学校で成績優秀生の完璧超人の義妹が俺に隠れて、VTuberとしてネトゲ配信してたんだが

沢田美

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いつもの日常

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「ここはこうすれば、ほら簡単に――ってはあ?! なんでそうなるのよ! 私の威厳を返せ! イゲーン!!」

 イヤホンから聞こえるさすまたの悲痛な叫びに、俺は思わず吹き出しそうになった。
 
 相変わらず面白いな、この人……妹が見てたのをきっかけに見始めたけど、今じゃすっかりハマってる。ボイスチェンジャーで変えた声が、ゲームオーバーの度に裏返るのが堪らない。

 こんな時間からVTuberの配信見てる場合じゃないんだけどな。

「ちょっと、そこ邪魔なんだけど」

 背後から冷たい声が降ってきた。

「あ、悪い」

 慌てて道を譲る。立っていたのは俺の妹――涼香だった。いつも通りの仏頂面で、俺を見る目は完全に汚物を見るそれだ。

「また変なエロ動画でも見てんの? キモイよ」

「どうしてそうなる。これはVTuberのゲーム配信だっつーの。お前にはこのVTuberの魅力が分からないようだな」

「……はあ」

 涼香は深いため息をついた。

「お兄ちゃん、それだから私よりも学力低いし、見た目も悪いし、モテないし、恋人もいないんだよ」

 ぐさぐさと心に刺さる言葉のナイフ。相変わらず容赦ない。

 京極涼香(きょうごく・すずか)――成績優秀、容姿端麗、人望あり、生徒会役員。完璧超人な俺の自慢の妹だ。
 一方の俺、京極健星(きょうごく・けんせい)――成績はそこそこ優秀、容姿は並み、友達少数。わが妹に嫌悪される、自慢の兄である【悪い意味で】。

「それじゃあ、私先に行くから。遅刻しないでよ」

「はいはい、分かってるよ」

 涼香が足早に玄関へ消えていく。俺はその背中を見送りながら、再びスマホに視線を落とした。

 よし、今日こそはさすまたの配信開始に間に合うぞ。

 アプリを開きながら歩いていると、学校前の交差点で見慣れた姿を見つけた。

「あ、おはよ! 京極くん」

「おはよう、佳澄」

 不知火佳澄(しらぬい・かすみ)――俺の幼馴染で、保育園からの付き合いだ。ふんわりとした雰囲気の女の子で、いつもマイペース。癒し系というやつだ。

「さっき妹さん見かけたよ。追いかけなくていいの?」

「あいつは俺のこと嫌いみたいだからいいよ……」

「え~、私はそうは見えないかな~?」

「いや、絶対嫌われてる。俺が風呂に入れば『なに私より早く入ってんの? 死ねよ』、俺がテレビを見れば『お兄ちゃんが見る番組、センスないよね。死ねばいいのに』。普通に顔を合わせただけで『死ね』だぞ?」

「うーん、それは確かに大変だね~」

 佳澄は首を傾げながら、困ったように笑う。

「まぁ、俺にはさすまたという神VTuberがいるから、特に傷ついたりしないけどな!」

「うーん、それって俗に言う強がり? かな」

 図星を突かれて、俺は何も言い返せなかった。

 ちょうどその時、信号が青に変わる。

「じゃ、行こっか」

「ああ」

 俺たちは横断歩道を渡り、学校へと向かった。

 ※

 校門をくぐれば早速と言わんばかりに、妹の涼香が周囲の生徒に囲まれていた。
 家では俺に冷たい妹だが、外では完璧な才女として振る舞っている。
 なんだよそれ、どこかの令嬢かよ。
 周りの生徒らは親しげに涼香と話している。
 無限に慕われ続けている妹と、それに値しない俺……相変わらず劣等感が心にくるな。

「お! 健星じゃねぇか!」

 遠くから駆け寄ってきたのは、俺の数少ない友達の1人である桐原優作(きりはら・ゆうさく)だった。
 優作は俺を見るなり、前方でファンに囲まれている涼香の方に視線を向ける。

「相変わらず、お前の妹スゲェな。ありゃほとんどがファンクラブの連中とかだろ」

「……だろうな、アイツは俺より出来てる――いや出来すぎた妹だからな」

「――てか! それより昨日のさすまたの配信見たか!?」

「ああ見た! やっぱり面白かった。俺もさすまたみたいな友達が欲しいぜ」

 俺と優作がさすまたの話題に熱中していた時、隣にいた不知火は苦笑いをしていた。

「相変わらず2人は仲がいいね。私もさすまたさん見てみようかな」

 不知火がその言葉を漏らした時、俺は思わず声を上げた。

「そうかそうか! じゃあ今日の昼休みに俺のオススメ配信を全部教えてやるよ!」

「あはは、そこまで熱心にならなくていいよ京極くん」

 ※ ※ ※

 教室に入ると、窓際の席に座る涼香と目が合った。涼香はすぐに視線を逸らし、友人と談笑し始める。
 
 相変わらずだな……。
 
 授業が始まり、昼休みになり、午後の授業も淡々と過ぎていく。体育の時間、俺がシュートを決めた時、ふと見ると女子たちの中に涼香の姿があった。こっちを見ていた気がしたが、すぐに友人と話し始める。
 
 ……見てた、のか?
 
