クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

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それが恋ってやつさ

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「そっち、ボール行ったぞー!」

 浜辺に響く青原先輩の元気な声。照りつける太陽の下、ビーチコートにはしゃぐ声が飛び交っていた。

 けれど、俺の心は少しだけ、ここにはなかった。

(佐々木さん……今、何してるんだろう)

 冷房の効いた俺の部屋で、静かに掃除してるのか。あるいは、キッチンで丁寧に料理の下ごしらえをしてるのかもしれない。そんな彼女の姿が脳裏に浮かび――。

「フガッ!?」

 顔面に衝撃が走った。乾いた音と共に、ビーチバレーのボールが俺の鼻を直撃したのだ。

「裕貴!? 大丈夫!?」

 誰よりも早く駆け寄ってくれたのは神木さんだった。焦った表情で、俺の肩に手を添える。

「なに考えてたんだよ~? 裕貴くぅーん」

 続けて青原先輩が、口元を歪ませたニヤけ顔でからかってくる。

「イテテ……ありがとう、神木さん。もう大丈夫だから」

 俺は神木さんの手をそっと離れ、ふらりと立ち上がる。けれど――。

「……ねぇ、裕――」

「おい、裕貴、ちょっと付き合えよ」

 神木さんが何かを言いかけた瞬間、それを遮るように背後から鈴木先輩の腕が俺の肩に回された。

「す、鈴木先輩!?」

 強引に引っ張られるまま、俺はビーチの端へと連れて行かれる。そこにいたのは、すでに悪い顔をした春樹だった。

(なんなんだこのメンツは……)

「今から男だけの、ビーチ探索ツアーに出発します」

 春樹がにやけ顔で宣言し、鈴木先輩もそれに乗じて肩を組んでくる。

「見に行こうぜ……ビキニ天国!」

(俺、なんでこんなくだらないイベントに巻き込まれてるんだ……)

 そんな虚無な気持ちを抱きつつも、結局流れに乗ってビーチを散策することに。

「うおっ……見てみろよ、あれ……ナイスバディだぜ」

「くびれの角度が芸術だな……」

 春樹と鈴木先輩は双眼鏡でも持ち出しそうな勢いで女性陣を遠目から凝視している。

 一方、俺の視線は真っ青な空に向いていた。

(佐々木さん……元気にしてるかな)

 きっと、今も俺の家で、真面目に働いているのだろう。そんな姿を思い出したときだった。

「お! 裕貴じゃないか」

「……あ、沢田先生」

「ギクッ!!」

 俺が呼んだ瞬間、春樹と鈴木先輩の背筋が一斉に凍りついた。

 立っていたのは、腕を組み、微妙に引きつった笑みを浮かべた沢田先生だった。

「おやおや? 楽しそうだな、男子諸君。そんなに『見物』が好きなら、いい場所を紹介してやろうか?」

 言葉とは裏腹に、背後には圧が漂っている。俺たちは無言で頷き、先生に連れられてビーチを離れた。



 連れて来られたのは、森と海の境目にある、静かな入り江だった。

 波の音は遠ざかり、代わりに木々が風に揺れる音が耳をくすぐる。潮と草の匂いが混じる空気の中、沢田先生は一言だけ告げた。

「釣り、手伝え」

 そう言って、先生は長年愛用しているらしい釣り竿を手に、すっと海へ糸を垂らす。その背中は、普段の豪快な姉御肌とは違い、どこか穏やかで、頼もしさに満ちていた。

 俺と春樹、鈴木先輩もそれぞれ釣り竿を手に取り、先生の隣に並ぶ。

「先生」

「ん?」

「俺、……馬鹿ですよね」

 突然漏れた俺の言葉に、先生は視線を前に向けたまま問い返す。

「どうしてそう思う?」

「佐々木さんのことが……ずっと気になってて。今は遊びに来てるはずなのに、なんか心が空っぽなんです。楽しいはずなのに、楽しくない」

 ぽつり、ぽつりと落ちる言葉たち。春樹も鈴木先輩も、茶化すことなく静かに黙っていた。

 先生は、ふっと笑う。

「いいじゃないか、馬鹿で。お前の中で、それだけ大切な存在があるってことだろ」

 太陽が傾き、海面が夕日に染まり始める。その光の中で、先生がぽつりと言う。

「それが“恋”ってやつだよ、坊や」

「……先生」

 どこか照れくさくて、けどその言葉が不思議と胸に残った。

 俺の中にあった揺れる気持ちが、少しずつ、輪郭を持ち始めていた。

 そして、ふと竿が引かれた。

「釣れたみたいだな」

 先生の声とともに、弧を描いて跳ねる小さな魚。

 その瞬間、俺たちは自然と笑っていた。

 ――けれど、この穏やかなひとときの裏で、夏の終わりに訪れる“決断”の時が近づいていることを、まだ誰も知らなかった。
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