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4. 竜種編
重要依頼
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「イルムヒルデ様、よろしいですか」
「はい、オーベルタン様」
誕神が終わってホッと一息ついたところで、ようやく起き上がれるようになったアリーチェを伴い、リュシールがこちらに歩み寄ってきた。声をかけるのは僕でも、ブリュノでもない。イルムヒルデだ。
そして彼女も、それを予想していたかのようにすんなりと応対を始める。僕が目を白黒させている目の前で、二人は深々と頭を下げ合っていた。
「渇望の呪いの解呪は、おかげさまで滞りなく完了いたしました。厚く御礼を申し上げます」
「いえいえ。ダヴィド様のお力があってこそですわ」
使徒と聖域の守護者、立場としてはリュシールが格段に下なので、リュシールがへりくだって話すのは何もおかしな話ではないが、イルムヒルデもイルムヒルデで、僕やマドレーヌと話すときの丁寧な口調を崩さず、そのまま頭を深く下げていた。
ますます面食らう僕をほったらかして、リュシールが頭を上げて神妙な表情をした。まっすぐにイルムヒルデを見つめて、口を開く。
「はい。つきましては、三神教会から伺っております『もう一つの案件』について、御自らのご説明を、エリク様にいただければと思います」
「そうですわね、大きな仕事が立て続けに入って、ダヴィド様には申し訳が無い話ですが」
「まだ使徒に着任して1年も経過していないエリクさんに、お願いするのも酷と言うものですが、我々にも時間がありませんもので」
全て理解したかのように話すリュシールに、イルムヒルデも同様に頷いた。更には、彼女のそばにつくディートマルまでも、理解した風でリュシールに頭を下げた。
もう、ここまで来ると置いてけぼりを喰らいすぎて訳がわからない。
それはアグネスカとアリーチェも同様だったようで、困惑しながら二人に声をかけた。
「あの、失礼します、イルムヒルデ様。一体何のお話をされているのですか?」
「リュシールさんも、その口ぶりだと、事前に何か連絡があった、みたいな感じですけど……」
二人とも、困惑しながら口を挟むと。リュシールが真剣な表情をして、僕たちに向き直った。
「はい。お三方にはまだお話をしておりませんでした。何しろ、私も三神教会からお話をいただいたのが、死告竜が飛来した翌日のことでしたからね。先延ばしにさせていただいていたのですよ」
「こればかりは、悪い時期が重なった、としか申せませんわね。私も出来れば謝肉祭の時期は外したかったのですが、まさかそこに別の問題がヴァンド森に舞い込むとも思わず……」
リュシールの言葉に同調しながら、イルムヒルデが頭を振った。
確かに、色々と物事が重なったことはその通りだ。謝肉祭だけでも大変なのに、竜種の来訪、教会からの依頼。応対してくれていたリュシールの心労は、察するに余りある。
それを理解しながらも、僕は眉間にしわを寄せながら言った。
「まあ、タイミングが悪かったっていうのはその通りだと思いますけれど……教えてください、その『もう一つの案件』って、何なんですか?」
僕の言葉に、隣に立つアグネスカは首を傾げ、アリーチェも同様に首を傾げていた。
正直、全く話が見えてこない。一体どんな話が教会からやって来て、それがイルムヒルデの来訪とどう関係するのか。
率直に切り込んだ僕に、イルムヒルデはそれまで以上に真剣な表情をして、ゆっくり口を開いた。
「はい、単刀直入に申しますわね。ダヴィド様には、『ゲヤゲ島の禁域』の調査に、ご同行いただきたいのです」
「ゲヤゲ島の……!?」
「禁域、ですって!?」
そうして発せられた彼女の言葉に、僕の両脇に立つアグネスカとアリーチェが、揃って大きな声を上げた。特にアリーチェの狼狽具合が著しい。
ゲヤゲ島。ラコルデール王国の西側に広がるルフェーブル海に浮かぶ、小さな無人島だ。しかし、禁域とは。耳慣れない言葉に、首をかしげる僕だ。
「あの……すみません、なんですか、それ」
おずおずと零した僕の疑問の言葉。それを聞いたアリーチェが、信じられないと言いたげにこちらを見てきた。
「エリクさん、本気で言ってます、それ?」
