学校で成績優秀生の完璧超人の義妹が俺に隠れて、VTuberとしてネトゲ配信してたんだが

沢田美

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VTuber

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 家に帰ってすぐに俺は自室へと駆け込んだ。
 ベッドに飛び込みながらスマホを開く。配信アプリを立ち上げて、時計を確認する。

 よし! さすまたの配信開始まであと10分ある!

 余裕ができたところで、俺は喉の渇きを覚えた。1階にお茶を飲みに行くか。

 部屋を出て階段へ向かおうとした瞬間、目の前にピンクのパーカーと短パン姿の涼香が現れた。いつもの制服姿と違って、妙に子供っぽい。黒縁の眼鏡をかけているのも珍しい。

「お、お兄ちゃん、帰ってたんだ」

 涼香の頬がわずかに赤く染まる。が、すぐに表情を引き締めて、紙切れを突き出してきた。

「今日も私の部屋に入るの絶対禁止だからね。それと、私と話したいならこの時間帯は声かけちゃダメ。これ、すっごく大事な配信の時間だから……じゃなくて、勉強だから!」

 受け取った紙には、細かい時間割と『話しかけていい時間』『絶対NG時間』が色分けして書かれていた。几帳面というか、なんというか……。しかも、よく見ると『お兄ちゃんと二人で話せる時間』という項目まである。

「はいはい、了解」

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 階段へ向かおうとした俺を、涼香の声が引き止める。

「なんだよ」

「……今日は、その……学校どうだった? クラスの女子とか、話してた?」

「は? 普通に話してたけど」

「そう……」

 涼香の表情が一瞬曇る。何か言いたげな様子だったが、すぐに首を振った。

「……なんでもない。早く1階行ってよ。私、忙しいから」

「そうかよ」

 俺は1階へ降りて、冷蔵庫から麦茶を取り出して一気に飲み干す。

 時計を見る。配信開始まであと5分。

 よし、部屋に戻って勉強でもするか。テストも近いし、ちょうどいい。

 自室に戻った俺は、机に勉強道具を広げた。イヤホンをつけてアプリを開く。配信が始まるのを待ちながら、数学の問題集を開く。

「はいどもー! さすまたデース! 今回配信するゲームは――えっと、リクエストもらってた例のホラゲー! これね、すっごく怖いらしくて……でも、頑張るから見守っててね!」

 耳に心地よい声が流れ込んでくる。今日もさすまたの声は最高だ。

 ペンを走らせながら、さすまたの配信を聞く。最高の勉強環境だ。ゲームの効果音と、さすまたの実況が程よいBGMになる。

「きゃあっ! 今の何!? ちょ、ちょっと待って! こういう時は……そうだ、お兄ちゃんならどうするかな……って、違う違う! 配信中に変なこと言っちゃった!」

 画面の向こうで、さすまたが慌てている。何か言い間違えたらしい。可愛いな。

 コメント欄が一気に流れる。『お兄ちゃん!?』『さすまたさんお兄ちゃんいるの!?』『ブラコン疑惑www』

「ち、違うから! これは、その……ゲームの攻略で! お兄ちゃん的存在がいたらって話で!」

 必死に言い訳するさすまた。その慌てた様子がまた可愛い。

 それから50分ほど経った頃、下から母親の声が聞こえてきた。

「健星ー! ご飯よー!」

 もう晩御飯の時間か。俺は配信を止めて、イヤホンを外した。

 部屋を出て階段へ向かおうとした時、ふと思った。
 涼香にも一応、ご飯ができたこと伝えるか。あいつ、配信……じゃなくて、勉強に集中しすぎて時間忘れてそうだし。

 俺は階段に背を向けて、涼香の部屋のドアをノックした。

 コンコン。

 ……返事がない。まぁ、いつものことか。

 それでも一応、と思ってドアノブに手をかける。

「おい、涼香。飯できて――は?」

 開いたドアの向こうに広がっていた光景に、俺は言葉を失った。

 そこは、女子高生の部屋とは思えない空間だった。
 机の上には大きなモニターが三つ。マイクスタンドに高性能そうなマイク。リングライト。配線だらけの機材の数々。壁には防音材らしきものまで貼られている。そして――壁一面に貼られた、俺の写真。学校での俺、部活での俺、休日の俺。いつ撮ったのか分からない写真の数々。

