昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ

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四章

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 れみのいる場所に心当たりなんてなかった。電車の中で携帯に連絡するもののなしのつぶて。先輩とまりあちゃんを置き去りにして飛びだしたものの探すあてもなく、一度女子校へと行って校門前で立ち尽くしてみても帰宅する生徒たちにれみの姿はなかった。携帯を鳴らし続けるけながら、結局れみのことなにも知ろうとしていなかったんだなって情けなくなる。

 そのうち校門が施錠されて校内に一人も生徒がいなくなったことが自然と示された。れみは、こうしている今も俺に対してどんなおもいでいるのか。ストーカーのことで不安になっているのか。いてもたってもしられなくなって歩きだす。
 
 他に行く当てなんてなかった。れみがいるであろう場所への記憶を頼りに足を一歩一歩動かすたびに全身に鉛を纏ったくらい重くなる。日が暮れてあっという間に夜の帳が降りてくる。こっちでよかったっけ。この道で合ってるんだっけと、そういえばあの日飛びだしたときもこんな暗い夜だったっておもいだす。

 れみの泣き顔が浮び上がって、少し歩幅を大きく。いつの間にかとある一軒家に辿り着いた。外から眺めると記憶の中にあるものより小さく見える。おしゃれな白い外壁は経年により趣深い汚れを、屋根は少し古びていて俺がいない間もここにれみ達が住んでいたんだってありありと伝えてくる。表札にもかつて俺が名乗ってた竹田性が描かれている。

 さて・・・・・・・・・どうしようか。覚悟と意志はしっかり固まっているし、ここまで行動に移せたけど、ここから先はなにもない。ぶっちゃけノープランである。

 れみの携帯は繋がらない。そして外にいる俺に気づく可能性もゼロに等しい。考えなしに来たけど、れみ以外と顔を合わせることが頭になかった。

 けど、迷っている暇はない。インターフォンを鳴らしてすぐ、「はい、どちらさまでしょうか」妙齢のの男性が応答に出た。反射的にあの人が出てこなくてよかったという安堵を抑える。

「あの、れみはいますか」
「どちらさまでしょうか」

 俺を怪しんでいるのが声でわかった。どこか不審げに硬い。

「俺、上杉瞬です」
「・・・・・・・・・え?」
「れみに会いにきました。つい最近まで会ってました」

 ドタバタと玄関のほうから騒がしい足どりが近づいてくる。ガチャ、とおそるおそるといったかんじで扉が開いて、記憶より老けたかつての義父が顔を覗かせる。想像していた拒絶する意志も、嫌悪感もなかった。ただ皺と白髪が増えて身長が縮んだなってどこか客観めいた感想しかなかった。

「瞬・・・・・・君かい?」
「はい。お久しぶりです」

 顔に穴があいてしまいそうなくらい見つめて、感慨深げなかつての義父は、それきり喋らなくなった。どうしていいか戸惑っているんだろう。俺と同じで。はこの人がどうか知らないけど、俺には感動も憎悪もない。家族という認識すらなかった相手同士だった。ただ、実際に対面するとどう接するべきかわからなくなってしまう。


「久しぶりだね。元気にしていたのかね?」
「ええ。おかげさまで」
「そうか」
「それで、今日はれみに会いに来ました。さっきも言ったけど、つい最近までれみと会ってたんです。俺の大学のオープンキャンパスで偶然再会して。それから一人暮らしをしている俺のところへ来て、いろいろ世話になりました」

 これ以上無言でいると、たまらなくなる。間髪入れる隙も与えないで話を続ける。

「じゃあ、最近あの子が出掛けたり会いに行ってた人というのは」
「俺です」
「そうか。まさか君とれみが・・・・・・。そうか」

 れみはどんな説明をしていたのか。まりあちゃんの話では義父とは決して仲が悪いわけではない。この人の口ぶりでは俺のことは内緒にしていたんだろう。それについては今は放置しておくとして――

「君が出て行ってから、れみは悲しんでいたよ。毎日君の部屋で泣いて、寝ていた。妻もそうだった」
「はい」
「君のところに、れみが行こうとしたことも何度かあった。お兄ちゃんが住んでいるところをおしえてくださいって私たちにお願いしてね。ただ、ああいうことがあったからお互い関わらないほうがいいと判断して教えなかった。いつしか君がいない生活が当たり前になっていた。話題にも出さなくなった。娘も悟ったんだろう。タブーになっていたよ。妻は、今でも君に対して罪悪感を抱いているんだろう。口には出さなくても、なんとなくわかる」