「アリーチェ、責めないでください。まだエリクは禁域のことを知らないです。更に言うなら、私もよく知りません」
僕が何も言えないでいると、背中側からアグネスカのフォローが飛んできた。実際、知らないものは知らない。アリーチェは神獣で、生きてきた期間が僕達より何倍も長いのだ。一緒にしないでほしい。
「私から説明いたしましょうぞ」
そこで、一歩前に進み出たのはダニエルだ。この場で最も年長の彼が、その場にいる全員の視線を集めると、小さく咳払いをして彼は話し始める。
「禁域は、三神教会の持つ情報の中でも、厳重に秘されたものですからな。新米のお二人が知らないのも無理はありません……が、その前に、一つ」
と、話し始めた矢先に言葉を区切った。そのまま僕の方に視線を向けてくる。
「エリク殿は、このルピアクロワがどういう構造になっていると、三神教会が定義しているかは、ご存知ですかな」
「ええと……」
問いを投げられて、内心で焦りながら僕は答えを探し出す。
教会の定義するこの世界の構造。よく教会での講話で取り上げられる、神様の住む場所と人間の住む場所の話を思い出しながら、答えをひねり出していった。
「この世界には三つの階層があって、地階、天階、神階に分かれている……でしたよね」
「その通りです」
地階、天階、神階。この世界は三つの階層に分かれていて、地階がいわゆる僕達人間と魔物の暮らす世界。神階が三大神をはじめとした神々、および邪神の暮らす世界。
天階は神様に選ばれた人だけが行くことのできる、いわゆる天国のような場所、と三神教会は市民に話している。
僕の答えに頷いてから、ダニエルは再び話し出した。指を三本立てながら地面を指さす。
「地階において、三大神の御力がより強く働いている場所……三神教会ではこれを聖域と呼びますが、その聖域の中には二種類、別の領域が存在する、と教会では定義しています。一つが『神域』、そしてもう一つが――」
「『禁域』……ってこと、ですか」
確認するように声を発した僕に、ダニエルがこくりと頷く。
曰く、一般的な見方としては神域も禁域も等しく聖域なのだが、それはどちらもが聖域の中にあるから、ということらしい。基本的に聖域は人間も魔物も立ち入りが禁じられている場所だから、その中に何か別の場所があるかどうかは、一般市民には分からないのだ。
「神域も禁域も、一般市民からはその存在を秘匿されているものです。使徒、巫女、神獣、巫女を輩出する一族から選ばれた聖域の守護者。それ以外でこれら二つの領域の存在を認知しているのは、三神教会の司教以上と、その領域が属する地域の領主くらいです」
彼の言葉に、確かに僕は納得した。僕自身、使徒の力に目覚める前はヴァンド森の中に聖域があって、近づいてはいけないということ以上は知らなかったのだから。
そう説明するダニエルの言葉に頷いて、リュシールも話に加わってくる。
「エクトルのように下働きに来てもらっている子供たちも、狼人の三人も、表向きは神域ではなく、聖域に働きに出ていることになっていますからね。ヴァンド市民も、神域の存在は知りません……エリク様のご両親だけは、さすがに例外ですが」
そう言いながら、リュシールが小さく笑みをこぼす。確かに、僕の両親は例外だ。自宅に転移陣を敷かせてもらっているからしょうがない。
エクトルの前にも何人も、ヴァンドから下働きに来ている子供たちが来ていたそうだが、いずれも森の中の聖域に働きに来ている、と認識されているのだそうだ。実際は神域に招かれて、あれこれ仕事をしていることは、彼の家族にも知られていない。
納得する僕に頷きながら、ダニエルが再び口を開く。
「それで、神域と禁域が何故一般市民に秘匿されているかと言いますと……端的に言えば、これらの領域は地階ではなく、天階にあるから、なのですな。だからここのように、ヴァンド森の聖域とは比較にならないほどの敷地が確保できているのです」
「なるほど……神域が他の土地から切り離されている、と言う話は、リュシールから前に聞いたことがありましたけれど」
ダニエルの説明に、納得しながら頷く僕とアグネスカだ。
ヴァンド森の聖域は、その実とても狭い。60メートル四方ほどの、森の木々に囲まれた狭い草地だ。それが、そこから繋がるヴァンド森の屋敷周辺の地域は、一つの村くらいの敷地面積がある。