 放課後、廊下で生徒会室から出てきた涼香とすれ違った。一瞬、目が合う。でも、お互い何も言わずに、そのまますれ違った。
 いつも通りの、俺たちだ。

 ※ ※ ※

 家に帰ってすぐに俺は自室へと駆け込んだ。
 ベッドに飛び込みながらスマホを開く。配信アプリを立ち上げて、時計を確認する。

 よし! さすまたの配信開始まであと10分ある!

 余裕ができたところで、俺は喉の渇きを覚えた。1階にお茶を飲みに行くか。

 部屋を出て階段へ向かおうとした瞬間、目の前にピンクのパーカーと短パン姿の涼香が現れた。いつもの制服姿と違って、妙に子供っぽい。黒縁の眼鏡をかけているのも珍しい。

「帰ってたんだ」

「まぁね」

 涼香は俺を一瞥すると、紙切れを突き出してきた。

「今日も私の部屋に入るの禁止ね。それと、私と話したいならこの時間帯は声かけちゃダメだから」

 受け取った紙には、細かい時間割と『話しかけていい時間』『絶対NG時間』が色分けして書かれていた。几帳面というか、なんというか……。

「はいはい、了解」

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 階段へ向かおうとした俺を、涼香の声が引き止める。

「なんだよ」

「……いや、なんでもない」

「そうかよ」

 何か言いたげな表情だったが、深く考えないことにした。俺は1階へ降りて、冷蔵庫から麦茶を取り出して一気に飲み干す。

 時計を見る。配信開始まであと5分。

 よし、部屋に戻って勉強でもするか。テストも近いし、ちょうどいい。

 自室に戻った俺は、机に勉強道具を広げた。イヤホンをつけてアプリを開く。配信が始まるのを待ちながら、数学の問題集を開く。

「はいどもー! さすまたデース! 今回配信するゲームは――」

 耳に心地よい声が流れ込んでくる。

 ペンを走らせながら、さすまたの配信を聞く。最高の勉強環境だ。ゲームの効果音と、さすまたの実況が程よいBGMになる。

 それから50分ほど経った頃、下から母親の声が聞こえてきた。

「健星ー! ご飯よー!」

 もう晩御飯の時間か。俺は配信を止めて、イヤホンを外した。

 部屋を出て階段へ向かおうとした時、ふと思った。
 涼香にも一応、ご飯ができたこと伝えるか。

 俺は階段に背を向けて、涼香の部屋のドアをノックした。

 コンコン。

 ……返事がない。相変わらず俺は嫌われているようだ。まぁ、いつものことか。

 それでも一応、と思ってドアノブに手をかける。

「おい、涼香。飯できて――は?」

 開いたドアの向こうに広がっていた光景に、俺は言葉を失った。

 そこは、女子高生の部屋とは思えない空間だった。
 机の上には大きなモニターが二つ。マイクスタンドに高性能そうなマイク。リングライト。配線だらけの機材の数々。壁には防音材らしきものまで貼られている。まるでプロのVTuberの――いや、まさに配信スタジオだ。

 そして、その机に向かっているのは――涼香だった。

 こちらに気づいていないのか、涼香はモニターを睨みながら、何かブツブツと呟いている。手元のコントローラーを激しく操作している。その横顔は真剣そのものだ。

 涼香、ゲームしてるのか……。
 昔はよく一緒に遊んだな。あの頃は楽しかった。涼香が「もうゲーム飽きた」って言い出してから、一緒にプレイすることもなくなったけど。

 懐かしさを覚えながら、俺は涼香の背後へと静かに近づいた。

「なぁ、涼香――ッ!」

 そこで俺は、二度目の硬直を味わうことになった。

 涼香の前のモニターに映っているのは、ゲーム画面だけじゃない。その隣のモニターには――配信画面。コメント欄が猛スピードで流れている。視聴者数の表示。スーパーチャットの通知音。

 そして画面の中央には、ピンク色のツインテールに猫耳を模したヘッドセットをつけた少女のアバター。可愛らしいデフォルメされたイラストが、涼香の声に合わせて口を動かし、表情を変えている。

 待て、待て待て。
 涼香が……VTuberとして配信してる?
 あの、完璧優等生の涼香が?

