クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

文字の大きさ
18 / 87

距離感の違和感

しおりを挟む
「ただいまー」

 俺はゆっくりと自宅の扉を開ける。

 涼やかな夜風が背後から吹き込み、ほのかに潮の香りが漂った。

「お坊ちゃん、おかえりなさいませ」

 柔らかく澄んだ声が響く。

 玄関の灯りの下、メイド服に身を包んだ佐々木さんが、いつものように微笑んでいた。

「神木ちゃんとのデートはどうでした? 楽しかったですか?」

 彼女はいつものように優しい表情を浮かべながら聞いてくる。

「うん、久しぶりに誰かと買い物をしたから、新鮮な気持ちになれたよ」

「それなら良かったです。夕食の支度ができていますので、温かいうちに召し上がってくださいね」

 彼女は俺の目をまっすぐに見て言いながら、一歩近づく。

 少し甘い香りがふわりと漂った。

「佐々木さん、実は渡したいものがあるんだ」

「へ? 私に?」

 驚いたように瞬きをする彼女に、俺は少し気恥ずかしさを感じながら紙袋を差し出した。

 中には、綺麗に包装された小さな箱。

「その……いつもお弁当とかいろいろとお世話になってるからさ。日頃のお礼にと思って、神木さんと一緒に選んだんだ。受け取ってくれる?」

 一瞬、彼女の瞳が揺れた気がした。

 だが、すぐにぱっと表情を明るくし、箱を両手で包み込むように受け取る。

「……ありがとう! 裕貴くん! 大切にしますね」

 夕食の準備があるのも忘れたように、彼女は嬉しそうに微笑んだ。



 食堂に足を踏み入れると、母が席に座っていた。

「おかえりなさい。何をしに行ってたの?」

 目も合わせず、淡々とした口調で尋ねてくる。

「ただ、友達と遊びに行ってただけだよ」

 俺はなるべく軽い調子で答え、席についた。

「貴方にも友達ができたのね。意外だわ」

 ナイフでバターを切るような冷たい声だった。

「……そうだね、俺も昔の自分だったらビックリしてただろうね」

 俺は箸を取りながら、淡々と返す。

 それ以上、会話が続くことはなかった。

 ただ無言で食事を済ませ、俺は母より先に席を立った。



「はぁ……」

 部屋に戻るなり、思わずため息をつく。

 母といると、どうにも気疲れする。

 机の上には、今日買った漫画が入った袋。

 俺は袋から取り出し、ベッドの上に寝転がってページをめくる。

 意外と面白い。

 ふと――気配を感じた。

「ふーん、お坊っちゃんもこういうの読むんだー」

 不意に聞こえた声に、俺はビクッと肩を跳ねさせる。

「さ、佐々木さん!? い、いつの間に!」

 振り向くと、佐々木さんが俺の肩越しに覗き込んでいた。

「ノックしても返事がなかったので、心配したんですよ?」

 頬をぷくっと膨らませながら、じとっと俺を見つめてくる。

「……それで、どうでしたか? 神木ちゃんとのデートは」

 どこか試すような視線。

 俺は言葉を選ぼうとするが、彼女はさらに顔を近づけてくる。

「楽しかったですか?」

 柔らかい声とは裏腹に、目だけがじっとこちらを見据えていた。

「あ、う、うん!」

 つい反射的に答えてしまう。

 すると、彼女は一瞬ふっと何か考えるような表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。

「うん、裕貴くんが楽しかったなら、私も良かったよ」

 そう言って、彼女はそっと立ち上がる。

「じゃあ、おやすみなさい、お坊ちゃん」

 扉を閉める音が、妙に静かに響いた。



 月曜日の朝。

「裕貴くん! 今日は一緒に学校に行かない?」

 玄関を出ると、制服姿の佐々木さんが門の前で待っていた。

「うん、一緒に行こう」

 俺は軽く頷き、彼女と並んで歩き出す。

 朝の空気はひんやりとしていて、心地よい風が頬を撫でた。

「今日はどんな授業があるんだっけ?」

 何気なく聞くと、彼女は少し考えた後、答える。