 まるでプロのVTuberの――いや、まさに配信スタジオだ。そして、ストーカーの部屋だ。

 そして、その机に向かっているのは――涼香だった。

 こちらに気づいていないのか、涼香はモニターを睨みながら、何かブツブツと呟いている。

「お兄ちゃんなら、こういう時どうするかな……お兄ちゃん、ホラーゲーム得意だったよね……一緒にプレイしたいな……」

 手元のコントローラーを激しく操作している。その横顔は真剣そのものだ。

 懐かしさを覚えながら、俺は涼香の背後へと静かに近づいた。

「なぁ、涼香――ッ!」

 そこで俺は、二度目の硬直を味わうことになった。

 涼香の前のモニターに映っているのは、ゲーム画面だけじゃない。その隣のモニターには――配信画面。コメント欄が猛スピードで流れている。視聴者数の表示。スーパーチャットの通知音。

 そして画面の中央には、ピンク色のツインテールに猫耳を模したヘッドセットをつけた少女のアバター。可愛らしいデフォルメされたイラストが、涼香の声に合わせて口を動かし、表情を変えている。

 そしてもう一つのモニターには――俺の配信画面。俺の部屋が映っている。俺の様子をリアルタイムで映すカメラ映像。

 待て、待て待て。
 涼香が……VTuberとして配信してる?
 あの、完璧優等生の涼香が?
 しかも、俺を監視しながら?

 困惑する頭で、俺はモニターの配信画面を凝視した。

 そこに映っていたのは――見覚えのあるレイアウト。見覚えのあるアバター。見覚えのある画面構成。
 ピンク色の「さすまた」というハンドルネーム。
 あの独特なフォント。
 あの見慣れた背景画像。
 そして、あの可愛らしいキャラクターデザイン。

 それは、俺が毎日見ている『さすまた』の配信画面と、完全に一致していた。

 え……? なんで? なんで涼香が、さすまたと同じ画面で……?

 いや、違う。
 これは「同じ画面」なんかじゃない。
 これが『さすまた』の配信そのものなんだ。
 涼香の動きに合わせて、画面の中のアバターが同じように動いている。

 脳が追いつかない。理解が拒否する。心臓の鼓動が早くなる。

 画面の隅に表示されている視聴者数――5万7千人。
 流れるコメント欄。
 『さすまたさんお兄ちゃん好き過ぎwww』
 『また兄の話してる』
 『これもうブラコンVTuberだろw』
 『お兄ちゃんと一緒にゲームする企画希望!』

 全部、リアルタイムだ。
 全部、今この瞬間の配信だ。

 そして涼香は――。

 俺は咄嗟に涼香の肩に手を置こうとした――その瞬間だった。

「クソ! なんでここでゲームオーバーになるのよ!! お兄ちゃんに下手だと思われたら嫌なのに……じゃなくて! 私の威厳を返せ! ファーック――ッ!?」

 涼香が叫びながら振り返った。
 その声は――間違いなく、いつも俺が聞いている『さすまた』の声だった。

 ボイスチェンジャーを通した、あの声。
 あの口調。
 あの言い回し。
 全部、全部一致している。

 そして画面の中のアバターも、涼香の動きに合わせて驚いた表情で振り向いた。

「「あ……」」

 時が止まった。

 涼香と目が合う。涼香の目が、見開かれる。顔がみるみる赤くなっていく。

 俺の視線が、涼香の首元に巻かれたマイクに向く。
 涼香の視線が、ドアの方――俺に向く。
 そして、壁一面の俺の写真に向く。

 数秒間、永遠のように感じる沈黙。

 そして――。

「涼香……お前、これは一体どういう状況だ?」

 声が震えている。

「な、なんでお前が……さすまた、なんだよ……? それに、なんで俺の部屋が映ってるんだ?」

 動揺が隠せない。というか、隠す余裕すらない。

 一方、涼香は完全に固まっていた。まるで時間が止まったマネキンのように。顔は真っ赤で、唇が小刻みに震えている。

 モニターからは、まだコメントが流れ続けている。
 『さすまたさん? どうしたの?』
 『固まってるwww』
 『まさか回線落ち?』
 『お兄ちゃん登場フラグ!?』

