樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

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第1章

亜人種

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「とりあえず、有り合わせで何かを作れる程度は食材があって良かった……」
「リヒトさん、お野菜洗ったよ」
「ありがとう、シキ。葉物はこれくらい、根菜はそれより少し小さめに切ってみようか」
「うん、わかった!」

 レイセル宅にて、主人不在のまま調理場を借りて少し早めの昼食の用意をしている。

 当のレイセル本人はまだ眠り続けていた。鬼の居ぬ間に全て終わらせてしまおうと、リヒトはスープを作るために魔道コンロに火を付けた。

「干し肉が辛うじて残ってて良かった。スープがあれば大丈夫かな」

 シキが切ってくれた野菜を鍋に入れ、汲んできた水を入れて煮込み始める。根菜類に火が通ってきたら葉物を入れる、ついでに干し肉も刻んで入れた。

 スープの味を塩などで整えているときに、穀物の備蓄があることに気づいたリヒトはフライパンで手軽に作れるパンを作ることにした。

 小麦粉に卵と砂糖と塩を入れて手早く混ぜると、少量ずつ水を加えていき、程よいやわらかさまで混ぜると、バターを溶かしたフライパンで小さく丸めたパン生地を焼き始める。

「パンってそういう風に作るんだ」
「これはだいぶ簡略化してるんだけどね。余裕があれば発酵して膨らませたり、オーブンで焼くよ」

 バターの匂いが漂ったことで目が覚めたのか、作業部屋からレイセルが起きてきたようだった。

「……お前ら、何勝手に」
「はいはい、文句は食べてから聞くからね」

 リヒトは隈の浮かぶ顔のレイセルをテーブルへと座らせ、ハーブティーを目の前に置いて飲むように伝えた。

「もう少しでパンが焼けるから、それでも飲んでいて」
「リヒトさん、なんか焦げ臭い……!?」
「わ、ひっくり返さなきゃ」

 レイセルは差し出されたお茶を飲む。自分が淹れるときは感じない糖蜜の甘さを感じ、無意識にほぅ、と息をついてしまった。





「……で? 何の用で押し掛けて来たんだ。迷惑だからそれ食ったら早く帰れ」
「寝不足でほとんど行き倒れみたいになってた人が良く言うよ」

 レイセルにとっては朝食、シキとリヒトにとっては昼食になるが、同席して相伴に預かることになった。

 少し焦げかけたが、即席で作ったパンもバターの風味が食欲をそそる。スープも保冷庫で萎びかけていた野菜とは思えないほど、きちんとした料理になった。

 レイセルは無言で食べ続けていることから、どうやら満足してくれたようだとリヒトは判断した。

「君の様子を伺いたかったんだよ、それにシキが君と話してみたいと言うから。あとついでに北の森で軟膏の材料を採取できれば、と」

 レイセルはシキをじっと見据える。

 びくり、とシキは居住まいを正した。

「何が聞きたい」
「レイセル、怖いからもう少し優しく聞いてあげて」
「ふん」

 ムスッとした顔で、それでもパンを食べる手を止めないレイセルなので、機嫌は悪くは無いようだが、如何せん言動が端的すぎて威圧感を感じる。

「あの、レイセルさんは、魔道具師と聞きました。魔法が使えるってことは亜人種なのですか……?」
「そうだ。妖精族と人族の混血だ。他国ではエルフとも言われている。妖精人族だ」
「妖精……」
「魔法についてなら、俺のはあまり参考にならんぞ」

 どうして?と言ったような顔をするシキにレイセルはため息混じりに話し始めた。

「俺は魔力量が少ないんだ。火の玉なんて出せないし、せいぜいろうそくの灯り程度の低級の光魔法くらいしか使えない。だがそれが魔道具師には向いていたからこの仕事をしている」
「魔力量が少ない方が向いている……?」
「魔道具は魔法陣を記して作るものだ。細かな魔法陣を組むのに膨大な魔力はむしろは不向きなんだよ」

