クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

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やっぱり私は裕貴くんが

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 文化祭の二日前。

 教室の一角には、男子たちの周囲を囲むように女子たちが群がっていた。
 にぎやかな声と笑いが飛び交い、執事喫茶に向けての準備は、すでに戦場と化している。

「ほらほらー、逃げないの男子たち~!」

 メジャー片手に迫る女子たちの目はまるで獲物を狙うハンター。男子たちは次々と測られていく。

 一方、俺――裕貴はその騒がしさから少し離れた場所で、佐々木さんの隣に立っていた。

「裕貴くんは採寸しなくていいの?」

 穏やかな声が耳に届く。
 彼女は少し首を傾げながら、俺を見上げていた。

「いや、俺は……自分でやるからいいかな」

 照れ隠しに頬を掻きながら答えると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。

「そんな遠慮することないって、裕貴!」

「か、神木さん!?」

 振り返ると、神木さんが満面の笑みを浮かべてメジャーを持って立っていた。
 その手には確かな決意と――逃げ場のなさを感じる。

「逃げんなよ? 裕貴」

 にじり寄ってくる神木さんに、俺はじりじりと後退する。

 咄嗟に視線を佐々木さんに向けると、彼女と目が合った。
 彼女はふんわりと微笑んで、俺に向かって親指を立てる。

「頑張って! 裕貴くん!」

 ……あ、俺、終わったな。

 そのまま、神木さんに捕まり、採寸タイムに突入することになった。

「はい、両手挙げて~」

 至近距離で神木さんがメジャーを構える。

 その距離感に、心臓が不規則に跳ねる。
 近い、近すぎる。
 真剣に測っている彼女の横顔があまりに綺麗で、思わず見とれてしまう。

 ……や、ヤバい。意識するに決まってるって、こんなの。

 肩、胸囲、ウエスト――触れるか触れないかの距離で動く手先に、俺の心が静かに揺れた。



 放課後。

 男子たちは執事の所作を教えるという名目で、女子たちに捕まっていた。

「ここはもっとこう! 背筋伸ばして!」

「な、なんで俺がこんな目に……」

 俺は死んだ魚のような目をしながらも、必死で言われたことをこなしていく。

 そして、ようやくレクチャーが終わった頃――

「はぁ……やっと終わった……」

 床に座り込んで、深いため息を吐いたそのとき。

「お疲れ様、裕貴くん」

 優しい声がして、隣にそっと座ってきたのは佐々木さんだった。

 彼女の笑顔は、夕暮れ前の教室の静けさによく似合っていた。

「裕貴くんって、すごいね」

「……どういう意味?」

「だってさ、みんなとちゃんと楽しそうにしてるし、自然にまとめ役になってるし。私には、きっとできないから」

「それは、佐々木さんがいたからだよ。俺一人じゃ、たぶんここまでやれてない」

「――っ、そ、そうかな……」

 彼女はふいに視線を外し、耳にかかった髪を指でそっとかき上げる。
 その照れた仕草に、俺は自然と笑みを浮かべていた。



夕暮れ。

 クラスメイトたちは次々と帰り支度をはじめ、教室の中も少しずつ静かになっていく。

 俺もそろそろ帰ろうと立ち上がった、その瞬間だった。

 誰かに、無言で手を掴まれた。

「……神木さん?」

 振り返ると、神木さんが頬を赤らめながら、目を逸らしていた。

「ちょ、ちょっとだけ……試しにさ。執事の作法、やってみてくれない? ちゃんとできてるか気になってて」

 その頼みに、俺は少しだけ戸惑ったものの、黙って頷いた。

 教室に残っていた執事服を身にまとい、神木さんの前に立つ。

「お待たせしました、お嬢様。お手をどうぞ」

 慣れない口調で、けれど精一杯の誠意を込めて、手を差し出す。

「う、うん……」

 神木さんはゆっくりと俺の手に自分の手を重ねてきた。
 その手は柔らかく、そしてわずかに震えていた。

 窓から射し込む夕焼けが彼女の頬を橙に染め上げる。
 それが光のせいなのか、感情の揺れなのか――俺にはもう、分からなかった。

「……似合ってるよ、裕貴。執事服」

 伏し目がちにそう呟くその声は、いつもの勝ち気な彼女とは少し違って聞こえた。

「そ、そうかな。正直、慣れないし……恥ずかしいよ」

「ううん、かっこいい。……思ったより、ずっと」

 顔を上げた彼女の瞳が、まっすぐ俺を見つめてくる。

 喉が鳴る。
 鼓動が、静かに、でも確実に速くなっていく。

「……ねぇ、裕貴」

「ん?」

「こうして執事として私の前にいると……なんか、本当に恋しちゃいそうなんだけど。責任、とってくれる?」

 冗談めいた言い方。けれどその笑顔の奥には、確かに本音が宿っていた。

「……それは、文化祭が終わってから考えさせて」

 俺がそう返すと、彼女は一瞬驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。

「うん……その時は、逃げないでね?」

 その笑顔は、どこか儚くて――それでも、誰よりも綺麗だった。



 あ……忘れ物、しちゃった。

 私はひとり教室へ戻っていた。
 すると、扉の向こうから、聞き覚えのある声が漏れ聞こえてくる。

 裕貴くんと……神木ちゃん?

 私は思わず足を止め、気配を殺してそっと覗いた。

 そこには、執事服を着た裕貴くんと、その手を握る神木さんの姿。
 距離が近くて、二人の空気があたたかくて、どこか親密で――

 まるで、本当の恋人同士みたいだった。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 それは、嫉妬に似た感情。
 それと同時に、私は自分が「身を引くべき」だと思ってしまった。

 だって私は、裕貴くんにばかり頼ってきた。
 転校の話で不安だったときも、変わろうと決意できたのも――全部、裕貴くんのおかげだ。

 ……それなのに。

 私、やっぱり裕貴くんのこと――
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