クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

文字の大きさ
56 / 87

だから俺は君の隣にいたい

しおりを挟む
 夏休みが終わる一日前。

 俺の脳裏にはずっと、佐々木さんの『転校』という言葉がこびりついていた。それがあまりにも重く、ずっと胸にひっかかっている。

「お坊っちゃん、どうしたんですか? そんな暗い表情をして……」

 ふと、目の前にいる佐々木さんが声をかけてきた。その優しい声に、少しだけ我に返る。

 俺は笑顔を作り、「なんでもない」と返すけれど、口元がどこかぎこちない。心の中で渦巻いている思いが、どうしても消えてくれない。

 携帯を取り出し、無意識のうちに画面に触れる。もう、後戻りはできないと思った。

 佐々木さんと離れ離れになるなんて絶対嫌だ。もし転校が彼女の意思だとしても、それをどうしても無視できない。俺は――

「お願いだ。佐々木さんをここに残してほしい」

 無意識に、そんな言葉を心の中で呟いていた。けれど、それが今、自分にとってどれほどの大きな決断かを、よくわかっている。だからこそ、俺はある人物に会うことを決めた。



 都心の高層ビルの会長室。

 ガラス張りの部屋からは、夜の街並みが一望できる。父は裕貴グループの社長で、俺とは全く違う存在だ。冷徹で、どこか遠くに感じる父にお願いすることが、どうしても怖かった。けれど――

「自分からわざわざ来るとはな、真一郎……なるほど、佐々木家のことか」

 父の声が、静かに部屋に響く。その言葉には何の驚きも、感情もこもっていないように聞こえたけれど、俺はその重みをしっかりと受け止めた。

「お願いだ。佐々木さんの家のこと、どうにかできないかな。あの人、佐々木さんは俺をここまで変えてくれた人なんだ。俺はどんな物でも背負う覚悟だ、だから――」

 父はゆっくりと椅子に座り直し、しばらく沈黙した後、低く響くように言った。

「お前がそう言うのは珍しいな。――借りを作る覚悟はあるのか?」

「……あるよ。どんなモノでも受ける」

 その言葉を言った瞬間、胸が苦しくなった。しかし、言わずにはいられなかった。

「では、奨学金支援制度として援助する代わりに――お前には、私が提示するある『役割』を受けてもらう」

 父の言葉に驚きながらも、俺は何かを決意した。

「……役割?」

「今はまだ話せない。だが、お前が成長し、責任を持つ男になれるか、私も見てみたいと思っていた。……約束だ、真一郎。お前に借りを作らせる以上、私は全力で動く」

 父はそう言い、秘書に何かを指示し始める。俺はその背中に向かって、言葉にはできない感謝を込めて、深く頭を下げた。



 夕暮れの帰り道、私は小さな買い物袋を手にして、静かな道を歩いていた。

 今日も屋敷での仕事が終わったばかり。体は疲れていても、心の中にはずっと重い靄がかかっていた。

 (……本当に、私は転校しなきゃいけないのかな)

 覚悟は決めたはずだった。でも、裕貴くんが見せてくれたあの真剣な眼差しが、胸に残り、どうしても消えなかった。

 (あんなに……優しくて、強くて)

 そのとき、呼びかけられる声がした。

「佐々木さん!」

 振り返ると、そこには制服姿の裕貴くんが立っていた。驚きが込み上げてきた。

「……裕貴、くん……?」

 裕貴くんは駆け寄ってきて、肩で息をしながら笑った。

「よかった、まだ帰ってなかった」

「……どうしたの? こんな時間に」

 彼は少し言いにくそうに唇を噛んでから、ようやく言葉を絞り出した。

「転校の話……しなくてよくなったよ」

「――えっ?」

 あまりに突然で、何が起きたのか、まったく理解できなかった。

「手続きも、学費も、全部向こうの都合でなんとかなったって……連絡が入ったんだって。君のお母さんから」

「そ、そんな……なんで……?」

「うん。まぁ……偶然だよ。きっと」

 裕貴くんは照れたように笑ったけれど、何かが違った。彼の目には、何かを背負った表情があった。

「まさか……裕貴くん、あなたが……?」

「いや、俺じゃない。……俺なんかに、そんな力ないから」

 その言葉は嘘だとわかっていた。でも、彼はそれを口にしてはいけないことを知っているようだった。私は黙っていた。

 その代わり、心の中で感謝があふれてきて――。

「……バカ」

 気づけば、私は裕貴くんの胸に顔を埋めていた。

「バカだよ……そんなことして、未来を……自分を犠牲にしてまで……」

「違うよ。俺は、自分で決めたんだ。誰かのために動くって、こんなにも強くなれるんだって……初めて思えた。だから――」

 裕貴くんの手が私の背中に触れる。その優しさが、あたたかくて、力強くて。

「佐々木さんがここにいてくれるだけで、俺は十分、報われてるよ」

 夕焼けが二人を包み込み、世界が静かに染まっていく。その瞬間、私は初めて――この場所に“いてもいい”と思えたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...