 困惑する頭で、俺はモニターの配信画面を凝視した。

 そこに映っていたのは――見覚えのあるレイアウト。見覚えのあるアバター。見覚えのある画面構成。
 ピンク色の「さすまた」というハンドルネーム。
 あの独特なフォント。
 あの見慣れた背景画像。
 そして、あの可愛らしいキャラクターデザイン。

 それは、俺が毎日見ている『さすまた』の配信画面と、完全に一致していた。

 え……? なんで? なんで涼香が、さすまたと同じ画面で……?

 いや、違う。
 これは「同じ画面」なんかじゃない。
 これが『さすまた』の配信そのものなんだ。
 涼香の動きに合わせて、画面の中のアバターが同じように動いている。

 脳が追いつかない。理解が拒否する。心臓の鼓動が早くなる。

 画面の隅に表示されている視聴者数――3万2千人。
 流れるコメント欄。
 『さすまたさん頑張れ!』
 『この面クリアできるかな?』
 『スパチャ読んでくれて、ありがとうございます!』

 全部、リアルタイムだ。
 全部、今この瞬間の配信だ。

 そして涼香は――。

 俺は咄嗟に涼香の肩に手を置こうとした――その瞬間だった。

「クソ! なんでここでゲームオーバーになるのよ!! 私の威厳を返せ! ファーック――ッ!?」

 涼香が叫びながら振り返った。
 その声は――間違いなく、いつも俺が聞いている『さすまた』の声だった。

 ボイスチェンジャーを通した、あの声。
 あの口調。
 あの言い回し。
 全部、全部一致している。

 そして画面の中のアバターも、涼香の動きに合わせて驚いた表情で振り向いた。

「「あ……」」

 時が止まった。

 涼香と目が合う。涼香の目が、見開かれる。顔がみるみる赤くなっていく。

 俺の視線が、涼香の首元に巻かれたマイクに向く。
 涼香の視線が、ドアの方――俺に向く。

 数秒間、永遠のように感じる沈黙。

 そして――。

「涼香……お前、これは一体どういう状況だ?」

 声が震えている。

「な、なんでお前が……さすまた、なんだよ……?」

 動揺が隠せない。というか、隠す余裕すらない。

 一方、涼香は完全に固まっていた。まるで時間が止まったマネキンのように。顔は真っ赤で、唇が小刻みに震えている。

 モニターからは、まだコメントが流れ続けている。
 『さすまたさん? どうしたの?』
 『固まってるwww』
 『まさか回線落ち?』

 数秒の沈黙が、何分にも感じられた。

 そして、我に返った涼香は――。

 信じられない速さで、パソコンに挿さっていたマイクのケーブルを引き抜いた。
 ブチッ、という音。

 次の瞬間、涼香はキーボードを叩き、配信画面を一瞬で『休憩中』に切り替えた。画面の中のアバターも、「少々お待ちください」という文字と共に静止した。その手際の良さは、まさにプロのそれだった。

「……」

 涼香はゆっくりと椅子を回転させ、俺の方を向いた。
 その表情は――怒りと、困惑と、恥ずかしさが入り混じった、複雑なものだった。

「……なんで私の部屋にいるの?」

 低い、怖いくらいに低い声。鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。

「だって、お前……」

「ノックした? 返事しなかったでしょ? なのになんで入ってきたの?」

「ご飯できたって伝えようと……」

「お兄ちゃん……」

 涼香は深く、深く息を吸い込んだ。

「お前……まさか、本当に……?」

 俺の声が震える。

「……そうだよ」

 涼香は観念したように、小さく息を吐いた。

「私、さすまた、って名前で配信してるVTuberだけど」

 その言葉は、まるで爆弾のように俺の脳内で炸裂した。

 俺の妹――いや義妹が、俺に隠れてVTuberとして活動していた。
 しかも、俺が毎日欠かさず視聴して、スーパーチャットまで投げて、「神VTuber」とまで言っていた、あの『さすまた』として。

「嘘だろ……」

 俺は呟いた。

「じゃあ、昨日の配信も……一昨日の配信も……全部……」

「全部、私だけど」

 涼香は顔を背けながら言った。

「お兄ちゃんが毎日見てるのも知ってた。コメントしてるのも知ってた。スーパーチャット投げてるのも……全部知ってた」

「なんで……なんで教えてくれなかったんだよ」

「教えられるわけないでしょ!」

 涼香が声を荒げた。

「お兄ちゃんがあんなに楽しそうに配信見てて、私のこと褒めちぎってて……『さすまたさん最高!』とか『今日も面白かった!』とか……」

 涼香の声が段々小さくなっていく。

「……言えるわけないじゃん」

 世界が、ぐるりと回った気がした。
 俺が毎日見ていたVTuber。
 俺が毎日応援していた『さすまた』。
 それが、俺を毎日「死ね」と罵る義妹だったなんて。

 これは、夢なんじゃないか。
 そう思いたかった。
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