種類だ。
 まぁ生活様式は、住んでいる場所が違うんだからそりゃそうだ、ってな話なんだがな』
「はー、なるほど……だからイヴァノエは僕がカーン様の使徒だと知って、あんなに従順になったわけか」

 僕が腕組みをしながら感心した声を漏らすと、イヴァノエは大きく頷いた。
 地面に引いた一本の線をツンツンとつついてみせる。

『そーゆーこと。俺達大イタチギガントウィーゼルだけじゃない、獣種全てが使徒サマに敬意を持つ。
 自分たちの信じる神様の代弁者だからな、使徒サマは。大事にしないと後が怖いってもんだ』

 そこまで言って、イヴァノエは再び前を向いた。二歩三歩、歩いた後に僕の方に首を回して顔を向けてくる。

『だから使徒サマよ、何も海種や竜種にまで手を広げろとは言わねぇ。だが獣種については大事にしてくれ。
 俺達はカーン神を大事にするように、使徒サマを大事にする。互いに敬意を持って接するってやつだ、畜生め。
 ……さ、長話しちまったな。狩りの続きだ。大イタチギガントウィーゼルの狩りの真骨頂を見せてやるぜ!』

 そうしてイヴァノエは意気揚々と、再び前に進み始めた。慌てて僕もその後を追う。
 魔物を大事にする。冒険者になるにあたり、思わぬところから思わぬ発想を提示されたものだが、僕はどこか納得できるものを感じていた。
 魔物も動物たちと同じ、この世界で生きる命だ。魔物も人間を害するだけの生き物ではない。魔王や魔神に使役され、世界を脅かすだけの存在ではない。
 この世界の魔物の在り方を実感した僕の頭上高く、数羽の鳥が空へ向かって飛んでいった。


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