 数秒の沈黙が、何分にも感じられた。

 そして、我に返った涼香は――。

 信じられない速さで、パソコンに挿さっていたマイクのケーブルを引き抜いた。
 ブチッ、という音。

 次の瞬間、涼香はキーボードを叩き、配信画面を一瞬で『お兄ちゃんとの緊急ミーティング中♡少々お待ちください』という文字に切り替えた。画面の中のアバターも、ハートマークと共に静止した。その手際の良さは、まさにプロのそれだった。

「……」

 涼香はゆっくりと椅子を回転させ、俺の方を向いた。
 その表情は――怒りと、困惑と、恥ずかしさ、そして何か決意したような光が入り混じった、複雑なものだった。

「……なんで私の部屋にいるの? お兄ちゃん」

 低い、怖いくらいに低い声。だが、どこか甘えたような響きもある。鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。

「だって、お前……」

「ノックした? 返事しなかったでしょ? なのになんで入ってきたの? もしかして……私のこと、心配してくれたの?」

「ご飯できたって伝えようと……」

「お兄ちゃん……」

 涼香は深く、深く息を吸い込んだ。

「お前……まさか、本当に……?」

 俺の声が震える。

「……そうだよ」

 涼香は観念したように、小さく息を吐いた。そして、立ち上がって俺の方へ一歩近づく。

「私、さすまた、って名前で配信してるVTuberだけど。登録者50万人超えの、ね」

 その言葉は、まるで爆弾のように俺の脳内で炸裂した。

 俺の妹――いや義妹が、俺に隠れてVTuberとして活動していた。
 しかも、俺が毎日欠かさず視聴して、スーパーチャットまで投げて、「神VTuber」とまで言っていた、あの『さすまた』として。

「嘘だろ……」

 俺は呟いた。

「じゃあ、昨日の配信も……一昨日の配信も……全部……」

「全部、私だけど」

 涼香は顔を背けながら言った。頬が真っ赤だ。

「お兄ちゃんが毎日見てるのも知ってた。コメントしてるのも知ってた。スーパーチャット投げてるのも……全部知ってた。お兄ちゃんの『さすまたさん最高!』『今日も可愛かった!』『また明日も見ます!』っていうコメント、全部スクショして保存してある」

「なんで……なんで教えてくれなかったんだよ」

「教えられるわけないでしょ!」

 涼香が声を荒げた。そして、さらに一歩近づく。

「お兄ちゃんがあんなに楽しそうに配信見てて、私のこと褒めちぎってて……『さすまたさん最高!』とか『今日も面白かった!』とか『今日の配信、ずっと笑顔で見てました』とか……」

 涼香の声が段々小さくなっていく。目が潤んでいる。

「……お兄ちゃんが、画面越しじゃなくて、直接私を褒めてくれたことなんて、いつ以来? 『さすまた』としての私は褒めてくれるのに、義妹の涼香は……『死ね』って言ってくるだけ。おかしいよね……」

 涼香の手が、俺のシャツの裾を掴んだ。

「でも、『さすまた』なら……お兄ちゃんは毎日会いに来てくれる。コメントくれる。スーパーチャット投げてくれる。『可愛い』って言ってくれる。だから……だから私……」

 涼香が俯く。

「……VTuberになったの。お兄ちゃんに褒めてもらいたくて。お兄ちゃんの笑顔が見たくて。お兄ちゃんと繋がっていたくて」

 世界が、ぐるりと回った気がした。
 俺が毎日見ていたVTuber。
 俺が毎日応援していた『さすまた』。
 それが、俺を毎日「死ね」と罵る義妹だったなんて。

 いや――違う。

 涼香は俺を罵っていたんじゃない。
 俺の気を引きたくて、必死だっただけなんだ。

 これは、夢なんじゃないか。
 そう思いたかった。

 だが、涼香のシャツを掴む手の温もりは、確かに現実だった。
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