この人の口ぶりには嫌味や俺を責める箇所なんて一つもない。なのに、まるでお前のせいで家庭がめちゃくちゃになったと、そういう風にしか受け取れないのはなんでだろう。

「しかし、まさかれみが恋人になっていたなんて・・・・・・・・・」
「ちょっと待て。その話詳しく」

 あいつはなんだ? 家族にも嘘をついていたのか? 大学の連中や友達にはごまかさないといけないっていうのは理解できる。けど、他に説明の仕方があるだろうよ。

「いえ、別に私が口に出すことじゃないっていうのはわかっている。君とれみは血の繋がりはないし、今は赤の他人だし」

 赤の他人。ぐさりと心臓にナイフが突き刺さる。

「もう兄妹ではないんだし、家族でもないんだからどう交流を持ってもいい」

 グサリグサリ。突き刺さり続ける。

「もう法的にもなんの問題がないとはいえ、昔兄妹だった二人が恋人になるのは世間的にも倫理的にもおかしいだろう。いや、あの子が好きになった相手なら誰でも祝福しよう。条件はあるが。まず――」

「オーケー。その話はまた今度にしましょう」

 兄妹ではないとか家族でもないとか、この人は的確に俺の急所をぐりぐり抉ってくるなぁ。恨んでる? 俺のこと恨んでる? まぁいい。本題がずれていきそうだからなんとか軌道修正を試みる。

「今日ここに来たのは、昔のこととかあの人、母のことじゃないんです。ただれみに会いに来ました」

 一瞬、悲しそうな顔をして、そして見つめてくる。

「れみに謝りたいんです。それから、れみの友達からストーカー被害に遭ってるってきいて。自分勝手なことをしちゃって、れみを傷つけました。昔、この家を出たときと同じように、また泣かせました。ごめんなさい。れみと話がしたいんです。れみが俺と会いたくない、話もしたくない、金輪際関わりたくないっていうなら帰ります。今後れみみに絶対に関わりません。れみを、呼んできてください」

 頭を下げ続けたまま、待つ。勝手だって、今更やってきて、そっちの家庭の都合とかおかまいなしに、かつての義父が俺に対してどういうおもいを抱き続けているのか。

「会わせたくはない」

 絶望が、支配した。

「正直、複雑だ。突然のことすぎて、どうすればいいやら。けど、おもいだしたんだよ。あのとき君がいなくなってれみの悲しみようったらなかった。なんでも泣いてばかりだったあの子が一人でなんでもするようになった。私や妻の助けを必要ないと拒んで。君がいなくても大丈夫なように。また君と交流を持ったら、同じ事の繰り返しになるんじゃないかね? 君の気持ちも、わかった。しかし、あのときと今回のようにれみを悲しませて泣かせるかもしれない相手と、会わせたくはない」
「・・・・・・はい」
「君個人が好きとか嫌いだとかそういうんじゃない。君からしたら、妻のしたことは理不尽で許せていないことだろう。けど、そのことを抜きにしてもだ」
「はい」

「そもそも、君はれみとどうなりたいんだ?」

 ビシッとつきつけられた。俺自身答えを出せないでいる問い。答えられないまま、自問自答を繰り返す。おこがましいことだと自分の仲で形を定めるのを避けていた問題。いずれ会えなくなるって高を括って先延ばしにしていた。まさかここで浮上してしまうなんて。

「また昔のように兄妹に戻りたいのか? 友人になりたいのか? 恋人とか家族になりたいとか」
「それは・・・・・・・・・」

 沈黙が支配する。今頭の上にいる人が、どんな表情をしているのか。それをはっきりとたしかめることすらできないのは後ろめたいからではない。事ここに至るまで先延ばしにしていた自分への不甲斐なさを、ひしひしとかんじざるを得ない。ただ謝罪をして話をして、それで? それでどうすればいい?