結構早い段階から疑問に思っていて、リュシールに問いかけたら「別の階層にあるのですよ」と答えが返ってきたことを思い出す。
「天階は地階よりも神力が濃くあるため、三大神も、邪神も、その伴神の方々も、安定して存在することが出来ます。これが、神域と禁域が天階にある大きな理由ですな」
そう話しながら、ダニエルはにっこりと笑った。聞けば、僕が夢の中で何度かカーン神と出会った時みたいに、地階の生き物が神と邂逅するような時も、魂が一時的に天階に上っていて、そこで出逢いを果たすのだという。
説明を受けて何となく言わんとすることは理解したが、それでも僕の中の疑問は拭えなかった。
「理屈は分かりましたけれど……それが、僕が禁域に行かなきゃならない理由と、どう繋がるんですか?」
腕を組みながら言葉を投げかけると、ダニエルの話を静かに聞いていたイルムヒルデが、すっと手を挙げた。
「そこは私が説明いたしますわ。バイルー様、ありがとうございます」
その言葉を受けて、ダニエルが笑みを浮かべながら一歩後ろに下がる。それを受けて一つ頷いたイルムヒルデは、そっと目を伏せると口を動かし始めた。
「ゲヤゲ島の禁域は、ルピアクロワにいくつか存在する禁域の中でも、特に教会が状況を注視しているものなのです。今回、禁域拡大の兆候が見られたので、その調査が必要なのですわ」
その言葉に、アグネスカもアリーチェも、僕ですらも目を見開いた。
神域においても、その領域が拡大するなどと言うことは、滅多にないことだ。ヴァンド森の屋敷も屋敷周辺の木々を切り開いて土地を広げているが、領域そのものが広がっているわけではない。
「禁域が拡大……?」
「まさか、そんなことが……邪神が降臨したならともかくとして」
僕とアグネスカが信じられないような顔で話す中、アリーチェが不意に深刻そうな表情で俯いた。口元に手を持って行ってしばし考え込むと、恐る恐る手を挙げながら口を開く。
「あのー、アイヒホルンの使徒様? その、まさか、だったりします?」
アリーチェの発言に、僕は恐らく口をぽかんと開けていたことだろう。
普通では考えられない。神が、神階から降臨するだなんて。
そんな僕の絶望を含んだ瞳を見ながら、イルムヒルデは、確かに頷いて応えるのだった。
「……アリーチェ様の仰る通りですわ。あの禁域には、邪神がいるのです」
「はい、オーベルタン様」
誕神が終わってホッと一息ついたところで、ようやく起き上がれるようになったアリーチェを伴い、リュシールがこちらに歩み寄ってきた。声をかけるのは僕でも、ブリュノでもない。イルムヒルデだ。
そして彼女も、それを予想していたかのようにすんなりと応対を始める。僕が目を白黒させている目の前で、二人は深々と頭を下げ合っていた。
「渇望の呪いの解呪は、おかげさまで滞りなく完了いたしました。厚く御礼を申し上げます」
「いえいえ。ダヴィド様のお力があってこそですわ」
使徒と聖域の守護者、立場としてはリュシールが格段に下なので、リュシールがへりくだって話すのは何もおかしな話ではないが、イルムヒルデもイルムヒルデで、僕やマドレーヌと話すときの丁寧な口調を崩さず、そのまま頭を深く下げていた。
ますます面食らう僕をほったらかして、リュシールが頭を上げて神妙な表情をした。まっすぐにイルムヒルデを見つめて、口を開く。
「はい。つきましては、三神教会から伺っております『もう一つの案件』について、御自らのご説明を、エリク様にいただければと思います」
「そうですわね、大きな仕事が立て続けに入って、ダヴィド様には申し訳が無い話ですが」
「まだ使徒に着任して1年も経過していないエリクさんに、お願いするのも酷と言うものですが、我々にも時間がありませんもので」
全て理解したかのように話すリュシールに、イルムヒルデも同様に頷いた。更には、彼女のそばにつくディートマルまでも、理解した風でリュシールに頭を下げた。
もう、ここまで来ると置いてけぼりを喰らいすぎて訳がわからない。
それはアグネスカとアリーチェも同様だったようで、困惑しながら二人に声をかけた。
「あの、失礼します、イルムヒルデ様。一体何のお話をされているのですか?」
「リュシールさんも、その口ぶりだと、事前に何か連絡があった、みたいな感じですけど……」
