樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

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第1章

ユーハイト到着

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 休憩したリヒト一行はまたもや空の旅に戻り、そして日没前に目的地に辿り着いた。

 着陸方法は言わずもがな、また弓矢の軌道のように地面へと降り立ち、シキはげっそりと青ざめている。

 都が見える広々とした丘陵に着陸してもらい、アドウェナアウィスに付けていた鞍を外す。長旅の御礼にまた干し肉を食べさせると、リヒトは二匹の鳥を見送った。

 橙色の空に飛び立っていくその影が見えなくなるまで見送ると、荷物を抱えてシキを導いて歩を進めた。


 領都ユーハイト。その手前の関所だ。

 運河を境に建てられた石造りの大きな橋。その橋の手前には重厚な門が築かれ、運河と門により、簡単には領内に侵入できないようになっている。

 穏やかな夕焼けの光を浴びて、石造りの関所は何組かの行商人による馬車で少しだけ列を成していた。

 ここで入出の手続きをして、領都へと入る。鍛え抜かれた衛兵が腰に剣を携えて門の周囲に目を光らせている様子は、雰囲気的にはかなり物々しい。

 シキははたと気づき、リヒトを見上げた。

「リヒトさん、こういうところって身分証がいるんでしょ……?」

 僕持ってないよ、と小声で告げてきたシキにこくりと頷いて、リヒトはさっとシキに紙を渡す。

「シキ、守衛さんにこれを見せて」
「これは……?」
「一時許可書だよ。前に孤児院の件を確認してたでしょ? その時にもし領都に来るなら、って許可書も貰っていたんだよ」

 許可書にはシキの見た目等を細かく記載されており、領主の許可印が押されていた。にこり、と笑うリヒトにぺこぺことシキは頭を下げて、許可書を預かると、リヒトたちに検問の番がやってきた。

「あれ? リヒトさんじゃないか、お久しぶりです」
「おや、カルムさん! まだ関所担当だったんだね?」

 門に役人が二人ほど待っており、その片方の人族はリヒトと顔見知りだった。壮年に差し掛かりそうな見た目の男は、リヒトと分かるやいなや、にこりと笑いかけてきた。

 ユーハイトで暮らしていたときに、都外の森に足繁く通っていたリヒトは衛兵や門番の役人と非常に親しくなっていた。

 カルムと呼ばれた役人は歴が長い門番で、関所の中では一番の上役になっていたようだ。もう一人の小柄な役人に細かく指示を出していた。指示を出された恐らく部下の人族は、まだ成人前だろうか、初々しい様子でせっせとメモを取っていたが、リヒトと目が合うとびくりと肩をすくませた。

「後継の育成でまだしばらく現役ですよ。もう少しこいつが育ったら内勤に異動予定なんです 」
「久しぶりの里帰りなので見知ったお顔に会えて嬉しいです。しばらくはユーハイトに滞在するので、領内で会えたらまた話しましょう」
「ええ、ええ、ぜひ。……あ、許可書拝見します」

 シキが持っている許可書に気づき、カルムが手を差し出した。シキは少しぷるぷるとした手で、その紙を差し出す。緊張した面持ちで、カルムが書類を確認するのを待つ。上から下まで項目に目を通したカルムはシキに笑顔を向けて、「どうぞ、通ってください」と告げた。

 リヒトも身分証を渡し、何事も問題なく二人は関所を通過させて貰えた。新人の役人が顔を真っ赤にさせたままリヒトのことを惚けた眼差しで見ていたが、彼の頭をカルムがぺしりと叩いたのが視界の端に見えた。

 後ろにまだ並んでいる商人もいるので、荷物を抱えて橋を渡り、領都の内部へ足を進めた。



 時刻は既に夕刻。穏やかな橙色の陽の光が満ちる中進んでいくと、商店が並ぶ地帯に差し掛かる。

 青果を取り扱う店や精肉店、服飾、雑貨などの多様な店がメインストリートには連なり、小道に入るとその奥には住宅地などが広がる。

 運河に面した西の関所から一番近い地域はユーハイトの中でも商業施設が並ぶ地帯だ。もうそろそろ店仕舞いの時分だが、領民や旅人、冒険者や傭兵など出自が異なるであろう民が行き交っており、賑わいを見けせていた。

