クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

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皆誰しもがそれが恋だと気づかない

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 私は、やっぱり裕貴くんのことが――好き。

 その想いが、喉の奥に詰まって、言葉にならない。
 けれど、教室の中で交わされていた笑顔や、ふたりの距離感を見てしまった今、もう何かが崩れてしまいそうだった。

「……ごめんなさい」

 誰に向けた言葉かも分からないまま、私はそっと踵を返して教室を離れた。

 夕暮れに染まる廊下を歩きながら、心が締めつけられるように痛んだ。

(私には……その場所、もう似合わないのかもしれない)

 でも、それでも、彼の背中を遠くからでも支えたいと思う自分が、まだいる。

 涙が出そうになるのを堪えて、私は深呼吸を一つした。

 ――文化祭まで、あと一日。

 私は、私にできることを精一杯やろう。

 たとえこの想いが届かなくても、後悔だけはしたくないから。

 ※

 翌朝、登校した教室はどこかそわそわとした空気に包まれていた。文化祭前日ということもあって、みんな準備に追われながらも、どこか浮足立っている。

「おはようございます、佐々木さん」

 私が教室に入ると、女子たちが笑顔で声をかけてくれた。

「おはよう。今日もよろしくね」

 私は微笑んで返す。昨日のことは、まだ胸の奥でくすぶっている。けれど、それを顔に出さないと決めた。

 今日も私は、仕込みと会計担当。影からみんなを支える役目だ。

「佐々木さん、メニュー表の印刷頼んでいい?」

「うん、任せて」

 渡されたUSBを持って教室を出る。

 すれ違いざま、遠くの廊下で、裕貴くんと神木さんが話している姿が見えた。

 二人の表情は明るくて、笑っていて――自然で、まるでお似合いのカップルのようだった。

 私はその背中を、何も言わずに見送る。

(それでも……好きって、こんなにも苦しいんだ)

 でも、後悔だけはしたくない。

 そう、自分に言い聞かせながら、私は足を前に進めた。

 文化祭本番。
 きっと、何かが変わる――そんな予感が、していた。



 そして迎えた文化祭当日。

 早朝から校舎には生徒たちの活気が満ちあふれ、教室の飾り付けやリハーサル、最後の確認にみんなが奔走していた。2年K組の教室も例外ではなく、執事喫茶の開店準備で忙しない雰囲気に包まれていた。

「裕貴! その紅茶のポット、テーブルごとに分けといてくれ!」

「オーダー表はここ! もう一回確認して!」

 女子たちの間を器用に動き回る俺。すでに執事服に着替えていたが、もはや着慣れた感さえあった。

「はぁ、緊張する……」

 小さく呟きながらカウンターに戻ると、神木さんがメイド服姿で俺を迎えた。

「裕貴、ネクタイ曲がってる」

「え、マジ?」

 すると神木さんは一歩こちらに寄ってきて、何のためらいもなく俺のネクタイを直してくれた。

「ほら、ジッとして。せっかくの執事なんだからビシッと決めなきゃ」

「……ありがと」

 至近距離でふと目が合い、思わず言葉を失う。神木さんの瞳はいつもより少しだけ優しくて、でも、どこか寂しげだった。

 そして午前十時。執事喫茶が開店すると、予想を上回る来客に、教室内はすぐに満席になった。

「いらっしゃいませ、お嬢様。ご案内いたします」

 俺は丁寧に一礼しながら、笑顔を作る。すると目の前の女子生徒たちが頬を染めた。

「やばい、裕貴くんって本当に執事似合う……!」

「写真撮りたくなるレベルなんだけど……!」

 そんな声が飛び交い、気づけば“人気執事”として認識されてしまっていた。

「ちょっと、調子乗ってない?」

 カウンターで注文をまとめていた神木さんが、拗ねたようにこちらを見てきた。

「いやいや、ただの役目だし……! むしろ恥ずかしいんだけど!」

「……ふーん、まあ、似合ってるのは事実だけどね」

 小さく呟いた神木さんの声には、ほんの少しだけ棘があった。

 一方その頃、教室の奥の仕込みスペースでは、佐々木さんが静かに作業を進めていた。料理を丁寧に盛りつけ、注文表と照らし合わせながら、淡々と仕事をこなしていた。

「佐々木さん、それお願い」

「うん、大丈夫。すぐ出すね」

 周囲の誰よりも冷静で、誰よりも丁寧。けれど、その横顔は少しだけ――少しだけ、遠くを見ているようだった。

 俺が他の子と笑い合うたび、神木さんと並ぶたび、視線を伏せることもあった。

 でも、決して言葉にしない。ただ静かに、微笑んでいる。それが、彼女の強さであり、優しさだった。

 

 ※

 午後になると、クラス全体が文化祭の空気にさらに浮かれ始めていた。

 そんなとき、担任の沢田先生が黒板に“ある発表”を行った。

「さて、2年K組特別企画――“ダンスパーティ in 喫茶室”の開催だ!」

 クラスが一瞬静まり返り、次の瞬間に大きなどよめきが広がった。

「えぇ!? マジでやるの!?」 「男子と女子でペア!? 誰が誰と踊るの!?」

 クラスのテンションは一気にヒートアップした。

「人気投票で“ベストカップル”を選出し、ペアでダンス披露。もちろん、衣装はそのまま、執事&メイド姿でな」

 そんな説明に、生徒たちは盛り上がり、さっそく票のやり取りが始まった。

 ――そして発表の瞬間。

「第1位、神木蘭&結城裕貴ペア!」

 名前が呼ばれた瞬間、教室中に歓声があがった。

「やったね、神木ちゃん!」 「やっぱお似合いだったもん!」

 皆の祝福に包まれる中で、神木さんは驚いた顔で立ち上がり、俺の方を見た。

 そして、何も言わずに――笑った。少し照れたような、でも誇らしげな笑顔だった。

 ※

 ダンスパーティの時間。

 教室の照明は落とされ、中央のスペースに小さな舞台とBGMが用意されていた。

 俺は神木さんと向かい合い、少し緊張した手を彼女に差し出す。

「お手をどうぞ、お嬢様」

「……うん、ありがと」

 優しく触れた彼女の手は、少しだけ震えていた。

 音楽が始まる。ゆっくりと、優雅に、俺たちはダンスのステップを踏んでいく。

 最初は戸惑っていた神木さんも、徐々に動きに慣れて、自然と笑みがこぼれた。

「……ねぇ、裕貴」

「ん?」

「こうして踊ってるとさ、まるで本当に、恋人同士みたいじゃない?」

 不意に囁かれたその声に、胸がどきりと鳴った。

 彼女の瞳は、真剣そのものだった。

「ねぇ、もし……この時間がずっと続いたらって、思ったら変かな?」

「……変じゃないよ」

 俺はそう返すのがやっとだった。



 一方、教室の隅では、佐々木さんがその様子を静かに見つめていた。

 誰にも気づかれないように、小さく笑みを浮かべていたが――その瞳には、確かに淡く揺れる光があった。

(大丈夫。私は平気……私は、見ているだけで――)

 そう心で呟きながら、彼女の指先は、無意識に胸元を握りしめていた。

 ――華やかな音楽が流れる教室で、誰かが恋に気づき、誰かが想いを噛み締めていた。

 文化祭という一日が、少しずつ、静かに終わりに近づいていく。
 けれど、その夜は、誰にとっても――忘れられない記憶として刻まれようとしていた。

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