「えっと、数学と英語、それに体育があったよね。……あ、そうだ! 二人三脚の練習は放課後するの?」

「うん、神木さんとも約束したし、今日もやる予定」

「そっかぁ……」

 一瞬、彼女の足がわずかに止まりかける。

「どうかした?」

「ううん、なんでもないよ」

 そう言って笑うが、その笑顔がどこかぎこちなく見えた。

 俺たちはそのまま並んで学校へ向かう。



 教室に入ると、すぐに神木さんが駆け寄ってきた。

「裕貴! 今日も放課後、二人三脚の特訓やるよな?」

 元気いっぱいの声と同時に、俺の腕をポンっと軽く叩いてくる。
 彼女の短めのポニーテールが揺れ、やる気に満ちた笑顔が目の前にあった。

「ああ、もちろん」

「よし! じゃあ今日もバッチリ鍛えるからな!」

 神木さんはニッと笑いながら、親指を立てる。
 その姿はまるでスポーツ漫画の主人公みたいで、つられて俺も口角を上げた。

 そんな俺たちのやり取りを、少し離れた場所から見つめる視線に気がついた。

「本当に二人三脚、頑張ってるんだね」

 佐々木さんだった。

 彼女は微笑んでいたが、その表情にはどこか影が差しているように見えた。

 そして、わずかに頬を膨らませながら、ぼそっと呟く。

「ふーん……」

 その声が耳に残ったが、深く考えることなく自分の席へ向かった。


 
 放課後。

「よし! 今日こそ完璧に息を合わせるぞ!」

「お、おう!」

 神木さんの気迫に押されながら、俺たちはグラウンドの隅で練習を始めた。
 足元の砂が蹴り上げられ、汗が額に滲む。

「せーの! いっち、にっ! いっち、にっ!」

 最初こそギクシャクした動きだったが、何度も繰り返すうちに息が合ってくる。
 踏み込むタイミング、腕の振り、彼女の動きを感じながら、一歩ずつ前へ。

「いいぞ、裕貴! これなら本番もバッチリだ!」

「お、おう……はぁ……疲れた」

 膝に手をつき、ゼェゼェと息を整える俺を見て、神木さんは笑いながら肩をバシッと叩いた。

「もう疲れたの? まだまだこれからだぞ!」

「……う、嘘だろ……」

 立ち上がろうとした瞬間、ふと、背中に視線を感じた。

 遠くのベンチ。

 そこに、じっとこちらを見つめる佐々木さんの姿があった。

 夕暮れの光が彼女の横顔を照らし、その表情は静かだった。
 何を考えているのか、読めない。

「……佐々木さん?」

 声をかけると、彼女は一瞬、ビクッと肩を揺らした。
 そして、すぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように立ち上がる。

 小さく手を振り、そのまま校門の方へと歩いて行った。

 ……なんだろう。

 気になったが、その場を動けずにいた。

「おーい! まだやるぞー!」

「……あ、うん!」

 神木さんの声に我に返り、俺は再び練習に集中することにした。



 静かな夜、窓の外には月が浮かんでいる。
 俺はベッドの上に寝転びながら、天井をぼんやりと見つめていた。

 ……佐々木さん、今日なんか変だったよな。

 そう考えていると、ノックもせずにドアが開いた。

「お坊ちゃん、お風呂が湧いていますよ」

 いつもと変わらぬ優しい声。
 だが、俺は彼女の瞳の奥に、僅かな揺らぎを感じた。

「ありがとう、すぐ入るよ」

 ベッドから起き上がろうとしたとき、佐々木さんの視線がじっと俺に向けられていることに気づいた。

「……どうかした?」

 俺が尋ねると、彼女は一瞬だけ何かを言おうとした。
 けれど、結局口をつぐみ、ゆっくりと首を振る。

「……なんでもないです。おやすみなさい、お坊ちゃん」

 彼女は静かに扉を閉め、部屋を出ていった。

 ほんの一瞬、彼女の背中が、どこか寂しそうに見えた気がする。

 気のせい……なのか?

 俺はベッドに仰向けになり、深く息を吐いた。

 けれど、その違和感は、なかなか消えてくれなかった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...