二人とも、困惑しながら口を挟むと。リュシールが真剣な表情をして、僕たちに向き直った。
「はい。お三方にはまだお話をしておりませんでした。何しろ、私も三神教会からお話をいただいたのが、死告竜が飛来した翌日のことでしたからね。先延ばしにさせていただいていたのですよ」
「こればかりは、悪い時期が重なった、としか申せませんわね。私も出来れば謝肉祭の時期は外したかったのですが、まさかそこに別の問題がヴァンド森に舞い込むとも思わず……」
リュシールの言葉に同調しながら、イルムヒルデが頭を振った。
確かに、色々と物事が重なったことはその通りだ。謝肉祭だけでも大変なのに、竜種の来訪、教会からの依頼。応対してくれていたリュシールの心労は、察するに余りある。
それを理解しながらも、僕は眉間にしわを寄せながら言った。
「まあ、タイミングが悪かったっていうのはその通りだと思いますけれど……教えてください、その『もう一つの案件』って、何なんですか?」
僕の言葉に、隣に立つアグネスカは首を傾げ、アリーチェも同様に首を傾げていた。
正直、全く話が見えてこない。一体どんな話が教会からやって来て、それがイルムヒルデの来訪とどう関係するのか。
率直に切り込んだ僕に、イルムヒルデはそれまで以上に真剣な表情をして、ゆっくり口を開いた。
「はい、単刀直入に申しますわね。ダヴィド様には、『ゲヤゲ島の禁域』の調査に、ご同行いただきたいのです」
「ゲヤゲ島の……!?」
「禁域、ですって!?」
そうして発せられた彼女の言葉に、僕の両脇に立つアグネスカとアリーチェが、揃って大きな声を上げた。特にアリーチェの狼狽具合が著しい。
ゲヤゲ島。ラコルデール王国の西側に広がるルフェーブル海に浮かぶ、小さな無人島だ。しかし、禁域とは。耳慣れない言葉に、首をかしげる僕だ。
「あの……すみません、なんですか、それ」
おずおずと零した僕の疑問の言葉。それを聞いたアリーチェが、信じられないと言いたげにこちらを見てきた。
「エリクさん、本気で言ってます、それ?」
「アリーチェ、責めないでください。まだエリクは禁域のことを知らないです。更に言うなら、私もよく知りません」
僕が何も言えないでいると、背中側からアグネスカのフォローが飛んできた。実際、知らないものは知らない。アリーチェは神獣で、生きてきた期間が僕達より何倍も長いのだ。一緒にしないでほしい。
「私から説明いたしましょうぞ」
そこで、一歩前に進み出たのはダニエルだ。この場で最も年長の彼が、その場にいる全員の視線を集めると、小さく咳払いをして彼は話し始める。
「禁域は、三神教会の持つ情報の中でも、厳重に秘されたものですからな。新米のお二人が知らないのも無理はありません……が、その前に、一つ」
と、話し始めた矢先に言葉を区切った。そのまま僕の方に視線を向けてくる。
「エリク殿は、このルピアクロワがどういう構造になっていると、三神教会が定義しているかは、ご存知ですかな」
「ええと……」
問いを投げられて、内心で焦りながら僕は答えを探し出す。
教会の定義するこの世界の構造。よく教会での講話で取り上げられる、神様の住む場所と人間の住む場所の話を思い出しながら、答えをひねり出していった。
「この世界には三つの階層があって、地階、天階、神階に分かれている……でしたよね」
「その通りです」
地階、天階、神階。この世界は三つの階層に分かれていて、地階がいわゆる僕達人間と魔物の暮らす世界。神階が三大神をはじめとした神々、および邪神の暮らす世界。
天階は神様に選ばれた人だけが行くことのできる、いわゆる天国のような場所、と三神教会は市民に話している。
僕の答えに頷いてから、ダニエルは再び話し出した。指を三本立てながら地面を指さす。
「地階において、三大神の御力がより強く働いている場所……三神教会ではこれを聖域と呼びますが、その聖域の中には二種類、別の領域が存在する、と教会では定義しています。一つが『神域』、そしてもう一つが――」
「『禁域』……ってこと、ですか」
確認するように声を発した僕に、ダニエルがこくりと頷く。
曰く、一般的な見方としては神域も禁域も等しく聖域なのだが、それはどちらもが聖域の中にあるから、ということらしい。基本的に聖域は人間も魔物も立ち入りが禁じられている場所だから、その中に何か別の場所があるかどうかは、一般市民には分からないのだ。
