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番外編・悪役令嬢の日記(前)
しおりを挟むあの騒動から半月。
まだ少し冷え込む昼下りに、わたくしは部屋のソファから暖炉の火を見つめていた。
「なんだか、全てがお母様のお告げで丸く収まってしまったわね…」
すっかりお告げを信じ込んで、毎日毎日お母様の肖像画の前で、お手紙を読み返しては涙を流してらっしゃるお父様。
わたくしから一方的に、その手を振り払ってしまった王太子殿下は…
エドからすれば、わたくしは薄情で酷い裏切りをした相手なのに、それでも身を案じて手紙を送ってくれている。
「ひどく胸が痛むけれど、やっぱりこれで良かったのよね?
わたくしも生き延びる事が出来たし、この聖セプタード王国もこれで安泰だもの……」
大きな溜息を吐いて、手元の日記に視線を移した。
わたくしが前世で大好きだったベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」
シリーズは全五幕あり、一幕のヒロインは平民の少女エマが、万難を排して最後には愛する王太子エドワード殿下と結婚し、王妃になる事で終わる。
「……いえ、万難の一言で纏めて欲しくはないわね。そもそも、わたくし無実なのだし…」
物語の通りだったなら、わたくしは冤罪をかけられ、悪役令嬢として毒杯を賜っていたのだから……。
今更ながら震えてしまい、肩から羽織っていたショールを掻き合せた。
「…………二幕のヒロインは、実はお兄様の次女、つまりわたくしの姪なのよね…」
お兄様にもオリバー様にも、全てを明かしたのは第一幕の物語。
「……だって一幕の運命が変わってしまえば、二幕以降は無くなったのと同じ…ですもの」
何となく、一瞬「月明かりの君」と「宵闇の君」お二人の、圧の強い微笑みが浮かんだけれど……。
わたくしは手元の日記をパラパラめくる。
この日記が第二幕の「鍵」
「……日記は、毎年エドとお互いの誕生日に贈り合っていたのよね」
その日がどんな一日でも、眠る前にはお互いの顔を思い出して、書き記そうと……。
「この間まで、裏切り者のハニトラ殿下なんて呼んでいたのに、わたくしも現金ね」
ふふ、と懐かしさに笑みがこぼれた。
オリバー様への想いのように、恋では無かったけれど…
それでも、全てが終わってみると、やっぱり殿下と共にこの王国の未来を見つめ、必死に取り組んでいた日々は宝物のような思い出なのだと感じた。
「…………ごめんなさい、アメリア。
あなたの運命まで、変わってしまったわね……。
アメリアが生まれてきたら、わたくしとても大切にするわ、だからすべて燃やしてしまうのを許してね」
そう言って、ソファから立ち上がり、10歳から書き留めていた日記5冊を暖炉の前に運ぶと、心に少し寂しげな風が吹いた。
嬉しかった日も、悲しかった日も、王太子妃教育が辛かった日も……、わたくしの全てが書き綴ってある。
少しずつ破いて燃やそうと、ページを数枚を手に持った瞬間、ドアを叩く音が響いた。
「ひゃっ!」
「エリー?入るよ?」
わたくしの小さな叫び声が聞こえてしまったのか、お兄様が慌てて飛び込んでいらした。
「どうしたんだい?大丈夫?」
「え、ええ。考え事をしていたから、少しびっくりしてしまっただけなの、ごめんなさい」
大股で部屋を横切り、わたくしの側までいらしたお兄様は、当然手に持っていた日記に目を留めた……。
「「……………………」」
別に悪い事をしている訳では無いけれど、何故か悪戯が見つかった子供の様な気持ちになり、上擦った声が出てしまう。
「ち、違うんです!お兄様!」
「………何がだい?」
「………………(ゴクリ)」
自分が焦りで初期対応を誤った事に気付くも、今更「懐かしくて、読み返してましたの」なんて言ったところで、目の前のお兄様を誤魔化せる気がしなかった…。
(……それに、お兄様にはもう嘘は言わないって決めたんだものね……。
そう、そうだわ!隠し事なら問題ないわよね!)
「お兄様、わたくし…」
「エリー、春からの王立魔法学院への入学について、少し話したかったんだけれど、時間はあるかい?」
お兄様に、嘘ではないが尤もらしい言い訳をしようと言葉を発した途端、出鼻を挫かれてしまう。
「え?ええ」
「じゃあサロンで一緒にお茶にしよう」
そう言って、目の前で爽やかな微笑みを浮かべ手を差し伸べるお兄様の、淡い金色の瞳が強い光を宿したのに気付き、わたくしは自分の近い未来を悟った。
(ひっっっ!わたくし、また今日も温い紅茶を何杯も頂く事になるの……!?)
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