 またれみに家に来てもらうのか? 俺から会いに来るのか? どうして? もう兄妹じゃない。友人でもない。恋人、家族になりたいなんて論外だ。

 俺は、れみとどうなりたいんだ?

「お願いします。れみに会わせてください」

 それでも、諦められない。ここで引き下がったら一生れみに会えなくなる。れみを泣かせたまま終わって。

「今日は帰りなさい。自分の中で整理できていないままじゃ、碌なことにならない。そもそもれみはまだ家にいないし」
「え?」
「まだ帰ってきていないんだ」

 じゃあどこに? それを聞き返そうとしたけど、黙って頭を横に振る。知らないってことだろう。もう一度頭を下げて、反対方向へ歩きだす。

「れみは、隠し事ができる子に育っていたんだな」

 最後にぽつりと呟いた言葉は、どういう意味だったのか。とぼとぼと歩いているけど、行く当てなんてない。ふと懐かしい風景が通り過ぎかけたので、足をとめる。昔、ここの公園で二人で遊びに来た。一緒にすごした。れみをおぶって家まで帰った。あの頃と違って遊具のすべてが悲しくぽつねんと放置されているとかんじるのはなんでだろう。もしかして、ここにれみがいたりしないだろうか、と淡い期待をして散策していく。その間にも、れみとの関係について頭を巡らせる。

「ん?」

 入り口の反対側、出口側からぎゃあぎゃあという騒ぎが。男が女の子に対して大声で喚き続けている。痴話げんかだろうか。なんとなく眺めていると暗闇になれた視力が二人のシルエットを浮び上がらせる。見覚えのある制服に髪型に、心臓がどくんと一際大きく跳ねる。

 たまらず男女のほうへ歩いていくに従って、やがて駈けていた。近づくにつれて、相手の女の子が誰かわかったし、二人が揉めているのも、女の子が嫌がっているのも。それによって相手がどんなやつなのかって想像できたから。

「れみいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 叫びながら男に飛びかかり、殴り続ける。男を、いや。ストーカーを怒りのまま殴り続ける。相手も抵抗してくるけど、痛みをかんじることもしないで。

「え、ちょ、誰ですか? どうして」
「れみ! 早く逃げろ!」
「に、兄さん!? なにしにきたんですか!?」
「いいから早く!」

 ごろごろ転がって、今度は俺が下に。そのまま巴投げのような要領で投げ飛ばし、そのまま飛びかかる。息も絶え絶えになるころには、ストーカーはぐったりと大の字で伸びていた。

 警察を呼ばないと。けど、拳が震えて、握った手が固くなったまま閉じられていて開かない。ポケットに指を突っ込んで携帯を取り出すこともできない。そのうち足の力がフッと抜けて膝をつく。

「兄さんなにしてるんですか! どうしてここに! ああ、傷だらけになって!」

 れみが泣きながら俺と視線を合わせながら肩を掴んでくる。滑り込むようにして地面に座ったから汚れないかとか擦り傷できないかとか気になったけど、れみが泣きそうになっていた。

「どうしてこんなことするんですか! この人だってこんなに怪我をさせて! 私でなんとかしようとしたのに!」
「あ、あの・・・・・・それは」
「言い訳なんて聞きたくないです! いい加減にしてください! 兄さんはいつも勝手です! 私の気持ちなんて考えなしで! 私が会いに来るのが嫌だったんでしょう! なのにどうして期待なんてさせるんですか!」
「え?」
「そうでしょう!? 私と恋人同士だって周りに嘘をつくのが、私が会いに来るのが嫌になったんでしょう! それならそうとはっきり言ってください! 私だって、それならそうだって諦められるんですから!」

 どうしてそんな勘違いをしているのか。なにに期待して、諦めるっていうんだ。

「兄さんと昔みたいに戻れるかもしれないって、また仲良しになれるかもしれないって、でも兄さんは私をどうおもっているか不安だった私のことなんてしらなかったでしょう!」

 ああ、だめなやつだ。とことん。ぷるぷると震えて、今にも決壊してナイアガラの滝のごとく涙を流すのを我慢しているれみを前にして。嬉しくなっている。れみを泣かせない方法を模索するんじゃなくて、ただそれくらい俺のことを大切におもってるって知って喜んでいる。