「神域も禁域も、一般市民からはその存在を秘匿されているものです。使徒、巫女、神獣、巫女を輩出する一族から選ばれた聖域の守護者。それ以外でこれら二つの領域の存在を認知しているのは、三神教会の司教以上と、その領域が属する地域の領主くらいです」
彼の言葉に、確かに僕は納得した。僕自身、使徒の力に目覚める前はヴァンド森の中に聖域があって、近づいてはいけないということ以上は知らなかったのだから。
そう説明するダニエルの言葉に頷いて、リュシールも話に加わってくる。
「エクトルのように下働きに来てもらっている子供たちも、狼人の三人も、表向きは神域ではなく、聖域に働きに出ていることになっていますからね。ヴァンド市民も、神域の存在は知りません……エリク様のご両親だけは、さすがに例外ですが」
そう言いながら、リュシールが小さく笑みをこぼす。確かに、僕の両親は例外だ。自宅に転移陣を敷かせてもらっているからしょうがない。
エクトルの前にも何人も、ヴァンドから下働きに来ている子供たちが来ていたそうだが、いずれも森の中の聖域に働きに来ている、と認識されているのだそうだ。実際は神域に招かれて、あれこれ仕事をしていることは、彼の家族にも知られていない。
納得する僕に頷きながら、ダニエルが再び口を開く。
「それで、神域と禁域が何故一般市民に秘匿されているかと言いますと……端的に言えば、これらの領域は地階ではなく、天階にあるから、なのですな。だからここのように、ヴァンド森の聖域とは比較にならないほどの敷地が確保できているのです」
「なるほど……神域が他の土地から切り離されている、と言う話は、リュシールから前に聞いたことがありましたけれど」
ダニエルの説明に、納得しながら頷く僕とアグネスカだ。
ヴァンド森の聖域は、その実とても狭い。60メートル四方ほどの、森の木々に囲まれた狭い草地だ。それが、そこから繋がるヴァンド森の屋敷周辺の地域は、一つの村くらいの敷地面積がある。
結構早い段階から疑問に思っていて、リュシールに問いかけたら「別の階層にあるのですよ」と答えが返ってきたことを思い出す。
「天階は地階よりも神力が濃くあるため、三大神も、邪神も、その伴神の方々も、安定して存在することが出来ます。これが、神域と禁域が天階にある大きな理由ですな」
そう話しながら、ダニエルはにっこりと笑った。聞けば、僕が夢の中で何度かカーン神と出会った時みたいに、地階の生き物が神と邂逅するような時も、魂が一時的に天階に上っていて、そこで出逢いを果たすのだという。
説明を受けて何となく言わんとすることは理解したが、それでも僕の中の疑問は拭えなかった。
「理屈は分かりましたけれど……それが、僕が禁域に行かなきゃならない理由と、どう繋がるんですか?」
腕を組みながら言葉を投げかけると、ダニエルの話を静かに聞いていたイルムヒルデが、すっと手を挙げた。
「そこは私が説明いたしますわ。バイルー様、ありがとうございます」
その言葉を受けて、ダニエルが笑みを浮かべながら一歩後ろに下がる。それを受けて一つ頷いたイルムヒルデは、そっと目を伏せると口を動かし始めた。
「ゲヤゲ島の禁域は、ルピアクロワにいくつか存在する禁域の中でも、特に教会が状況を注視しているものなのです。今回、禁域拡大の兆候が見られたので、その調査が必要なのですわ」
その言葉に、アグネスカもアリーチェも、僕ですらも目を見開いた。
神域においても、その領域が拡大するなどと言うことは、滅多にないことだ。ヴァンド森の屋敷も屋敷周辺の木々を切り開いて土地を広げているが、領域そのものが広がっているわけではない。
「禁域が拡大……?」
「まさか、そんなことが……邪神が降臨したならともかくとして」
僕とアグネスカが信じられないような顔で話す中、アリーチェが不意に深刻そうな表情で俯いた。口元に手を持って行ってしばし考え込むと、恐る恐る手を挙げながら口を開く。
「あのー、アイヒホルンの使徒様? その、まさか、だったりします?」
アリーチェの発言に、僕は恐らく口をぽかんと開けていたことだろう。
普通では考えられない。神が、神階から降臨するだなんて。
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