「シキ、まずはマギユラの店に行って挨拶しよう。ご飯と宿はそのあとにね」

 串焼きの店の匂いに釣られそうになっているシキの肩をぽんと叩き、リヒトは荷物を抱え直した。

「うん! リヒトさん、僕、こんな大きな街はじめて」

 きょろきょろと物珍しく色々なものに目を向けてはきらきらと琥珀色の瞳を輝かせるシキに、リヒトはくすくすと笑いを零した。

「しばらくは滞在する予定だから、色々見て回ろう。南区は海沿いだからこことも少し雰囲気が変わるよ」
「そういえば海って見たことないや。爺様が昔、話してくれたのを聞いただけ」
「ユーハイト港は貨物船だらけだからシキはびっくりすると思うよ」
「貨物船! おっきい船なの?」
「それはもう」

 西区の街をしばらく歩くと小さい商店から、次第に大きな建物の店が連なるようになってきた。中心地に近いこの地域は大商団が軒を連ねる道となる。

 その大きな店舗の群れの中の一つのショーウィンドウから中を覗く。

 深い緑の窓枠の中に、この街では定番の服が人型の人形に着せられている。リヒトはその人形の向こうでいそいそと動き回る店員を確認していた。

「リヒトさん?」
「顔見知りがいたら早かったんだけど……ううん、見当たらないから訊いてみるか」

 カランカラン、と小気味よいベルの音が鳴る。リヒトとシキは小綺麗な店に入店した。

 入店客に気づいた店員らしき人族の男がすすすっと歩み寄ってくる。にこやかな笑顔でのお出迎えは販売員として満点だった。

 だが、その男はリヒトに挨拶しようと声を掛けるが、「いらっしゃいま……せ……」とリヒトの顔を見るとその声は尻すぼみになっていった。

 リヒトの後ろに居たシキは不思議そうに店員の男を見上げる。

「おおおお客様!!! お客様にお似合いの服が当店には何着もございますっ!!! 
 お気に召したものがあればご試着もできますので、ぜひとも、ぜひともお手に取ってご覧くださいませ!!!」

 ビシッと腰を鋭角に折り曲げ深々と礼をしたあと、ちらちらっとリヒトの顔を見ては惚けていた。

「……リヒトさん、あの人どうしたの?」
「うーんと、いつもこうなんだよね……」

 ひたすら疑問符を浮かべるシキと困り顔のリヒトは、恍惚な表情を浮かべている店員に恐縮しつつ、とりあえず店の中へと歩を進めた。

「こちら新作のケープでございまして、お客様のお顔でしたらこのような艶やかな色もさぞお似合いなことでしょう。新雪もまもなくのことでしょうし、こういった羽織も如何ですか?」
「あ、あの~、私は実は――」
「ああっと、お客様のご用件もお伺いしないままご提案をしてしまい大変失礼致しました!! 本日は何をお探しでしたでしょうか!!」
「あ、そうでなくて――」

 店員からの圧力が凄まじく、リヒトの顔を見つめる目は更に恍惚なものになっている。あろうことか他の店員も男の声につられて現れ、彼らたちもリヒトの顔を見ると、皆一様に「獲物」を見つけたような眼差しになり、そしてすぐにうっとりと惚けた顔になる。

 そんなとき、店の奥から聞き覚えのある声がした。

「リヒトさん! 久しぶりだね」
「コルテオさん、探しましたよ、助けてください!」

 マギユラと瓜二つの少し癖のある髪の毛。にこっと笑う口角の上がり方も、いつ見てもそっくりだ。マギユラと違うのは、少し厚めの眼鏡を掛けていることくらいだ。

 少し悪戯心を含んだようなご機嫌な笑顔で彼――マギユラの父、コルテオはリヒトとシキの前に現れた。
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