「ごめんな。たしかにれみのこと考えなかった。だから、はっきり言うよ」
「ええどうぞ! あわよくば昔夢見ていたみたいにお嫁さんに――」
「嬉しかったよ俺も」

 え、と一瞬とまったれみを、抱きしめる。腕の中のれみはえ、え、と状況把握ができていないらしい。

「またれみに会えるようになって、嬉しかった。俺のところに来てくれて楽しかった。大学の人たちとかまりあちゃんに嘘をついたとき、すごいドキドキしたしワクワクしてた」
「え? え?」
「それと、あの日帰ってこないでごめん。れみもストーカーのことで不安になってたのに。ごめん」
「ちょ、兄さん?!」

 すらすらと、心のままに語れる。

「ごめん。本当にごめん。だめな兄貴でごめん。それでも俺は、れみとまた会い続けたい。もうれみを泣かせたくない。昔みたいに戻りたい」
「兄さん・・・・・・・・・」

 違う。昔みたいに戻るんじゃだめだ。

「ごめん、訂正する。昔みたいに戻るんじゃなくて、昔とは違った関係になりたい。そこからやり直したい」
「え、えええええ!?」

 だって俺たちはもう家族じゃないから。元・義理の兄妹という赤の他人でしかない。だから、既に違う形になっている俺たちが昔に戻るなんて、どだい無理だ。だから、兄妹だったとき以上の仲がよくなるのを、それ以上の関係になれるのを、まずは目指したい。

「それって・・・・・・・兄さんそれって・・・・・・?」
「れみがもう俺のこと嫌いだって、会うのも嫌だっていうんなら諦めるよ」
「・・・・・・・・・いやじゃないです。けど、突然すぎて・・・・・・」

 俺たちはお互い踏みこみすぎないようにしていたのかもしれない。過去のことがあって成長して、変に遠慮をして本音をぶつけられない、そんな歪な関係に。

「もっとお互いいろんなところさらけだそう。昔みたいに裸になってぶつかってさ」
「・・・・・・・・・・・・」

 れみが無言で脱出、少し離れて立ち上がる。膝についた土を奇麗に払ってコホンと咳払いを一つ。

「破廉恥です変態です。ともかく、兄さんの気持ちはわかりました。仮にも妹だった私と特別な関係になりたいとか、私との嘘の恋人関係をやり直したいなんて。今はあとです。今はその人のことをどうするか。それが一番大切です」

 れみにも考える時間が必要なんだろう。破廉恥とか変態とか意味不明なことを口走ってしまっているのも、混乱している証。ただ反応からして、肯んじてくれそうだって期待できる。

「どうするもなにも、このストーカーは警察に連絡して逮捕してもらうしかないだろうな」
「え? なにを言っているんですか? この人はストーカーじゃありませんよ?」
「え?」
「え?」
 指をようやく取り出した携帯を落としてしまった。俺たちはお互い頭に疑問符を浮かべまくる。すべての問題が解決しかけていたのに、別の問題が発生したらしい。

「え? こいつストーカーじゃないの?」
「はい。そもそもどうして私にストーカーがいるって?」
「まりあちゃんが来ていろいろ話して。それでれみがストーカーに悩んでたって。あのとき飲み会してたときもそのことで相談しにきたんだろ?」
「いえ、違いますよ?」
「ええ!?」
「ストーカーはもうとっくの昔、まりあに相談してすぐあとに逮捕してもらいました」
「えええええええええええええええ!!??」
 
 衝撃の事実。軽いパニックのまま叫んだ声が公園内に谺する。

「え、じゃあこいつ誰だよ! なんか揉めてたじゃん!」
「この人と学校が終わったあと、ファミレスで話をしていたんです。兄さんとのことで相談にのってもらおうと。そのときお酒を飲んでいたので酔っ払ってしまって」
「えええええええ!? ちょ、えええええええ!?」

 もうツッコミもままならないほど慌てながら、なんとか顔を覗き込む。顔が腫れ上がっていて、血だらけだけど、どこか見覚えがある。サァァ~・・・・・・血の気が引いてく。全身白スーツに赤いシャツ、頭に被っている帽子をとると、赤い髪の毛をはっきりと確認できて、天を仰ぐ。

「健・・・・・・・・・お前だったのか・・・・・・」

 我が学友、長井健二郎その人だった。
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