 わかったような、わかっていないような顔をしているシキに舌打ちしたレイセルは、どこから取り出してきたのか、カーニバルで見かけるような風船を二つほど取り出してきた。

 何をするのか興味津々なシキにレイセルがそれぞれに口で空気を入れていく。一つは小さく。一つはぱんぱんになるほど大きく。大小二つの風船が膨らまされた。

「これにそれぞれ針を刺すとどうなる?」
「……割れちゃう?」
「見ていろ」

 レイセルはまず、小さな風船に道具箱から取り出してきた針を刺した。身構えるシキを小さく笑いながら、ぷすりと刺す。

 小さな風船はすー、と小さな空気の抜ける音をさせながら萎むだけだった。

「魔力量が少なければ、少しずつ放出することができる。 じゃあ大きな風船はどうだ?」
「今度こそ割れる!」

 レイセルは容赦なく大きな風船に針を刺した。

 バチン、と大きな破裂音がする。身構えていてもビクリと身をすくめてしまった。

「正解だ。魔力量が多ければそれだけ威力は上がるが、小さく放出するのは苦手なんだよ。魔道具師は魔力量が少ない種族でも仕事ができるし、むしろ適性がある」
「亜人種の方たちって、みんな魔力量がすくないものなの?」
「お前は亜人種にあまり会ったことが無いからわからないだろうが、亜人種の魔力は純血種の足元にも及ばない。人族からすると魔力の有る無しは天と地の差だが、魔力持ちの世界からすると純血種と亜人種にも天と地の差がある。お前が少し規格外なんだ」

 レイセルの目にはシキの中に飽和しかけている魔力が見えるようだった。口の中のパンをお茶で流し込み、レイセルは青い目でシキをじっと見つめる。

「ヒューマのジジイも言ってたかもしれないが、稀に純血種をも上回る魔力持ちが亜人種に生まれることがある。お前のような能力者を、権力者は喉から手が出るほど欲しがるもんだ。

 とりあえずの脅威は去ったかもしれんが、まだああいう奴隷商のような裏稼業の奴らは掃いて捨てるほど居る。魔法を使えるように訓練するのはもちろんだが、身を守る術も身につけた方がいいだろうな」

 そう言い放ったあと、レイセルはリヒトをちらりと一瞥して、

「この腑抜けは格闘技は以ての外だ。むしろ邪魔にしかならん、自分の身は自分で守れるようになれよ」
「いきなり悪口を目の前で言わないでよ……」

 飛び火がやってくるとは思わなかったリヒトは、否定しようにも事実でしかないその言葉に苦笑することしかできなかった。

「リヒトさんとレイセルさんは仲が良いんだね。なんだかレイセルさんと居るとリヒトさんが幼く見えるよ」
「……えっ」
「会ったばかりの時は、なんでも出来るお兄さんみたいだったけど、マギユラさんに叱られてるし。レイセルさんにも同じように怒られてるし」

 くすくす笑うシキに、リヒトは悲しいやら恥ずかしいやらで少し頬を赤面させた。

「シキの前では立派な大人になろうと思ったんだけどな……。そうだね、私には出来ないことがたくさんあるよ」
「出来ないことしか無いだろうが」
「料理と調剤は人並みにできるよ!」

 シキはリヒトとレイセルの双方を観ながら、はっとしたようで、今度は首を傾げていた。百面相をしている様子に気づき、リヒトは訊ねる。

「シキ?」
「あの、リヒトさんとレイセルさんって、兄弟なのかな、って。なんだか雰囲気?が似てて……」
「こんなのと血縁なんてやめてくれ……」

 項垂れるレイセルにリヒトはテーブルの反対側からレイセルの肩をつつきながら、酷くないかい?といじけている。

 リヒトはやれやれと肩を竦め、シキの目を見て告げた。

「シキ、言ってなかったけど、レイセルと私は同胞だよ。私にも実は妖精族の血が半分入っている。……魔力は引き継がなかったけどね」
「リヒトさんも亜人種だったの!? 魔力の無い亜人っているんだね、知らなかった」

 リヒトがくしゃり、と笑みを浮かべるとレイセルはシキに「お前、」と声を掛ける。

「訓練に使えそうな魔道具がある。見ていくか? リヒトもほら、マカの実か? こっちでこいつ預かってるからさっさと採取してこい」
「う、うん……、ありがとうレイセル」

 丁度食べ終えたタイミングだったので、簡単に食器を片付け、レイセルはシキを伴いまた再び作業部屋へと向かって行った。シキは魔道具を見るのがたのしみなようで、どんなのなの?とレイセルに訊ねながら部屋へと消えていった。

「ありがとう、レイセル」

 一人残されたリヒトは部屋の先を見つめ、鞄を持って玄関から出て行った。





「……ねえ、レイセルさん。リヒトさん、悲しそうだった。何か僕、ひどいこと言っちゃった?」
「いや、お前は何も悪くない。あいつが考えすぎなだけなんだ……」

 作業部屋に入るなり、シキはレイセルに訊ねる。翳った顔をしたシキに安心しろ、というように頭をぽんと撫でた。

 リヒトは亜人種だ。魔力持ちの妖精族の血を半分受け継いだにも関わらず、リヒトの魔力は皆無であった。

「レイセルさんもリヒトさんと同じ撫で方してくれるね」

 ひひっと、嬉しそうに無邪気にはにかむ子どもが少しだけ憎らしくてほっぺをむにりと軽くつねってやった。えー!という非難の声を無視して、目的の魔道具を乱雑な部屋の棚の中から探すのだった。
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