クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

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修学旅行、彼は1人思い悩むのだった

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 雨音が、ゆっくりと薄れていく。

 俺と佐々木さんは並んで歩きながらも、しばらく言葉を交わさなかった。だけど、それが気まずい沈黙というわけでもなくて、不思議と心地よい静けさだった。

「ねえ、裕貴くん」

 ふと、佐々木さんが小さな声で呟く。

「今日の帰り道……私、ちょっとだけ、楽しみにしてたんだ」

「……なんで?」

「分からない。でも、もしかしたらこうなるかもって思って、傘を二人で使えるかなって……」

 言い終えると、彼女は恥ずかしそうに視線を落とす。

 俺は少しだけ口元を緩めながら、傘の端を彼女の方へ傾けた。

「そっか……じゃあ、今日は運がよかったね」

「……うん、ほんとに」

 雨に濡れたアスファルトが、街灯の光を受けて静かに光っていた。

 たわいもない話を交わしながら歩いたその帰り道は、きっと忘れられない時間になる――そんな気がしていた。



 翌日。雨はすっかり上がって、校庭には水たまりがぽつぽつと残っていた。

 教室では、修学旅行の“しおり”が配られ、クラス中がどこか浮き足立っていた。

「三泊四日、京都と奈良かぁ……やっぱ定番だよな!」

 春樹がそう言って、しおりをパラパラとめくっている。

「班行動は……あ、ここだ! あー、やっぱ自由時間多いじゃん! よし、佐々木と一緒に行けるタイミング……」

 ぼそっと呟いたその言葉に、俺は思わず耳を傾けてしまう。

「春樹、お前……」

「ん?」

「いや……なんでもない」

 春樹は表情こそ変えなかったけど、明らかに昨日とは様子が違っていた。

 彼の目線の先には、しおりを読みながら微笑む佐々木さんの姿がある。

 ……春樹が、佐々木さんを本気で見始めた。

 そう、俺は確かに感じていた。



 昼休み。

 佐々木さんが席を立ち、教室を出て行くと、春樹がそわそわしながら立ち上がった。

「おい、春樹。どこ行くんだよ」

「トイレ! っていうか、別にいいだろ?」

 誤魔化すように言い残して、彼はすぐに佐々木さんの後を追っていった。

 ……完全に分かりやすい。

 それでも、その背中がどこか真剣に見えて、俺は苦笑するしかなかった。



 屋上に出ると、春樹は佐々木さんを見つけ、少しだけ躊躇してから声をかけた。

「佐々木、ここにいたんだ」

「うん。お昼、ちょっと空見たくて」

 風に揺れる髪を押さえながら微笑む彼女に、春樹はわずかに顔を赤らめながら、ポケットから何かを取り出した。

「これ……好きって言ってたパン。コンビニで見つけたから、つい」

「え……ありがとう」

「別に深い意味はないけどさ。修学旅行でいっぱい動くし、元気出してもらえたらって思っただけ」

「うん、嬉しいよ」

 その笑顔に、春樹の心臓が跳ねた。

(……あー、俺、ほんとに佐々木のこと好きになっちまったかも)

 その瞬間、春樹はようやく自覚する。

 ただのクラスメイトだと思ってた佐々木悠里に、いつの間にか本気で惹かれている自分を。



 そして放課後。

 空は再びどんよりと雲を垂らしていたが、朝ほど強い雨ではなく、小雨がしとしとと降っていた。

 教室を出ようとしたとき、佐々木さんが傘を持って立っていた。

「……今日も、一緒に帰る?」

 その何気ない一言に、俺は無意識に頷いていた。

 傘の下、昨日と同じように肩を寄せ合って歩く。

 でも、昨日とは何かが違っていた。

 春樹の視線、佐々木さんの笑顔、自分の中のざわついた気持ち――

 すべてが、修学旅行という新たな舞台へと向かって、静かに動き始めていた。



 それから数日が過ぎた。

 文化祭の余韻もすっかり落ち着き、学校はいつものような日常を取り戻していた。だけど、教室の空気はどこか少しだけ浮き足立っている。

 原因は――そう、修学旅行だ。

「班分けの希望票、今日までだってさー!」

 昼休み。配られたプリントを片手に、クラスのあちこちで小さな作戦会議が始まっていた。

「お前、誰と組むか決めた?」

 春樹が俺に小声で聞いてくる。声のトーンはいつも通りだが、その視線の先は佐々木さんをちらちらと伺っていた。

「……まぁ、まだ考え中ってとこ」

「ふーん……俺さ、佐々木と同じ班、狙ってみようかと思ってる」

 その言葉に、俺の手がわずかに止まる。

 春樹の声には冗談っぽさがなく、いつになく真剣だった。あの屋上の一件以来、春樹の中で何かが変わった――そんな気配がずっとあった。

「ま、急にどうしたって思うよな。でもな……佐々木、すげー努力してるの見てたからさ。文化祭んときも、あいつ裏でずっと動いてたんだぜ。そういうとこ、ちゃんと見てる人は見てるんだよ」

 春樹はそう言って、少しだけ照れくさそうに笑った。

 俺はその笑顔に返す言葉が見つからなくて、ただ曖昧に頷くことしかできなかった。



 放課後、帰り支度をしていたときだった。

「裕貴くん、ちょっとだけいいかな?」

 佐々木さんがそっと声をかけてきた。

「もちろん、どうしたの?」

 教室の隅――誰もいなくなった窓際で、佐々木さんは少しだけ言いにくそうにしながらも口を開いた。

「その……修学旅行の班なんだけどね」

「ああ、うん」

「もし、良かったら……一緒の班、どうかなって。迷惑だったら断ってくれていいんだけど……」

 彼女の目は、どこか怯えるような、でも一歩踏み出した覚悟のような光を帯びていた。

「いや、俺もそう言おうと思ってた。だから、嬉しいよ」

 そう言うと、佐々木さんはぱっと表情を緩めた。

「……よかった」

 その笑顔があまりに柔らかくて、俺は少しだけ胸が熱くなるのを感じた。

 けれど、同時に――春樹の言葉が、頭の片隅に引っかかっていた。



 そして帰り道。

 再び空は、灰色の雲で覆われていた。昼間は晴れていたはずなのに、夕方になって急に雨が降り始めた。

 傘を持っていなかった俺は、昇降口の前で立ち尽くしていたが――

「……裕貴くん、こっち入って」

 佐々木さんが差し出した傘に、俺は自然と肩を寄せた。

 昨日と同じ距離。けれど、その距離の意味は、少しずつ変わっている気がした。

 ふと、傘の下で肩が触れた。

 それだけで、胸がドキリと跳ねる。

 互いに目を合わせたわけじゃない。ただ、その沈黙に、確かな“何か”があった。

「……ねえ裕貴くん」

「うん?」

「修学旅行、楽しみだね」

「うん。今までで一番、楽しみかもしれない」

 その言葉に、佐々木さんはそっと笑った。

 雨の音だけが、世界を包んでいた。



 その夜、俺は春樹からメッセージを受け取った。

《班、決めた? 俺、佐々木の班に入ろうと思ってたけど……やめとくよ。やっぱ、お前には敵わねえな》

 スマホの画面を見つめたまま、俺はしばらく指が動かなかった。

 春樹の想いを、俺はきっとこれからも忘れることはない。

 だけど――修学旅行という新しい舞台は、もうすぐそこまで来ていた。

 静かに、でも確実に。誰かの気持ちが揺れて、誰かの距離が縮まる。

 俺たちの旅は、まだ始まったばかりだった。
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